【訪問看護のクレーム対応】利用者への虐待の嫌疑をかけられた場合|トラブル対策編(第76回)

【訪問看護のクレーム対応】利用者への虐待の嫌疑をかけられた場合 | トラブル対策編(第76回)

フレンドリーな対応と失礼な対応を混同してはいけません。訪問サービスでは施設以上に、高いサービスの質やモラルが求められる場面がありますので注意が必要です。

クレーム発生時の状況を説明

まずは、利用者Fさんのご家族からクレーム申し立てがあった内容と、トラブルになった経緯を見てみましょう。

利用者の状況

Fさん 68歳、女性、要介護4

Fさん

68歳、女性、要介護4

既往症:パーキンソン病、軽い認知症

ADL:立位は介助が必要。歩行は難しいので移動は車椅子を使用。食事はソフト食。発語はあるが不明瞭。認知に変動があるがしっかりしている瞬間も多く、基本的には会話が成立する

ご家族からのクレーム内容

母は若くしてパーキンソン病を発症しました。病気の影響で、最近では少し認知症の症状も出てきています。しかし母はもともと気遣いのできるタイプですし、若くして介護を受ける立場になったことをしっかり理解していて、申し訳ないと感じているようです。

ある日、訪問看護の看護師が母の入浴介助をしていたときのことです。浴室から母の「やめてください」という声が聞こえてきました。私が急いで駆けつけて確認すると、背中に赤い、引っ掻いたような傷ができていたのです。看護師はごまかすようにニヤニヤ笑っており、「大げさだ」とでも言いたいような態度に見えました。

訪問介護のクレーム例のイラスト。

日頃から「母に認知症がある」ということで、赤ちゃんに対するようなバカにした態度をとることがあり、その態度が非常に鼻につく看護師でした。そのうえ、母にケガをさせても、どうせ認知症があるためわからないだろうと思っていたのではないかと感じます。そもそも今回の入浴介助中のケガは立派な虐待行為ですから、家族としては絶対に許すことはできません。看護師はそこのところが、まったくわかっていません。

クレームを言いに訪問看護ステーションに行き、今回の虐待について責任者に説明をしました。すると、責任者はその話し合いの場に当事者である看護師を呼び、本人に「本当ですか?」と聞いたのです。もちろん、看護師は「そんなことはしていません」と否定しました。責任者は看護師の「していない」という言葉を真に受けて、まったく対応してくれませんでした。これでは話になりません。

そこで国保連に対する苦情申し立てに至った次第です。

居宅サービスは接遇やサービスで質の高さが求められる

施設サービスと違い、訪問看護は「居宅サービス」の中の一つです。訪問して行うサービスの難しいところは、利用者家族の生活圏にこちらから入っていって、本人だけでなく家族の前でもサービスを提供するという点にあります。

毎回家族の前で訪問看護を行っていれば、本人は気にしていなくても、家族が気に入らない、ということがあるものです。ですから訪問サービス従事者は、施設サービス以上に接遇やサービスの質を求められる環境であると言えます。

それにもかかわらず、訪問サービスは職員が一堂に会して研修を行う機会がほとんどありま せん。入所施設や通所施設では、評判のいい介護士の接遇を目の前で見て技を盗むことで、職員のレベルアップが進んでいくものです。訪問サービス事業者はそういう機会が持てないので、いっそう意識して職員教育に取り組む必要があります。

このクレーム対応のおもな問題点

おもな問題点は2つ挙げられます。それぞれ解説していきましょう。

きちんと調査せずに嫌疑を否定した点

訪問介護のクレーム対応のイラスト。介護施設側がきちんとした調査もせず、看護師が否定しているからという言う理由できちんとした対応をしてくれません。

お客様の前で職員を呼び、簡単な質問をしただけで虐待の嫌疑を否定してしまったことは大いに問題です。虐待の疑いというデリケートな問題について、その場で答えを出そうとするのは無理があります。

まずは家族のクレーム内容をしっかり聞いてから、きちんと内部調査を行うべきでした。虐待を疑っている家族は、こんなやり方で納得するわけがありません。

職員の態度や言葉遣いが失礼な印象である点

訪問介護のクレーム例。看護師の利用者への態度や言葉遣いなどに問題があり、利用者や家族が不快に感じています

この看護師は、態度や言葉遣いなどの接遇面でも問題があるようです。医療従事者は介護士と違って、お年寄りへの対応について知識が足りない場合があります。人生の先輩である利用者に対する声かけが子どもに対するようだと、本人も気にしますし、何より家族が不快に思うものです。訪問サービス事業者も、サービス向上のために接遇研修を行う必要があります。

このクレーム対応の改善案は?

改善案としては2つ考えられます。「利用者を傷つけたことへの適切な対応」と「職員に対して言葉遣いの研修を実施する」ことです。

【1】利用者を傷つけたことに対する適切な対応をとる

【利用者を傷つけたことに対する適切な対応】利用者を傷つけたという事実があったかどうかを調査する→職員が利用者を傷つけたことがわかれば正式に謝罪する→利用者側からの希望があればその職員を担当から外す→入浴介助のやり方を家族が納得がいくように打ち合わせる

職員を信じたい気持ちはわかりますが、クレームがあった以上はきちんと調査を行いましょう。故意でなくても利用者を傷つけたのであれば、正式な謝罪を含む対応が必要です。

【2】職員の言葉遣いの研修を行う

日常で使う言葉とお客様に対する言葉遣いは違います。これは頭で理解することではなく、訓練で身につけるものですから、時間をかけて研修しなければなりません。

お客様に対する言葉 日常で使う言葉
わたくしが山田様のお宅に伺います 僕が山田さんの家に行きます
何でもおっしゃってください 何でも言ってくださいね
お客様ご自身でなさいますか? お客さんが自分でしますか?
わたくしがさせていただきます わたしがやります
拝見してもよろしいですか? 見てもいいですか?
申し訳ございません すみません

このクレームの適切な対応方法(一例)

今回の入浴介助中のケガは、立派な虐待行為です。私はすぐに訪問看護ステーションへ行き、責任者に説明をしました。すると責任者は「それは大変申し訳ございませんでした」と言って、とてもていねいに謝罪してくれました。この責任者なら理解してくれるだろうと感じられる態度でした。

それから責任者がわが家に来て、母の様子とケガの状態を確認しました。うまくは話せませんでしたが、母本人からも話を聞こうとしてくれた点も好印象でした。ひと通り話をメモしてから、「内部で調査を行いますので、1週間ほど時間をいただけますか」と言って帰って行きました。

1週間後に電話連絡があり、調査結果を伝えるための日程調整を申し出る内容でした。さっそく翌日来ていただいて、話を伺いました。すると、写真を見せながら担当の看護師に事情を聞いたところ、「自分がつけてしまった傷で間違いない」と、素直に認めたとのことでした。ただ、故意ではなく、用具が引っかかってしまったミスから起こったことだったそうです。

責任者から「担当を替えましょうか?」という申し出があったので、お願いしました。

それから、母の入浴方法について細かく打ち合わせをしました。次に来る看護師に伝えてくれるそうです。また、利用者に対する言葉遣いについての研修を行うことも伝えてくれました。母のようにイヤな思いをする利用者が1人でも減るように、今後は定期的に研修を行ってほしいものです。

今回の事故は不本意ではありましたが、責任者がていねいに対応してくださったので満足しています。今後はこのようなことが起こらないように、注意していただきたいです。

訪問介護での入浴介助のイラスト。入浴介助時に利用者が怪我をしたというクレームがあったため、内部調査を行い、担当者を変更しました。

レベルの低い職員の研修を徹底する

職員にかけられた不正の嫌疑について、どのように対応するかは第75回を参照してください。本記事では職員の接遇教育について、簡単に紹介します。

事業所の職員全ての接遇レベルが低いということはまずありません。事業所の評価を下げているのは、社会人としての基本的態度が身についていないごく一部の職員のはずです。ですから、接遇の研修はやみくもに行うのではなく、できる職員に対するレベルアップ研修を行うよりも、できない職員への基本研修を行ったほうが顧客満足度は上がります

まずは「お客様が不快に思わない対応」が、介護にかかわる職員に求められる最低ラインです。事業者は、「あいさつを含めた基本動作」「適切な言葉遣い」「お客様に対する考え方」などについて、全職員が最低ラインを超えられるように徹底した研修を行いましょう。

著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛

※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント トラブル対策編』(講談社/2018年2月14日発売)の内容より一部を抜粋して掲載しています

書籍紹介

完全図解 介護リスクマネジメント トラブル対策編

介護リスクマネジメント  トラブル対策編

出版社: 講談社

山田滋(著)、三好春樹(監修)、下山名月(監修)、東田勉(編集協力)
近年、介護事業者と家族のトラブルが増加しています。介護現場は、トラブルになりやすい事故が多いにもかかわらず、対策が未熟な施設が少なくありません。事故が起きた際の適切な対応手順をしっかり学べる一冊です。

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  • 山田滋
    株式会社安全な介護 代表

    早稲田大学法学部卒業と同時に現あいおいニッセイ同和損害保険入社。支店勤務の後2000年4月より介護事業者のリスクマネジメント企画立案に携わる。2006年7月よりインターリスク総研主席コンサルタント、2013年5月末あいおいニッセイ同和損保を退社。2014年4月より現職。

    ホームページ |株式会社安全な介護 公式サイト

    山田滋のプロフィール

  • 三好春樹
    生活とリハビリ研究所 代表

    1974年から特別養護老人ホームに生活指導員として勤務後、九州リハビリテーション大学校卒業。ふたたび特別養護老人ホームで理学療法士としてリハビリの現場に復帰。年間150回を超える講演、実技指導で絶大な支持を得ている。

    Facebook | 三好春樹
    ホームページ | 生活とリハビリ研究所

    三好春樹のプロフィール

  • 下山名月
    生活とリハビリ研究所 研究員/安全介護☆実技講座 講師

    老人病院、民間デイサービス「生活リハビリクラブ」を経て、現在は「安全な介護☆実技講座」のメイン講師を務める他、講演、介護講座、施設の介護アドバイザーなどで全国を忙しく飛び回る。普通に食事、普通に排泄、普通に入浴と、“当たり前”の生活を支える「自立支援の介護」を提唱し、人間学に基づく精度の高い理論と方法は「介護シーン」を大きく変えている。

    ホームページ|安全な介護☆事務局通信

    下山名月のプロフィール

  • 東田勉

    1952年鹿児島市生まれ。國學院大學文学部国語学科卒業。コピーライターとして制作会社数社に勤務した後、フリーライターとなる。2005年から2007年まで介護雑誌『ほっとくる』(主婦の友社、現在は休刊)の編集を担当した。医療、福祉、介護分野の取材や執筆多数。

    ホームページ |フリーライターの憂鬱

    東田勉のプロフィール

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