認知症の方から、物を盗ったと疑われたことはありませんか? 今回は物盗られ妄想がある利用者さんから疑われないようにするための予防策、疑われた場合の対策を解説します。
【事例】物盗られ妄想の症状がある認知症の利用者Aさん
訪問介護を利用している認知症の利用者Aさん(92歳男性)は、息子さんとは別居しており、独居生活をしています。
Aさんは女性のヘルパーであれば拒否が少なく、笑顔も見せてくれますが、男性のヘルパーが話しかけても返事をしてくれず、じーっと不信感いっぱいの表情で見続けています。ときには男性のヘルパーが持参した私物のバッグを勝手に開けて中を見ていることもあり、自分の物が盗られていないかを疑っているようです。
また、機嫌が悪いとサービスも提供させてもらえず、「帰れ」とも言われることもあります。
身近な人ほど疑われやすい
認知症の方の代表的な精神症状のひとつに、妄想があります。
一言で妄想とはいっても、その内容はさまざまです。認知症においては被害妄想と誤認妄想の頻度が高く、大半を占めるといわれています。
そのなかでも、記憶障害によって引き起こされる「物盗られ妄想」は、在宅などで多く見受けられる症状です。
利用者さんにとっては「そこにあるはず」という思い込みがあるにもかかわらず、見つからなかった時点で、利用者さんは「誰かが持って行ったのではないか」という不信感を抱いてしまいます。
この物盗られ妄想は、身近にいる方が疑われることが多いため、親身に介護している家族が辛い思いをするというエピソードはしばしば聞かれます。
そして、家族に次いで疑われる対象者に、訪問介護のヘルパーが居ます。
ヘルパーは、サービスに入っただけで「あの人が盗んだ」とか「あの人が怪しい」などと言われることがあります。
利用者さんが認知症であることを理解していても、犯罪を疑われてしまうと、否定や反論をしたくなる心情は十分に理解できます。
今回の事例では、利用者さんから直接的に、被害を受けたと訴えられているわけではありません。しかし、「何かされるのではないか?」と利用者さんから疑われる状況はヘルパーにとっては心理的負担が大きい状態です。
疑われることへの予防策
物盗られ妄想によって疑われてしまうトラブルへの予防策には、下記のようなものがあります。
利用者さんがご家族と別居している場合、ご家族が認知症の程度を把握していないことも多くあります。
そのため、「物をヘルパーに盗られた」などのご本人の妄想を鵜呑みにしてしまい、ご家族から事業所に苦情の連絡が入る場合があります。
ご家族とは、同居であっても別居であっても、定期的にご本人の様子を伝えておくことが大切です。
例えば、ノートに記入し読んでいただくようにするなどの工夫があると良いでしょう。ただし、ノートはご本人も目を通すケースがあります。本人を傷つけないように記入することが重要です。
もしサービスの提供中、異変や気づきがあった場合には、日頃から事業所に報告しておくようにしましょう。記録として残しておくことが大切です。
さらに、利用者さんから「自分の見えないところでヘルパーに何かされるのではないか」と思われないように、できるだけ利用者の目に入るように、サービスの提供を行うと良いでしょう。
利用者さんの物を移動するときには、「ここに置きますね」とか「一緒に片付けましょう」など、その場の声掛けをするだけでも、その後に疑われる予防になる場合があります。
もし利用者さんが物がなくなった、と探し始めたときには、自分で置き忘れたと思えるように、そっとご本人が見つけることができる場所に置いておくのも工夫の一つです。
チームで対応することが大切
ヘルパーが一人で対応せず、数人でチームを組んでサービスを提供するようにすることも重要です。チームでかかわることにより、情報交換が可能になります。
対象者がどのような時に、どのような症状が表に出てきているのか、どのように対応すれば良いのかといった情報を共有することで、単独でサービスを行うよりも対応の幅が広がり、さらに介護者の励ましにもなります。
利用者さんがご家族と別居している場合、ご家族が認知症の程度を把握していないことも多くあります。
物盗られ妄想には多面的なケアが必要
被害妄想の訴えを繰り返すと、その度に本人の混乱を深めてしまったり、被害妄想を確信することにつながります。
ケアをするときの対応方法としては、相手の話を否定することなく、共感しながら話を聞くことが大切です。傾聴することで、訴えの裏にある思いを知ることもできます。思いを知ることができれば、その立場や感情に注目して向き合うことができます。
利用者さんの感情が強い場合、もしくは拒否が見られ受け入れてもらえない場合には、無理にかかわろうとするとさらに利用者さんを興奮させてしまうこともあります。
利用者さんの様子を見ながら、かかわり方の強弱を上手に調整するようにしましょう。
また、認知症の妄想は、その人のもつ孤独感、認知症による症状による不安感だけでなく、生物学的要因や環境要因なども影響しているといわれています。
妄想の内容や利用者の持つ背景などを詳細に把握し、多面的にアプローチすることが必要です。
利用者さん一人ひとりに、それまで生きてきた歴史があります。
認知症の症状を見るだけでなく、どのように生活してきたのか、家族の中でどのような存在だったのかなど、ご本人が語っているお話を伺うことによって、症状の原因に気づくこともあります。
正しい対応をするには、認知症の原因を理解することが大切であることをどうぞ、気づいてあげてください。
著者/阿部智子
監修者/佐藤慎一
イラスト/アライヨウコ