介護現場のICT化は進むのか

介護現場の「ムダ」はICTで解決できる! 書類作成の手間や新型コロナ感染リスクを減らす方法

スマートフォンやタブレットを使って業務を効率化する“ICT化”に消極的と言われている介護業界ですが、新型コロナウイルス拡大をきっかけに、ICT化推進の気運が生まれています。ICT化は介護現場の無駄を省き、コストを上回るメリットをもたらすのでしょうか。ICT導入の成功事例を通して考えていきます。

介護現場のICT化は「職員の使いやすさ」が重要

新型コロナウイルスの感染拡大により、多くの業種でICTの活用が進み、働き方が変わりつつあります。ICTとは情報通信技術のことで、インターネットなどの通信技術を活用したサービスなどを指しています。ICT活用がなかなか進まない介護業界も、コロナ対応を機に、ICTの活用を進めていこうという気運が生まれているのです。

とはいえ、現場の介護職にとっては、ICT導入の手間やコストを上回るメリットがなければ、なかなか導入に前向きにはなれません。

介護記録システム「ケアウィング」を開発・販売する株式会社ロジックの取締役COO・福島成典さんは、「介護業界では経営者や管理者のトップダウンでシステムを導入しても、現場の介護職が使いにくければ活用は進まない」と言います。

ICT導入成功例:毎月2,300枚の記録用紙をまとめる手作業がなくなった事例

東京都世田谷区の訪問介護事業所そらしーど三茶でも、トップダウンではなく、もともと介護業界と縁がなかった若手職員が中心となって、ICTの導入が進められました

2018年6月まで、そらしーど三茶では、訪問介護サービスの記録には複写式の記録用紙を使用していました。ヘルパーが記録用紙にその日のサービス提供内容を書き、1枚を利用者や家族に渡し、1枚に捺印を受けて持ち帰ります。直行直帰の登録ヘルパーは、自宅に持ち帰った記録用紙を半月に1回、まとめて事務所に郵送していました。

「このやり方だと、毎月末、約2,300枚の記録用紙を利用者名の50音順、日付順に並べ直す作業が待っています負担に感じながらそのままにしていましたが、若手職員たちから疑問の声が上がり、業務改善のためのシステム導入について検討を始めたのです」と、そらしーど三茶を運営する(合同会社森アン)の代表社員、森道章さんは語ります。

それから約1年、議論を重ねて導入を決めたのが「ケアウィング」です。

【ケアウィングのサンプル】利用者さんのICタグにスマホ型端末でタッチ。サービス実施内容を選んでタップするだけで介護記録が形成できます。一度設置したICタグははがすと壊れるため、不正が起こらない
写真提供:『株式会社ロジック』

このシステムでは、利用者宅に貼ったICタグに、ヘルパーがスマホをかざすことで、訪問時の入退室時間が記録されます。提供したサービスの内容は、サービス終了時にスマホの画面でチェックを入れればOK。申し送りが必要なことは、音声でも文字でも入力できます。また、訪問実績のデータは、ヘルパーの介護記録から自動的に作成され、紙の記録用紙を並べ替え、訪問予定と突合する作業が不要になりました。

ICT導入の最大のメリットは「情報共有のスピードアップ」

大幅な省力化が進んだと考えられますが、このシステムの導入による最も大きなメリットは、情報共有のスピードアップだと森さんは言います。

【介護現場のICT化によるメリット】管理者とヘルパー間の情報共有のスピードアップ。ヘルパーの動向がタイムリーにわかる。サービス提供責任者の残業時間削減。継続性のあるサービスの提供。収益アップ。リモートワークへのスムーズな移行

「それまで、ヘルパーの書いた記録は、最大、半月待たないと読むことができませんでした。それが今は、ヘルパーが利用者宅を退出するとき、ICタグにスマホをかざせば、瞬時に全員に記録が共有されます。ヘルパーが気にしていること、不安に思っていることがすぐわかるので、電話等で確認し、タイムリーに指示やアドバイスができるようになりました」(森さん)

ヘルパーも、電話連絡をするまでもなく、困りごとにすぐに対応してもらえるようになり、安心して働けます。また、訪問前に、前回サービス提供したヘルパーの記録をスマホで確認することもでき、利用者さんの様子や状態を全員が把握しておくことで、継続性のあるサービス提供が可能になりました。

そのほか、請求業務などの事務処理を分担して行っていたサービス提供責任者の残業時間が月10~20時間減少したり、業務効率が上がったりしたことで、訪問件数を増やすこともできました。収支についても、導入コストと、効率化に伴うコスト削減や収益アップを考え合わせると、月10万円ほどのプラスになっています。

森アンでは、新型コロナウイルス感染拡大で、4月に緊急事態宣言が発令された際、4人のサービス提供責任者はリモートワークに移行しました。それがスムーズにできたのも、記録などのデータをクラウドで管理する、このシステムを導入していたからでした。

「サービス提供責任者だけでなく、ヘルパーにとっても良かったと思います。紙ベースでの業務を続けていたら、感染の不安から、『紙でのやりとりはしたくない』という声が上がっていたかもしれません」(森さん)

高齢者=ICTは苦手という思い込みは不要

介護現場でのICT化は、介護職の年齢層が高いために進みにくいという指摘もあります。高年齢の介護職は「ICT機器に慣れていない」「拒否反応がある」というのです。この指摘、果たして本当なのでしょうか?

森アンでは、20代から80代までは幅広い年齢層のヘルパーが活躍しています。27人の登録ヘルパーの中心年齢層は60代。しかし、スマホ未経験者は2名だけで、最高齢の82歳(当時)のヘルパーもiPhoneユーザーでした。

82歳のヘルパーも1ヵ月でスマホ入力に対応

総務省の「平成30年版 情報通信白書」によると、2017年時点でのスマホの普及率は、60代で44.6%、70代で18.8%、80代以上も6.1%です。3年たった今は、もっと普及率が高まっているでしょう。働く高齢者にはスマホを若い世代と同程度使える人が増えてきているとも考えられ、「高年齢層はICT機器を敬遠する」と考えるのは、思い込みかもしれません。

【年代別スマートフォン普及率】以下2017年時点数値。50代:72.7%。60代:44.6%。70代:18.8%。80代:6.1%。どの年代も右肩上がりで増加中。スマホを利用している高齢者は増えている。
出典:『平成30年版 情報通信白書』(総務省)

実際、森アンでは、82歳のヘルパーも含め、新しい記録システム導入から1ヵ月で、全員がスマホでの記録の入力に慣れたと、森さんは言います。

「ほとんどがスマホユーザーで、みな日常的にLINEのやりとりを家族等と行っていました。申し送り程度の入力には、それで十分対応可能でした」(森さん)

もっとも、このシステム導入にあたり、森アンでは紙ベースからの移行スケジュールをしっかりと立てて対応しています。若手職員1名の訪問件数を減らしてシステム担当者とし、4、5人ずつのヘルパーを集めた説明会を延べ10回程度開催。スマホやケアウィングのアプリの操作方法をていねいに説明し、操作にとまどうヘルパーはシステム担当者が個別に指導しました。

森さんが、紙ベースからケアウィングへの全面移行に見込んでいた期間は1ヵ月。しかし実際には、半月で完了しています。短期間で移行できたのは、そうしたていねいな対応があったからでした。

「お試し使用」で苦手意識を払しょくできる

もちろん、何も問題がなかったわけではありません。82歳のヘルパーは、貸与されたAndroid(アンドロイド)のスマホから、ダウンロードしたケアウィングのアプリを消去してしまう操作ミスが何度もありました。

とはいえ、それもその都度ダウンロードの方法を伝え、再度ダウンロードしてもらえばすむこと。このヘルパーも、5ヵ月後には、問題なく使いこなしています。

操作がうまくできなかったとき、「高齢者だから」と、周囲も、そして高齢者本人も、必要以上に「だから無理なんだ」と思い込んではいないでしょうか。

前出の福島さんは、「ケアウィング」導入前、ヘルパーに実際にスマホでアプリを操作してもらうことにしています。

「使ってみて、『これならできそう』と体感してもらうこと、そしてその感覚を他のヘルパーと共有してもらうことが、『ケアウィング』のスムーズな活用につながっていくと考えています」(福島さん)

多額の予算を投じたICT導入で、かえって業務が煩雑になっては意味がありません。今後、介護人材の不足もあり、政策的にも介護現場のICT化は推進されていく方向です。であれば、現場の介護職が、現場発信でICT導入を求めていくほうがよいのでは? そして、現場の意見を聞かないトップダウンでのICT導入は、現場の介護職が一丸となって押し戻していく強さを持ちたいものです。

介護業界のICT化「やる気のあるなしで差が出る可能性」

一方、ICTの活用によって、利用者や連携するサービス事業者にも変化はあるでしょうか。

神奈川県川崎市のケアマネジャー・山田準一さんは、2020年4月の緊急事態宣言発令後、管理者を務める居宅介護支援事業所のメンバー全員をリモートワークにしました。山田さん自身は、ビデオ会議システムを活用したオンラインでのサービス担当者会議の開催や、利用者のモニタリング面接に取り組んでいます。

オンライン会議に積極的な事業者がまだまだ少ない

山田さんは、アセスメントソフト「山田方式ケアプラン構造®」(※)を独自に開発していますが、このソフトはリモートワークを意識し、クラウドサービス(ソフトウェア事業者のサーバーからインターネット経由でソフトを使用する仕組み)で提供しています。

コロナ禍の今、感染すれば重度化しやすい要介護高齢者のもとに、複数の専門職が集まってサービス担当者会議を開催するのは、できれば避けたいもの山田さんにとっては、リモートワークやオンライン会議への移行は自然な流れでした。

「しかし、実はオンラインでのサービス担当者会議に対応してくれるサービス事業者は、2~3割。地域包括支援センターも含め、『対応できる環境がない』と断られることが多いのです。それでも、1社でも対応してくれる事業者があれば、オンラインで開催しています」(山田さん)

オンライン対応が可能なのは、例えば、子どもがオンライン授業をしているからなど、ビデオ会議システムを利用した経験のある介護職だと、山田さんは言います。

「4月の緊急事態宣言発令直後に、SNSでつながっている全国のケアマネジャー84人に、 ビデオ会議ツールを使ったことがあるかと問いかけてみました。すると、使ったことがあると答えたのは私を含めて4人さらに、ビデオ会議システムを使ってみたいかと質問したところ、使ってみたいと手を挙げたのは11人でした」(山田さん)

【現役ケアマネージャー84人に聞いたビデオ会議ツールの利用状況アンケート】ビデオ会議ツールにつかったことがありますか?使ったことがある:使ったことはない=4人:80人。ビデオ会議ツールを使ってみたいですか?使ってみたい:使いたいとは思わない=11人:73人
出典:山田方式ケアプラン構造® 山田準一さん調べ

介護職はICT化への心構えを

ケアマネジャーを含め介護職は、「ICT」というより、「未知のもの」を敬遠する傾向が強いのかもしれません。

ただ、オンラインでのモニタリング面接を実施した利用者やその家族の反応は上々だったと、山田さんは言います。

「オンライン対応をしていただけそうな同居家族のいるご利用者に、オンラインでのモニタリング面接の声かけをしました。90歳のご利用者が、満面の笑みを浮かべて『楽しい』と言ってくださったり、普段はあまり話さないご家族がいろいろな話を聞かせてくださったり。オンラインの方が対面より緊張しないのかもしれないと感じました」(山田さん)

山田さんは、今後もケース・バイケースで、オンラインと対面の両方での対応を続けていきたいと言います。

「若い世代や遠方のご家族には、オンラインでのモニタリングやサービス担当者会議をすすめたいですね。これからはそうなっていくのではないでしょうか」(山田さん)

確かに、遠距離介護の家族も、オンラインでのサービス担当者会議なら参加しやすくなります。

介護業界のICT化は、やる気のある人とそうでない人の差が開いていくのでは」と山田さんは言います。

前述の通り、介護業界のICT化は、今後政策的に進められていくはずです。気がついたら、自分だけが取り残されていた。そんなことにならないために、介護職はICT化への心構えをしておく必要がありそうです。

(参考)
平成30年版 情報通信白書』(総務省)

※山田方式ケアプラン構造®
山田さんが考案した、アセスメントツール。23のアセスメント項目の聞き取り内容を、食事、服薬、受診、運動、生活環境という、心身の状態に影響する5要因に落とし込み、スムーズにケアプラン作成へと導く。データはクラウド上に保存されるため、パソコンとインターネット環境があればどこからでもアクセスできて、リモートワークに移行しやすい。

(取材協力)
そらしーど三茶(合同会社森アン)
株式会社ロジック
山田方式ケアプラン構造®

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