デイサービスでの補聴器の紛失/利用者家族からのクレームへの適切な対応は?|トラブル対策編(第71回)

デイサービスでの補聴器の紛失/利用者家族からのクレームへの適切な対応は? | トラブル対策編(第71回)

施設で頻繁に起こる紛失物に対する対応を、あらためて考えましょう。補聴器の紛失事故で起こったクレームを例に挙げて、介護施設側がとるべき正しい対応、間違った対応を解説していきます。

クレーム発生時の状況を説明

まずは、利用者Aさんのご家族からクレーム申し立てがあった内容と、トラブルになった経緯を見てみましょう。

利用者の状況

Aさん 88歳、女性、要介護5 既往症:脳血管性認知症 右マヒ

Aさん

88歳、女性、要介護5

既往症:脳血管性認知症 右マヒ

ADL:拘縮も強まり、自力では動けず、生活全般に全介助、歩行不可、立位の際は2人介助、食事はミキサー食にて全介助、発語なし、コミュニケーションはこちらの問いかけにうなずく程度

ご家族からのクレーム内容

利用者がデイサービスから帰宅後、事業所の電話が鳴りました。

クレーム対応をするデイサービスの事務員のイラスト
事務員

はい、○×苑です

クレームを申し立ててきたデイサービス利用者の家族のイラスト
ご家族

デイサービスでお世話になっているAの娘です。本日帰宅したら、母の補聴器がなくなっていました。難聴が進んでいるので、補聴器がないと困るのですが

クレーム対応をするデイサービスの事務員のイラスト
事務員

Aさんの補聴器がなくなったということですね。こちらのほうで捜してみますが、ご自宅の前なども、今一度捜していただ けますか?

クレームを申し立ててきたデイサービス利用者の家族のイラスト
ご家族

わかりました

~30分後~

クレームを申し立ててきたデイサービス利用者の家族のイラスト
ご家族

家の周辺を捜しましたが、やっぱり見つかりません。そちらはどうですか?

クレーム対応をするデイサービスの事務員のイラスト
事務員

こちらでも、デイルームと送迎車の中を捜しましたが、見つかりませんでした。職員に確認したところ、お送りする15分ほど前にトイレにお連れした際は、確かに補聴器を着けていたそうです。その後、車に乗り込む際は確認しておりませんでした。そちらではいつ頃お気づきになりましたか?

クレームを申し立ててきたデイサービス利用者の家族のイラスト
ご家族

家に迎え入れてから部屋まで車椅子で連れていき、ベッドに寝かせたところで、補聴器がないことに気がつきました

クレーム対応をするデイサービスの事務員のイラスト
事務員

そうですか。では、こちらでも引き続き捜しますので、ご自宅でももう一度ベッドまわりを捜していただけますか?

クレームを申し立ててきたデイサービス利用者の家族のイラスト
ご家族

いや、だからそんなのはとっくに捜したうえで電話しているんですけど!

クレーム対応をするデイサービスの事務員のイラスト
事務員

あ、そうですね。申し訳ありません。またこちらでも捜しておきます

補聴器を紛失した利用者の家族からの電話対応をする施設職員のイラスト

~3日後~

クレーム対応をするデイサービス所長のイラスト
所長

その後、職員でデイサービス内を捜しましたが、見つかりませんでした。ご自宅ではいかがでしたか?

クレームを申し立ててきたデイサービス利用者の家族のイラスト
ご家族

今頃ようやく連絡ですか。こちらから連絡しないと、そのままにするつもりなのかと思いましたよ。もちろん家にはありませんでした。それで、どうするんですか? うちはとても困っているんですけど!

クレーム対応をするデイサービス所長のイラスト
所長

ちなみに、その補聴器はおいくらでしたか?

クレームを申し立ててきたデイサービス利用者の家族のイラスト
ご家族

12万円です

クレーム対応をするデイサービス所長のイラスト
所長

そうですか。保険会社に問い合わせたところ、保険金請求には警察への紛失届が必要で、届け出てもすぐには支払われないそうです。一定期間発見を待って、それでも出てこなかった場合、保険金が下りることになります

クレームを申し立ててきたデイサービス利用者の家族のイラスト
ご家族

その間、母はろくに聞こえないまま 我慢しろって言うんですか? この数日間だってすごく不自由しているんです。もういいです。あなたたちには頼みません!

そのまま、Aさんはデイサービスの利用を中止しました。数日後に家族から電話が入り、補聴器は市の補助で新調することができ たそうです。その手続きと一緒に、市役所にクレームを申し立てられてしまいました。

紛失に対しては捜索努力、紛失原因の説明が重要

高齢者が利用する施設は、全般的に私物の紛失がよく起こります。頻繁に起こるクレームだからこそ、施設としての対応方法をしっかりと確立しておくことが大切です。

私物の紛失トラブルがあったとき、入所施設であれば発見される可能性が高いのですが、デイサービスやショートステイなど自宅と行き来がある施設では、認知症のほかの利用者が持って帰ることもありえるので、発見されることのほうが稀です。

その場合、「見つけること」ばかりに気をとられていては、なかなか解決につながりません。紛失に対しては捜索努力と紛失原因の説明努力を尽くせば、施設側としてのやるべきことはやったと言えます

ただし、生活に必要なものが紛失したら困るのは、利用者自身です。この場合、利用者の不便を解消するための改善策を調べ、施設側として手助けできるように尽力しましょう。

このクレームの主な問題点は2つ

このクレームにおいて主な問題点となるのは次の2つです。それぞれ解説します。

紛失物をクレーム申立者に捜させている点

補聴器を紛失した施設利用者の家族が施設に電話したが、施設の対応に問題があり満足していない様子

物品の紛失の場合、責任がどちらにあるかはなかなか判明しませんし、最後までわからないこともあります。こんなとき、クレーム受付の段階で相手にも捜させてしまうのは問題です。

「非がどちらにあるかわからない」というクレームのときに「非が相手にあるかもしれない」という言動をとってしまうと、相手の感情を害してしまいます。加えて、自分のところを捜しもしない段階で、相手に捜してくださいと頼むことは、著しく無責任な印象を与えてしまいかねません。

結果的に、利用者が不便なまますごした期間が長すぎる

補聴器を紛失したが、施設の対応がおそいため何日も耳が聞こえない状況になっている利用者のイラスト

このデイサービスは保険会社とも連絡をとっていたようですし、きちんと対応したつもりなのでしょう。細かく捜索したり、保険会社との連絡などもあり、忙しかったことと思います。それでも、利用者を不便な状況にしたまま何日も経過してしまったのは問題です。

次にいつ連絡を入れるのかを具体的に伝えていなければ、相手に「施設側は無責任に放り出した」と思われてしまうのも無理はありません。何かしらの対策を提示し、解決するまではもっと頻繁に連絡をするなどの改善が必要です。

このクレーム対応の改善案

改善案として次の4点が提案できます。

利用者の補聴器の代わりになるものを探す

補聴器を紛失した利用者に対して、施設が代わりの品を用意するイラスト

これを機に、デイサービスで補聴器を購入するというのも1つの案です。安いもので構わないので、備え付けの補聴器を1つ買っておくと重宝します。今回のように紛失したときに貸し出すだけでなく、自宅に忘れてきた人にも貸し出してあげられる態勢にすれば便利です。

まずはデイサービス内の捜索から始める

利用者の補聴器が紛失したことを受け、施設内を捜索する施設職員のイラスト

利用者の物品が紛失したときは、施設側の責任であるという前提で、施設内を捜索することが大切です。後日、自宅の荷物の中から見つかるということも確かにあります。しかしその場合、家族は一生懸命捜してくれたデイサービスに感謝したり恐縮したりして終わるので、トラブルにはなりません。

2度目の大捜索を行う

施設利用者の補聴器が紛失したことを受け、捜索をする施設職員のイラスト。他の利用者にも聞き込みをします

まず職員で捜して、見つからなかったらその旨を電話でていねいに詫びます。しかし、そのまま終わりにしてはいけません。翌日以降、ほかの利用者の皆さんに対する聞き込み調査を行い、あらためて報告の電話をすると、よりいいでしょう。ほかの利用者の荷物に紛れ込んでいることも、大いに考えられます。

善後策を家族と考える

利用者の補聴器が紛失してしまい、捜索と同時に今現在の不便を解消するために利用者家族と相談する職員のイラスト

デイサービスは多くの利用者が自宅と頻繁に行き来をしているので、紛失物が見つからないことがよくあります。ですから、生活に必要な物品であれば、捜索と同時に、今現在の不便を解消するための対策を考えることが大切です。早い段階で市役所に相談したり、カタログで選ぶなどしましょう。

このクレーム適切な対応方法(一例)

利用者がデイサービスから帰宅後、事業所の電話が鳴りました。

クレーム対応をするデイサービスの事務員のイラスト
事務員

はい、○×苑です

クレームを申し立ててきたデイサービス利用者の家族のイラスト
ご家族

デイサービスでお世話になっているAの娘です。本日帰宅したら、母の補聴器がなくなっていました。難聴が進んでいるので、補聴器がないと困るのですが

クレーム対応をするデイサービスの事務員のイラスト
事務員

Aさんの補聴器がなくなったということですね。それは大変申し訳ございません。こちらのほうで捜して、折り返しご連絡をいたします

クレームを申し立ててきたデイサービス利用者の家族のイラスト
ご家族

わかりました。お願いします

~30分後~

クレーム対応をするデイサービスの事務員のイラスト
事務員

お待たせして申し訳ありませんでした。デイルームと送迎車の中を捜しましたが、見つかりませんでした。職員に確認したところ、お送りする15分ほど前にトイレにお連れした際は、確かに補聴器を着けていたそうです。その後、車に乗り込む際は確認していなかったということで、大変申し訳ございません。Aさんが非常にご不便だと思いますので、デイサービスに備え付けの補聴器を、今からお宅にお届けしたいのですが、よろしいでしょうか? また、ご自宅前の道路もこちらで捜します

クレームを申し立ててきたデイサービス利用者の家族のイラスト
ご家族

え、いいのですか?

クレーム対応をするデイサービスの事務員のイラスト
事務員

もちろんです。捜している間もご不便でしょうから、ぜひお使いください。また明日になればほかの利用者さんもいらっしゃるので、皆さんに伺いながら職員でもう一度捜します。明日のお昼頃に、あらためてお電話を差し上げてもよろしいでしょうか?

クレームを申し立ててきたデイサービス利用者の家族のイラスト
ご家族

わかりました。よろしくお願いします

~翌日昼頃~

クレーム対応をするデイサービスの事務員のイラスト
事務員

利用者さんに伺ったり、Aさんが行ったと考えられるトイレから玄関まで細かく捜しましたが、残念ながら見つかりませんでした。大変申し訳ございません。つきましては、謝罪と今後のご相談のために所長が伺いたいと申しているのですが、よろしいでしょうか?

クレームを申し立ててきたデイサービス利用者の家族のイラスト
ご家族

わざわざ所長さんがいらっしゃるんですか? はい、わかりました

日程調整をして、お客様のお宅に所長と相談員で伺いました。そこでていねいに謝罪したうえで、保険を使うと時間がかかることや、市役所に相談したら補聴器購入に対する補助金の制度があることなどをお伝えしたところ、ご家族は安心したようでした。相談員が補助金の申請をお手伝いしようかと申し出たところ、ご家族から「そこまでしてもらっては、かえって申し訳ないです」と言っていただいて、今回のクレームは解決となりました。

補聴器を紛失した利用者のため、代替補聴器を貸し出し・今後の相談、説明、謝罪をおこなうためにご自宅訪問した施設職員の利用者家族のイラスト

結果よりも「誠実な姿勢」が大切になる

トラブルにつながってしまったクレーム事例では、「施設ではなく家でなくしたのでは?」という前提で対応したことが、クレーム申立者の心証を悪くしたポイントでした。適切な対応例のように、紛失物は必ず施設側を重点的に捜して、その後の連絡も施設側から率先して行うようにしましょう。そうした「紛失物クレームに対する基本的な姿勢」を徹底するだけでも、トラブルに発展することを防ぐことができたはずです。

しかし、トラブルを防ぐだけでは、クレーム対応として十分ではありません。それよりもう一歩踏み込んだケアをして、お客様に満足していただける対応を目指しましょう。たとえば「代わりになるものを貸し出す」「善後策を家族と考える」「必要な手続きがあるならお手伝いする」などが率先してできると、紛失物がきっかけで、より一層家族からの信頼が深まることもありえるのです。

著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛

※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント トラブル対策編』(講談社)の内容より一部を抜粋して掲載しています

書籍紹介

完全図解 介護リスクマネジメント トラブル対策編

介護リスクマネジメント  トラブル対策編

出版社: 講談社

山田滋(著)、三好春樹(監修)、下山名月(監修)、東田勉(編集協力)
近年、介護事業者と家族のトラブルが増加しています。介護現場は、トラブルになりやすい事故が多いにもかかわらず、対策が未熟な施設が少なくありません。事故が起きた際の適切な対応手順をしっかり学べる一冊です。

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  • 山田滋
    株式会社安全な介護 代表

    早稲田大学法学部卒業と同時に現あいおいニッセイ同和損害保険入社。支店勤務の後2000年4月より介護事業者のリスクマネジメント企画立案に携わる。2006年7月よりインターリスク総研主席コンサルタント、2013年5月末あいおいニッセイ同和損保を退社。2014年4月より現職。

    ホームページ |株式会社安全な介護 公式サイト

    山田滋のプロフィール

  • 三好春樹
    生活とリハビリ研究所 代表

    1974年から特別養護老人ホームに生活指導員として勤務後、九州リハビリテーション大学校卒業。ふたたび特別養護老人ホームで理学療法士としてリハビリの現場に復帰。年間150回を超える講演、実技指導で絶大な支持を得ている。

    Facebook | 三好春樹
    ホームページ | 生活とリハビリ研究所

    三好春樹のプロフィール

  • 下山名月
    生活とリハビリ研究所 研究員/安全介護☆実技講座 講師

    老人病院、民間デイサービス「生活リハビリクラブ」を経て、現在は「安全な介護☆実技講座」のメイン講師を務める他、講演、介護講座、施設の介護アドバイザーなどで全国を忙しく飛び回る。普通に食事、普通に排泄、普通に入浴と、“当たり前”の生活を支える「自立支援の介護」を提唱し、人間学に基づく精度の高い理論と方法は「介護シーン」を大きく変えている。

    ホームページ|安全な介護☆事務局通信

    下山名月のプロフィール

  • 東田勉

    1952年鹿児島市生まれ。國學院大學文学部国語学科卒業。コピーライターとして制作会社数社に勤務した後、フリーライターとなる。2005年から2007年まで介護雑誌『ほっとくる』(主婦の友社、現在は休刊)の編集を担当した。医療、福祉、介護分野の取材や執筆多数。

    ホームページ |フリーライターの憂鬱

    東田勉のプロフィール

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