【入所施設での事故防止策⑧】排泄中の便座からの転落事故|事故防止編(第28回)

【入所施設での事故防止策⑧】排泄中の便座からの転落事故 | 事故防止編(第28回)

排泄はプライバシーも重要。トイレの中では利用者さんが一人になりますので、そこでバランスを崩せば転落は避けられません。見守らなくても転落しない設備を考えましょう。

事故の状況説明

解説の前にまず、利用者Hさんと事故発生時の状況、また介護士がどのように対処したかを振り返ります。

利用者の状況

Hさん 86歳・女性・要介護3・認知症:中程度

Hさん

86歳・女性・要介護3・認知症:中程度

Hさんは少々ふくよかだが、小柄な女性。左片マヒや腰痛があり、歩行は車イスが中心です。認知症はありますが、情緒が安定して穏やかな性格です

事故発生時の状況および対処

PM7:35

排泄介助の際声掛けをする介護職員のイラスト

Hさんからのコールを受け、排泄介助を行っていました。便座に移乗が完了したら、介護士は「終わったら呼んでください」と言って、ドアの外で待機しました。

排泄介助。利用者が倒れていたのを発見する介護職員のイラスト

ドアの外で立って待っていたところ、中から「ドサッ」という音が聞こえたので、慌てて中の様子を確認。すると、Hさんがマヒ側の手前に転落していました。

介護士は慌てて助け出し、身だしなみを整えてから居室に連れていきました。本人の意識は明瞭で、大きなケガはなさそうでした。

PM8:00

排泄介助中に倒れた利用者を看護師がバイタルチェックを行っているイラスト。

一段落ついたところで、看護師を呼びました。

バイタルチェックを行ったところ、数値に問題はありませんでした。手首が少し痛むとのことだったので、湿布薬を貼って様子を見ました。

【過失の有無】事故は未然に防ぐことができたか

この事故の場合、過失の有無はどう判断されるのでしょうか。

事故評価の基本的な考え方

介助中であっても、利用者は介護職から見えない場所にいますから、バランスを崩したときに支えることはできません。

したがって、転落しないよう便座上で座位が安定するような対策がなされていたかが、事故評価のポイントになります。

この事故が過失とされる場合

座位が不安定な利用者のイラスト


片マヒの利用者や座位の安定の悪い利用者は、便座上でバランスを崩す危険を予測して防止対策をとらなければ、過失とみなされることがあります。

  • 座位が安定するよう足台を設置するなどの対策をとらなかった
  • 前方手すりや跳ね上げ式の手すりなどがまったくなかった
  • 移乗介助時に、座位の安定を確認しなかった

こんな事故評価はダメ!

  • 介護士は外で待機していたのだから、防ぎようがない事故だった

【原因分析】なぜこの事故が起こったのか

事故分析を行う際は、利用者側、介護職側、施設側の3方向からのアプローチ方法が有効です(第15回参照)。

利用者側

  • 不顕性低血糖を起こしていた
  • 起立性低血圧を起こしていた
  • 関節炎など下肢の疾患が悪化していたため、踏ん張れなかった
  • 脱水によるふらつきが起きていた

介護職側

  • 移乗介助をしたあとに、座位が安定しているか確認するのを怠った
  • 座位が不安定であることに気づきながら、安定させるための配慮を怠った

施設側

  • 手すりの位置やひじかけなど、座位を安定させるための設備が足りない
  • お年寄りの体格に対して、便座の位置が高すぎる
  • 便座の穴が大きかった
  • センサー式ライトの感知力が低く、座ってじっとしていたら途中で暗くなった

こんな原因分析はダメ!

  • 排泄中に外で待機していたから転落した。本人がイヤがってもずっとトイレの中にいて、付き添うべきだった

再発防止策の検討

見守りが難しいトイレ内の事故では、どのような再発防止策が考えられるでしょうか。

今ある設備で座位が安定するよう工夫する

座位が安定しない利用者のために足台を用意するイラスト

たとえば、足がしっかり床に着かないなら、ほどよい高さの足台を用意する、マヒがある人ならマヒがない側につかまるものを用意するなど、安定して座るためにできることはないか知恵を絞りましょう。

座位の安定が保てるように設備を改修する

跳ね上げ式のひじかけや手すりを完備したトイレのイラスト

跳ね上げ式のひじかけや、前に体を預けられる手すりを設置できると、座位が安定します。

全部のトイレを改修できなくても、各フロアに1つ以上は「座位が安定しない人でも安心して使えるトイレ」を設置できると良いでしょう。

事故対応や家族への対応は適切であったか

便座から転落した利用者に容態確認をする介護職員のイラスト

意識がはっきりしていたとはいえ転落しているので、救急車は呼ばないまでも、念のため受診したほうがよかったと思われます。

落ちた瞬間を目撃できていない場合は、容態確認が特に大切になります

「大丈夫? 痛くない?」と聞くと、遠慮深いお年寄りは「大丈夫」と反射的に答えてしまいます。本人に確認する場合は「大丈夫?」ではなく、「痛むところはどこですか?」とゆっくり問いかけるように心がけましょう。

【類似事例を紹介】排泄介助時にその場を離れ、転落した事故

利用者を便座に座らせ外で待機中に徘徊防止センサーがなったことに気がつく介護職員のイラスト

利用者を便座に座らせてから外で待機していると、徘徊防止センサーのコールが鳴った。

介護士は「この利用者は座位が比較的安定しているから、少しなら離れても大丈夫だろう」と判断し、コールの対応に行った。

コールは認知症の利用者からだったので、PHSでほかのユニットの職員に応援を頼むなどの対処をしてトイレへ戻った。

すると利用者はすでに便座から転落していて、検査の結果、大腿骨骨折と診断された。

事故を防ぐポイントと過失の有無

介助中の利用者を放っておいて事故が起こった場合と、コールにすぐに対応できなくて事故が起こった場合とでは、前者のほうが過失は大きいと判断されます。

介護職員は介助中の利用者の安全に対して、きわめて重い責任を負っているという認識を持たなければなりません。介助中に放っておかれて事故が起こったとなると、軽んじられたと感じて、利用者や家族の大きな心の傷になります

居室に1人でいるときに事故が起こった場合は、家族もある程度「仕方がない」と心の整理をつけやすいものです。

有効な再発防止策とは?

再発を防止するには、「ほかのナースコールなどが鳴っても、目の前の介助中の利用者のそばを離れてはいけない」というルールを徹底することが必要です。

見守りがなくても転落しないよう工夫する

利用者の排泄中、トイレのドアは閉めておくのが原則です。

その間、介護職員は外で待ちます。万が一、この間に便座上でバランスを崩せば、利用者の転落は阻止できません。

80代の女性の下腿長(かたいちょう=膝下の長さ)の平均値は、36~37センチです。一方、一般的な便座の高さは42センチです。

ですから、便座に座ったときに足が床にしっかり着いて安定する利用者は少ないと言えます。

これでは片マヒがあるなど、座位が安定しにくい人には非常に危険です。

では、利用者がイヤがったとしても、安全のためには排泄中もずっと職員が横についているべきなのでしょうか。

それは違います。まずは1人で排泄できるように、足台を使うなど座位の安定を工夫してあげることが先決です。

最近では前方手すりやひじかけ、背もたれなど、便座上で安定するための補助用具があります。それらを設置するのも有効です。

著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛

※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編』(講談社)の内容より一部を抜粋して掲載しています

書籍紹介

完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編

介護リスクマネジメント 事故防止編

出版社: 講談社

山田滋(著)、三好春樹(監修)、下山名月(監修)、東田勉(編集協力)
「事故ゼロ」を目標設定にするのではなく、「プロとして防ぐべき事故」をなくす対策を! 介護リスクマネジメントのプロである筆者が、実際の事例をもとに、正しい事故防止活動を紹介する介護職必読の一冊です。

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  • 山田滋
    株式会社安全な介護 代表

    早稲田大学法学部卒業と同時に現あいおいニッセイ同和損害保険入社。支店勤務の後2000年4月より介護事業者のリスクマネジメント企画立案に携わる。2006年7月よりインターリスク総研主席コンサルタント、2013年5月末あいおいニッセイ同和損保を退社。2014年4月より現職。

    ホームページ |株式会社安全な介護 公式サイト

    山田滋のプロフィール

  • 三好春樹
    生活とリハビリ研究所 代表

    1974年から特別養護老人ホームに生活指導員として勤務後、九州リハビリテーション大学校卒業。ふたたび特別養護老人ホームで理学療法士としてリハビリの現場に復帰。年間150回を超える講演、実技指導で絶大な支持を得ている。

    Facebook | 三好春樹
    ホームページ | 生活とリハビリ研究所

    三好春樹のプロフィール

  • 下山名月
    生活とリハビリ研究所 研究員/安全介護☆実技講座 講師

    老人病院、民間デイサービス「生活リハビリクラブ」を経て、現在は「安全な介護☆実技講座」のメイン講師を務める他、講演、介護講座、施設の介護アドバイザーなどで全国を忙しく飛び回る。普通に食事、普通に排泄、普通に入浴と、“当たり前”の生活を支える「自立支援の介護」を提唱し、人間学に基づく精度の高い理論と方法は「介護シーン」を大きく変えている。

    ホームページ|安全な介護☆事務局通信

    下山名月のプロフィール

  • 東田勉

    1952年鹿児島市生まれ。國學院大學文学部国語学科卒業。コピーライターとして制作会社数社に勤務した後、フリーライターとなる。2005年から2007年まで介護雑誌『ほっとくる』(主婦の友社、現在は休刊)の編集を担当した。医療、福祉、介護分野の取材や執筆多数。

    ホームページ |フリーライターの憂鬱

    東田勉のプロフィール

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