【事例】介助が必要なのに一人で歩いてしまう認知症のAさん
利用者Aさん(女性、85歳)は、アルツハイマー型認知症と診断されていて認知症は中程度です。歩いているときにふらつきがあるため、杖を使用しています。
Aさんは食事のあと、自分で席から立ち上がって居室に向かいますが、そのときに必ずトイレに行こうとするので、スタッフが転倒しないように介助しています。
夜中も自室を出て歩き回ってしまうことが多く、今のところケガはしていないのですが、つまずいたり、ふらついたりしています。杖を忘れて歩いているため、転倒の危険も高く、対応に困っています。
利用者さんの「生活の質を高めるケア」をしよう
排泄は利用者さんにとって最後まで守りたい大事な尊厳の一つです。
利用者さんは自分で排泄に行きたいし、他の人の世話になりたくないという気持ちを強く持っています。「ナースコールを押してくださいね」と伝えても、押したくない利用者さんもいます。
夜間、夜中に歩きまわって廊下を歩くのは「夜間の徘徊」でしょうか。Aさんはあてもなく歩いているわけではなく、トイレを探していることが考えられます。
認知症の方の危険な行動を抑制することが転倒予防ではありません。認知症高齢者がどのように感じているか、どのように思っているのか、そしてなぜ転倒を引き起こす危険な行動をするのか、まずは本人に聞いてみましょう。
答えがない場合は、本人がどんなことをしたいのか、どんなニーズがあるのかを考え、それらに対応しながら安全な行動へと誘導する必要があります。
認知症の方の転倒の特徴は、自分のニーズを満たそうとして危険な行動をとってしまうということです。そのため、介護職は利用者さん自身がやりたいことを、安全にできるようにする手段を考えることが大切です。
このように、認知症の方のニーズを把握して対応するといった「生活の質を高めるケア」こそが、転倒予防ケアの基盤になっているのです。
認知症の方に起きる「夜間の転倒」と「排泄」の関係
「排泄する」と一言でいっても、その動作の1つ1つは複雑です。
- 尿意や便意を感じる
- トイレの場所までに移動する
- 下着をおろす
- 便座に座る
- 排尿・排便する
- 後始末する
- 下着を上げる
- 便座から立ち上がる
- 部屋に戻る
それぞれの動作で重心を移動させる必要があるので、転倒は、排泄しているとき、排泄する前後、いつでも発生する可能性があります。
そのため、動作ごとにどんな転倒の原因があるのかを検討することが大切です。
例えば、「便座に座る」ときには、認知症の「失行」という症状によって、もしくは「座る」という日常的な動作がうまくできないことによって、上手に座れないケースがあります。
ほかにも、「視空間認知障害」によって便座の高さや位置を見間違ってしまったり、「遂行障害」によってトイレの使い方がわからなくなって、混乱や不安が生じて転倒してしまうケースもあります。
トイレの位置をわかりやすくするための方法
利用者Aさんは、認知症の「認知機能障害」などが原因で、トイレの場所がわからなくて探し回っています。このとき考えられるご本人のニーズは、「トイレに行きたい!」ということです。
対処方法としては、下記のようなものがあります。
また、安全性を考慮すると、下記の点にも気をつけましょう。
杖を置き忘れてしまうことへの対応方法
Aさんは急いでトイレに行こうとしているため、目的地に行くことで頭がいっぱいになっていることが杖を忘れる原因だと考えられます。
この場合、杖をもつことを習慣化する、あるいは杖なしで数メートルは安全に歩けるように練習をすることが大切です。
下記のような歩行訓練の日課を作り、フロア全体で取り組めるとよいでしょう。体操・リハビリテーションでは、確実に歩行できるようにするための歩行訓練、バランス動作訓練が重要です。
【ケーススタディ】認知症の方の排泄介助トラブルを解説!
さらに事例を用いて認知症の方の排泄介助にまつわるトラブルと対応方法をみていきましょう。
事例2 | 何度も夜間にトイレに行くケース
夜間頻尿になっていることが考えられます。高齢者では2回以上の排泄を夜間頻尿とすることが一般的です。
もし、夜間頻尿の原因が「飲んでいる水の量が多いから」といった場合には、夕食以降の水分の摂取を控えめにするのも一つの方法です。しかし、そのときには脱水にならないように、摂取した水分の全体量を確認する必要があります。
下肢の浮腫がある場合、弾性ストッキングの着用したり、下肢をクッションなどで高く上げた状態にして30分以内の昼寝をする対応が良いでしょう。
事例3 | トイレでバランスを崩すケース
トイレでバランスを崩してしまうのは、つかまるところがなかったことが原因だと考えられます。バランスを崩しそうな場所への手すりの設置が必要です。
また、トイレでバランスを崩しやすい利用者さんには、スタッフが見守りや支えを行います。このとき、利用者さんの羞恥心に配慮して、スタッフは普段から馴染みのある方だと良いでしょう。
事例4 | 昼間は傾眠傾向があり、夜に歩き回るケース
昼間に寝てしまい、夜に歩き回っている方の場合、昼夜逆転してしまって夜間の活動性が高くなっている状態だと考えられます。
この場合には、夜間の睡眠状況など、本人の生活リズムを把握することが必要でしょう。
例えば、入院したことで生活リズムが変化したのであれば、入院前との生活と比較し、可能な範囲で入院前と同じように生活のリズムを整えましょう。
事例5 | 排泄の介助に際に興奮したり、介護に抵抗しているケース
排泄介助のときに興奮したり、抵抗して自分で動こうとする利用者さんの場合は、自分の排泄に関するニーズを他者に伝えられないことが考えられます。
認知症になると、認知機能障害によって情報や刺激への対処が困難になり、転倒につながるBPSD(認知症の行動・心理症状)が生じやすくなります。
BPSD は環境の調整などのケアをすることで症状を緩和することができます。
排泄動作の介助をするときは、動作を丁寧に説明したり、清潔感を感じてもらえるようなケアを心掛けましょう。
また、介助が上手くできたスタッフと情報を共有することも大切です。ほかにも、アクティビティケア(習慣化された行為によって脳を活性化させるケア方法)などを行って、十分な信頼関係ができてから排泄ケアを行うと良いでしょう。
事例6 | 睡眠薬を飲んでいて、ふらつきが激しいケース
睡眠薬と抗不安薬として使用されるベンゾジアゼピン系薬剤や、多剤併用している高齢者は、副作用で転倒リスクが高くなるケースがあります。
内服薬は転倒に影響する
介護職をされている方も、利用者さんが服用しているお薬と転倒予防の関係を知っていると良いでしょう。
睡眠薬と抗不安薬としてよく使用されているベンゾジアゼピン系のお薬は、眠気や脱力、注意力低下の副作用を起こりやすくする可能性があるため、転倒の原因となるケースがあります。
そのため、睡眠薬としてベンゾジアゼピン系のお薬を使用している認知症の方は、転倒リスクが高まっていると考えましょう。具体的には、デパス、セルシン、ハルシオン、ベンザリンなどがあります。
特に、夜間にトイレに行く場合は、ふらついて転倒するリスクが上がりやすくなるので注意が必要です。
また、日本老年医学会では6種類以上を「多剤併用」と定義しており、そういった方の場合はめまいやふらつきを起こしやすい傾向があります。
もしお薬の副作用によって転倒の危険性が高くなっていると考えられる場合には、施設の看護職と連携しながら、主治医に薬の変更をしたほうがいいのかどうかを相談しましょう。
また、睡眠薬を飲まなくても昼夜のリズムを戻していけるように生活リズムを整えましょう。
多職種協働チームで転倒予防を行おう
介護職だけではなく、看護師、理学療法士、施設長、医師などで転倒予防委員会を設置して、転倒した事例検討し、それぞれの専門職の視点からディスカッションしてアプローチ方法を検討しましょう。
排泄動作に絡んだ転倒は、排泄障害、特に尿路感染症、腎疾患、過活動膀胱、さらに男性の場合は前立腺肥大などのも疾患が関係している場合もあるので、医療職との連携が必要です。
(参考)
『認知症plus転倒予防 せん妄・排泄障害を含めた包括的ケア』(日本看護協会出版会)
著者/鈴木みずえ
監修者/浦上克哉
イラスト/アライヨウコ