どんなに元気な利用者であっても、浴室では細心の注意を払いましょう。なぜかと言えば、浴室はそれくらい危険な場所なのです。その認識を持つことが何より先決です。
事故の状況説明
解説の前に、まず、利用者Iさんご本人と事故発生時の状況、介護士がどのように対処したかを振り返ってみます。
利用者の状況

Iさん
90歳・男性・要介護1・認知症:軽度
年齢の割には大柄で元気なIさん。腰やひざの痛みはあるものの、マヒなどはなく生活は自立しています。軽度の認知症はありますが、年相応で問題ない程度です。
事故発生時の状況および対処
PM2:20

50代の女性介護士が1人でIさんの入浴介助を行っていました。体を洗い終わって、浴槽に入るまでの短い距離を、手引き歩行で介助していました。

もうすぐ浴槽というところで、突然Iさんが足を滑らせて後ろに転倒。頭を強く打ちつけました。
Iさんはその場で嘔吐したため、看護師を呼びました。看護師は危険だと判断し、即座に救急車を要請しました。
PM3:00
救急車が到着。近くにある病院に搬送されましたが、硬膜下出血により死亡しました。

Iさんがそれまで元気だっただけに、家族はショックを受けたようでした。
施設側は詳しい事故調査を行い、再発防止策を家族に提示したうえで、保険会社と連絡をとり慰謝料を支払いました。家族は、最終的には納得してくれました。
【過失の有無】事故は未然に防ぐことができたか
今回の事故の場合、過失の有無はどのように判断されるでしょうか。
事故評価の基本的な考え方
浴室内は床の材質がタイルなど硬いうえ、絶えずぬれていて、石鹸水などで滑りやすく、歩行にはもっとも適さない危険な場所です。
転倒し頭部を強打すれば生命の危険もある場所ですから、原則として歩かせてはいけません。
この事故が過失とされる場合

次のような場合には過失と判断されます。
こんな事故評価はダメ!
【原因分析】なぜこの事故が起こったのか
事故分析を行う場合には、利用者側、介護職側、施設側という3方向からのアプローチが有効になります(第15回参照)。
利用者側
介護職側
施設側
こんな原因分析はダメ!
再発防止策の検討
浴室での事故再発防止に有効な策は次の4つです。
浴室内は座位で移動する

ふだん歩行が自立している利用者でも、浴室の床は滑りやすいので、シャワーキャリー等を使用することをお勧めします。
床を滑り止め加工する

予算に応じて滑り止めマットや滑り止めタイル等を使い、浴室の床を滑りにくく加工することも有効です。
職員は滑りにくい履物にする

入浴介助中に介護士が足を滑らせると、利用者ともどもケガにつながるので、滑りにくい履物を選びましょう。
足の裏までしっかりとふく

入浴が終わったら、利用者の足の裏までふきましょう。それだけで脱衣所での転倒の危険性が激減します。
事故対応や家族への対応は適切であったか
事故後にきちんと事故調査を行った点、再発防止策をまとめて家族に提示した点、保険会社と連携して速やかに賠償責任を果たした点、この3点については高く評価できます。
次のチャートを参考にして、家族の気持ちに寄り添った対応ができるように心がけましょう。
大きな事故が起こった際の、家族への対応の基本的な流れを解説
【1】受診の了解を得るためにも、家族に事故の速報を伝える
【2】病院で家族と落ち合い、事故説明をする。このとき「詳しいことは調査するので1週間程度時間をください」と申し出る
【3】以下の5点を詳しく調査する。
【4】調査結果を家族に包み隠さず説明する。施設側に過失がある場合は、併せて賠償責任を果たす
直そう! 介護施設における悪い入浴方法
今でも「運ぶ人」「服を脱がせる人」「体を洗う人」といった分担流れ作業方式で入浴介助を行う施設がありますが、これは介護側の効率ばかり重視されていて、お年寄りが入浴を楽しめません。
居室へのお迎えから入浴まで全てマンツーマンで入浴介助を行うほうが、お互い無駄な時間がないうえに、利用者とゆっくり会話をする余裕が生まれます。
【✕】ストレッチャーで運ぶ

早く運べますが、利用者にとっては怖い運び方です。
利用者と相性のよい介護士が車イスを持って居室までお迎えに行き、一緒に着替えを選んでから脱衣所に連れて行くくらいの余裕を持ちましょう。
【✕】廊下で待たされる

作業する職員が効率よく動けるように、利用者は早めに集められて廊下で待たされることがあります。
しかし、これでは利用者はまるで物として扱われているような気持ちになり不愉快です。
【✕】脱衣所でも待たされる

やっと順番がきたと思っても、今度は脱衣所で裸にされてから、前の人が上がるまで待たされます。
お年寄りであっても羞恥心はあるので、人前で裸になる時間は短いほうがいいものです。
【✕】入れ替え式の入浴

入浴担当の職員が、来た利用者を浴槽に入れて、上げて、次の利用者を入れて、上げて……。
これでは、「はい、次!」という言葉が出てくるばかり。お年寄りもお風呂を楽しむ余裕が生まれません。
浴室の危険性を正確に認識しましょう
浴室内の転倒事故の原因はさまざまです。しかし、どの事故にも共通しているのは、「浴室は他の場所より危険な環境である」という認識が著しく低いことだと言えます。
浴室は、お湯と石鹸を同時に使う場所なので、ほかの部屋の床とは比べものにならないほど滑りやすくなっています。そのうえ、水分に耐えられるように、強くて硬い材質ばかり使用されています。
ただでさえこんな危険な場所を、利用者は衣服を着用せずに利用するのです。
そんな危ない環境であるにもかかわらず、多くの介護職はほかの場所と同じように歩行介助を行います。
というのも、浴室における転倒事故原因のほとんどが「自立度が高いので歩行を介助したら転倒させた」というものなのです。
浴室では、転倒が死亡事故につながることもあります。「浴室内は歩行介助禁止」くらいの危機感を持ってほしいものです。
著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛
※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編』(講談社)の内容より一部を抜粋して掲載しています