虐待を疑われることも?利用者が原因不明のケガをおった場合の対応/トラブルになりやすい事故への対策③|トラブル対策編(第59回)

虐待を疑われることも? 利用者が原因不明のケガをしていた場合の適切な対応 | トラブル対策編(第59回)

利用者が原因不明のケガをしていた――これはケガの程度は軽くても、利用者家族への印象が非常に悪い事故です。虐待を疑われることもあるので、慎重な対応が必要です。くわしく解説します。

事故の状況説明

まずは、利用者Cさんご本人と事故発生時の状況、事故に対しての施設の対応、トラブルに至る経緯を見てみましょう。

利用者の状況

脳梗塞の後遺症により、移動は車椅子を使用しています。食事は認知症の影響もあり全介助。入浴は機械 浴を使用しており、移乗などは全て2人介助の必要があります。

Cさん

95歳・女性・要介護5・脳梗塞、大腿骨骨折、糖尿病、重度認知症

脳梗塞の後遺症により、移動は車椅子を使用しています。食事は認知症の影響もあり全介助。入浴は機械浴を使用しており、移乗などは全て2人介助の必要があります

事故発生時の状況

面会に来た息子さんがCさんの足の爪を切ろうとしてリハビリシューズを脱がせたら、左足の靴下に出血の跡を発見。介護職を呼んで確認してみると、第二指の裏が横に切れていました。

面会にきた利用者家族が利用者の足に怪我があることを発見したイラスト

介護職は、すぐに看護師を呼んで手当てをしました。息子さんは「靴下と靴をはいているのに、どうしてこんな場所が切れるのか」と尋ねると、看護師は「午前中の入浴介助のときに切ったのではないか」と答えて部屋をあとにしました。

納得がいかない息子さんはフロア主任を呼んで質問したが、「入浴後に足の指までタオルでふくので、傷があればそのときに気づくはずだ。入浴中にできた傷ではないだろう」と答え、結局原因はわかりませんでした。

翌日息子さんは施設を訪れ、看護師とフロア主任に原因を尋ねました。しかし特に調査をしていなかったため、両者とも「わからない」と答えました。怒った息子さんは施設長に面会し、「誰かがわざと切ったのではないか」と言いました。施設長は驚いて「そんな職員はいません」と断言。息子さんはその後、国保連に「虐待の疑いがある」と苦情の申し立てを行いました。

虐待が連想されるデリケートな事故である

生活をしている限り、人間は傷やアザを完全に避けることはできません。どんなに気をつけていても、ちょっとした弾みでできることがあります。特に脳梗塞の既往症がある利用者は、血液凝固阻止薬を服用していることがあるので、ちょっとした打撲でも大きなアザになってしまいがちです。

しかしながら、「いつの間にかケガをしていた」というケースは、よくトラブルにつながります。特に、認知症で自発動作の少ない利用者に傷が発見された場合は要注意です。不審なケガは、「介助ミスでできたのだろう」と推測されたり、「故意にやったのではないか」などと虐待を連想して、家族が疑心暗鬼になってしまうのです。

トラブルを誘発したポイントは?

ポイントは「家族が先にケガを発見した」「原因究明が中途半端で終わってしまった」「『虐待はない』と、調査もせずに突っぱねた」「家族の心配に寄り添う対応ができなかった」の4つが挙げられます。

家族が先に発見してしまった

利用者家族が、利用者の怪我を発見しているイラスト

施設から謝罪と説明を受けてから見るケガと、何の説明もなしに発見するケガでは印象がまったく違います。ケガがあることもショックなうえに、「気にかけてもらえていないのではないか」と感じてショックが倍増するからです。

原因究明が中途半端で終わってしまった

利用者の怪我の原因がわからないことを報告する介護職員のイラスト

どんな小さなケガであっても、家族が先に発見してしまった場合は大きな問題です。最後まで本当の原因がわからなかったとしても、施設側からとことん原因究明をしようという姿勢を見せる必要があります。

「虐待はない」と、調査もせずに突っぱねてしまった

施設において虐待はないと断言する施設長とそれに怒る利用者家族のイラスト

虐待を疑われている事態を、軽くとらえてはいけません。「虐待はない」と言えるのは、誰が見ても納得できるくらいしっかりと調査してからです。さもないと「隠ぺいしているのでは」と、いっそう疑われます。

家族の心配に寄り添う対応ができなかった

利用者家族が、施設での利用者の扱いに不安を覚えるイラスト

「もしかしたら見えないところで粗雑に扱われているのではないか」と疑心暗鬼になる家族の心境は、とてもつらいものです。その心配を払拭し、信頼を取り戻す対応ができなければトラブルにつながります。

家族と一緒になり原因を考える姿勢が大切です

家族が原因不明のケガを発見した場合は、まず看護師と相談員でケガの状態を確認します。このとき、デイサービスの利用者から帰宅後に電話で問い合わせがあった場合はどうしたらいいでしょうか。その場合は、手間であっても看護師が利用者宅を訪ねましょう。

次は原因の調査です。まずケガの状態から「どんなものに接触してできたか」を推測します。次に「介助動作の中で、実際にぶつかる危険性のあるもの」の推測です。「この動作でぶつかったのではないだろうか」など、実際に介助動作を行いながら考えます。

決定的な原因が発見できなくても、真剣に探す姿勢が大切です。家族も同席して一緒に原因を探せると、より納得してもらいやすくなります。

家族が納得する原因究明方法を紹介

1・受傷状況を推測する

どのようなものと接触してできたのか?を調べましょう。傷の形状から、どのようなものと接触したかを推測します。推測する際は、こちらの表を参考にしてください。

【傷の形状と接触状況】

傷の形状 他物との接触の仕方
広く浅い擦り傷 ザラザラしたものに触れた
線状に浅い擦り傷 先の尖ったものに軽く触れた
線状の深い傷 尖ったもので強く引っ掻いた
裂傷 打撃・ねじれ・皮膚の引きつりによる
切り傷 ナイフなどの鋭利な刃物で切る
刺し傷 針などの尖ったもので刺される

【内出血の形状と衝突物】

内出血の形状 他物との衝突の仕方
小さくくっきりしている 先の尖ったものに衝突してできた内出血
広くぼんやりしている 丸みのあるものに衝突してできた内出血
細くくっきりしている 挟んだり、つねるなどしてできた内出血

2・受傷原因を検討する

どんなものにぶつかったのかを推測したら、実際にぶつかる危険性のあるものを探します。実際にぶつかったのはどこの何なのでしょうか。

介護動作を介護職員同士で行って事故原因を検討しているイラスト

介助動作を職員同士で実際に行ってみて、「ここにぶつけたのではないか」などの原因を検討します。ある程度原因が絞れたら、家族を交えて検討するのも有効です。 

次のチャートは、原因不明のケガに対する適切な対応をまとめたものです。

【原因不明の怪我を発見したときの正しい対処方法】1)どんな小さい怪我でも発見したら相談員に報告。2)相談員は怪我の状態について家族に説明し、受信の相談をする。3)怪我の状態を後日検証できるようにデジカメで撮影しておく。4)怪我の形状で、介護中の受傷の可能性を推測し、防止対策を建てる。5)介護中の受傷の可能性がない場合のみ、自発動作で受傷した可能性を推測する。6)受傷の原因がわかっても、わからなくても結果や家庭を説明して理解を得るようにつとめる。

まずは、真っ先に気づいた職員が、相談員に報告します。ケガに気づいても「たいしたことはない」と勝手に判断して報告しないことがありますが、トラブルの原因になるので絶対にいけません。

報告を受けたら、すぐに行うベきことは、相談員から家族への説明です。ていねいに説明して、受診の可否を相談します。

受診や手当てが一段落したら、今度はケガの原因検証です。原因検証については、まずは介護中に受傷したことを前提に考えます。自発動作がある人が自分でぶつけた可能性を考えるのは、介助動作の検証をしても原因がわからなかった場合だけです。この順番を逆にすると、介護中の事故の可能性を棚に上げた無責任な対応に見えてしまいます。

検証が終わったら、家族への報告です。原因がわからなくても、ていねいな説明で理解を得るよう努めます。

著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛

※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント トラブル対策編』(講談社)の内容より一部を抜粋して掲載しています

書籍紹介

完全図解 介護リスクマネジメント トラブル対策編

介護リスクマネジメント  トラブル対策編

出版社: 講談社

山田滋(著)、三好春樹(監修)、下山名月(監修)、東田勉(編集協力)
近年、介護事業者と家族のトラブルが増加しています。介護現場は、トラブルになりやすい事故が多いにもかかわらず、対策が未熟な施設が少なくありません。事故が起きた際の適切な対応手順をしっかり学べる一冊です。

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  • 山田滋
    株式会社安全な介護 代表

    早稲田大学法学部卒業と同時に現あいおいニッセイ同和損害保険入社。支店勤務の後2000年4月より介護事業者のリスクマネジメント企画立案に携わる。2006年7月よりインターリスク総研主席コンサルタント、2013年5月末あいおいニッセイ同和損保を退社。2014年4月より現職。

    ホームページ |株式会社安全な介護 公式サイト

    山田滋のプロフィール

  • 三好春樹
    生活とリハビリ研究所 代表

    1974年から特別養護老人ホームに生活指導員として勤務後、九州リハビリテーション大学校卒業。ふたたび特別養護老人ホームで理学療法士としてリハビリの現場に復帰。年間150回を超える講演、実技指導で絶大な支持を得ている。

    Facebook | 三好春樹
    ホームページ | 生活とリハビリ研究所

    三好春樹のプロフィール

  • 下山名月
    生活とリハビリ研究所 研究員/安全介護☆実技講座 講師

    老人病院、民間デイサービス「生活リハビリクラブ」を経て、現在は「安全な介護☆実技講座」のメイン講師を務める他、講演、介護講座、施設の介護アドバイザーなどで全国を忙しく飛び回る。普通に食事、普通に排泄、普通に入浴と、“当たり前”の生活を支える「自立支援の介護」を提唱し、人間学に基づく精度の高い理論と方法は「介護シーン」を大きく変えている。

    ホームページ|安全な介護☆事務局通信

    下山名月のプロフィール

  • 東田勉

    1952年鹿児島市生まれ。國學院大學文学部国語学科卒業。コピーライターとして制作会社数社に勤務した後、フリーライターとなる。2005年から2007年まで介護雑誌『ほっとくる』(主婦の友社、現在は休刊)の編集を担当した。医療、福祉、介護分野の取材や執筆多数。

    ホームページ |フリーライターの憂鬱

    東田勉のプロフィール

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