一人で利用者宅に入る職種であるヘルパーには、高いモラルが求められます。利用者家族から、窃盗などの不正疑惑を申し立てられた際、どのような対応をすべきか解説します。
クレーム発生時の状況を説明
まずは、利用者Eさんのご家族からクレーム申し立てがあった内容と、トラブルになった経緯を見てみましょう。
利用者の状況

Eさん
75歳、男性、要介護4
既往症:筋萎縮性側索硬化症
ADL:腕から下を動かすことがほとんどできないため日常生活は全介助。食事はソフト食。不明瞭ながら発語あり、認知症はなく思考はしっかりしている
ご家族からのクレーム内容
父は3年前から筋萎縮性側索硬化症を患っており、現在は全介助状態です。つい3ヵ月前まで母と2人で暮らしていましたが、父の主介護者であった母が突然の自動車事故で他界してしまいました。それ以来、近くに住む私(長女)が毎日様子を見にいき、それ以外にも訪問介護を毎日利用しながら生活を送っている状態です。
現在、ヘルパーが5~6人交替で来ていますが、ヘルパーの質が低くて困っています。
など、ヘルパーとしてのモラルがまったくなっていません。家事のプロとしてお金をもらっているのであれば、きちんとすべきです。早急にヘルパーの質の改善を求めます。

これに対して、サービス提供責任者は「大変申し訳ございません。以後このようなことがないよう、指導をしてまいります」と回答しました。しかし、5~6人いる中でどのヘルパーに問題があるのか判断がつかなかったので、全員に「こういうクレームがあった」と口頭での注意喚起しかしませんでした。
すると、1ヵ月後にまた「日用品がなくなった。お宅は窃盗集団だ」と、非常に怒った様子でクレームが入り、そのまま契約を解除されました。そして国保連にクレームを申し立てられ、「場合によっては裁判をする構えである」とまで言われてしまったのです。
クレームの内容は具体的に把握する
「ヘルパーとしてのモラルがなっていない」などの漠然としたクレーム対応で大切なのは、申し立て内容をできる限り詳しく聞き取ることです。「調味料の減りが激しい」というのであれば、「どの調味料が、どの程度の速さでなくなるのか」というように、お客様が困っている内容をしっかりと把握することが大切です。
具体的に聞く際、「申し立て内容を疑っているのではないか」とお客様が感じることがないよう、聞き方には十分配慮しなければなりません。「お客様が今後安心してヘルパーをご利用いただけるように正しく改善しなければいけないので、もう少し詳しく聞かせていただきたい」という姿勢を前面に出すように気をつけましょう。
また、窃盗の嫌疑については非常にデリケートな問題です。詳しい対応方法はこちらにまとめましたので、参考にしてください。
このクレーム対応のおもな問題点
おもな問題点は2つ挙げられます。それぞれ解説していきましょう。
「日用品がなくなる」は 窃盗という犯罪行為に当たる

窃盗の嫌疑をかけられたというのは、ヘルパーの質やモラルの問題とは次元が違います。窃盗は犯罪行為ですから、立証されれば刑事告発される可能性があるほど重大なことです。こうした重大な告発に対しては、慎重かつ毅然とした対応をしなければなりません。
「庭に車を停める」は ヘルパーとしての能力の問題

「庭に車を停めている」や「食器がきちんと洗えていない」などには犯罪性はなく、あくまでヘルパーとしての能力や常識レベルの問題です。これに対しては注意を促したり、改善するように指導しましょう。一度、その仕事ぶりを、同行して確認するといいでしょう。
このクレーム対応の改善案 | 不正の嫌疑への対応フローを解説
虐待や窃盗など職員に不正の嫌疑をかけられた場合の対応は、下記のような一般企業が用意しているマニュアルが参考になります。
【1】
このクレームが重大な告発であることを申立者にお伝えし、調査のための時間をいただきます。調査がすんだら必ず報告する旨をお伝えし、事実関係を詳しく伺います
【2】
管理者とそれに近い職位の者だけで、以下の2点を調査します。
【3】
ほかの利用者にも同様のことが起こっており、職員による不正の可能性が高い場合は経営者を中心に管理者会議を開き、本人の処遇方針を決定します。判断に迷った場合は、専門家(弁護士や社会保険労務士など)に相談しましょう
【4】
本人に詳細の通知を行います。クレームの申し立て内容から調査結果までの経過を説明し、経営者としての最終判断を伝える場面です。今後のことも考えて、嫌疑の事実が掴めなくても担当は外したほうがいいでしょう
【5】
調査結果と最終判断、処置等について、クレーム申立者に報告します。嫌疑の事実が掴めなかった場合は、どのような調査を行い、どう判断したのかを詳しく報告します
【6】
不正の事実が発覚すれば、利用者への賠償、職員の感戒や解雇、職員への賠償請求などの手続きが発生します。法人の管理部門を通じて、弁護士に任せるといいでしょう。場合によっては、賠償責任保険の対象になることもあります
このクレームの適切な対応方法(一例)
「現在、ヘルパーが5~6人交替で来ていますが、ヘルパーの質が低くて困っています。
など、ヘルパーとしてのモラルがまったくなっていません。家事のプロとしてお金をもらっているのであれば、きちんとすべきです。早急にヘルパーの質の改善を求めます」
というクレームに対して、サービス提供責任者は 「大変申し訳ございません。車の停車位置や仕事内容の不足は、こちらのほうであらためて指導いたします」と、ヘルパーの質の向上を約束しました。

一方で、日用品がなくなるということに関しては、「ヘルパーが原因であった場合は窃盗に当たりますので、重大な問題でございます。こちらのほうで詳しく調査いたしますので、お時間をいただけますでしょうか?」と回答しました。申立者が了解してくださったので、いつ、何がなくなったのかなど、詳しく事情を伺いました。
残飯処理を怠ったヘルパーは、若くて家庭での家事経験があまりない人であることがわかりました。そこで、そのヘルパーがEさん宅を訪問する際に、サービス提供責任者が一度同行し、仕事内容をあらためて確認しました。Eさんのご家族はその様子をご覧になり、安心してくださったようでした。

日用品の窃盗については、Eさんとご家族が疑っている職員の調査を行いました。しかし、ほかにこれといったクレームは上がっておらず、最後まで嫌疑の事実が掴めませんでした。その職員に対しては誤解されるような行為に気をつけるように指導し、Eさんの担当からは外れてもらいました。
Eさんとご家族は、嫌疑のあるヘルパーが担当を外れたことで、一応安心したようでした。「今後も何かありましたら、サービス提供責任者にすぐにご連絡ください」とていねいにお願いし、今回のクレームは解決となりました。
不正の嫌疑は人権にもかかわるので慎重な対応を
職員に虐待や窃盗など不正の嫌疑をかけられた場合、職員を守りたい一心で「うちの職員に限ってそのようなことをする者はおりません」と断言してしまう管理者がいますが、これはいけません。きちんと取り合わないと、クレーム申立者が「この管理者に言っても、適切な対応が期待できない」と感じて刑事告発に踏み切るなど、余計に職員を追いつめる結果になってしまうことがあります。
不正の嫌疑に対する全体的な流れは、上記のとおりです。お客様への対応の難しさだけでなく、職員の人権にもかかわる問題ですから、少しでも判断に迷った場合は弁護士に助言を求めるようにしましょう。
一方、家事の方法については、そのヘルパーの家庭で身についたやり方が標準になるので、質がばらつきがちです。サ ービス提供責任者が同行して指導するなど、質の保証には根気強い対応が必要になります。
著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛
※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント トラブル対策編』(講談社/2018年2月14日発売)の内容より一部を抜粋して掲載しています