認知症の方のなかには、幻視や幻聴など、「幻覚」といわれる症状を起こす方がいます。当記事では、事例をもとに、幻覚が見える認知症の方への対応方法やお薬の知識などについて解説していきます。
【事例】子どもの幻覚が見えるAさんの場合
認知症のAさんが「私の部屋に子どもたちがいっぱい来ている」としきりに訴えてきます。
Aさんのお部屋に見に行ったのですが、子どもたちはどこにもいません。介護職は「子どもたちはいませんよ」と伝えても、Aさんは「ほら、そこにいっぱい子どもたちがいるじゃないか! お菓子でもあげてくれ」と言われてまったく納得されません。
どのように対応すればよいのでしょうか?
幻覚(幻視・幻聴)とは?
見えないものが見えるという症状を幻視と言います。聞こえない音や声が聞こえるという症状は幻聴と言います。幻視や幻聴などのことをまとめて幻覚と表現します。
認知症の中で、このような幻覚症状が最も出現しやすいのはレビー小体型認知症です。ただ、その他のタイプの認知症でも幻覚はみられますので、「幻覚=レビー小体型認知症」と安易に判断してはいけません。
レビー小体型認知症の幻覚の特徴は、現実と区別がつかないような生々しい幻覚です。この事例にみられるように「ほら、そこに子どもたちがいるだろう。何でわからないんだ」というような訴え方をされます。
レビー小体型認知症では、後頭葉の働きが悪くなっています。後頭葉は見たものが何であるかを判断する場所です。そこの場所の機能が悪くなるため、幻覚が生じやすくなると考えられます。
【事例への対応方法】幻覚への対応方法
この事例で最も良くない対応方法は、「子ども達なんていませんよ」と完全に否定してしまうことです。
レビー小体型認知症では、後頭葉の機能低下があり、ご本人の脳内では子どもたちが見えているように情報処理がなされています。よって完全否定した対応をとると、介護職が自分のことを信頼してくれていない人と考え、人間関係を悪くしてしまいます。このような対応をしていると症状が増悪していく場合が多く、悪循環となります。
また、利用者さん視点のケア(パーソンセンタードケア)を意識して、実際には見えないけれど見えたように「ほんとだ。子どもがいっぱいいるね」と同調する対応の仕方がありますが、これもお勧めできません。
幻覚に同調するような対応は一見良いようにみえますが、長期的にみると幻覚が固定してしまう可能性があり、適切な対応法として良いとは言えないのです。
最も良い対応は、しっかりと幻覚についてお話を聞いてあげることです。状況を親身になって聞いてあげることが、信頼関係構築にもつながります。
ご本人も、幻覚が見えているときには不安に感じていることが多いです。レビー小体型認知症では「子どもがいる」といった幻覚と同様に、「鎧武者(よろいむしゃ)がいる」という訴えも多くあります。
鎧武者が幻覚に出てくれば、利用者さんは当然怖いと思っているはずなので、お話を聞いてあげると安心されます。介護職という忙しい業務のなか、幻覚の話をゆっくり聞くのも難しいと思いますが、このような対応によってお薬を使わなくても幻覚が軽減してくることがよくありますので、時間を作っていただければと思います。
幻覚はレビー小体認知症の方に多い
幻視はレビー小体型認知症の方に多く見られます。レビー小体型認知症では、認知症の症状の日内変動、パーキンソン症状などをきたすことが多くあります。
日内変動とは、1日のなかで良い時と悪い時の変化が大きい状態のことを指します。
パーキンソン症状には典型的な3つの徴候があります。
これらの症状による転倒のリスクにも、注意が必要です。
振戦は、初期段階で安静時振戦(身体を動かしていないときに起こる手足などのふるえ)がみられます。安静時振戦とは、何か動作をしているときは目立たず、たとえば字を書いたり、コップにお茶を注いだりすることも概ね問題なくできます。症状が進行すると、動作時にもふるえができてきます。
筋強剛は、筋肉が固くなる状態をいいます。患者さん本人が気づきにくい症状のため、診察しないとわからないので医師の診察を受けることが必要です。医師が関節を動かしたときに抵抗を感じ、筋肉の硬さを認めます。
無動は、動作が鈍くなる状態のことです。この症状が進行すると、歩行が遅くなったり寝返りが打てなくなったりします。転倒予防のためにはリハビリテーションが必要です。
パーキンソン症状は、筋力が落ちているのではなく、うまく使えない状態になっているのです。筋肉をスムースに動かす訓練をすると良いので、理学療法士と相談してください。
レビー小体型認知症への薬物治療
薬物による治療内容は、介護職も知っておくと良いでしょう。薬による影響を理解しておくことで、利用者さんへのケアに役立ちますので、詳しく説明していきます。
認知症の症状の進行抑制が期待できる薬剤として、保険適応がとれているのは「ドネペジル」のみです。
また、行動心理症状(BPSD)への薬物療法としては、漢方薬の「抑肝散」や「非定型抗精神病薬」を用います。
ただし、このレビー小体型認知症には薬に対する過敏性(薬が効きすぎてしまうこと)があり、症状が悪化する場合があります。過敏性があると、効果が出すぎて過鎮静(眠気やふらつきが出る状態)になったり、かえってBPSD症状が増悪することがあります。
「過敏性」「過鎮静」のような特徴があるため、レビー小体型認知症の方は特に、薬を慎重に投与する必要があります。
パーキンソン症状に対する治療ではレボドパを投与しますが、薬への過敏性があり十分な量を投与できないことが多いです。レボドパだけで不十分な場合には、ゾニサミドを併用します。
著者/浦上克哉
監修者/佐藤眞一
イラスト/アライヨウコ
参考文献
『これでわかる認知症診療~改訂第2版~』浦上克哉(南江堂、2012年)p39-42。
『これでわかる認知症診療~改訂第2版~』浦上克哉(南江堂、2012年)p83-85。