認知症の利用者の行方不明事故は、家族にとって非常に不安で、ショックが大きいもの。それゆえトラブルに発展しやすいと言えます。起こってしまったときの対応方法について、細かく見てみましょう。
事故の状況説明
まずは利用者Aさんご本人と事故発生時の状況、事故に対しての施設の対応、トラブルに至る経緯を見てみましょう。
利用者の状況
Aさん
81歳・男性・要介護3・アルツハイマー型認知症
身体的障害はなく、生活動作は自立しています。認知症は重度で迷惑行為が多いものの、娘さん一家が頑張って在宅で介護しています。1月5日、初のショートステイに入所。3日間の予定でした。
事故発生時の状況
ショートステイに入所した1月5日の夕方から、「家に帰らなければ」と言って出て行こうとしました。担当の介護士が「あとで娘さんが迎えに来ますよ」となだめて、午後8時には部屋でベッドに入りました。深夜零時に職員が巡回で訪室すると、すでにAさんはベッドにいませんでした。
まずフロアを捜したが見つからないので、ほかの職員と施設内を徹底的に捜しました。施設の出入り口にはカード式のセキュリティシステムがあり、外に出ることはないだろうと考えましたが、午前3時になっても見つからないので、建物の外の敷地内まで範囲を広げて捜しました。6時に施設長と事務長に連絡を入れ、施設長の指示で家族の了解を得てから、警察に捜索願を出しました。
結局Aさんは午後になってから、施設から200m離れた林の中で遺体で発見されました。検死の結果、死亡推定時刻は午前2時半頃。死因は凍死でした。
後日、娘さん夫婦が施設に突然現れ、「介護記録を今すぐ見せてほしい」と迫りました。「ほかの利用者の氏名や個人情報が記載されているので見せられません」と断ったところ、家族は施設を相手取って訴訟を起こしました。
行方不明は、家族を不安の闇に突き落とす事故
トラブルに発展しやすい事故の代表例に「認知症の利用者の行方不明事故」が挙げられます。この行方不明事故というのは、介護現場で起こる事故の中でも家族のショックが非常に大きいケースだからです。
行方不明は、転倒などのよくあるケースとは性質が異なります。行方不明になった本人は、行くあてもなく何時間もさまよい歩き、空腹と心細さで大変な不安に襲われるはずです。家族も、大切な親や配偶者が居場所も生死もわからない状態で、ただ待つしかありません。
これは想像を絶する苦しい時間です。事例のように遺体で発見されることも決して少なくないので、施設としてはあってはならない事故と言えます。
トラブルを誘発したポイントは?
事故対応の不適切ポイントは4つあります。
家族対応の不適切ポイントは3つあります。
このトラブルを回避する事故対応は?
対応方法としては、「巡回の頻度を上げる」「15分見つからなければ警察へ連絡」「施設のセキュリティを過信しない」「近隣と協力して捜す」の4点があります。
巡回の頻度を上げる
ショートステイは不穏になる利用者が多いので、就寝確認以降1時間おきに巡回する施設もあります。事例の施設もこのペースで巡回していれば、もっと早く行方不明に気づいたはずです。
15分見つからなければ警察へ連絡する
行方不明事故は、発生直後の時間を無駄にすると、どんどん遠くへ行って見つけにくくなります。行方不明に気づいたら、15分で敷地内の捜索を完了し、警察に連絡して外部の捜索協力を得ることが大切です。
セキュリティを過信しない
認知症の利用者の行方不明事故は、どんなセキュリティでも完璧には防ぐことができません。ある行方不明事故では、最後まで脱出経路が判明せず、「壁から抜け出した」と言った介護職もいるほどです。
近隣と協力して捜す
行方不明事故が発生したら、まずは施設長に知らせます。続いて施設内職員や法人内別施設への応援要請、家族への連絡、警察への届け出の順番です。そこまでできたら、今度は地域(※)に捜索協力を要請します。
(※)防災無線などで行方不明者の情報を流してもらいましょう
家族が納得する対応とは
行方不明事故が起こったときに大切なのは、「行方不明であることを早期に確認したか」と「気がついたときに、万全の対処を行ったか」の2点です。このどちらか一方でも欠けたら、家族の心に大きな不満と不信感が残ります。こうした感情がトラブルの原因になるので、十分な対策が必要です。
行方不明に早く気づくためには、「巡回の頻度を上げる」ことと、「セキュリティを過信しない」ことを徹底しましょう。巡回の頻度を上げることで行方不明に早めに気がつき、セキュリティを過信していなければ「大変な事故だ」ということにもすぐ気づけるからです。
万全な対処を行うには、まだ利用者が遠くに行っていない段階で、早めに外部と連携した捜索に切り替えましょう。
このトラブルを回避する家族対応「3つ」
適切な家族対応としては、「15分で家族に連絡し、捜索願を出すこと」「心からの謝罪の気持ちを伝えること」「起こったことを全て包み隠さず伝えること」の3つがあります。
15分で家族に連絡し捜索願を出す
行方不明事故は、家族への連絡が遅くなりがちです。事業者側としては「ひょっこり帰ってくるかもしれない」と思うと、家族に伝えるのを先延ばしにしたくなります。しかし事例のように死亡事故に至ってしまった場合、朝まで知らされずにいた家族は非常な疎外感と、知らずに寝ていた事実に悲しみを感じるものです。家族には、最初の段階で知らせておくことが誠意の表れだと言えます。
心からの謝罪の気持ちを伝える
行方不明事故は発見されるまでの長い時間を、本人も家族も非常に苦しい思いですごします。だからこそ事業者側は相手の心痛を理解し、心からの謝罪の気持ちを相手に伝えることが大切です。たった一度の謝罪で「きちんと謝罪した。やるべきことはやった」などと思ってはいけません。相手の気持ちが収まるまで、何度でも謝罪の気持ちを伝え続ける必要があります。
都合が悪いことも含め、全てを報告する
行方不明事故は、ただでさえ精神的なショックが大きい事故です。仮に無事に見つかっても、後日事業者側からしっかりと文書で報告をする必要があります。その際、自分たちに都合が悪い情報も全て包み隠さず記入することが大切です。また、報告書を渡す場合は、心からの謝罪の言葉を添えましょう。場合によっては施設長だけでなく、理事長や経営者も同行して謝罪しましょう。
【例文】家族への謝罪の言葉
このたびは私どもの不始末で、お父様とご家族様に大変なご心痛を与えてしまいましたことを、心からお詫び申し上げます。本当に申し訳ありませんでした。私どもがお父様を見失ってしまったあと、お父様がどんなに心細い思いをなさったことか。また、ご家族様がどんなに心を痛められたことか。とても言葉で謝罪してすむことではありません。
謝罪の方法や言葉は何よりも大切です
私が今まで関わってきた介護施設の皆さんを見ていると、事故発生時の謝罪の方法が甘いように感じられます。もっと相手の受けた苦痛がどれほどのものだったのかを深く受け止めたうえで、相手に気持ちが伝わる謝罪を真剣に考えてほしいものです。
治療費や新聞広告費などを補償しても、発見されるまでの精神的苦痛を補填することはできないのですから。
著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛
※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント トラブル対策編』(講談社)の内容より一部を抜粋して掲載しています