【入所施設での事故防止策⑨】浴室内の転倒事故|事故防止編(第29回)

【入所施設での事故防止策⑨】浴室内の転倒事故 | 事故防止編(第29回)

どんなに元気な利用者であっても、浴室では細心の注意を払いましょう。なぜかと言えば、浴室はそれくらい危険な場所なのです。その認識を持つことが何より先決です。

事故の状況説明

解説の前に、まず、利用者Iさんご本人と事故発生時の状況、介護士がどのように対処したかを振り返ってみます。

利用者の状況

Iさん 90歳・男性・要介護1・認知症:軽度

Iさん

90歳・男性・要介護1・認知症:軽度

年齢の割には大柄で元気なIさん。腰やひざの痛みはあるものの、マヒなどはなく生活は自立しています。軽度の認知症はありますが、年相応で問題ない程度です

事故発生時の状況および対処

PM2:20

女性介護士が1人で入浴介助を行っているイラスト。手引歩行の様子。

50代の女性介護士が1人でIさんの入浴介助を行っていました。体を洗い終わって、浴槽に入るまでの短い距離を、手引き歩行で介助していました。

入浴介助中、足を滑らせ転倒してしまった利用者のイラスト

もうすぐ浴槽というところで、突然Iさんが足を滑らせて後ろに転倒。頭を強く打ちつけました。

Iさんはその場で嘔吐したため、看護師を呼びました。看護師は危険だと判断し、即座に救急車を要請しました。

PM3:00

救急車が到着。近くにある病院に搬送されましたが、硬膜下出血により死亡しました。

入浴介護中の転倒でなくなってしまった利用者家族に謝罪する介護職員のイラスト

Iさんがそれまで元気だっただけに、家族はショックを受けたようでした。

施設側は詳しい事故調査を行い、再発防止策を家族に提示したうえで、保険会社と連絡をとり慰謝料を支払いました。家族は、最終的には納得してくれました。

【過失の有無】事故は未然に防ぐことができたか

今回の事故の場合、過失の有無はどのように判断されるでしょうか。

事故評価の基本的な考え方

浴室内は床の材質がタイルなど硬いうえ、絶えずぬれていて、石鹸水などで滑りやすく、歩行にはもっとも適さない危険な場所です。

転倒し頭部を強打すれば生命の危険もある場所ですから、原則として歩かせてはいけません

この事故が過失とされる場合

浴室の床材が摩擦してきていることを確認するが、対策をしない介護職員のイラスト

次のような場合には過失と判断されます。

  • 歩行に障害のある利用者を浴室内で歩行させて転倒させたなど、介助方法に問題があった場合

  • 床材が摩耗してツルツルで滑りやすかったなど、施設の設備に問題があった場合

こんな事故評価はダメ!

  • あんな短い距離でまさか転ぶとは予測できなかった

【原因分析】なぜこの事故が起こったのか

事故分析を行う場合には、利用者側、介護職側、施設側という3方向からのアプローチが有効になります(第15回参照)。

利用者側

  • 不顕性低血糖を起こしていた
  • 起立性低血圧を起こしていた

  • 関節炎など、下肢の疾患が悪化していた

介護職側

  • 滑りにくい靴をはくなどの対策を怠った
  • 手引き歩行のせいで利用者の視界が悪くなり、歩行がより不安定になった
  • 滑るところを手引き歩行した
  • 浴室内では「手引き歩行禁止」というルールが徹底されていなかった

施設側

  • 床材が摩耗してツルツルで滑りやすかった
  • シャワーチェアも古く安定が悪かった

こんな原因分析はダメ!

  • 介護士が注意を怠ったから
  • 1人ではなく、2人で介助すべきだった

再発防止策の検討

浴室での事故再発防止に有効な策は次の4つです。

浴室内は座位で移動する

入浴介助の際、シャワーキャリーを使用するイラスト

ふだん歩行が自立している利用者でも、浴室の床は滑りやすいので、シャワーキャリー等を使用することをお勧めします。

床を滑り止め加工する

浴室用滑り止めマットや滑り止めタイルのイラスト

予算に応じて滑り止めマットや滑り止めタイル等を使い、浴室の床を滑りにくく加工することも有効です。

職員は滑りにくい履物にする

滑りにくい浴室用の履物のイラスト。入浴介助の際は滑りにくい履物を使います。

入浴介助中に介護士が足を滑らせると、利用者ともどもケガにつながるので、滑りにくい履物を選びましょう。

足の裏までしっかりとふく

入浴介助後に利用者の足の裏を拭く介護職員のイラスト

入浴が終わったら、利用者の足の裏までふきましょう。それだけで脱衣所での転倒の危険性が激減します。

事故対応や家族への対応は適切であったか

事故後にきちんと事故調査を行った点、再発防止策をまとめて家族に提示した点、保険会社と連携して速やかに賠償責任を果たした点、この3点については高く評価できます。

次のチャートを参考にして、家族の気持ちに寄り添った対応ができるように心がけましょう。

大きな事故が起こった際の、家族への対応の基本的な流れを解説

【1】受診の了解を得るためにも、家族に事故の速報を伝える

【2】病院で家族と落ち合い、事故説明をする。このとき「詳しいことは調査するので1週間程度時間をください」と申し出る

【3】以下の5点を詳しく調査する。

  • 事故前の利用者の様子

  • 事故の発生状況

  • 事故発生時の対処

  • 事故原因

  • 再発防止策

【4】調査結果を家族に包み隠さず説明する。施設側に過失がある場合は、併せて賠償責任を果たす

直そう! 介護施設における悪い入浴方法

今でも「運ぶ人」「服を脱がせる人」「体を洗う人」といった分担流れ作業方式で入浴介助を行う施設がありますが、これは介護側の効率ばかり重視されていて、お年寄りが入浴を楽しめません。

居室へのお迎えから入浴まで全てマンツーマンで入浴介助を行うほうが、お互い無駄な時間がないうえに、利用者とゆっくり会話をする余裕が生まれます

【✕】ストレッチャーで運ぶ

介護施設における悪い入浴方法:ストレッチャーで運ぶ。ストレッチャーで利用者を運ぶ介護職員のイラスト

早く運べますが、利用者にとっては怖い運び方です。

利用者と相性のよい介護士が車イスを持って居室までお迎えに行き、一緒に着替えを選んでから脱衣所に連れて行くくらいの余裕を持ちましょう。

【✕】廊下で待たされる

介護施設における悪い入浴方法:廊下で待たされる。利用者は自分を物のようにあつかわれている気持ちになります。

作業する職員が効率よく動けるように、利用者は早めに集められて廊下で待たされることがあります。

しかし、これでは利用者はまるで物として扱われているような気持ちになり不愉快です。

【✕】脱衣所でも待たされる

介護施設における悪い入浴方法:脱衣所でも待たされる。脱衣所で裸にされて順番待ちをしている利用者のイラスト

やっと順番がきたと思っても、今度は脱衣所で裸にされてから、前の人が上がるまで待たされます。

お年寄りであっても羞恥心はあるので、人前で裸になる時間は短いほうがいいものです。

【✕】入れ替え式の入浴

介護施設における悪い入浴方法:入れ替え式の入浴。お風呂を楽しむ余裕が生まれません。

入浴担当の職員が、来た利用者を浴槽に入れて、上げて、次の利用者を入れて、上げて……。

これでは、「はい、次!」という言葉が出てくるばかり。お年寄りもお風呂を楽しむ余裕が生まれません。

浴室の危険性を正確に認識しましょう

浴室内の転倒事故の原因はさまざまです。しかし、どの事故にも共通しているのは、「浴室は他の場所より危険な環境である」という認識が著しく低いことだと言えます。

浴室は、お湯と石鹸を同時に使う場所なので、ほかの部屋の床とは比べものにならないほど滑りやすくなっています。そのうえ、水分に耐えられるように、強くて硬い材質ばかり使用されています。

ただでさえこんな危険な場所を、利用者は衣服を着用せずに利用するのです。

そんな危ない環境であるにもかかわらず、多くの介護職はほかの場所と同じように歩行介助を行います。

というのも、浴室における転倒事故原因のほとんどが「自立度が高いので歩行を介助したら転倒させた」というものなのです。

浴室では、転倒が死亡事故につながることもあります。「浴室内は歩行介助禁止」くらいの危機感を持ってほしいものです。

著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛

※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編』(講談社)の内容より一部を抜粋して掲載しています

書籍紹介

完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編

介護リスクマネジメント 事故防止編

出版社: 講談社

山田滋(著)、三好春樹(監修)、下山名月(監修)、東田勉(編集協力)
「事故ゼロ」を目標設定にするのではなく、「プロとして防ぐべき事故」をなくす対策を! 介護リスクマネジメントのプロである筆者が、実際の事例をもとに、正しい事故防止活動を紹介する介護職必読の一冊です。

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  • 山田滋
    株式会社安全な介護 代表

    早稲田大学法学部卒業と同時に現あいおいニッセイ同和損害保険入社。支店勤務の後2000年4月より介護事業者のリスクマネジメント企画立案に携わる。2006年7月よりインターリスク総研主席コンサルタント、2013年5月末あいおいニッセイ同和損保を退社。2014年4月より現職。

    ホームページ |株式会社安全な介護 公式サイト

    山田滋のプロフィール

  • 三好春樹
    生活とリハビリ研究所 代表

    1974年から特別養護老人ホームに生活指導員として勤務後、九州リハビリテーション大学校卒業。ふたたび特別養護老人ホームで理学療法士としてリハビリの現場に復帰。年間150回を超える講演、実技指導で絶大な支持を得ている。

    Facebook | 三好春樹
    ホームページ | 生活とリハビリ研究所

    三好春樹のプロフィール

  • 下山名月
    生活とリハビリ研究所 研究員/安全介護☆実技講座 講師

    老人病院、民間デイサービス「生活リハビリクラブ」を経て、現在は「安全な介護☆実技講座」のメイン講師を務める他、講演、介護講座、施設の介護アドバイザーなどで全国を忙しく飛び回る。普通に食事、普通に排泄、普通に入浴と、“当たり前”の生活を支える「自立支援の介護」を提唱し、人間学に基づく精度の高い理論と方法は「介護シーン」を大きく変えている。

    ホームページ|安全な介護☆事務局通信

    下山名月のプロフィール

  • 東田勉

    1952年鹿児島市生まれ。國學院大學文学部国語学科卒業。コピーライターとして制作会社数社に勤務した後、フリーライターとなる。2005年から2007年まで介護雑誌『ほっとくる』(主婦の友社、現在は休刊)の編集を担当した。医療、福祉、介護分野の取材や執筆多数。

    ホームページ |フリーライターの憂鬱

    東田勉のプロフィール

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