認知症の方の暴言や暴力によって、日々困っている介護職の方は多いのではないでしょうか? 今回は暴言や暴力がみられることの多い前頭側頭型認知症を中心に、アルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症など、そのほかの認知症の場合についても原因や対応方法を解説していきます。
暴言・暴力は前頭側頭型認知症の方に多くみられる症状
暴言や暴力は、認知症の方によくみられる症状ですが、このような症状が最も出現しやすいのは前頭側頭型認知症です。
ここで重要なのが、前頭側頭型認知症では主な症状として、“本能の赴く(おもむく)ままの行動”といわれる症状が出現するいうことです。
“本能の赴くままの行動(going my behavior)”とは、「脱抑制」によると考えられている症状で、本人が「こうしたい」と決めてしまうと、行動の抑制がきかなくなる状態のことを指します。例えば、本人が「外に出たい」と思ったら我慢ができなくなり、制止を振り切っても外に出ようとしてしまいます。
そのような状況で介護職がどんなに丁寧に対応しても、本人の意思に反することをすれば、暴言や暴力に至ることはよくあります。

【事例】利用者さんを制止して暴力を振るわれた介護職
認知症の利用者Aさんが、入居中の施設から急に外に出ようとしました。介護職は、Aさんが徘徊して迷子になることを心配し、外へ出るなら一緒に行こうと考えて「ちょっと待ってね。もう少ししたら用事が終わるから一緒に行きましょう」と丁寧に話しました。
しかし、Aさんは聞く耳を持たず、そのまま玄関のドアを開けて出て行こうとしました。そこで介護職が慌てて止めようとしたところ、「何をするんだ、邪魔をするな」と大きな声で怒鳴られて、暴力をふるわれてしまいました。
これは認知症による暴言、暴力なのでしょうか?また、そのような場合、どのように対応すればよいのでしょうか?
【事例の対応方法】無理に引き止めないことが大切
今回の事例では、前頭側頭型認知症が考えられます。
介護職が丁寧な口調で「ちょっと待ってね」と話しかけており、この接し方が悪かったとは思えません。
この事例については、もしAさんの外出したい理由が、前頭側頭型認知症の方によく見られる「周回」であるならば、利用者さんは決まったコースを歩くだけなので、迷子になる心配はありません。そのため、無理に引き止めず、散歩に出してあげると良いでしょう。(周回については後述します)
もちろん、その周回コースの中に危険な場所がないかのチェックをするために、介護職の方は一度、歩くコースを確認しておく必要があります。
「何かあったら……」と心配な場合には、利用者さんの後ろからついていって見守るといった対応をしても良いでしょう。
前頭側頭型認知症以外での出現ケース
前頭側頭型認知症以外の認知症でも、暴言と暴力がみられることがあります。
暴言と暴力といった症状は、行動・心理症状(BPSD)に分類されます。暴言や暴力が出現する背景には、中核症状である認知機能低下があります。
認知機能の低下によって、適切な判断や感情が抑制ができなくなり、暴言や暴力の出現につながります。
特に、不安を感じた場合、暴言や暴力が出現することがよくあります。具体的には、入浴時に介護職が服を脱がそうとすると、利用者さんが抵抗して、大声を出して暴れるといった場面です。
これは入浴するために脱衣することがわからなくなり、「無理やり服を脱がされている」と感じて、利用者さんが不安になることで起こっていると考えられます。
アルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症の方のケースには、下記のようなことが原因になるケースもあります。
アルツハイマー型認知症の場合
アルツハイマー型認知症では、物盗られ妄想がしばしば出現します。
物が盗られたと思いこんで困惑しているご本人に対して、家族や周囲の人が「盗ってなどいない」と頭ごなしに否定すると、ご本人のプライドを傷つけてしまいます。そのため、ご本人が大きな声で暴言を吐いたり、さらにひどくなると暴力に至ることもあります。
レビー小体型認知症の場合
レビー小体型認知症では幻視、幻覚が見えて、その恐怖から暴言や暴力がみられることもあります。また、幻視、幻覚について訴えても、家族や周囲の人から頭ごなしに否定されてしまうと、上記と同様、プライドが傷ついてしまって暴言や暴力に至ることもあります。

前頭側頭型認知症ではない認知症の方への予防策
認知症の方が急に怒り出すということは稀です。
事例のような前頭側頭型認知症では、本人のやりたいことを遮断されたときに、急に怒り出すことはありますが、その他の認知症では通常ありません。
認知症の方も、我慢していて限界を超えてしまったときに暴言が出現し、それでも対応が適切でないと暴力に訴える、というのが実際です。ですので、介護をするときには、早めに本人の不安や困っていることなどに気づくことが重要です。
介護のときに、頻繁に声かけをしてあげるのは一般的には良いことです。しかし、例えば「トイレに行きましょうか?」という声掛けを頻繁にされることを、“恥ずかしい”と感じておられる方もおられます。
みんなの前で、大きな声で「トイレに行きましょうか?」という声掛けを繰り返しされると、最初は我慢していても、次第に苛立ってきて、それでも認知機能が低下しているために適切に訴えることもできず、爆発してしまうこともあるのです。
環境変化が暴言、暴力の原因となる場合もあります。家のリフォームや部屋の模様替え、施設での部屋の移動などによって、今まで通りに生活できなくなり、混乱して苛立ってきて暴言、暴力に至ることもあります。
また、施設などで、自分の前に座っている他の利用者が気に入らないために、不満が徐々に募って、暴言、暴力に至ることもあります。
予防には規則正しい生活習慣が大切
日々の生活習慣として大切なのは、規則正しい生活をすることです。
適切な栄養や水分の摂取すること、身体を動かすこと、睡眠を十分とって昼夜逆転を防ぐことも大事です。規則正しい生活習慣をしていると、便秘などにもなりにくいです。便秘なども軽視できません。便秘の状態で、機嫌のよい人は多くはないでしょう。
さらに、認知症の方は身体合併症への注意も必要です。高齢者は免疫機能が低下しており、若い人であれば当然発熱するような感染症に罹患した状態でも、発熱しない場合があります。
このため、インフルエンザに罹患しているのを見逃してしまうことが起こります。発熱はしていなくとも、インフルエンザに罹患をしていれば、身体に不調が現れます。
認知症の方は、こうした症状を適切に訴えることができなかったりします。そして、身体の不調があれば、当然機嫌が悪くなります。機嫌の悪い状態は、暴言や暴力行為を起こす原因になる可能性があります。
ささいなことの積み重ねから、ある時に爆発して暴言や暴力が出現することがありますので、日ごろから注意深く観察して、早期発見することが大切です。
前頭側頭型認知症ではない認知症の方への対応方法
利用者さんに暴言や暴力が出た場合、認知症の症状であることを理解して原因を考えることが大事です。
まずは、私たちのように正常な認知機能がある方にとっては間違っている内容であっても、利用者さん本人のお話をしっかりと聞いてあげましょう。
認知症の方の立場に立って考えてみると、理由がわかってくることがよくあります。
例えば、物盗られ妄想が起こったときに、「自分で失くしておいて、盗られたと他人のせいにするなんて!」と、ついついご本人を叱責してしまうケースもがあります。しかし、認知機能が低下してしまうと、自分で使って、自分で片付けて、自分で失くした物だとしても、それらの行為を忘れてしまいます。
結果として、「自分が失くしたわけではないのに、物が失くなっている」「誰かが盗ったに違いない」という考え方になります。
大事な物が行方不明になり、困ったり不安になっているわけですから、一緒に探すなどして解決することが大事になります。
ただ、怒りや興奮がひどくなってしまっている場合は、少し時間と距離をおいて見守りましょう。怒りや興奮があまりにひどいときに声掛けをすると、火に油を注ぐことになりかねません。
少し本人が落ち着いてきたら、やさしく声掛けをしましょう。

前頭側頭型認知症とは? 代表的な症状を解説
ここからは暴言・暴力に繋がってしまうことの多い前頭側頭型認知症について解説していきます。前頭側頭型認知症とは、前頭葉と側頭葉が萎縮してくる病気で、頭部MRIでは、前頭葉と側頭葉の脳萎縮がみられます(※図1)。
脳血流の低下している部位を確認することのできる脳血流SPECTにおいては、血流低下がみられます(※図2)。

前頭側頭型認知症とは、以前はピック病と呼ばれていた病気で、新しい病気ではありません。
前頭側頭型認知症の主たる症状として、「行動の脱抑制」と「常同行動」があります。まずは「行動の脱抑制」からみていきましょう。
本能の赴くまま行動する「行動の脱抑制」
「行動の脱抑制」とは、本能の赴くままに行動してしまうことです。例えば、診察している途中でも、自分の興味がなくなってしまうと突然立ち上がって、診察室から出て行ってしまうことがあります。
これを、“立ち去り行動”と呼んでいます。このような本人の本能の赴くままの行動を遮断しようとすると、暴言や暴力が出現します。

同じ習慣を繰り返す「常同行動」「周回」
認知症の「常同行動」とは、時刻表のように、規則的に同じ習慣を繰り返す生活を送ることです。
毎日コンビニに立ち寄って買い物をしている方の場合、店に立ち寄って商品を手にしたものの、お金を支払わずに品物を持ち帰ってしまうということが起こることがあります。
このような症状を「持ち去り行動」と呼んでいますが、世間では“万引き“という犯罪行為として扱われてしまいます。
常同行動の中に「周回」という症状もあります。徘徊と間違えられやすいのですが、周回は毎回決まったコースを歩くものです。徘徊は迷子になってしまうことが懸念されますが、周回では通常迷子にならずきちんと戻ってくることができます。
前頭側頭型認知症への治療や改善方法を紹介
前頭側頭型認知症に対して、保険適応をされている薬はありません。行動障害の改善に、保険適応外ではありますが、『選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)』の使用が推奨されています。
このSSRIは、一般には抗うつ薬として使用されている薬です。非薬物療法については、エビデンスは十分とは言えませんが、症状の軽減や、介護負担を減らすことも可能だと考えられます。
前頭側頭型認知症は、アルツハイマー型認知症と比較してエピソード記憶や視空間認知機能が保たれていることが多い傾向があります。いろいろな作業やリハビリを一緒に行うことで利用者さんに覚えてもらえれば、ひとりで実践していただくことができ、生活の質(QOL)の維持につながります。
また、早期に介入することで、規則的に悪い行動をしてしまう「常同行動」を、良い行動に改善していく「ルーティン化療法」も注目されています。
ルーティン化療法とは
ルーティン化療法とは、常同行動によって習慣化された悪い行動を、支障のない習慣に変えていくものです。
具体的には、万引きをするような常同行動が定着すると改善が困難ですが、早期に介入し、良い行動パターンにしていくといったものです。
早期でない場合は、ご本人に入院していただき、好ましくない常同行動を改善していくアプローチもあります。
参考文献
『これでわかる認知症診療~改訂第2版~』浦上克哉(南江堂、2012年)p42-43
『これでわかる認知症診療~改訂第2版~』浦上克哉(南江堂、2012年)p44-45
著者/浦上克哉
監修者/佐藤眞一
イラスト/アライヨウコ