認知症の方に食事を食べてもらえないとき、つい「早く食べて下さい」などと利用者さんを急かしてしまいますよね。しかし、大切なのは「なぜ利用者さんは食べたくないのか」を検討することです。今回は、食事拒否をされてしまった場合の対応方法について、詳しく解説していきます。
【事例1】食事の時間になってもご飯を食べたくないAさん
認知症の利用者Aさんは、食事の時間になってもなかなかご飯に手をつけてくれません。「食事の時間なので、早く食べてください」「あとでお腹空いても知りませんよ」と、介護職が何度も繰り返したところ、Aさんは「食べない!」と怒り出してしまいました。
食べたくない原因を検討しよう
利用者さんのことを理解しようとしないまま、介護職が「食べてください」「あとでお腹が空きますよ」と繰り返してしまうと、食事を強要することにつながり、利用者さんは焦ってしまいます。
まずは、利用者さんがなぜ食事をとりたくないのかを考えましょう。
例えば、下記のような原因が考えられます。
施設が決めた時間に食事をしない認知症の利用者さんがいたとき、「食事の時間だと理解できなくなった」「食事を忘れた」などと介護職が勝手に決めつけ、「認知症が進行した」と判断してしまうケースはよくあります。
「認知症になった」「認知症の進行のせいだ」と、安易に決めつけるのは望ましくありません。利用者さんの「食べない」「いらない」は、「食べたくない」「今は食べられない」などの理由を上手く表現ができず、その「思い」を表現していることはないでしょうか。
食べない=食事拒否=認知症の進行、ではありません。
利用者さんの状態や気持ちをうまく汲み取れずに対応していると、その行為こそが認知症の進行につながる原因になってしまい、介護者によって「作られた進行」になってしまうので気をつけなければなりません。
まずは、利用者さんの「身体面・心理面」に原因がないかを考えることが大切です。
一日の流れを再検討する
利用者さんの一日の流れを再検討するのは重要です。
食事・水分を摂り、お菓子を食べることを定期的に繰り返すだけで、日中ほとんど活動していないといったことはないでしょうか?
「食べる、飲む」だけを繰り返していると、食事の時間になっても消化されず、お腹が空かない可能性があります。
また、利用者さんの一日の行動量が少なく、お腹が空かないことが原因だと考えられる場合には、生活動作も含め日々の活動を増やせるように工夫しましょう。
食事時間や声掛けを工夫する
今は食べたくないのに、介護者から「食べてください」「残さないでください」と伝えられると、利用者さんは「責められている」などと感じ、苦痛になると思います。
介護職の「食事を時間通りに進めたい」という気持ちは、業務を遂行しようという責任感からくるものかもしれません。しかし、利用者さんの気持ちよりも業務を優先することは「時間管理の押し付け」になってしまいます。
利用者さんが「食べたくない」と意思表示をしているときには、食事時間をずらしたり、「無理しないで大丈夫ですよ」「残しても大丈夫ですよ」などの声掛けをするなどして、利用者さんの精神的負担の軽減に努めましょう。
【事例2】 食事が苦痛になっている認知症のBさん
認知症の利用者Bさんは食事介助が必要です。介護職はBさんに対して、忙しさを理由に、立ったまま食事介助を行っていました。
あるとき、Bさんが食事や水分をとるときに「むせる」傾向があったので、食事形態をソフト食からミキサー食に変更しました。しかし、Bさんは食事介助をするときに、口を開けるどころか手で払いのけるようになってしまいました。
食べる前の準備を大切にする
介護職のなかには、食事介助をするとき、「食事をとってもらう」「完食してもらう」「時間内に食べてもらう」といった、業務を遂行することに意識を集中させてしまう方がいます。
その場合、「利用者さんに苦しみや負担がないよう食事を提供する」という、介護職として重要な観点が薄れてしまっていることも少なくありません。
食事が「食べてもらうだけの作業」にならないようにするためにも、食事介助では、「食べる前」からしっかり準備をしなければなりません。
特に重要なのは、座位姿勢の見直しです。座っている姿勢で歪み・傾きのない姿勢になっているか確認をしなければなりません。
基本と言われている「椅子に深く座る姿勢」や、「のけぞってしまっている姿勢」では不適切な姿勢になってしまっている可能性があり、食事をすると苦しいと感じる方もいます。その場面にあった適切な姿勢を提供するようにしましょう。
また、利用者さんがひどく前のめりになっている姿勢のまま長い時間座らされていることで、全身に筋緊張が起きてしまい、身体的に負担が大きくかかって下記の状態になるケースがあります。
「食事をとってもらう」ことだけに目を向けると、上記のような苦痛が伴う介助になってしまい、認知症の行動・心理症状(BPSD)の増幅につながってしまいます。よって、姿勢や周囲の環境をしっかり整えてから食事介助に入らなければなりません。
その他にも、「便秘ではないか」「気持ちは悪くないか」などの内面的な状況などを事前に確認することも大切です。
また、食事介助をするとき、周囲にたくさん人がいるといった状態も、利用者さんに恐怖感を与えていたり、食事に集中しにくくなるケースがあるので気をつけなければなりません。
こうした事前の準備や配慮をすることで、利用者さんの負担や不快になってしまっていることを軽減できれば、安心した「食事」につながります。
立ったまま食事介助は絶対に行わない
食事介助は必ず、座った状態で行わなければなりません。介護者が立ったまま食事介助を実施すると、利用者さんは顎が上がった状態で食事をすることになります。
顎が上がった状態のままだと、むせやすくなります。そのため、利用者さんに「食べたい」という気持ちがあったとしても、間違った介助によって食事が「苦しい」と認識されてしまえば、「食べたくない」という気持ちに変わってしまうことがあります。
また、介護者が立って食事介助をするとき、利用者さんは上から見下ろされた状態になり、恐怖感につながってしまう可能性があります。
そもそもの話にもなってしまいますが、介護者が利用者さんの「尊厳」を大切にできていない介助になっていると気付かなければなりません。
こうした苦痛や恐怖、尊厳のない介助によって、認知症の症状の進行につながったり、「食」に対する記憶や認識に影響が出たりすることもあるため、介助の際には十分気をつけましょう。
食事形態を変えるときは慎重に
この事例2では、利用者さんが食事形態をソフト食からミキサー食へ変えた途端に、食事を手で払いのけるようになってしまいました。
認知症の方の「食事形態」を見直すときには、咀嚼能力をしっかりアセスメントすることはもちろんですが、色や食器、配膳の仕方などもしっかり検討しましょう。
食事形態が変わったことによって、利用者さんが食べ物だと認識できないケースもあります。
そうなると、利用者さんからすれば、食べ物だと思っていない物が口に運ばれてくることになりますので、手で払いのけてしまうといった行為につながってしまうのです。
【事例3】食事を途中でやめてしまった認知症のCさん
認知症の症状はありますが、食事介助がいらない利用者Cさんが、自分のペースで食事をしています。
その近くで、同じく認知症の症状があり、歩行可能な利用者Dさんを、介護職が食事介助していました。
介護職は、Dさんの食事介助が早く終わったので、食事の席でそのまま口腔ケアを始めました。
すると、食事をしていたCさんは、いきなり機嫌が悪くなり、途中で食べるのをやめてしまいました。職員は、認知症が進んだと話し合っています。
認知症の方を混乱させない環境づくりをする
この事例の場合、食事をしている方がいる場所で、口腔ケアを行ってしまったことが、利用者さんに不快感を与えたと考えられます。
利用者Cさんのケア 食事に集中できる環境にしよう
まず、「食事をしている利用者さんの前」で、歯磨きを実施すること自体に疑問を持たなければなりません。
介護の現場は忙しいという理由から、つい職員都合で考えてしまい、周りの利用者さんに配慮のないまま業務を優先してしまう恐れがあります。
食事のペースは一人ひとり違います。そのため、認知症の方にとっては、自分が食事をしているときに他の利用者さんが違うことをしていると、自分の認識にズレを感じてしまい、不安・不快になることがあります。
利用者Cさんのケースでは、食事をしているとき、いきなり近くで口腔ケアが始まってしまったため、視覚や聴覚から余計な情報が入ってきたことで混乱したり、食事中に目の前で歯磨きが始まったことを不快に感じて、自分なりに何とかしようと思ったのが、怒りとなって現れてしまった可能性があります。
目の前にいる方のことだけを考えてしまうと、その場に合わせた介護ができず、周囲にいる利用者さんにも影響が出てしまいます。利用者さんは介護職が思っている以上に、介護職の動きや周辺の状況を見ています。
そのため、介護職の何気ない行動が、利用者さんにストレス等を与えていないかを振り返ってみましょう。
利用者Dさんのケア 適切な場所でケアを行おう
食事介助を受けていた認知症のDさんにとって、食事が終わったからといって食事をしていた場所でいきなり口腔ケアが始まると、「食事をする場所なのか? 歯磨きをする場所なのか?」と認識ができにくくなり、自分のいる場所への理解が混乱してしまう可能性があります。
忙しい業務のなかでは、効率性を考えて、その場でいろいろと済ませてしまおうと考えてしまうかもしれません。
しかし、長い目で見ると、介護職が利用者さんを混乱させないように配慮しなければ、職員のかかわりから認知症の症状を進行させてしまいかねません。
このように、ただ職員都合で業務優先をするのではなく、その場の環境にいる利用者さんの生活に合わせた介護になるようにケアを見直すことが大切です。
環境から動線も考える
事例3では、歩行可能なDさんの口腔ケアを、食事をする場所で実施してしまいました。
しかし、本来は食後の落ち着いたタイミングで、Dさんに洗面台に向かっていただけば問題がなかったはずです。職員がわざわざ、口腔ケアのセットを食事の席に持ってくる必要はありません。
この場面から、「転倒するかもしれないから」「認知症で洗面台がわからないから」などと、介護者目線の勝手な理由から、忙しいなかでつい効率性を優先してしまい、本来なら利用者さん自身でできることを介護職が行ってしまったことが考えられます。
「危ない」のであれば「安全」に、「洗面台がわからない」のであれば「わかりやすく」する、といった観点を持つことが大切です。
洗面台など、利用者さんが施設内の特定の場所を理解できなくなったときには、行き先までの動線を考えて、目印をつけたり障害物を取り除くなどの工夫しましょう。
その場面にあった場所で生活を送ることで、利用者さんの混乱を避けることができ、安心して生活を送ることができるという自信にもつながります。その結果、職員の業務的負担は軽減して行きます。
食べるということを段階的に考えよう
「食べる」とは、下記の一連の思考・動作のことを指します。
そのため、利用者さんが食事を拒否されている場合には、どこに原因があるのかを段階別に考えて、支障が出てしまっている部分、不適切な対応になってしまっている部分に目を向け、ケアをしていくことを心がけましょう。
執筆者/山出貴広
監修者/高野晃伸
イラスト/アライヨウコ