事故対応を保険会社に丸投げされた家族の怒りがクレームに発展! 介護施設は最後まで責任を持つ|トラブル対策編(第73回)

事故対応を保険会社に丸投げされた家族の怒りがクレームに発展! 介護施設は最後まで責任を持つ | トラブル対策編(第73回)

どんな事故であっても、施設が当事者であることを忘れてはいけません。施設は最後まで責任をもって家族に対応すべきであり、保険会社に事故対応を丸投げしてしまうのは言語道断と言えるでしょう。

クレーム発生時の状況説明

利用者Cさんのご家族からクレーム申し立てがあった内容と、トラブルになった経緯を見てみましょう。

利用者の状況

Cさん 78歳、女性、要介護1 既往症:脳梗塞、軽い認知症、腰痛

Cさん

78歳、女性、要介護1

既往症:脳梗塞、軽い認知症、腰痛

ADL:腰が曲がっており、ゆっくりだが歩行は自立している、食事は普通食、認知症はあるが軽度、基本的に会話が成立するし、時々失敗することもあるがトイレも自立している

ご家族からのクレーム内容

母がデイサービスで転倒して、利き腕を複雑骨折しました。救急車で病院に運ばれ、入院して手術するほどの大きなケガでした。

一人娘である私は、仕事もあるうえにまだ高校生の息子がいます。母の手術が無事に終わるまでは、毎日バタバタで振り返る暇もありませんでした。

手術も終わり、母の入院生活が落ち着いてきた頃、ろくに事故の説明を受けていないことに気がつきました。そこで、電話をかけて説明を求めたのです。

クレーム対応にあたる介護施設職員のイラスト
職員

はい、デイサービスセンター〇✕です

介護施設にクレームを申し立てた利用者の娘さんのイラスト
娘さん

先日そちらで転倒して入院しているCの娘ですが

クレーム対応にあたる介護施設職員のイラスト
職員

Cさんの娘さんですか! その後Cさんの体調はいかがですか? 手術をしたと伺いましたが

介護施設にクレームを申し立てた利用者の娘さんのイラスト
娘さん

はい、無事に手術も成功しました。今は入院しながらリハビリ中です。ところで、事故の原因についてきちんと説明をしてほしいのですが

クレーム対応にあたる介護施設職員のイラスト
職員

事故の原因ですね。Cさんはトイレに向かって歩いている際、手すりにつかまり損なって転倒してしまいました

介護施設にクレームを申し立てた利用者の娘さんのイラスト
娘さん

それは聞きましたけど、もっと詳しいお話が聞きたいのです。そのときに歩行を介助したり、見守る職員さんはいたのですか?

クレーム対応にあたる介護施設職員のイラスト
職員

えーと、どうでしょうか。でも、保険からお金が出るということは聞いておりますので、ご安心ください。近日中に保険会社から連絡が行くはずです

介護施設にクレームを申し立てた利用者の娘さんのイラスト
娘さん

そうですか。わかりました

数日後、保険会社から○○万円の提示を受けました。しかし、大きな手術も受けて今でも入院治療が続いているのに、提示された金額はあまりに少額でした。

そこで、デイサービスセンターに交渉に行きましたが、「金額のことは保険会社に任せてあるので、私たちにはわかりません」「この金額に納得ができないなら、支払うことはできません」の一点張りで、話になりませんでした。

事故対応を十分に行わない介護職員のイラスト。利用者家族から説明を求められても説明せず、保険会社に聞いてくださいと言い放ちます

「事故の原因の説明もきちんと行わないうえに、保険金額についても保険会社に丸投げとは、あまりにも誠意がない」と、Cさんの家族は国保連に苦情申し立てを行いました。

このクレーム対応のおもな問題点は2つ

この施設は、事故への対応が根本的に間違っています。すぐに施設の対応に関する非を認めて謝罪し、Cさんの家族に対して適切な対応をしなければなりません。

この事故対応に関するおもな問題点は、次の2つです。

「保険からお金がでます」という説明が誤解を生んだ

施設の事故対応で、保険からお金が出ると聞いたため治療費等も全額保証してもらえると思った利用者家族のイラスト

「事故の原因を説明してほしい」と言われて「保険からお金が出ます」と答えれば、「施設に過失がある事故なので、治療費などの損害の全額を賠償責任保険で支払う」と家族は思います。

賠償責任保険で支払えるのは、事故原因に対して施設に過失があったときだけです。今回、保険から支払われるのは少額であったということですから、これはおそらく「見舞金」だと思われます。見舞金というのは、施設に過失がない場合に定額で支払われるものです。

「保険会社に任せてある」という無責任な対応姿勢

無責任な事故対応をする介護職員のイラスト

介護施設が加入している賠償責任保険の場合、保険会社は示談交渉を代行することができません。介護施設の事故に関する示談交渉を保険会社が行うことは、弁護士法で禁止されているからです。

ですから、お客様が補償金額に納得がいくまで話し合う責任は、施設が負っています。「保険会社に任せてあるから」という対応は、介護施設がしてはいけないのです。保険会社に対しては、あくまで「相談」という形になるので、注意しましょう。

保険会社に対応を丸投げするのはNG!

保険会社から見舞金の支払いだけということは、施設側に過失はないと結論づけていると思われます。もし本当にそうなら、事故原因について、本人と家族が納得できるまできちんと説明することが大切です。

逆に、施設側の過失を完全に否定できない場合は、施設が保険会社に対して、Cさんに適切な賠償金が支払われるように交渉する必要があります。

また、事故後の対応を保険会社に丸投げするのは言語道断です。施設側の過失の有無にかかわらず、自施設内で起こった事故の被害者に対しては、最後まで施設が責任を持って対応する義務があります

このクレーム対応の改善案は?

改善案としては次の4つが挙げられます。

【このクレーム対応の改善策】1)事故原因の調査を行い施設の過失かどうか、専門家の判断をあおぐ。2)事故原因や施設側の過失の有無について家族にていねいに説明する。3)過失があれば治療費や入院費などの補償おをおこない示談書を取り交わす。4)施設が賠償金を支払った場合、保険金が施設に対して払われる

このクレームの適切な対応方法の一例

クレーム対応にあたる介護施設職員のイラスト
職員

はい、デイサービスセンター○×です

介護施設にクレームを申し立てた利用者の娘さんのイラスト
娘さん

先日そちらで転倒して入院しているCの娘ですが

クレーム対応にあたる介護施設職員のイラスト
職員

Cさんの娘さんですか! その後、Cさんの体調はいかがですか? 〇日に手術をしたと伺いました

介護施設にクレームを申し立てた利用者の娘さんのイラスト
娘さん

はい、無事に手術も成功しました。今は入院しながらリハビリ中です。ところで、事故の原因についてきちんと説明をしてほしいのですが

職員

もちろんです。本来ならこちらからご連絡を差し上げるべきところを申し訳ございませんでした。手術が終わって落ち着かれたら、あらためて詳しい説明に伺いたいと思っておりました。つきましては、いつ頃ご都合がよろしいでしょうか?

こうして、デイサービスの責任者と相談員が自宅まで説明に来てくれることになりました。

~施設側に過失があった場合~

クレーム対応にあたる介護施設の責任者のイラスト
責任者

今回の事故の状況について、詳しく調査を行いました。その調査結果が、こちらでございます。(調査結果の説明)このように、今回のC様の事故は私どもの対応に至らない点がございましたので、治療費や入院費などの損害について補償をさせていただきます。このたびはC様に大変なご負担をかけてしまい、本当に申し訳ありませんでした

介護施設にクレームを申し立てた利用者の娘さんのイラスト
娘さん

わかりました。今後はこのようなことがないように、よろしくお願いします

責任者

はい。大変申し訳ありませんでした

相談員

申し訳ありませんでした。それでは補償の内容について、詳しくご説明申し上げます

~施設側に過失がなかった場合~

クレーム対応にあたる介護施設の相談員のイラスト
相談員

今回の事故の状況について、詳しく調査を行いました。その調査結果が、こちらでございます。(調査結果の説明)ということで、今回の事故は誠に残念ながら、防ぐことができなかった事故であると結論づけました。ご納得いただけますでしょうか

介護施設にクレームを申し立てた利用者の娘さんのイラスト
娘さん

そうですね。確かに、防ぐことは難しかったのかもしれません。だからといって、こんなに大変なケガなのに、何の補償もないのですか?

クレーム対応にあたる介護施設の相談員のイラスト
相談員

まず、私どもの施設が契約しております保険会社から、事故の見舞金として○○万円が支払われます

介護施設にクレームを申し立てた利用者の娘さんのイラスト
娘さん

それだけですか? こんなに入院治療が続いているのに!

クレーム対応にあたる介護施設の相談員のイラスト
相談員

おっしゃるとおりでございます。保険会社の賠償責任保険は、施設に過失がある事故にしか支払われないものですので、どうしても少額になってしまいます。あとはCさんのご負担を考えて、私どもデイサービスセンターのほうからも、心ばかりのお見舞いをお支払いする準備をしております。もちろん十分な金額ではございませんが、今回の事故においてこちらからお支払いできるのはここまででございます。

それ以外にも、高額療養費制度などがございますので、よろしければご案内いたします

介護施設にクレームを申し立てた利用者の娘さんのイラスト
娘さん

そうですか。私はよくわかっていないので、教えていただけると助かります

事故対応をする介護施設職員のイラスト。適切な対応を行い、利用者家族にも納得してもらえました

まずは保険のしくみをしっかり理解する

介護施設の中には、賠償責任保険の制度をよくわかっていない事業者が見受けられます。制度がわからないと「何とか払わないですむようにしよう」と考えたり、「あとは保険会社に任せておこう」と考えるなど、誤った対応になりがちです。まずは契約している保険会社の担当者とよく相談して、保険のしくみを深く理解するところから始める必要があります。

施設側に過失がある場合の事故の保険金支払いは、保険会社から利用者に対して行われるのではありません。まずは、施設が利用者に対して賠償金の支払いを行うことが先です。その後、利用者に支払った分を、保険会社から施設が受け取るという流れになります。

施設に過失がない場合は、賠償責任保険で保険金は下りません。それならば、せめて公的な補助金の制度を紹介するなど、できる部分で利用者の力になってあげるといいでしょう

著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛

※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント トラブル対策編』(講談社/2018年2月14日発売)の内容より一部を抜粋して掲載しています

書籍紹介

完全図解 介護リスクマネジメント トラブル対策編

介護リスクマネジメント  トラブル対策編

出版社: 講談社

山田滋(著)、三好春樹(監修)、下山名月(監修)、東田勉(編集協力)
近年、介護事業者と家族のトラブルが増加しています。介護現場は、トラブルになりやすい事故が多いにもかかわらず、対策が未熟な施設が少なくありません。事故が起きた際の適切な対応手順をしっかり学べる一冊です。

Amazonで購入

  • 山田滋
    株式会社安全な介護 代表

    早稲田大学法学部卒業と同時に現あいおいニッセイ同和損害保険入社。支店勤務の後2000年4月より介護事業者のリスクマネジメント企画立案に携わる。2006年7月よりインターリスク総研主席コンサルタント、2013年5月末あいおいニッセイ同和損保を退社。2014年4月より現職。

    ホームページ |株式会社安全な介護 公式サイト

    山田滋のプロフィール

  • 三好春樹
    生活とリハビリ研究所 代表

    1974年から特別養護老人ホームに生活指導員として勤務後、九州リハビリテーション大学校卒業。ふたたび特別養護老人ホームで理学療法士としてリハビリの現場に復帰。年間150回を超える講演、実技指導で絶大な支持を得ている。

    Facebook | 三好春樹
    ホームページ | 生活とリハビリ研究所

    三好春樹のプロフィール

  • 下山名月
    生活とリハビリ研究所 研究員/安全介護☆実技講座 講師

    老人病院、民間デイサービス「生活リハビリクラブ」を経て、現在は「安全な介護☆実技講座」のメイン講師を務める他、講演、介護講座、施設の介護アドバイザーなどで全国を忙しく飛び回る。普通に食事、普通に排泄、普通に入浴と、“当たり前”の生活を支える「自立支援の介護」を提唱し、人間学に基づく精度の高い理論と方法は「介護シーン」を大きく変えている。

    ホームページ|安全な介護☆事務局通信

    下山名月のプロフィール

  • 東田勉

    1952年鹿児島市生まれ。國學院大學文学部国語学科卒業。コピーライターとして制作会社数社に勤務した後、フリーライターとなる。2005年から2007年まで介護雑誌『ほっとくる』(主婦の友社、現在は休刊)の編集を担当した。医療、福祉、介護分野の取材や執筆多数。

    ホームページ |フリーライターの憂鬱

    東田勉のプロフィール

フォローして最新情報を受け取ろう

We介護

介護に関わるみなさんに役立つ楽しめる様々な情報を発信しています。
よろしければフォローをお願いします。

介護リスクマネジメントの記事一覧