利用者の最新情報がスムーズに関係各所に伝わらないと、大問題になることがあります。特に、利用者の転倒やケガの情報共有がされずにいることを家族が知ると、施設に対して不信感を抱いてしまうので注意が必要です。
事故の詳細
まずは利用者Hさんご本人と事故発生時の状況、事故に対しての施設の対応、トラブルに至る経緯を見てみましょう。
利用者の状況
Hさん
77歳・女性・要介護3・多発性脳梗塞、高血圧症、軽度認知症
認知症は軽度で、食事は見守り程度で普通食を食べています。排泄は一部介助が必要なものの、歩行は一応自立。軽い左片マヒがあるので、リハビリに熱心に取り組んでいます。
事故発生時の状況
老健に入所しているHさんは、軽い左片マヒと軽い認知症がある女性利用者です。左片マヒは脳梗塞の後遺症で、リハビリに熱心に取り組んでいます。毎日、リハビリの時間を楽しみにしている様子。そんなHさんのやる気を、PTも嬉しく思っています。
ある日の夜中、Hさんはポータブルトイレを使おうとしたらバランスを崩して転倒しました。夜勤の看護師は打撲と判断し、湿布薬を貼って翌日まで様子を見ることにしました。翌朝の日勤との申し送りの場で、看護師はHさんの転倒と経過観察中であることを口頭で伝えました。相談員は朝になってから家族に事故の連絡をし、痛むようであれば受診するつもりであることを伝えました。
午前中に家族が様子を見に来ると、Hさんは機能訓練室でPTと一緒に歩行訓練を受けているところでした。家族の抗議でその後念のため受診したところ、なんとマヒ側の左大腿骨にヒビが入っていることが判明しました。家族は激怒し、大きなクレームになってしまいました。
配慮されていないと感じた家族が傷つく事故
「介護施設でケガをした」というのは、本人や家族にとっては大事件です。体も傷ついていますが、同じように心も傷ついてナイーブな状態になっています。ですから施設の関係者は当然ケガをしている今の身体状況を把握して、特別に配慮してほしいと思うものです。
そんなとき、職員が利用者のケガを知らずにリハビリをしていたら、家族は施設の管理体制に対して大きな不信感を持つでしょう。それに加え、「大切にしてくれていない」と心情面でも傷ついてしまいます。
施設内の連絡不足という単純な問題が、家族にとっては「大切な親を粗末に扱われている」と心情面で許しがたい不義理に映ることもあるのです。
トラブルを誘発したポイントは?
トラブルを誘発したポイントとしては、次の4点が考えられます。
機能訓練前にPTが利用者の身体状況の確認をしなかった
PTは機能訓練を行う前に、利用者の身体状況を正確に把握する必要があります。体調に問題があれば、リハビリは中止しなければなりません。しかし実際は、毎回機能訓練のたびに全員の全身を完璧にチェックすることは困難です。
経過観察中の利用者への対応が決まっていない
「転倒して、経過観察中」という状態は「結果的に骨折していれば事故」ですが「特に問題がなければヒヤリハット」として扱う施設がほとんどです。また、事故報告書にもヒヤリハットシートにも未記入であることが少なくありません。
事故報告のしくみが不完全で、新しい事故の情報共有が遅い
事故報告書はあっても、事故直後に迅速に情報を共有する機能が欠けている施設が多く見受けられます。事故速報が関係各所にしっかり伝わらないことが、この事例の根本原因です。情報共有のしくみを考え直す必要があります。
デイやショートなど、部門ごとに情報が分断されている
併設のデイサービスやショートでも、同様のトラブルが起こることがあります。職種や部門が違っても、利用者から見れば「同じ施設の職員」です。ケガをしているのにレクリエーションやリハビリをすすめると、「配慮がない」と感じます。
情報共有に必要なしくみをルール化する
この事例のように「利用者がケガをしたことが施設内で伝わらなかったことによる事故やトラブル」を防ぐには、どうしたらいいのでしょうか。
まずは、ケガをしたという情報がその利用者の関係する人たち全員に伝わるように、情報伝達のしくみをつくり直す必要があります。いちばん簡単で確実な方法は、ケガをした利用者のベッドの近くに経過観察中であることがわかるように貼り紙をすることです。こうしておけば、この利用者に関わる人はひと目で状況を理解できます。
本来、施設内で事故が起きた場合は、すぐに事故報告書が書かれて情報が伝わるはずです。経過観察中は「もし大きなケガでなかったら、ヒヤリハットですむかもしれない」という思いから、事故報告書を書かないで待っている場合もありえます。しかし、その間にリハビリをしては問題です。転倒して経過観察中だということは、骨折しているかもしれないし、頭部を打ちつけているかもしれません。 容態が不明確な状態ですから、本来なら絶えず気にかけるべきなのです。
そんなときのために、「事故速報シート」を作成しましょう。「事故速報シート」とは、事故報告書を書くまでの期間に関係各所に配慮してもらうためのシートです。「事故が起きたこと」「関係者は配慮してほしいこと」という内容を事前に印刷しておいて、記入者が簡単な情報を書けばいいようにしておきます。記入内容をなるべく少なくすることが、上手に活用してもらうポイントです。
この事故速報シートを関係する部署にFAXで送るようにルール化すれば、短時間で必要な人たちに経過観察をしてもらえるようになります。情報さえ伝わっていれば、利用者や家族に配慮のある言葉かけを行うこともできるはずです。
このタイプのトラブルを回避するための「4つのルール」
ルール化すべきこととして、「ベッドの近くに転倒情報を貼っておく」「事故速報シートを作成する」「事故速報シートを関係各所にFAXし、掲示してもらう」「緊急時は施設長の携帯等にメールを入れる」この4つが挙げられます。
【1】ベッドの近くに「○月✕日転倒 経過観察中です」などの転倒情報を貼っておく
前日の夜に転倒して経過観察中であれば、骨折や頭を強打した可能性もあります。容態が不明確な状態ですから、Hさんに関わる全ての職員が絶えず気にかけるべきです。ベッド付近に転倒の情報を貼っておけば、少なくともリハビリは中止されたことでしょう。
【2】経過観察の場合は、「事故速報シート」を作成するようにルールを変える
経過観察中などで、事故報告書を書くべきなのかヒヤリハットシートを書くべきなのか迷う場合のために、「事故速報シート」をつくりましょう。
これは「転倒はしたものの、口頭の引き継ぎばかりで記録がない」という宙ぶらりんな時間帯をなくすためです。書式は、各施設で工夫してください。
【3】事故速報シートは関係各所にFAXで送り、掲示してもらう
事故速報シートを書いたら、ヘルパーステーション、ナースステーション、リハビリ室などの関係する部署全てにFAXで送ります。FAXが来たら、それを掲示するようルール化するといいでしょう。入所の利用者が、併設するデイサービスを利用している場合などは、そちらにも忘れずに送信します。
【4】夜間の転倒や体調急変は、施設長の携帯等にメールを入れる
以前、家族が心配して駆けつけたときに、偶然出勤してきた施設長が、何も知らずに「今日はお早いですね」とふつうに声をかけてしまってクレームに発展してしまったことがあります。事故が起こった場合、夜間であっても施設長にはメールで一報を入れるようにしましょう。
著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛
※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント トラブル対策編』(講談社)の内容より一部を抜粋して掲載しています