身体拘束と言っても、どのような行為を指しているのか具体的には知らない方も多いのではないでしょうか。当記事では、身体拘束の定義、身体拘束が認められる要件、該当する具体的な行為、身体拘束によって起こる弊害や身体拘束を防ぐための方法などを解説します。
身体拘束とは(厚労省の定義)
身体拘束とは、一時的に該当患者の身体を拘束し、その運動を抑制する行動の制限のことを指します。
厚生労働省によると、身体拘束は下記のように定義されています。
「衣類または綿入り帯等を使用して一時的に該当患者の身体を拘束し、その運動を抑制する行動の制限をいう」
出典:『昭和63年4月8日 厚生省告示 第129号における身拘束の定義』
身体拘束を認める3要件(厚労省の定義)
普通の社会であれば、他人の身体を縛ることはできませんが、認知症の方は身体拘束をされるケースが多くあります。
特別養護老人ホームなどの運営基準として、厚労省が身体拘束を認めるケースとして下記のように定めています。
「当該入所者または他の入所者等の生命または身体を保護するため、緊急やむを得ない場合に、その態様及び時間、その際の入所者の心身の状況並びに緊急やむを得ない理由を記録をすること」
出典:『指定介護老人福祉施設の人員、設備及び運営に関する基準(平成十一年厚生省令第三十九号)』(※太字は編集部)
文中の「緊急やむを得ない場合」とは、下記3要件のすべてを満たす場合のことを指します。

しかし、現実には身体拘束が一度行われてしまうと、それ以降に3つの要件を再判断することができないまま、漫然と継続させるケースが多くあります。
身体拘束の3要件を満たす事例とは
認知症により自分の手を出血するほど強く噛んでしまう利用者さんに対して、「切迫性」「非代替性」の観点から、ミトンを使用することで自傷行為を防ぐ事例などがあります。このような場合、身体拘束を最小化するよう努め、身体拘束による弊害を観察しながら、できるたけ早期解除できるように策を講じることが重要です。
身体拘束禁止の対象となる具体的な行為
身体拘束となる具体的な行動として、11項目が挙げられます。介護現場で下記のような行為がないかをチェックしてみましょう。

身体拘束による弊害は?
身体拘束を実施すると、一時的に利用者さんの身体の安全を確保できるかもしれません。しかし、認知症の方の生きる意欲や尊厳を失わせてしまうことを留意しなければなりません。
動かないことによって廃用症候群を引き起こし、心身の機能が低下して寝たきりになったり死亡するといったケースもあります。
下記の表に、身体拘束の弊害を示しました。

身体拘束によって、認知症の方は、尊厳を喪失したりQOLが低下してしまうばかりではなく、心身機能を著しく低下させてしまいます。
一時的な安全を優先させてしまうのは、窒息死などの死亡事故さえも引き起こしてしまう危険な行為であることを意識する必要があります。
身体拘束は、こうした弊害を起こし、やがて下記のような悪循環を引き起こしていきます。

安全を確保するために身体拘束を一度実施したら、認知症のBPSD(周辺症状)が悪化してしまい、せん妄が起こったり認知症が悪化するなどして、薬物療法で鎮静化させるといった悪循環を引き起こすケースがあります。結果として、身体拘束が中止できなくなることも少なくありません。
身体拘束をする原因として多いのは「転倒」
介護施設で身体拘束をする理由として多いのは、転倒・転落です。
転倒・転落を予防するために、ベッド柵で四方を囲む、車椅子の使用の際に腰ベルトをするというケースが多くあるのです。
ところが、「認知症の方の安全」のために行っているとしながらも、実際のところは介護職を守るために実施されていることも少なくありません。
身体拘束の理由づけによっては、虐待行為を正当化してしまうこともあります。
身体拘束は、認知症の方に対して「何もわからない人」「理解できない人」だと思い込んで実施してしまうこともあります。しかし、実際には、認知症の方は記憶の障害はありますが、身体拘束をされた恐怖や苦痛は覚えています。
さらに、身体拘束を受けることで、本人のその後の心身の機能を悪化させているのが現実です。
ベッド柵は本当に効果があるのか?
「歩行介助が必要なのに、ナースコールなどで介助を求めず勝手に行動して転倒してしまう危険がある」という理由で、ベッドの柵を四方で囲むケースは多いようです。
しかし、ベッドの柵を四方で囲むと、かえって転倒リスクは高まります。
認知症の方が動こうとする理由の多くは、トイレに行きたいからです。このトイレ動作の際に、転倒リスクが高くなります。
特に夜間、目覚めてトイレに行こうとして、柵を乗り越えてしまうケースが非常に多くあります。その行動を制限しようとすると、それに抵抗しようとするのは自然なことです。
このようなケースでは、安全に行動できるようなL字柵(開閉できる介助バー・Pバーが付いたもの)、ベッドを低床にして、床には緩衝マットなどをひくことで、転んでも外傷を予防することができます。

車椅子の使用時の腰ベルトについて
一人で歩行すると転倒の危険があるのに車椅子から立ち上がってしまう方に対して、転倒の危険があるという理由で腰ベルトするケースも多いようです。
まずは、車椅子から立ち上がってしまう場合、長時間ずっと車椅子を使用していないかを考えましょう。
一般的な介助用車椅子は、座面が安定していないので、1時間ほど使用すると臀部(でんぶ。お尻の部分)が痛む場合があります。
私たちも車椅子に座ると、その苦痛を体験することができます。
普段から、私たちはつい「立ち上がってはダメです」「座っていてください」といった声掛けをしてしまいます。これも言葉による身体拘束になります。
その時は認知症の方が座ることによって安全を確保できるかもしれませんが、私たちがその場を離れると、行動を抑制されたストレスでまた立ち上がってしまい、転倒の危険がさらに高まるのです。
転倒・転落の原因をチェックしよう
転倒・転落の危険性のある場合の行動の理由を、下記の「転倒・転落の行動の理由チェック」を用いて考えてみましょう。

原因を分析してどのようにケアをするか考えることで、転倒・転落の危険性のある行動が少なくなります。
身体拘束を防ぐためには?
認知症の方を身体拘束しないようにするケアは、まず本人の視点から“行動の理由”を考えていくことが大切です。
その際には、本人の残存機能を生かして行動できるよう、生活環境を整える必要があります。
移動動作をするとき、身体を支えられるよう手すりや柵などを配置して、安全に行動できるように、本人と一緒に確認してみましょう。
認知症の方が動こうとするとき、転倒・転落の危険性が高まります。排泄に関しては独自の排泄に関するニーズがあるために、排泄ケアを丁寧に行います。
車椅子に長時間座っているなど、ずっと同じ体位でいる苦痛があるために急に立上がろうとする場合もあります。
また、転倒や転落につながってしまいかねない、危険な行動の原因となる不安や苦痛などを訴えてもらえるようにする必要があります。コミュニケーションをわかりやすく工夫したり、繰り返して確認するようにしましょう。
夜間の排泄が多い方には、生活リズムを整えるために、ご本人にとって意味のある充実した活動を日中できるように促し、夜間にしっかり睡眠できるようにします。
せん妄が起こっている場合、動きまわったり場合は注意力も低下しているため転倒・転落を起こしやすくなります。
場所や時間がわからなくなる点などは認知症の症状に似ており、よく認知症と間違えられますが、通常時より気分が変わりやすいのがせん妄の特徴です。
せん妄の原因としては、脳の機能の低下や脱水、もしくは睡眠薬の副作用などが挙げられます。家族には転倒・転落のリスクがあることを事前に伝え、対策するための情報共有ができる協力体制を構築できるようにしましょう。
また、精神薬が結果的に拘束となるケースも問題になっています。医療行為なので医療職を含むチームで対応することが大切です。
【まとめ】認知症の方の身体拘束を防ぐための手順
認知症の方の身体拘束を防ぐための手順を7つにまとめました。
- 認知症の方の身体拘束の原因となる危険な行動の理由を考える
- 残存機能を生かして安全に行動できるように生活環境を整える
- 独自の排泄に関するニーズに対応するために排泄ケアを丁寧に行う
- 不安や苦痛などが訴えられる人間関係を作る
- 生活リズムを整えて日中に意味のある充実した活動ができるようにする。
- 転倒のリスクや状況の共有のために家族との協力体制をつくる
- 職種間でのチーム対応をする
認知症のケアの質を高めることが重要
認知症の人の一人ひとり異なるニーズに対応し、日常生活の「起きる」「食べる」「排泄」「清潔」「アクテビティ」に関するきめ細やかなケアを実施することによって、落ち着いて穏やかな生活を過ごすことができるようになります。

その結果として、身体拘束につながる行動が徐々に少なくなります。認知症のケアの質を高めることが身体拘束を予防するのです。
(参考)
『認知症plus身体拘束予防: ケアをみつめ直し、抑制に頼らない看護の実現へ』(日本看護協会出版会)鈴木みずえ, 黒川美知代
『縛らない看護』(医学書院)吉岡 充, 田中 とも江
『身体拘束ゼロの実践に伴う課題に関する調査研究事業』(公益社団法人 全日本病院協会)
『昭和63年4月8日 厚生省告示 第129号における身拘束の定義』
『指定介護老人福祉施設の人員、設備及び運営に関する基準(平成11年厚生省令第39号)』
著者/鈴木みずえ
監修/佐藤眞一
イラスト/アライヨウコ
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