利用者の入院時の不手際がクレームに発展/体調急変時のマニュアルを作っておこう|トラブル対策編(第72回)

利用者の入院時の不手際がクレームに発展/体調急変時のマニュアルを作っておこう | トラブル対策編(第72回)

入院時の対応は施設によってまちまちなので、クレームが起こりやすい場面です。入院という緊急事態に際し、ご家族は混乱しています。その点に配慮した対応を心がけましょう。

クレーム発生時の状況を説明

まずはじめに、利用者Bさんのご家族から申し立てがあったクレーム内容と、トラブルになった経緯を見てみましょう。

利用者の状況

Bさん 84歳、男性、要介護3 既往症:事故による後遺症で歩行不全、認知症あり

Bさん

84歳、男性、要介護3

既往症:事故による後遺症で歩行不全、認知症あり

ADL:立位は短時間なら可能、歩行は介助が必要、食事は普通食、発語あり、認知症の影響でコミュニケーションがうまくいかないことがあるが、基本的には会話が成立する

ご家族からのクレーム内容

特別養護老人ホームの相談員が、Bさんの娘さんに電話をかけました。

職員
職員

お父様は発熱とセキが続いております。この様子だと入院するかもしれませんので、ご家族のどなたかが施設までお越しいただけませんか?

利用者の娘さん
娘さん

わかりました。私と夫がすぐに参ります

~30分後~

職員
職員

お待ちしておりました。では、Bさんを病院にお願いします

利用者の娘さん
娘さん

え? この状態の父を、私たちだけで連れていくのですか?

職員
職員

はい。お願いします

利用者の娘さん
娘さん

そんなことを急に言われても困ります。ふつうは施設のほうで手配してくれるものなんじゃないですか? あまりに無責任です

利用者が入院することになり、施設に呼ばれた家族のイラスト。施設に到着後、家族だけで病院に連れているよう施設から言われ、困惑しています
職員
職員

はあ、そうですか。それなら、まあ、私たちのほうで手配いたしましょうか

利用者の娘さん
娘さん

はい。そうしてください(かなりイライラした様子)

結局、施設の事務員が病院に連絡し、救急車の要請を行いました。家族はそれでも不満そうにしていたので、本当は家族だけで病院に行ってほしいところでしたが、施設の看護師も同行することになりました。

~1時間後・搬送先の病院にて~

Bさんが検査を受けて結果を待っている間に、家族は、施設の看護師がいつの間にかいなくなっていることに気がつきました。どうやら、搬送先の病院に引き継ぎをしたらもういいだろうと思ったのか、早々に施設に戻ってしまったようです。何の説明もあいさつもなかったことに、家族は非常に腹を立てました。

利用者が入院することになり、施設から病院に搬送。家族と施設看護師も付き添っていたが、知らないうちに看護師が勝手に帰っており困惑する家族のイラスト

~2時間後~

検査の結果、食事の誤嚥による肺炎で、ただちに入院が決まりました。家族は非常に動揺しており、親戚に連絡をしたり、医師からの説明を書き留めたりと大忙しでした。

そんなタイミングで、施設の事務員がBさんの荷物をまとめて病院に持ってきました。なぜかを聞くと、「Bさんはしばらく入院になるだろうから、わざわざご家族が施設に荷物を取りに来なくてもいいように持って行ってあげるよう、看護師から言われました」とのことでした。

好意による行動かもしれませんが、これを聞いた家族は「どうせ入院になるから、とっとと荷物を持って行ってしまおう。そうすれば、もううちの施設とは関係ないから」という、非常に無責任な態度に思えました。そして、「大切な父を適当な食事介助で病気にされた揚げ句、放り出された」と強い憤りを感じ、国保連に苦情の申し立てを行いました。

利用者の家族の混乱に配慮した対応を

このクレームは、施設側の意識の低さが原因でトラブルにつながってしまった事例だと言えます。たとえ通院は原則的に家族が行うと規定されていても、入院を伴う緊急事態であれば、もっと家族の混乱に配慮した対応を心がけるべきです。

たとえば、家族から「病院の手配くらいして」と要望があった際の対応には、「施設側は関係ない」という態度が透けて見えています。病院から早々に引き揚げてしまったのも、同じです。利用者と家族にとっては緊急事態なので、施設としてできる協力はしようという積極的な姿勢が見えてきません。

こうした態度の積み重ねで、荷物を病院に持って行ったときに家族は「無責任に放り出された」と感じてしまいました。荷物に気を回してあげるのであれば、「今日は皆さんお忙しいでしょうから、明日にでもこちらから荷物をお持ちします」とひと声かければよかったのです。

このクレーム対応の主な問題点は2つ

このクレームにおいて主な問題点となるのは次の2つです。それぞれについて解説します。

入院対応に関するノウハウがなく、家族に丸投げした

利用者が入院することになった際、対応の仕方がわからず、家族に対応を丸投げする施設職員のイラスト

多くの特養では、利用者が通院する場合は原則的に家族が連れて行くことになっています。しかしそれは、あくまで通院できる程度の健康状態の場合です。入院になるかもしれないくらい危険な状態なのであれば、施設側が対応を家族に丸投げするのは無責任と言えます。

また、入院になった場合も、施設との契約がそこで終了、または中断するわけではありません。入院という利用者の一大事において、施設が無責任な態度をとるのは、契約違反だと言ってもいいでしょう。

入院が決まったその日に荷物を持っていった

利用者の入院がきまったその日に、施設職員が利用者の荷物をまとめ、家族に渡しているイラスト

施設側の対応としては「わざわざ特養まで荷物を取りに来るのは、ご家族が大変だろう」という厚意で行ったことでした。しかしその厚意は、それまでの対応の悪さとタイミングの悪さが原因で裏目に出てしまいました。

入院当日の家族はバタバタしますし、利用者の容態が落ち着くまでは気を張っています。そんな緊迫した場面で「施設側は、利用者の荷物をまとめていた」となると、自分たちの施設を片づけること優先、利用者を追い出すこと優先のように感じられて家族は不快なものです。

このクレーム対応の改善点

このクレームの改善点として、ある施設の体調急変時の緊急マニュアルを抜粋しました。参考にしてください。

【このクレームの改善案】1)家族に連絡をしてから施設側で搬送車を用意する。2)施設の看護師や相談員が必要なものを持って付き添う。3)施設の看護師が病院の医師に利用者の身体状況を報告する。4)施設の看護師や相談員は家族とともに医師からの説明を受ける。5)入院が決まったら「選択は家族がする」等の規約の確認をする。6)入院中、施設の空きベッドはショートで使う場合があることを伝える。7)施設の看護師は病院側にケアプランを見せて生活状況を説明する。8)今後のことについて家族の相談に応じる。

このクレームの適切な対応方法(一例)

特別養護老人ホームの相談員が、Bさんの娘さんに電話をかけました。

職員
職員

お父様の発熱とセキが続いております。この様子だと入院になるかもしれませんので、ご家族のどなたかが施設までお越しいただけませんか?

利用者の娘さん
娘さん

わかりました。私と夫がすぐに参ります

~30分後~

職員
職員

お待ちしておりました。ではBさんを病院に搬送したいのですが、どこかご希望の病院などはございますか? もし特別ご希望がないようでしたら、こちらで救急車を手配いたします

利用者の娘さん
娘さん

かかりつけ医には入院設備がないので、救急車をお願いします

職員
職員

かしこまりました。ご家族はBさんのそばについていてあげてください

利用者の娘さん
娘さん

ありがとうございます。よろしくお願いします

施設の事務員が病院に連絡し、救急車の要請を行いました。救急車が到着した際に「病院での説明のお手伝いをさせていただくために、施設の看護師も同行してよろしいでしょうか?」と確認すると、「ありがとうございます」と言って、ご家族は安心した様子でした。

~1時間後・搬送先の病院にて~

病院に到着したら、施設の看護師が病院に対して利用者の身体状況などを詳しく説明してくれて、家族は非常に助かりました。また、利用者が精密検査を受けている間、心配で落ち着かない家族に対して、同行していた施設の看護師が、検査の説明や考えられる病状などについて詳しく話してくれたので、家族は非常に心強かったそうです。

~2時間後~

検査の結果は、誤嚥性肺炎でした。施設の看護師はすぐに特養に電話連絡をし、検査結果や入院の旨を伝えました。家族は非常に動揺して、親戚に連絡をしたり、医師からの説明を書き留めたりと大忙しです。

家族の連絡が一段落ついたタイミングで、施設の相談員から、入院の際の規則や役割分担について詳しい説明がありました。「家族がすること」「どの部分が自己負担になるのか」など、あとで誤解が生じないように資料を使っての説明でした。

~3時間後~

職員
職員

ご家族の皆さんは大変でしょうから、施設においてある荷物はまとめて明日にでもこちらからお持ちします。また何か困ったことやわからないことがあったら、いつでも施設に連絡をください

利用者の娘さん
娘さん

今日は本当にありがとうございました。皆さんのおかげで助かりました

利用者の入院が決まった際、職員の対応に対し感謝する利用者家族のイラスト

体調急変時のマニュアルをつくっておく必要がある

利用者の持病の通院と、体調急変時の受診は、根本的に違います。ですから、体調急変時に施設側がどう対応するかについて、マニュアルをつくって方針を決めておくことが大切です。「このクレーム対応の改善点」の項に、ある施設の体調急変時の緊急マニュアルを抜粋しました。併せて、「このクレームの適切な対応方法」も参考にしながら、それぞれの施設での方針を決定するといいでしょう。

家族の心証を悪くしがちなのが、「入院中に荷物を取りに特養へ行ったら家族のベッドがショートステイに使われていて、違う利用者がいた」というケースです。利用者の入院中におけるベッドの貸し出しはあくまでショートステイなので、利用者の入院が3ヵ月以内であれば問題なく元のベッドに戻ることができます。しかし、入院中にベッドを貸し出す可能性があることを事前に説明しておかないと、家族がショックを受けてしまうので注意が必要です。

著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛

※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント トラブル対策編』(講談社)の内容より一部を抜粋して掲載しています

書籍紹介

完全図解 介護リスクマネジメント トラブル対策編

介護リスクマネジメント  トラブル対策編

出版社: 講談社

山田滋(著)、三好春樹(監修)、下山名月(監修)、東田勉(編集協力)
近年、介護事業者と家族のトラブルが増加しています。介護現場は、トラブルになりやすい事故が多いにもかかわらず、対策が未熟な施設が少なくありません。事故が起きた際の適切な対応手順をしっかり学べる一冊です。

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  • 山田滋
    株式会社安全な介護 代表

    早稲田大学法学部卒業と同時に現あいおいニッセイ同和損害保険入社。支店勤務の後2000年4月より介護事業者のリスクマネジメント企画立案に携わる。2006年7月よりインターリスク総研主席コンサルタント、2013年5月末あいおいニッセイ同和損保を退社。2014年4月より現職。

    ホームページ |株式会社安全な介護 公式サイト

    山田滋のプロフィール

  • 三好春樹
    生活とリハビリ研究所 代表

    1974年から特別養護老人ホームに生活指導員として勤務後、九州リハビリテーション大学校卒業。ふたたび特別養護老人ホームで理学療法士としてリハビリの現場に復帰。年間150回を超える講演、実技指導で絶大な支持を得ている。

    Facebook | 三好春樹
    ホームページ | 生活とリハビリ研究所

    三好春樹のプロフィール

  • 下山名月
    生活とリハビリ研究所 研究員/安全介護☆実技講座 講師

    老人病院、民間デイサービス「生活リハビリクラブ」を経て、現在は「安全な介護☆実技講座」のメイン講師を務める他、講演、介護講座、施設の介護アドバイザーなどで全国を忙しく飛び回る。普通に食事、普通に排泄、普通に入浴と、“当たり前”の生活を支える「自立支援の介護」を提唱し、人間学に基づく精度の高い理論と方法は「介護シーン」を大きく変えている。

    ホームページ|安全な介護☆事務局通信

    下山名月のプロフィール

  • 東田勉

    1952年鹿児島市生まれ。國學院大學文学部国語学科卒業。コピーライターとして制作会社数社に勤務した後、フリーライターとなる。2005年から2007年まで介護雑誌『ほっとくる』(主婦の友社、現在は休刊)の編集を担当した。医療、福祉、介護分野の取材や執筆多数。

    ホームページ |フリーライターの憂鬱

    東田勉のプロフィール

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