どんな事故であっても、施設が当事者であることを忘れてはいけません。施設は最後まで責任をもって家族に対応すべきであり、保険会社に事故対応を丸投げしてしまうのは言語道断と言えるでしょう。
クレーム発生時の状況説明
利用者Cさんのご家族からクレーム申し立てがあった内容と、トラブルになった経緯を見てみましょう。
利用者の状況

Cさん
78歳、女性、要介護1
既往症:脳梗塞、軽い認知症、腰痛
ADL:腰が曲がっており、ゆっくりだが歩行は自立している、食事は普通食、認知症はあるが軽度、基本的に会話が成立するし、時々失敗することもあるがトイレも自立している
ご家族からのクレーム内容
母がデイサービスで転倒して、利き腕を複雑骨折しました。救急車で病院に運ばれ、入院して手術するほどの大きなケガでした。
一人娘である私は、仕事もあるうえにまだ高校生の息子がいます。母の手術が無事に終わるまでは、毎日バタバタで振り返る暇もありませんでした。
手術も終わり、母の入院生活が落ち着いてきた頃、ろくに事故の説明を受けていないことに気がつきました。そこで、電話をかけて説明を求めたのです。

はい、デイサービスセンター〇✕です

先日そちらで転倒して入院しているCの娘ですが

Cさんの娘さんですか! その後Cさんの体調はいかがですか? 手術をしたと伺いましたが

はい、無事に手術も成功しました。今は入院しながらリハビリ中です。ところで、事故の原因についてきちんと説明をしてほしいのですが

事故の原因ですね。Cさんはトイレに向かって歩いている際、手すりにつかまり損なって転倒してしまいました

それは聞きましたけど、もっと詳しいお話が聞きたいのです。そのときに歩行を介助したり、見守る職員さんはいたのですか?

えーと、どうでしょうか。でも、保険からお金が出るということは聞いておりますので、ご安心ください。近日中に保険会社から連絡が行くはずです

そうですか。わかりました
数日後、保険会社から○○万円の提示を受けました。しかし、大きな手術も受けて今でも入院治療が続いているのに、提示された金額はあまりに少額でした。
そこで、デイサービスセンターに交渉に行きましたが、「金額のことは保険会社に任せてあるので、私たちにはわかりません」「この金額に納得ができないなら、支払うことはできません」の一点張りで、話になりませんでした。

「事故の原因の説明もきちんと行わないうえに、保険金額についても保険会社に丸投げとは、あまりにも誠意がない」と、Cさんの家族は国保連に苦情申し立てを行いました。
このクレーム対応のおもな問題点は2つ
この施設は、事故への対応が根本的に間違っています。すぐに施設の対応に関する非を認めて謝罪し、Cさんの家族に対して適切な対応をしなければなりません。
この事故対応に関するおもな問題点は、次の2つです。
「保険からお金がでます」という説明が誤解を生んだ

「事故の原因を説明してほしい」と言われて「保険からお金が出ます」と答えれば、「施設に過失がある事故なので、治療費などの損害の全額を賠償責任保険で支払う」と家族は思います。
賠償責任保険で支払えるのは、事故原因に対して施設に過失があったときだけです。今回、保険から支払われるのは少額であったということですから、これはおそらく「見舞金」だと思われます。見舞金というのは、施設に過失がない場合に定額で支払われるものです。
「保険会社に任せてある」という無責任な対応姿勢

介護施設が加入している賠償責任保険の場合、保険会社は示談交渉を代行することができません。介護施設の事故に関する示談交渉を保険会社が行うことは、弁護士法で禁止されているからです。
ですから、お客様が補償金額に納得がいくまで話し合う責任は、施設が負っています。「保険会社に任せてあるから」という対応は、介護施設がしてはいけないのです。保険会社に対しては、あくまで「相談」という形になるので、注意しましょう。
保険会社に対応を丸投げするのはNG!
保険会社から見舞金の支払いだけということは、施設側に過失はないと結論づけていると思われます。もし本当にそうなら、事故原因について、本人と家族が納得できるまできちんと説明することが大切です。
逆に、施設側の過失を完全に否定できない場合は、施設が保険会社に対して、Cさんに適切な賠償金が支払われるように交渉する必要があります。
また、事故後の対応を保険会社に丸投げするのは言語道断です。施設側の過失の有無にかかわらず、自施設内で起こった事故の被害者に対しては、最後まで施設が責任を持って対応する義務があります。
このクレーム対応の改善案は?
改善案としては次の4つが挙げられます。

このクレームの適切な対応方法の一例

はい、デイサービスセンター○×です

先日そちらで転倒して入院しているCの娘ですが

Cさんの娘さんですか! その後、Cさんの体調はいかがですか? 〇日に手術をしたと伺いました

はい、無事に手術も成功しました。今は入院しながらリハビリ中です。ところで、事故の原因についてきちんと説明をしてほしいのですが

もちろんです。本来ならこちらからご連絡を差し上げるべきところを申し訳ございませんでした。手術が終わって落ち着かれたら、あらためて詳しい説明に伺いたいと思っておりました。つきましては、いつ頃ご都合がよろしいでしょうか?
こうして、デイサービスの責任者と相談員が自宅まで説明に来てくれることになりました。
~施設側に過失があった場合~

今回の事故の状況について、詳しく調査を行いました。その調査結果が、こちらでございます。(調査結果の説明)このように、今回のC様の事故は私どもの対応に至らない点がございましたので、治療費や入院費などの損害について補償をさせていただきます。このたびはC様に大変なご負担をかけてしまい、本当に申し訳ありませんでした

わかりました。今後はこのようなことがないように、よろしくお願いします

はい。大変申し訳ありませんでした

申し訳ありませんでした。それでは補償の内容について、詳しくご説明申し上げます
~施設側に過失がなかった場合~

今回の事故の状況について、詳しく調査を行いました。その調査結果が、こちらでございます。(調査結果の説明)ということで、今回の事故は誠に残念ながら、防ぐことができなかった事故であると結論づけました。ご納得いただけますでしょうか

そうですね。確かに、防ぐことは難しかったのかもしれません。だからといって、こんなに大変なケガなのに、何の補償もないのですか?

まず、私どもの施設が契約しております保険会社から、事故の見舞金として○○万円が支払われます

それだけですか? こんなに入院治療が続いているのに!

おっしゃるとおりでございます。保険会社の賠償責任保険は、施設に過失がある事故にしか支払われないものですので、どうしても少額になってしまいます。あとはCさんのご負担を考えて、私どもデイサービスセンターのほうからも、心ばかりのお見舞いをお支払いする準備をしております。もちろん十分な金額ではございませんが、今回の事故においてこちらからお支払いできるのはここまででございます。
それ以外にも、高額療養費制度などがございますので、よろしければご案内いたします

そうですか。私はよくわかっていないので、教えていただけると助かります

まずは保険のしくみをしっかり理解する
介護施設の中には、賠償責任保険の制度をよくわかっていない事業者が見受けられます。制度がわからないと「何とか払わないですむようにしよう」と考えたり、「あとは保険会社に任せておこう」と考えるなど、誤った対応になりがちです。まずは契約している保険会社の担当者とよく相談して、保険のしくみを深く理解するところから始める必要があります。
施設側に過失がある場合の事故の保険金支払いは、保険会社から利用者に対して行われるのではありません。まずは、施設が利用者に対して賠償金の支払いを行うことが先です。その後、利用者に支払った分を、保険会社から施設が受け取るという流れになります。
施設に過失がない場合は、賠償責任保険で保険金は下りません。それならば、せめて公的な補助金の制度を紹介するなど、できる部分で利用者の力になってあげるといいでしょう。
著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛
※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント トラブル対策編』(講談社/2018年2月14日発売)の内容より一部を抜粋して掲載しています