介護施設がすべき「最低限の事故対応」とは? 施設の事故対応体制をチェックしておこう|トラブル対策編(第51回)

介護施設がすべき「最低限の事故対応」とは? 施設の事故対応体制をチェックしておこう | トラブル対策編(第51回)

トラブルを回避するために何が必要なのかを理解していますか。中には法令違反になりかねない、ずさんな対応をしている施設もあるようです。本記事で基本的な対応をしっかり学んでください。

法令違反とも受け取られかねない対応って?

介護業界は事故が起きやすいにもかかわらず、事故に対する備えが不十分で、残念ながら最低限の対応もできていない事業者が少なくありません。

では、介護事故が起きた際にとるべき「最低限の対応」とはどのような対応を指すのでしょうか。

「利用者本人や、家族が納得できる対応のこと」だと思いますか? 実は、次のイラストにあるように、「家族が納得する」どころか、法令違反と受け取られてもおかしくないようなひどい対応をしている事業者がたくさんあるのが現実です。

介護業界の「法令違反と受け取られかねない対応」利用者や家族から要求されないと説明しない。治療費などの請求がないと加湿の検証をしない

では、法令において、介護事故に対して事業者はどのように対応すべきだと定められているのかを見てみましょう。

介護保険事業者に関する法令とは、おもに「介護保険法」とそれに伴う「厚生労働省令」などのことです。そこでは「賠償すべき事故が発生した場合は、損害賠償を速やかに行わなければならない」と定められています。

事故に対する介護事業者の法的責任は?

介護保険法では、事故発生時に介護事業者がとるべき対応を次のように定めています。

【1】介護保険法
指定介護老人福祉施設の人員、設備及び運営に関する基準(平成11年3月31日厚生省令第39号)第35条

「指定介護老人福祉施設は、入所者に対する指定介護福祉施設サービスの提供により賠償すべき事故が発生した場合は、損害賠償を速やかに行わなければならない」

【2】介護保険法
指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準(平成11年3月31日厚生省令第37号)第37条

「指定訪問介護の提供により賠償すべき事故が発生した場合は、損害賠償を速やかに行わなければならない(通所介護へ準用)」

条文内にある「賠償すべき事故」とは、介護事業者側に過失がある「防ぐことができる事故」のことを言います。防ぎようがない事故については、基本的に法的責任は発生しません。

しかしながら、いくら「防ぎようがない事故だったから」といって、家族が納得できないような対応をするのは問題です。

仮に賠償責任はなくとも、起こった事故に対してきちんと対応をする義務はあります。この義務を怠ったために、怒った家族から訴えられるケースが後を絶たないのです。 

つまり、「家族からの問い合わせや賠償請求がなくとも、賠償責任が発生するような事故が起こった際には自発的に家族に伝え、手続きを進めなければならない」ということです。

一般的な契約では、「一方が相手側の過失に気づいて請求しないと、損害賠償は発生しない」ことになっています。しかし介護事業者が提供するサービスでの事故は、「過失があったか」「過失と事故の因果関係」などの詳しい情報を利用者側が摑むことは困難です。施設入所中の認知症の利用者の場合、事故でケガをしても家族は知らないでいる可能性もあります。

ですから、法令においては、介護事業者側と利用者側の情報量のバランスを考慮し、「過失があるのであれば、自ら損害賠償を行わなければならない」と定めてあるのです。

家族への基本対応チェックと事前説明の方法を解説

法令違反にならないように家族に説明さえすれば、「最低限の対応はできている事業者だ」と言えるのでしょうか。それは違います。「法令違反ではない」というラインで満足されてしまっては、安心してサービスを利用することができません。

「事故対応体制チェックシート」を活用しよう

では、事故後の家族対応がどの程度できているかを、次の「事故対応体制チェックシート」で確認してみましょう。

【事故対応体制チェックシート】事故後の標準的な家族対応の手順をマニュアル化している。事故直後に看護と介護で事故状況把握の確認や推定を行っている。事故後の対応についての記録方法がルール化されている。経過観察の判断基準や観察手順んがルール化されている。事故直後に「事故に関する家族対応の手順」を家族にていねいに説明している。事故原因の究明や施設の過失責任について、綿密な検討をおこなっている。事故原因や過失責任に関する家族への説明の場を設けている。事故に関する加湿が明確な場合、じゃざいや補償の対応を迅速に行っている。苦情申し立てや訴訟などのトラブルになりやすい事故の内容を把握している。事故がトラブルに発展する原因を把握し、対策をルール化している。過失の有無など法的な判断が難しい事故に対して、アドバイスが迅速に受けられる。トラブルになりやすい事故への対応における管理者の役割を明確にしている。骨折部位からの事故状況の推定や感染症の対応など、医療的なアドバイスが受けられる。事故後の利用者の処遇や社会的支援などに詳しいスタッフがいる。利用者のクレームに対して、地域包括支援センターやケアマネなどと連携ができている。クレーム対応や接遇の職員研修を定期的に行っている。要求の高い家族への対応について、相談員やケアマネが熟知している。威圧的な要求や困難な要求への対応方法を、管理者が理解し実践できる。トラブルが大きくなる前に役割を分担できる法人本部対応の体制ができている。本部では不当要求などに対応できるよう、弁護士や警察との連携体制ができている。

上記シートのNo.8までが、「最低限できていてほしい家族対応」です。この8項中でまだできていない部分がある場合は、早急に対応しましょう。

たとえば利用者が転倒して骨折する事故が起こった場合、皆さんの施設ではどのような対応をしているでしょうか。

  • 家族に対する説明は、誰がどのタイミングで行うか

  • その説明のためには、誰がいつまでにどのような報告書をつくるか

こうした家族対応をしっかり検討して手順化しておかないと、 家族には「誠意のない対応」に見えてしまうのです。

家族に介護中のリスクを事前説明する際のポイントは?

一方で、事故が起こる前にしておくべき大切な家族対応もあります。それは、利用を開始する際に行う「介護保険サービスを利用するとは、どういうことか」を理解してもらうための説明です。

家族には「プロに預けるのだから安心」と考えている人が少なくありません。しかし実際は、スタッフが24時間つきっきりで見守るわけにはいきません。家族には、サービス中に避けられない危険があることを理解してもらうことが大切です。

そのためには、

  1. 避けられない危険があること
  2. 事故を防ぐために事業者が行っている事故防止策
  3. 家族にお願いしたい協力

この3つをセットにして伝えましょう。詳しくは次の資料を参照してください。

【入所時に資料を使って家族に説明する(抜粋)】1)入所間もない時期に転倒する危険性。入所したばかりの時期は施設の環境に慣れないため、転倒の危険性が高くなります。入所後、落ち着くまでの間は補高ができる入居者様にも付き添いをさせていただきます。ご家族へのお願い:ご家族からも歩行やベッド上のづ長に対して注意を喚起してください。また、しばらく店頭に気を付けるようお話しください。2)認知症のある入所者様の危険性。認知症がある入所者様はご自身の転倒の危険を忘れて無理に歩いてしまうので、転倒しやすくなります。ベッドに離床センサーを設置したり、大腿骨保護パッドの着用などで対応いたします。ご家族へのお願い:ご自宅に近い居室環境にすると落ち着くことがあります。私物のもちこみや配置の相談などについて、ご協力をお願いします。3)歩行補助具を使用して転倒する危険性。杖や歩行器などを利用しても必ずしも転倒を防げるわけではありません。より適切な歩行補助具を使用できるよう、入所者様にあっているかどうか専門家から助言をもらっています。ご家族へのお願い:歩行補助具を過信せず、移動するときには介護職員にその都度声をかけていただけるようご家族からもお話しください。

こうすると「利用者の安全のために、家族と事業者が両輪となって共に支えよう」という意識づくりができるのです。

著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛

※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント トラブル対策編』(講談社)の内容より一部を抜粋して掲載しています

書籍紹介

完全図解 介護リスクマネジメント トラブル対策編

介護リスクマネジメント  トラブル対策編

出版社: 講談社

山田滋(著)、三好春樹(監修)、下山名月(監修)、東田勉(編集協力)
近年、介護事業者と家族のトラブルが増加しています。介護現場は、トラブルになりやすい事故が多いにもかかわらず、対策が未熟な施設が少なくありません。事故が起きた際の適切な対応手順をしっかり学べる一冊です。

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  • 山田滋
    株式会社安全な介護 代表

    早稲田大学法学部卒業と同時に現あいおいニッセイ同和損害保険入社。支店勤務の後2000年4月より介護事業者のリスクマネジメント企画立案に携わる。2006年7月よりインターリスク総研主席コンサルタント、2013年5月末あいおいニッセイ同和損保を退社。2014年4月より現職。

    ホームページ |株式会社安全な介護 公式サイト

    山田滋のプロフィール

  • 三好春樹
    生活とリハビリ研究所 代表

    1974年から特別養護老人ホームに生活指導員として勤務後、九州リハビリテーション大学校卒業。ふたたび特別養護老人ホームで理学療法士としてリハビリの現場に復帰。年間150回を超える講演、実技指導で絶大な支持を得ている。

    Facebook | 三好春樹
    ホームページ | 生活とリハビリ研究所

    三好春樹のプロフィール

  • 下山名月
    生活とリハビリ研究所 研究員/安全介護☆実技講座 講師

    老人病院、民間デイサービス「生活リハビリクラブ」を経て、現在は「安全な介護☆実技講座」のメイン講師を務める他、講演、介護講座、施設の介護アドバイザーなどで全国を忙しく飛び回る。普通に食事、普通に排泄、普通に入浴と、“当たり前”の生活を支える「自立支援の介護」を提唱し、人間学に基づく精度の高い理論と方法は「介護シーン」を大きく変えている。

    ホームページ|安全な介護☆事務局通信

    下山名月のプロフィール

  • 東田勉

    1952年鹿児島市生まれ。國學院大學文学部国語学科卒業。コピーライターとして制作会社数社に勤務した後、フリーライターとなる。2005年から2007年まで介護雑誌『ほっとくる』(主婦の友社、現在は休刊)の編集を担当した。医療、福祉、介護分野の取材や執筆多数。

    ホームページ |フリーライターの憂鬱

    東田勉のプロフィール

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