【ヒヤリハット活動】本当の事故原因を探すためのアプローチ方法を紹介|事故防止編(第15回)

【ヒヤリハット活動】本当の事故原因を探すためのアプローチ方法を紹介 | 事故防止編(第15回)

ヒヤリハットの原因究明で肝心なのは、利用者、介護職、設備・用具それぞれの側の問題点を探る”3点分析”です。成功するヒヤリハット活動の基礎を学びましょう。

意見をまとめようとする会議形態は問題

ヒヤリハットの原因を分析する際に大切なのが、「結論を一つにまとめない」という点です。

「今回のヒヤリハットの原因は『介護士の気が逸れてしまい、利用者のふらつきに対応できなかった』ということでよろしいでしょうか」といった、意見をまとめるタイプの会議をよく見かけます。

しかし、事故もヒヤリハットも、一つや二つの原因では起こりません。たくさんの原因やミスが重なって、事故に結びつくのです。ですから原因究明をするときは、できるだけたくさんの観点から原因を探し出す形式にしましょう。

ケース検討会議における原因究明は、憶測や推測でも構いません。一つでも多くの可能性を考えてみることが大切です。

利用者側の原因はたくさん考えたい

【ケース検討会議の議題シート(一例)】◇利用者の状況:Bさん(87歳・女性)脳卒中の後遺症で右半片マヒがある。軽い認知症があるため、状況説明を求めるのは難しい。◇事故発生時の状況:朝食前にBさんからナースコールがあったため介護士Cが部屋へ行った。トイレに行きたいとのことだったので、C1人でBさんをベッドから車イスに移乗させようとした。するとC突然Bさんが大きくふらついてしまい、Cは支えきれずに一緒に倒れ込むように転倒した。Cは最後まで手を離さなかったので、倒れ込んだときも勢いはなく、Bさんにケガなどはなかった。

上に挙げたBさんのケースで考えてみましょう。Bさんのヒヤリハットの原因を多角的に分析するには、どうしたらいいでしょうか。

原因を分析する際には、「利用者側の原因」「介護職側の原因」「設備や用具などの原因」の3つに分けて考えます。そのときに、「利用者側の原因」は意識して多く考え出すことが大切です。

利用者側の原因を究明してこれを除去できれば、職員の動き方を変えるよりも根本的な改善になります。火の消し方を工夫するよりも、そもそも火がつかないようにすれば火事は起こらないのと同じです。

では、Bさんのケースで考えてみましょう。「利用者側の原因」とは、つまり「なぜBさんは急にふらついてしまったのか」です。この段階では、上記のように根拠がない憶測でも構いません。とにかくたくさんの「急にふらつく原因」を考え出しましょう。

【原因①推測できる利用者側の原因】・よくねむれなかったのではないか・Bさんは眠れない時に睡眠薬を飲むことがある。もし前日の夜に飲んでいたとすると、薬の量が多すぎて朝になっても抜けきっていなかったのかもしれない。・最近指の関節にこわばりがあるので、介助バーを握った手がうまくはなれなかったのではないか。・排泄夜欲求が強くて、急いでいたのではないか。・血圧が正常でなかったのではないか・血糖値が正常でなかったのではないか・脱水気味だったのではないか・介護士Cのことをイヤがっていたのではないか・誰かとトラブルなどがあって、イライラしていたのではないか・どこかをぶつけたりして、痛みがあったのではないか・Bさんの洋服は記事が滑りそうだったので、抱えてもスルリと抜けてしまったのではないか

介護職側の原因は見つけやすい

利用者側の原因をある程度出し尽くしたら、今度は介護職側の原因を考えましょう。

このケースにおいては、「どうして介護士Cは、転ばないようにBさんを支えられなかったのか」などです。ケース検討会議は可能性を多角的に考える場なので、介護職側の原因も憶測や推測で構いません。

【原因②推測できる介護職側の原因】Cが抱き起こす時、掛け声が小さくてBさんに聞こえていなかったのではないか・立ち上がり動作の時に無理に引き上げるなど、介護動作が正しくなかったのではないか。・Cがに腰痛があるなど体調面で問題があり、足腰に力が入らなかったのではないか。・Cが来ていた服が合成繊維で、静電気がバチッとなってBさんが驚いたのではないか・Cが履いているものが適切でなく、踏ん張りがきかなかったのではないか・朝、嫌なことがあって、Cがいらいらしていたのではないか・立ち上がり解除の時にCが丸抱えで起こしたので、Bさんは目が回っていたのではないか・ちゃんと座っていることを確認しないで立たせたのではないか・Bさんが立つタイミングではなく、Cのペースで立たせたためにバランスが崩れたのではないか

ただ、介護現場の職員が集まってケース検討会議を開くわけですから、介護職側のミスや原因は誰もが比較的容易に気がつきます。すると、「利用者側の原因は一つだけで、介護職側の原因ばかりいくつも挙がっている」状況に陥りがちです。

介護士のスキルアップは大切なことですが、ケース検討会議では介護職側の原因探しばかりにならないようにバランスよく考えましょう

意外と気づかない設備や用具の原因

介護現場の事故原因として、「利用者側の原因」と「介護職側の原因」について考えてきました。これに加えてもう一つ持ってほしい視点が「設備や用具などの原因」です。

【原因③推測できる設備や用具などの原因】小柄なBさんに対して、ベッドが高すぎたのではないか・床の表面が滑りやすかったのではないか・Bさんの履物の底がすべりやすかったのではないか・車イスのブレーキが緩んでいて、座ろうとしたらズルっと滑ったのではないか・マットレスがやわらかく、立ち上がりにくかったのではないか・Cが安定して足を広く踏ん張れるただけのスペースがなかったのではないか・マットレスが固定されていなかったので、動いてしまったのではないか・ベッドのキャスターのストッパーが外れていたのではないか・ベッドと車イスのいち関係が悪かったのではないか・ベッドにつかまるものがなかったのではないか

これはヒヤリハット活動を始める前に取り組むべき「危険発見活動」の内容と重なるので、問題ないはずだと思い込んで見落としがちになってしまいます。

しかし1年に1回程度行われる危険発見活動で、設備名用具について点検していても、漏れや変化があるものです。ですからヒヤリハットが起こるたびに、「環境に危険要因はなかったのか」を考える習慣をなくさないように心がけましょう。

このように三方向から事故原因を探す手法は、SHELL(シェル)モデルと言われるヒューマンエラーの分析手法を介護現場に当てはめて簡略化したものです。職広いリスクを見つけるには大変効果的な手法なので、ぜひ取り入れてみてください。

SHELLモデルとは

ヒューマンエラーや事故の原因を多角的に分析する手法です。

  • Software(ソフトウェア)
  • Hardware(ハードウェア)
  • Environment(環境)
  • Liveware(当事者)
  • Liveware(当事者以外の人)

これらの要素のスペルの頭文字をならべて「SHELLモデル」と呼ばれます。

著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛

※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編』(講談社)の内容より一部を抜粋して掲載しています

書籍紹介

完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編

介護リスクマネジメント 事故防止編

出版社: 講談社

山田滋(著)、三好春樹(監修)、下山名月(監修)、東田勉(編集協力)
「事故ゼロ」を目標設定にするのではなく、「プロとして防ぐべき事故」をなくす対策を! 介護リスクマネジメントのプロである筆者が、実際の事例をもとに、正しい事故防止活動を紹介する介護職必読の一冊です。

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  • 山田滋
    株式会社安全な介護 代表

    早稲田大学法学部卒業と同時に現あいおいニッセイ同和損害保険入社。支店勤務の後2000年4月より介護事業者のリスクマネジメント企画立案に携わる。2006年7月よりインターリスク総研主席コンサルタント、2013年5月末あいおいニッセイ同和損保を退社。2014年4月より現職。

    ホームページ |株式会社安全な介護 公式サイト

    山田滋のプロフィール

  • 三好春樹
    生活とリハビリ研究所 代表

    1974年から特別養護老人ホームに生活指導員として勤務後、九州リハビリテーション大学校卒業。ふたたび特別養護老人ホームで理学療法士としてリハビリの現場に復帰。年間150回を超える講演、実技指導で絶大な支持を得ている。

    Facebook | 三好春樹
    ホームページ | 生活とリハビリ研究所

    三好春樹のプロフィール

  • 下山名月
    生活とリハビリ研究所 研究員/安全介護☆実技講座 講師

    老人病院、民間デイサービス「生活リハビリクラブ」を経て、現在は「安全な介護☆実技講座」のメイン講師を務める他、講演、介護講座、施設の介護アドバイザーなどで全国を忙しく飛び回る。普通に食事、普通に排泄、普通に入浴と、“当たり前”の生活を支える「自立支援の介護」を提唱し、人間学に基づく精度の高い理論と方法は「介護シーン」を大きく変えている。

    ホームページ|安全な介護☆事務局通信

    下山名月のプロフィール

  • 東田勉

    1952年鹿児島市生まれ。國學院大學文学部国語学科卒業。コピーライターとして制作会社数社に勤務した後、フリーライターとなる。2005年から2007年まで介護雑誌『ほっとくる』(主婦の友社、現在は休刊)の編集を担当した。医療、福祉、介護分野の取材や執筆多数。

    ホームページ |フリーライターの憂鬱

    東田勉のプロフィール

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