排泄はプライバシーも重要。トイレの中では利用者さんが一人になりますので、そこでバランスを崩せば転落は避けられません。見守らなくても転落しない設備を考えましょう。
事故の状況説明
解説の前にまず、利用者Hさんと事故発生時の状況、また介護士がどのように対処したかを振り返ります。
利用者の状況
Hさん
86歳・女性・要介護3・認知症:中程度
Hさんは少々ふくよかだが、小柄な女性。左片マヒや腰痛があり、歩行は車イスが中心です。認知症はありますが、情緒が安定して穏やかな性格です。
事故発生時の状況および対処
PM7:35
Hさんからのコールを受け、排泄介助を行っていました。便座に移乗が完了したら、介護士は「終わったら呼んでください」と言って、ドアの外で待機しました。
ドアの外で立って待っていたところ、中から「ドサッ」という音が聞こえたので、慌てて中の様子を確認。すると、Hさんがマヒ側の手前に転落していました。
介護士は慌てて助け出し、身だしなみを整えてから居室に連れていきました。本人の意識は明瞭で、大きなケガはなさそうでした。
PM8:00
一段落ついたところで、看護師を呼びました。
バイタルチェックを行ったところ、数値に問題はありませんでした。手首が少し痛むとのことだったので、湿布薬を貼って様子を見ました。
【過失の有無】事故は未然に防ぐことができたか
この事故の場合、過失の有無はどう判断されるのでしょうか。
事故評価の基本的な考え方
介助中であっても、利用者は介護職から見えない場所にいますから、バランスを崩したときに支えることはできません。
したがって、転落しないよう便座上で座位が安定するような対策がなされていたかが、事故評価のポイントになります。
この事故が過失とされる場合
片マヒの利用者や座位の安定の悪い利用者は、便座上でバランスを崩す危険を予測して防止対策をとらなければ、過失とみなされることがあります。
こんな事故評価はダメ!
【原因分析】なぜこの事故が起こったのか
事故分析を行う際は、利用者側、介護職側、施設側の3方向からのアプローチ方法が有効です(第15回参照)。
利用者側
介護職側
施設側
こんな原因分析はダメ!
再発防止策の検討
見守りが難しいトイレ内の事故では、どのような再発防止策が考えられるでしょうか。
今ある設備で座位が安定するよう工夫する
たとえば、足がしっかり床に着かないなら、ほどよい高さの足台を用意する、マヒがある人ならマヒがない側につかまるものを用意するなど、安定して座るためにできることはないか知恵を絞りましょう。
座位の安定が保てるように設備を改修する
跳ね上げ式のひじかけや、前に体を預けられる手すりを設置できると、座位が安定します。
全部のトイレを改修できなくても、各フロアに1つ以上は「座位が安定しない人でも安心して使えるトイレ」を設置できると良いでしょう。
事故対応や家族への対応は適切であったか
意識がはっきりしていたとはいえ転落しているので、救急車は呼ばないまでも、念のため受診したほうがよかったと思われます。
落ちた瞬間を目撃できていない場合は、容態確認が特に大切になります。
「大丈夫? 痛くない?」と聞くと、遠慮深いお年寄りは「大丈夫」と反射的に答えてしまいます。本人に確認する場合は「大丈夫?」ではなく、「痛むところはどこですか?」とゆっくり問いかけるように心がけましょう。
【類似事例を紹介】排泄介助時にその場を離れ、転落した事故
利用者を便座に座らせてから外で待機していると、徘徊防止センサーのコールが鳴った。
介護士は「この利用者は座位が比較的安定しているから、少しなら離れても大丈夫だろう」と判断し、コールの対応に行った。
コールは認知症の利用者からだったので、PHSでほかのユニットの職員に応援を頼むなどの対処をしてトイレへ戻った。
すると利用者はすでに便座から転落していて、検査の結果、大腿骨骨折と診断された。
事故を防ぐポイントと過失の有無
介助中の利用者を放っておいて事故が起こった場合と、コールにすぐに対応できなくて事故が起こった場合とでは、前者のほうが過失は大きいと判断されます。
介護職員は介助中の利用者の安全に対して、きわめて重い責任を負っているという認識を持たなければなりません。介助中に放っておかれて事故が起こったとなると、軽んじられたと感じて、利用者や家族の大きな心の傷になります。
居室に1人でいるときに事故が起こった場合は、家族もある程度「仕方がない」と心の整理をつけやすいものです。
有効な再発防止策とは?
再発を防止するには、「ほかのナースコールなどが鳴っても、目の前の介助中の利用者のそばを離れてはいけない」というルールを徹底することが必要です。
見守りがなくても転落しないよう工夫する
利用者の排泄中、トイレのドアは閉めておくのが原則です。
その間、介護職員は外で待ちます。万が一、この間に便座上でバランスを崩せば、利用者の転落は阻止できません。
80代の女性の下腿長(かたいちょう=膝下の長さ)の平均値は、36~37センチです。一方、一般的な便座の高さは42センチです。
ですから、便座に座ったときに足が床にしっかり着いて安定する利用者は少ないと言えます。
これでは片マヒがあるなど、座位が安定しにくい人には非常に危険です。
では、利用者がイヤがったとしても、安全のためには排泄中もずっと職員が横についているべきなのでしょうか。
それは違います。まずは1人で排泄できるように、足台を使うなど座位の安定を工夫してあげることが先決です。
最近では前方手すりやひじかけ、背もたれなど、便座上で安定するための補助用具があります。それらを設置するのも有効です。
著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛
※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編』(講談社)の内容より一部を抜粋して掲載しています