せっかく集まったヒヤリハットシートを活かすも殺すも、着目点次第です。つまり、分析の方法を間違えると、せっかくのデータも活かせません。事例をもとに、ヒヤリハットシートの分析方法を解説しましょう。
統計や集計だけでは事故防止に直結しない
いろいろな施設の事故防止委員会のヒヤリハット活動を見ていると、あともうひと息なのにちょっとだけ路線がズレてしまっていることがあります。その代表例が、「統計・集計専門の事故防止委員会」です。
ヒヤリハットシートを書くだけで終わらせず、有効活用しようという姿勢は見て取れます。問題なのは「統計・集計専門」で、その一歩先の分析までたどり着けていないことです。
例えば、こんな施設がありました。
そこは事務長が主導して事故防止委員会を運営している施設でした。ヒヤリハットシートが集まると、エクセルを使って職場ごとにどのような事故が何件発生しているかを集計します。そして次回の事故防止委員会で、「3階の職場では誤嚥が多い」とか「4階の職場では転倒が多い」といって集計結果を発表するのです。
ちょっと聞いた感じでは、有用に感じるかもしれません。
しかし、こうした自施設内の単純な集計は、多くの場合「3階は重度で嚥下機能が低下した人が多いから当然だ」「4階は徘徊する認知症の人が多いから仕方がない」など、現場の職員なら集計しなくてもわかることが多いものです。
そして事故原因の核心に触れないまま「3階は誤嚥事故を減らす努力をしましょう」などと、ただの反省材料にされてしまいます。これではせっかくのヒヤリハットシートが事故防止に直結しません。
統計や分析が有効だった実例を紹介
せっかく統計をとるのであれば、これからご紹介する事例にあるように、「ほかの施設と比較する」「長期間で比較する」などのマクロな視点が必要になります。
【実例1】ほかの施設と比べて転倒事故の割合が多い
今までは自施設内での事故件数だけを集計していたある施設が、ほかの施設の事故発生率と比較する分析を行いました。すると誤嚥事故や行方不明事故などは目立った違いがなかったけれど、転倒事故だけは自施設の発生率が非常に高いことがわかったのです。
そこでこの施設の職員は、ほかの施設で歩行介助の方法を見学させてもらいました。また、介助方法の研修会に積極的に参加するなどの改善策を行ったところ、転倒事故が半減したそうです。
【実例2】ある県の訪問介護事業者だけ誤嚥事故が突出して多い
かつて、ある県の訪問介護事業者だけ誤嚥事故が突出して多いということがありました。他県に比べて明らかだったので、その県の訪問介護事業者の行う食事介助方法についての調査を行ったのです。
するとその県では、座位のとれる利用者もベッドでギャッチアップして食事をさせていることがわかりました。この方法は少し上を向いた状態で食べ物を飲み込むので、気管に入り込むなどの誤嚥を起こしやすい危険な食べ方だったのです。
いかがですか? 個別の事故を見ていても気がつかないような、大きな母集団での傾向を摑む分析ができて初めて、ヒヤリハットの統計や集計は意味あるものになるのです。
著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛
※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編』(講談社)の内容より一部を抜粋して掲載しています