施設の色や理念より、利用者の「その人らしさ」にこだわる
介護職として、いくつかの施設や事業所で働き20年になります。
それぞれの施設には色があり、理念があります。しかし、色や理念があることが逆にその色や理念にあわない人を受け入れられなくなっている。ぼくは、さまざまな経験を積んでいくうちに、施設の色や理念を掲げて利用者に合わせてもらうのではなく、施設で働くぼくたちが、「その人のこだわりに、こだわりたい」と思えるようになりました。
あるとき、こんなことがありました。
ぼくが車で通勤しているとき、施設にいるはずのおばあちゃんが、向こうから道を歩いてくるじゃないですか! 一瞬「えっ、離設!?」と思いましたが、おばあちゃんの少し後ろで職員が電柱の陰から様子をうかがっているのが見えました。
<ああ、わかっとるんならいいかな~>
と、そのまま職場に向かいました。
誰だって外出したいときはあります。見守りができているなら、必ずしも止める必要はないと思うんです。
別の日にはこんなことがありました。
あるおじいちゃん。大の病院嫌いで、「寝とけば治る」が口ぐせのような方です。そういう人だから、立って歩いていれば体調がいいとわかります。歩くたびに外に出ては家や田んぼのことを気にかけておられたんですが、それは止めずに「体調がいい日だと認識しよう」と、職員と話していました。
その日も、おじいちゃんは玄関に出て外を眺めていました。
<ああ、これはどこかに行きたいんだな……>
と思ったぼくは、車をもってきて、スライドドアを開けました。すると、おじいちゃんは「ニカッ」として車に乗り込んできました。実はこのおじいちゃん、「車を見るとニカッと笑って乗る」というクセがありました。
車に乗り込んだおじいちゃんは、案の定、「家に行きたい」とおっしゃる。
「じゃあ、家に行きましょうか」
と伝えて、家までお送りしました。
というわけで、運転してご自宅まで向かい到着。
「着きましたよ~」
と言いながら振り向くと、おじいちゃんはシートでぐっすりお休み中なのです。起こしてあげようと体を揺すると、すごく迷惑そうな顔で、
「……チッ」
と舌打ちが(笑)。
自宅に着いたものの、結局そのまま施設に戻りました。ぼくはこの理不尽さがたまらなく好き(笑)。
お年寄りを「止めない」ことで、その先にある”何か”を拾う
ある職場には畑がありました。ある夏の日、ぼくが作業をしていると、その姿を見たおばあちゃんが部屋の窓を開けて、声をかけてくれました。
「精が出るね~」
「あー、どうも」
「何か飲み物、いるかい?」
「じゃあ、冷たいのおねがいします」
と、ぼくがお願いしたら、おばあちゃんは冷蔵庫があるリビングのほうへ行かれたようでした。「いや~、気を遣ってくださってありがたいな~、嬉しいな~」と期待して待っていたんですが、結局飲み物はきませんでした(笑)。でも、それでいいんです。
ぼくは、お年寄りを「止めない」ことを心がけています。
もちろん、やりたいことの内容やタイミングによっては、どうしても「できないこと」があります。だから「止めない」ことが常に正しいとまでは考えていません。「止めない」先に何があるのか、それを拾っていきたい、そう思ってます。
管理体制が「当たり前の日常」を邪魔しているのでは?
歩くことが大好きな人が、やがて寝たきりになったとき、寝たきりになってもその人らしさのある間柄になりたい。人の死に対して「いい死に方」「かわいそうな最期」などと言えるような立場ではありませんが、その人を想う人に囲まれた最期は、場所がどこであれ、その人らしい最期なのかなと思います。
しかし介護現場では「管理」「安全」という言葉が重く感じられ、「生活」とはほど遠い管理体制が、本人の当たり前の日常を邪魔してるんじゃないかと思えることがしばしばあります。
現場では、人手不足が深刻です。ぼくは、介護という仕事を辞めようと考えたことはありません。もちろん、介護はぼく一人の力でできるものではありません。どの現場でも、上司、先輩、同僚の協力があって続けることができました。そんな実践の日々のなかで、ぼくの介護に対する見方ができてきたんだなあと、今になって思います。
2020年5月、ぼくは縁あって初めての本『認知症の人のイライラが消える接し方』(講談社刊)を出すことができました。その中にはお年寄りとのいろいろなエピソードを書きました。ですが、本のページ数には限りがあります。書ききれなかった物語もたくさんあります。そして、ぼくの介護観についても、伝えられればと思っていることをすべて盛り込めたわけではありません。
そこで、本には書けなかったことを、ここで少しでも文字に残せればと思って、期間限定ではありますが連載を始めることにしました。どうぞよろしくお願いします。
筆者/植賀寿夫
イラスト/國廣幸亜
第2回を読む「一瞬一瞬の喜びと安心を積み重ねていく」