利用者が原因不明のケガをしていた――これはケガの程度は軽くても、利用者家族への印象が非常に悪い事故です。虐待を疑われることもあるので、慎重な対応が必要です。くわしく解説します。
事故の状況説明
まずは、利用者Cさんご本人と事故発生時の状況、事故に対しての施設の対応、トラブルに至る経緯を見てみましょう。
利用者の状況
Cさん
95歳・女性・要介護5・脳梗塞、大腿骨骨折、糖尿病、重度認知症
脳梗塞の後遺症により、移動は車椅子を使用しています。食事は認知症の影響もあり全介助。入浴は機械浴を使用しており、移乗などは全て2人介助の必要があります。
事故発生時の状況
面会に来た息子さんがCさんの足の爪を切ろうとしてリハビリシューズを脱がせたら、左足の靴下に出血の跡を発見。介護職を呼んで確認してみると、第二指の裏が横に切れていました。
介護職は、すぐに看護師を呼んで手当てをしました。息子さんは「靴下と靴をはいているのに、どうしてこんな場所が切れるのか」と尋ねると、看護師は「午前中の入浴介助のときに切ったのではないか」と答えて部屋をあとにしました。
納得がいかない息子さんはフロア主任を呼んで質問したが、「入浴後に足の指までタオルでふくので、傷があればそのときに気づくはずだ。入浴中にできた傷ではないだろう」と答え、結局原因はわかりませんでした。
翌日息子さんは施設を訪れ、看護師とフロア主任に原因を尋ねました。しかし特に調査をしていなかったため、両者とも「わからない」と答えました。怒った息子さんは施設長に面会し、「誰かがわざと切ったのではないか」と言いました。施設長は驚いて「そんな職員はいません」と断言。息子さんはその後、国保連に「虐待の疑いがある」と苦情の申し立てを行いました。
虐待が連想されるデリケートな事故である
生活をしている限り、人間は傷やアザを完全に避けることはできません。どんなに気をつけていても、ちょっとした弾みでできることがあります。特に脳梗塞の既往症がある利用者は、血液凝固阻止薬を服用していることがあるので、ちょっとした打撲でも大きなアザになってしまいがちです。
しかしながら、「いつの間にかケガをしていた」というケースは、よくトラブルにつながります。特に、認知症で自発動作の少ない利用者に傷が発見された場合は要注意です。不審なケガは、「介助ミスでできたのだろう」と推測されたり、「故意にやったのではないか」などと虐待を連想して、家族が疑心暗鬼になってしまうのです。
トラブルを誘発したポイントは?
ポイントは「家族が先にケガを発見した」「原因究明が中途半端で終わってしまった」「『虐待はない』と、調査もせずに突っぱねた」「家族の心配に寄り添う対応ができなかった」の4つが挙げられます。
家族が先に発見してしまった
施設から謝罪と説明を受けてから見るケガと、何の説明もなしに発見するケガでは印象がまったく違います。ケガがあることもショックなうえに、「気にかけてもらえていないのではないか」と感じてショックが倍増するからです。
原因究明が中途半端で終わってしまった
どんな小さなケガであっても、家族が先に発見してしまった場合は大きな問題です。最後まで本当の原因がわからなかったとしても、施設側からとことん原因究明をしようという姿勢を見せる必要があります。
「虐待はない」と、調査もせずに突っぱねてしまった
虐待を疑われている事態を、軽くとらえてはいけません。「虐待はない」と言えるのは、誰が見ても納得できるくらいしっかりと調査してからです。さもないと「隠ぺいしているのでは」と、いっそう疑われます。
家族の心配に寄り添う対応ができなかった
「もしかしたら見えないところで粗雑に扱われているのではないか」と疑心暗鬼になる家族の心境は、とてもつらいものです。その心配を払拭し、信頼を取り戻す対応ができなければトラブルにつながります。
家族と一緒になり原因を考える姿勢が大切です
家族が原因不明のケガを発見した場合は、まず看護師と相談員でケガの状態を確認します。このとき、デイサービスの利用者から帰宅後に電話で問い合わせがあった場合はどうしたらいいでしょうか。その場合は、手間であっても看護師が利用者宅を訪ねましょう。
次は原因の調査です。まずケガの状態から「どんなものに接触してできたか」を推測します。次に「介助動作の中で、実際にぶつかる危険性のあるもの」の推測です。「この動作でぶつかったのではないだろうか」など、実際に介助動作を行いながら考えます。
決定的な原因が発見できなくても、真剣に探す姿勢が大切です。家族も同席して一緒に原因を探せると、より納得してもらいやすくなります。
家族が納得する原因究明方法を紹介
1・受傷状況を推測する
どのようなものと接触してできたのか?を調べましょう。傷の形状から、どのようなものと接触したかを推測します。推測する際は、こちらの表を参考にしてください。
【傷の形状と接触状況】
傷の形状 | 他物との接触の仕方 |
---|---|
広く浅い擦り傷 | ザラザラしたものに触れた |
線状に浅い擦り傷 | 先の尖ったものに軽く触れた |
線状の深い傷 | 尖ったもので強く引っ掻いた |
裂傷 | 打撃・ねじれ・皮膚の引きつりによる |
切り傷 | ナイフなどの鋭利な刃物で切る |
刺し傷 | 針などの尖ったもので刺される |
【内出血の形状と衝突物】
内出血の形状 | 他物との衝突の仕方 |
---|---|
小さくくっきりしている | 先の尖ったものに衝突してできた内出血 |
広くぼんやりしている | 丸みのあるものに衝突してできた内出血 |
細くくっきりしている | 挟んだり、つねるなどしてできた内出血 |
2・受傷原因を検討する
どんなものにぶつかったのかを推測したら、実際にぶつかる危険性のあるものを探します。実際にぶつかったのはどこの何なのでしょうか。
介助動作を職員同士で実際に行ってみて、「ここにぶつけたのではないか」などの原因を検討します。ある程度原因が絞れたら、家族を交えて検討するのも有効です。
次のチャートは、原因不明のケガに対する適切な対応をまとめたものです。
まずは、真っ先に気づいた職員が、相談員に報告します。ケガに気づいても「たいしたことはない」と勝手に判断して報告しないことがありますが、トラブルの原因になるので絶対にいけません。
報告を受けたら、すぐに行うベきことは、相談員から家族への説明です。ていねいに説明して、受診の可否を相談します。
受診や手当てが一段落したら、今度はケガの原因検証です。原因検証については、まずは介護中に受傷したことを前提に考えます。自発動作がある人が自分でぶつけた可能性を考えるのは、介助動作の検証をしても原因がわからなかった場合だけです。この順番を逆にすると、介護中の事故の可能性を棚に上げた無責任な対応に見えてしまいます。
検証が終わったら、家族への報告です。原因がわからなくても、ていねいな説明で理解を得るよう努めます。
著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛
※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント トラブル対策編』(講談社)の内容より一部を抜粋して掲載しています