【入所施設での事故防止策⑥】誤薬事故|事故防止編(第26回)

【入所施設での事故防止策⑥】誤薬事故 | 事故防止編(第26回)

高齢者は服用している薬が多く、間違えると危険なので管理は重要課題です。効果的な確認作業を行っている実例をまじえながら、その方法と注意点を解説します。

事故の状況説明

まずは利用者Fさんご本人と、事故発生時の状況、介護士がどう対処したかを振り返ってみます。

利用者の状況

Fさん 88歳・男性・要介護2・認知症:中程度

Fさん

88歳・男性・要介護2・認知症:中程度

認知症は中程度で、高血圧症などの持病はあるものの比較的元気な利用者。もともと食が細く、非常に小柄な男性です

事故発生時の状況および対処

PM6:30

利用者が誤薬してしまったことに気がついた介護職のイラスト

夕食のあと、Fさんに本人の薬を飲ませたつもりでしたが、誤ってZさんの薬を飲ませてしまったことに気がつきました。 誤薬させてしまった介護士は、すぐに看護師に伝達。

PM7:00

誤薬した利用者のバイタルチェックを実施する看護師のイラスト

看護師がバイタルチェックを実施。

数値に問題はなく、Fさんの意識もしっかりしていたので経過観察としました。

PM8:30

看護師のバイタルチェックを経て経過観察をしていたところ、意識を失って倒れた利用者と介護職のイラスト

経過観察をしていたところ、突然Fさんが意識を失って倒れました。慌てて救急車を要請。

PM10:00

救急病院に運ばれて医療処置を受けましたが、駆けつけた家族に見守られながら死亡しました。

【過失の有無】事故は未然に防ぐことができたか

今回の誤薬事故で、施設側の過失はどのように判断されるでしょうか。

事故評価の基本的な考え方

薬は間違えて服用すると非常に危険なので、施設側には万全な管理体制とチェック体制が求められます。

そんななかで起こる大きな誤薬事故は、薬の確認や本人確認などに何らかの問題があることが原因です。施設側の過失を否定することは難しいと考えられます。

この事故が過失とされる場合

誤薬防止のために、2名の職員で利用者の名前を読み上げているイラスト

誤薬事故は100%施設の過失とみなされる事故です。注意しましょう。

  • 防止のためのチェックマニュアルなどが、徹底されていなくてはならない
  • 現実には、「利用者の名前を声に出して読み上げて2名の職員でダブルチェックする」など、効果に疑問があるチェック体制の施設がほとんど(本当に本人かどうかわからない)

こんな事故評価はダメ!

  • 「Zさんですか」と本人確認をしたところ、 Fさんが「はい」と言ったので間違えた

【原因分析】なぜこの事故が起こったのか

事故分析は、利用者側、介護職側、施設側という3方向からのアプローチ方法で行います(第15回参照)。

利用者側

  • なし

介護職側

  • 決められたチェックルールを守らなかった
  • 自宅から持参した薬の配置を介護士が間違えた

施設側

服薬前のチェック方法が不正確なことを表すイラスト。利用者の本人確認の方法が適切ではない。
  • 服薬前の薬のチェック方法が不正確
  • 利用者の本人確認の方法が不正確(特に、認知症の利用者)

こんな原因分析はダメ!

  • 介護士がきちんと注意しなかったから、配薬ミスが起こった

再発防止策の検討

取り返しのつかない事故になりかねない誤薬。効果的な再発防止策としてこちら2つの実例をご紹介しましょう。

薬の取り違えを防ぐ

ポケット付きビニールケースに、利用者ごとの薬を入れて管理しているイラスト。利用者名とくすりの写真と薬剤名。薬効の一覧が入っています。

あるデイサービスで薬の確認の手間を大幅に減らしたのが、「ポケット付きビニールケース」の活用です。

ここでは薬入れとして、透明のビニールケースを使います。表のポケットに、利用者名と併せて薬局でもらえる薬の写真と薬剤名、薬効の一覧を切って入れておくのです。

そこに薬を入れておけば、薬に間違いがないか、薬剤名だけでなく見た目でも判断できます。

人の取り違えを防ぐ

食膳の食札に利用者の顔写真を貼って本人確認をしている介護職員のイラスト

一般的には、利用者をフルネームで呼んで確認するという対策が多いようです。しかし、認知症があると「はい」と返事をしてしまうことがあるので、あまり意味がありません。

ある認知症対応型デイサービスでは、食膳の食札に利用者の顔写真を貼って本人確認をしているそうです。

職員が写真で視覚的に確認するほうが、確実に本人であることを確認できます。

事故対応や家族への対応は適切であったか

誤薬事故は即受診。たとえ一般的な薬でも、その人にとっては危険である可能性も。誤薬事故は即受診を徹底しましょう。

Fさんの事例の事故対処において、たくさんの問題がありました。しかし、いちばん問題なのは、「すぐに受診させずに、看護師の判断で経過観察としたこと」です。

間違えて飲んだ薬がその利用者の体にどのような影響を与えるかを判断する行為は、看護師に許される業務の範疇を超えています。

薬の作用は非常に複雑なので、「この薬を飲んで大丈夫かどうか」を判断できるのは医者だけです。

誤薬の対処は「判断」ではなく、「診断」の域の話だと言えます。ですから、誤薬事故が起きた場合は、絶対に経過観察にはしないで即受診とするべきでした。

誤薬を防止するための一連の方法

誤薬防止のため、確認は以下の4つを一連の作業として行うことをおすすめします。

事前に薬を確認する

お薬ケースに入っている薬とケースに貼ってある薬の内容が同じか確認する介護職員のイラスト

前もって、お薬ケースに入っている薬と、お薬ケースに貼ってある薬の内容が一致するか確認しておきましょう。

食札と薬を一致させる

食札の名前とお薬ケースの名前を照合しているイラスト

食札の名前と、お薬ケースの名前を照合して、本人の薬かどうかを確認します。

本人であることを確認する

食札にある名前と顔写真、座っている利用者の顔を照らし合わせて本人確認をしているイラスト

食札にある名前と、顔写真を見ながら座っている利用者の顔を照らし合わせて、本人かどうか確認します。

認知症の利用者への配慮

薬の服薬を見守る介護職のイラスト

認知症の利用者の中には、隣の人の薬を飲んだり、自分の薬を捨てる人もいるので、見守りを強化してください。

ミスの防止と発見、この両方が大切

介護施設はたくさんの高齢者が利用しており、一人ひとりが違う薬を服用しています。誤って他人のものを飲んでしまうと、何が起こるかわからないのが薬の怖さです。

お年寄りは体力や免疫力が低下しているので、薬が効きすぎてしまうことも大いに考えられます。つまり、誤薬事故はきわめて起こりやすく、いざ発生したら非常に危険な事故なのです。

誤薬事故を防ぐには、「配薬のミスがないよう注意する」といった活動では足りません。

どんなに注意しても人間のやることですから、ミスは起こります。「ミスが起こっても、利用者の口に入る前に誤りを発見できるようなチェック体制をつくること」が大切です。

この記事を参考にしながら、誤薬事故防止の体制をしっかり整えましょう。そして、もし誤薬事故が起こってしまったら、即受診とすることが何よりも大切です。

著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛

※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編』(講談社)の内容より一部を抜粋して掲載しています

書籍紹介

完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編

介護リスクマネジメント 事故防止編

出版社: 講談社

山田滋(著)、三好春樹(監修)、下山名月(監修)、東田勉(編集協力)
「事故ゼロ」を目標設定にするのではなく、「プロとして防ぐべき事故」をなくす対策を! 介護リスクマネジメントのプロである筆者が、実際の事例をもとに、正しい事故防止活動を紹介する介護職必読の一冊です。

→Amazonで購入

  • 山田滋
    株式会社安全な介護 代表

    早稲田大学法学部卒業と同時に現あいおいニッセイ同和損害保険入社。支店勤務の後2000年4月より介護事業者のリスクマネジメント企画立案に携わる。2006年7月よりインターリスク総研主席コンサルタント、2013年5月末あいおいニッセイ同和損保を退社。2014年4月より現職。

    ホームページ |株式会社安全な介護 公式サイト

    山田滋のプロフィール

  • 三好春樹
    生活とリハビリ研究所 代表

    1974年から特別養護老人ホームに生活指導員として勤務後、九州リハビリテーション大学校卒業。ふたたび特別養護老人ホームで理学療法士としてリハビリの現場に復帰。年間150回を超える講演、実技指導で絶大な支持を得ている。

    Facebook | 三好春樹
    ホームページ | 生活とリハビリ研究所

    三好春樹のプロフィール

  • 下山名月
    生活とリハビリ研究所 研究員/安全介護☆実技講座 講師

    老人病院、民間デイサービス「生活リハビリクラブ」を経て、現在は「安全な介護☆実技講座」のメイン講師を務める他、講演、介護講座、施設の介護アドバイザーなどで全国を忙しく飛び回る。普通に食事、普通に排泄、普通に入浴と、“当たり前”の生活を支える「自立支援の介護」を提唱し、人間学に基づく精度の高い理論と方法は「介護シーン」を大きく変えている。

    ホームページ|安全な介護☆事務局通信

    下山名月のプロフィール

  • 東田勉

    1952年鹿児島市生まれ。國學院大學文学部国語学科卒業。コピーライターとして制作会社数社に勤務した後、フリーライターとなる。2005年から2007年まで介護雑誌『ほっとくる』(主婦の友社、現在は休刊)の編集を担当した。医療、福祉、介護分野の取材や執筆多数。

    ホームページ |フリーライターの憂鬱

    東田勉のプロフィール

フォローして最新情報を受け取ろう

We介護

介護に関わるみなさんに役立つ楽しめる様々な情報を発信しています。
よろしければフォローをお願いします。

介護リスクマネジメントの記事一覧