親やきょうだいの介護をする若年層のことを「ヤングケアラー」と呼びます。いくつかの自治体による調査からその存在や課題点が見え始め、国が本格的な調査に乗り出しています。ヤングケアラーの研究で知られる成蹊大学教授の澁谷智子さんと、20年以上に渡る母親のケアを経験した元ヤングケアラーの高岡里衣さんへのインタビューを踏まえて、ヤングケアラーの実態と求められている支援について考えます。
「ヤングケアラー」とは

家族などのケアを担う子ども「ヤングケアラー」。最近、マスコミで取り上げられることが増え、その存在が徐々に知られるようになってきました。「ヤングケアラー」とはどんな人たちなのか、ここで改めて整理してみます。
自分自身がヤングケアラーだと気づかない子どもも

ヤングケアラー研究で知られる成蹊大学教授の澁谷智子さんは、ヤングケアラーを以下のように定義しています。
家族にケアを要する人がいるために、家事や家族の世話などを行っている18歳未満の子ども
ヤングケアラーが行っている、例えば「子どもが病気の母親に代わって家事を担う」「障がいのあるきょうだいを年長の子どもが世話する」といったことは、しばしば美談のように扱われてきました。
また、幼い頃から家事や家族の世話をしている子どもにとっては、それが当たり前の生活です。ケアを担っている意識はなく、自分が「ヤングケアラー」だと気づいていないことも少なくありません。
そうしたこともあり、「ヤングケアラー」という存在、そして彼らに対する支援の必要性は、長く認識されないまま見過ごされてきました。
「ヤングケアラー」と一言に言っても状況や背景はさまざま
ここ数年、「ヤングケアラー」という言葉が知られるようになり、マスコミでも取り上げられることが格段に増えました。
国もヤングケアラーに対する支援の必要性を認識し、2021年3月に福祉・介護・医療・教育の連携プロジェクトチーム(PT)を発足。PT発足に先駆けて、中学校、高校だけでなく中高生のヤングケアラー本人も対象に実態調査を行っています。その結果は、4月に発表になりました。
※国(厚生労働省と文部科学省)の調査結果はこちら
ヤングケアラーに注目が集まるなか、今日、家族などのケアを担う子どもたちを、「ヤングケアラー」と一言でくくることには懸念があります。
病気や障がいのある家族などのケアを担うことになった背景、理由、抱えている思いは、大人のケアラーであっても一人ひとり異なります。心も体も発達途上にあるヤングケアラーの状況や思いは、大人以上に複雑です。
そんな彼らを「ヤングケアラー」とひとまとめにして一面的な見方で扱う状況は、一人ひとり異なる事情や思いを抱えたヤングケアラーを傷つけかねません。彼らと接するときには、まずそのことを十分に認識しておく必要があります。
実態調査から見えてきたヤングケアラーの姿
ヤングケアラーの実態は、澁谷さんがかかわった2013~2016年の教職員や医療ソーシャルワーカー(MSW)を対象とした調査や、埼玉県内の高校2年生を対象とした2020年の調査などによって徐々に明らかになってきました。
※当記事では、2021年4月に発表された国(厚生労働省と文部科学省)のデータではなく、高校生約4万8,000人の回答が集計されている埼玉県の調査データ(回収率86.5%)を使用
約25人に1人がヤングケアラーという結果に
これまで行われてきたヤングケアラーの実態調査のうち、埼玉県の高校生を対象とした調査は、初めて子ども本人を対象として実施されました。これにより、ヤングケアラーの姿がかなり見えてきました。

回答者約4万8,000人中、自分がヤングケアラーだと答えたのは約2,000人(4.1%)。病気や高齢による衰弱、身体障がいなどのある家族をケアしていて、その対象者として最も多いのは、母親でした。次いで祖母、祖父、父親と続きます。
ケア内容は多岐に渡り、週4日以上のケアを担うケースも

この調査によれば、ヤングケアラーが担っているのは、食事の支度や洗濯などの「家事(58%)」、話し相手や見守りなどの「感情面のケア(41.0%)」、買物や重い物を運ぶなどの「家庭管理(32.4%)」、「きょうだいのケア(25.0%)」など。

回答したヤングケアラーの約半数は、週4日以上ケアを担っており、平日のケア時間は2時間未満が7割弱。主たる介護者のサポートをしているイメージです。
しかし中には、1日4時間以上のケアを担っているという回答も2割強。こうなると、主たる介護者と同等以上のケアを担っているとも考えられます。

ヤングケアラーが担う1日4時間以上のケア。澁谷さんは、「その意味をよく考える必要がある」と指摘します。
「介護においては、今も家族は社会資源と見られています。しかしその“家族”が、“学校に通う子ども”の場合、学校生活を続けなからの1日4時間がどういうことを意味するのか。ケアを担っていない“普通の子どもたち”の生活と比較すれば、その負担がいかに大きいかがわかるのではないでしょうか」(澁谷さん)
「ケアを担っていてかわいそう」と決めつけないで
ヤングケアラーの生の声を聞く機会が多い澁谷さんは、「ケアを担っている子どもはかわいそう」と決めつけることもまた、適切ではないと訴えます。
埼玉県の高校生調査でも、ケアをしている理由は、「親が仕事で忙しい(29.7%)」「親の病気など(20.7%)」という外発的な理由に次いで多かったのは、「ケアをしたいと自分で思った(19.1%)」という内発的な理由でした。

この結果からわかることは、決して、ヤングケアラーみんなが家族などのケアを無理に「担わされている」わけではないということです。
にもかかわらず、支援者の見方によっては、ヤングケアラーのケア負担を軽減するため、親子を分離するという極端な対応が取られそうになることも。そうした捉え方と対応もまた子どもを傷つけることがあると、澁谷さんは指摘します。
「ヤングケアラーと家族との間に存在するのは、“ケア”だけではありません。共に過ごすこと。話を聞いてもらうこと。さまざまな関係のうえに、家族はあります。ケアの負担さえなくなればそれでハッピーなのか。支援者は、それを十分考える必要があります」(澁谷さん)
ヤングケアラーとして経験がプラスになることも
ヤングケアラーとしての体験は、決してネガティブなことばかりではありません。
澁谷さんは、ヤングケアラー支援の先進国であるイギリスでは、ヤングケアラーとしての経験で培ったプラスの影響にも、きちんと目を向けていることを著書で伝えています。
「年齢の割に高い生活能力を身につけていること、マルチタスクをこなせること、聞き上手であること、忍耐強いこと、病気や障がいについての理解が深いこと、思いやりがあること」などが、イギリスではプラスの影響として挙げられています。
引用:澁谷智子著「ヤングケアラー―介護を担う子ども・若者の現実」(中公新書)p5より
ヤングケアラーのことは、もっと多様な面から見て理解することが必要なのです。
ヤングケアラーたちの想い
ヤングケアラーを多面的に理解するためには、どのような視点が必要でしょうか。
9歳のときから母親を看取るまで20年以上、ケアの中心的役割を担った元ヤングケアラーの高岡里衣さんの話を交えながら、大人のケアラーとは異なる視点で見ていく必要性について考えてみます。
母親のことが大好きだからケアを担うことに
同じケアラーでも、ヤングケアラーと大人のケアラーにはさまざまな違いがあります。その一つとして、幼いヤングケアラーは、ケアをするという意識や覚悟、自身での選択もなく、いつの間にかケアにかかわっていくことが挙げられます。
元ヤングケアラーの高岡さんが指定難病である多発性筋炎の母親のケアにかかわるようになったのは9歳のとき。体の不調を訴える母親のため、家事の一部を担ったり、通院に付き添ったりすることから、ヤングケアラーとしての生活が始まりました。
高岡家はもともと、「家事をするのは女性」という家庭であったことから、自然と母親のサポート役を担うことになった高岡さん。「母のことが大好きでしたし、役に立ちたい、自分にできることはしたいという気持ちだった」と語ります。
高岡さんの役割は、入退院を繰り返す母親に代わって家事を担い、若くして難病になったことを受け入れられない母親の精神的ケアにあたることでした。
家の中は常にピリピリとしており、高岡さん自身も体調を崩すことが多かったと振り返ります。
周囲とケアの話をすることをあきらめる
ヤングケアラーには、教師や友人など周囲にケアのことを話しても理解されないとあきらめる人が少なくないのも、大人のケアラーと違うところです。
小学生の頃から、母親のケアにかかわることになった高岡さんも、そのひとりです。
「母のことを、友達に話したことはあるんです。でも、母が病気だから食事や買物も私がしなくてはいけなくて、と話したとき、『そうなんだ、大変だね』とは言ってくれても、話がそこで宙に浮いてしまって。話せばその場が暗くなり、気まずくなる。それなら、もう母の病気のことは言わない方がいいんだ。そう思うようになりました」(高岡さん)
学校よりもケア中心の生活になる懸念も
家事のサポートからかかわっても、ケア対象の家族の病状が悪化することでケアの負担が重くなり、部活動や友達づきあいが難しくなるヤングケアラーもいます。なかには、遅刻や欠席が増えたり、勉強に遅れが出たりして、次第に生活が学校よりケア中心になる場合もあります。
大人のケアラーでも、「孤立」は大きな問題です。ケアに多くの時間をとられて孤立すると、ケア対象者にばかり意識が向いてしまいがちです。それは、密度の濃いケアにつながる一方で、視野が狭められ、多様な視点、価値観が入りにくい状況をつくります。
特に、人格形成期にあるヤングケアラーが、ケア以外に目を向ける余裕がない状況にあるとしたら心配です。進学や就職活動にも影響を及ぼしかねません。
サポートを期待しないヤングケアラーも多い
たとえ厳しい状況に置かれていても、ヤングケアラーはすぐにサポートを求める声を上げるわけではありません。埼玉県での高校生調査を見ると、むしろ、サポートを求めないことの方が多いのです。なぜでしょうか。
簡単に立ち入ってほしくない
周囲にケアについて話すことをあきらめた高岡さん。誰に頼ることもできず、病状が悪化していく母親を間近で見ている精神的負担は、原因不明のめまいや吐き気、過呼吸など、体の症状として表われるようになりました。
「過呼吸で登校できなかったときには、先生が家に来て、母の様子を聞いてくれたりしました。でも、相変わらずです、と答えると、先生もそれ以上踏み込んで来なかったですし、私も何かしてほしいという思いはありませんでした」(高岡さん)
教師は立場上、家庭の問題にはなかなか介入しにくいもの。そして、ヤングケアラーの側も、簡単に踏み込んでほしくはないという思いがあります。
「子どもであっても、自分の家庭のプライベートなことは、信頼を置いている人にでなければ話せません。よくわからずに踏み込んでかき乱すくらいなら、そっとしておいてほしいという気持ちは、みんなあると思います」(高岡さん)
なぜサポートを望まないのか?
前出の埼玉県での高校生調査でも、望むサポートについての質問には、「特にない」が4割弱で最も多い回答でした。

これについて澁谷さんは、周囲からどんなサポートが受けられるのか、イメージができないから、求めようとしないのではないかと考えています。
また、サポートを求めるという発想自体、持つことができていないことも考えられます。
「だから、まずはこんなサポートが受けられるという情報をヤングケアラーに提供したいのです。受けられるサポートを知ったうえで、それらのサポートを求めるか求めないかを決められる環境をつくりたいですね」(澁谷さん)
サポートの第一歩は置かれた状況と思いを知ること
積極的にはサポートを求めないヤングケアラーたち。支援するには、まず何から取り組んだらよいのでしょうか。
話に耳を傾け、気長に付き合う
ヤングケアラーへのサポートは、まずていねいに話を聞くことだと、澁谷さんは言います。
「大人は相談を受けると、性急に何かアドバイスをしてしまいがちです。しかし、そうではなく、ヤングケアラーの語ることに耳を傾ける。ヤングケアラーの支援はまずそこが第一歩だと思います」(澁谷さん)
高岡さんもまた、いきなり踏み込まずじっくり付き合ってほしいという気持ちが、ヤングケアラーにはあると語ります。
「意見を押しつけずにこちらの話を傾聴し、『力になりたいと思っているから、何かできることがあったらいつでも声をかけてね』と言ってくれるとありがたいですね。
そして、こちらが『そういえばあの人はそう言ってくれていたから、ちょっと話してみようかな』と思えるタイミングまで待っていてくれる。そんなふうに気長に付き合ってくれる人がいてくれたら、と思います」(高岡さん)
当事者同士で経験を語り合える場があると気持ちが楽に
高岡さんはまた、同じような経験をしたヤングケアラー同士が話せる場があれば、と語ります。最近は、ヤングケアラー同士のお話し会や座談会が開催されるようになってきたとのこと。
「自分の経験を事細かに説明しなくても『わかってくれた』と感じられると、気持ちが少し軽くなるんですね。そういう場に行けば、自分の話をせずに人の話を聞くだけでも、『こういう思いでいるのは自分だけじゃないんだ』と思えて、楽になるのではないかと思います」(高岡さん)
支援者は、そうした場づくりから取り組むのもいいかもしれません。
ヤングケアラーへの望ましいサポートとは
最後に、望ましいサポートのあり方について考えます。
ヤングケアラーをサポートする時に心がけたいことは何でしょうか。また、誰がサポートすることが期待されているのでしょうか。
楽しいことファーストの関係性づくり
澁谷さんは、支援において、ヤングケアラーとの「関係性づくり」が重要だと指摘します。

「たとえば、ヤングケアラーが『学校に行くより、家族のケアをする方が意味がある』と言ったとき。その思いを否定せず、なぜそう思うようになったのか、どういう条件が整ったら学校に行ってもいいと思えるのかを聞いてみます。
ヤングケアラーの凝り固まった思いを、そんな対話によって解きほぐしていける支援者の存在は重要です。
それにはまず、支援者がヤングケアラーと対話できる関係性をつくることが必要です」(澁谷さん)
そして、ヤングケアラーとそうした関係性を築くためには、「楽しさ」を意識することだと、澁谷さんは言います。
「大人は、単刀直入に解決したいことを話せるかもしれません。でも、子どもたちはやはり、まず『楽しい』が先に来ないと。楽しい関係性の中で、ポロリと出てくるものがあるのが、大人のケアラーとの違いです。大人にはうまくいくやり方が、ヤングケアラーにはうまくいかないことは、往々にしてあるのです」(澁谷さん)
介護職はヤングケアラーに何ができるか
実際にヤングケアラーを支援する際には、介護職の果たす役割が大きいと、澁谷さんは考えています。
なぜなら、ケアの内容、その負担の大きさを具体的にイメージしたうえで対応できるからです。
「日々、子どもたちと接する学校の教員は、ヤングケアラーの存在に気づけても、家庭内での具体的な介護の状況について知ることはできません。しかし介護職は、日々のケアの負担の大きさもわかったうえで、話を聞いたり、寄り添ったりすることができます」(澁谷さん)
いずれは、介護職の中に、ヤングケアラーを担当する人を置く体制が整うことを、澁谷さんは期待していると言います。
「ヤングケアラーの支援では、子どもたちが自分の人生を歩む道を確保しつつ、家族などのケアにどの程度かかわりたいのか、かかわれるのかをきちんとアセスメントすることが大切です。そして、その子がかかわりたいと思う範囲で家族などのケアにかかわれる仕組みをつくる。それができるのは、介護職だと思っています」と澁谷さん。
始まったばかりのヤングケアラー支援。そこで、家族などのケアをよく知る介護職がどのように貢献していけるのか。介護業界全体で考えてきたいものです。
著者/宮下公美子
(取材協力)
澁谷智子さん(成蹊大学文学部教授)ホームページ
高岡里衣さん(元ヤングケアラー)
(参考)
『埼玉県ケアラー支援計画のためのヤングケアラー実態調査結果』(埼玉県)
『ヤングケアラー―介護を担う子ども・若者の現実』(中公新書)澁谷智子
※元ヤングケアラーの高岡里衣さんの体験を紹介する記事がこちらでも掲載されています。『母のケアか自分の夢か。厳しい選択を迫られた元ヤングケアラーが今思うこと(Yahoo!)』