介護施設における介護職から利用者さんへの虐待は、年々増加傾向にあります。利用者さんへの虐待を防ぐためにも、どのような行為が虐待とみなされるのか、虐待を起こさない環境をどのように整えていくかをしっかりと知っておくことが大切です。
高齢者への虐待の定義
介護現場で考える虐待の定義としては、介護職からの不適切な扱いによって、利用者さんの権利が侵害されたり、命や健康、生活を損なう行為をされることを指します。
例えば、暴力をふるってしまったり、利用者さんを無視したりする行為などが該当します。
高齢者への虐待は、高齢者虐待防止法によって禁止されています。しかし、厚生労働省の統計(2018年度)によると、養護者による家庭内の虐待が1万7,249件、介護職の虐待が621件となっています。
具体的には下記の5つがあります。
- 心理的虐待
- 利用者さんにひどい暴言や拒絶する対応などを行うことで、心理的な傷を負わせてしまう言動
- 身体的虐待
- 利用者さんの身体を傷つけたり、傷つく可能性がある暴力を振るう行為
- 性的虐待
- 利用者さんにわいせつな行為をする・させる行為
- 経済的虐待
- 利用者さんの財産を不当に処分したり、不当に得る行為
- 「介護・世話」の放棄・放任
- 世話をしない、介護サービスの利用を妨げる行為
介護職は、家族の介護負担を軽減することで、家庭内で起こりうる虐待から高齢者を守る役割も担っています。
しかし、介護の専門職でありながら、虐待をしてしまったり、そんなつもりでなくても虐待になってしまう場合があるため、この記事で日々の介護を一度見直してみましょう。
【事例1】利用者さんにあだ名・タメ口で話す介護職
介護職が、利用者Aさんをあだ名で呼び、タメ口で話しています。その介護職に悪気はないようで、「利用者Aさんとの信頼関係があるから、別にいいんじゃないですか」と言っています。
立場をわきまえて利用者さんと接する
虐待(この場合は心理的虐待)に該当するかどうかは、介護者の態度の程度によります。
ただ、利用者さんに対する言葉遣いから考えると、介護職としては不適切とみなされる可能性があります。
「利用者さんとの信頼関係がある」というのは介護者が一方的にそう感じているだけで、利用者さんの本音はわかりません。
日常的に介護をしていると、利用者さんとの関係は自然と近くなります。
特に、グループホームやユニットケアは「疑似家族的」と表現されていますが、あくまでも職員としての立場をわきまえて利用者さんと接することが大切です。
利用者さんやご家族が不快に思う可能性があることは行わない
接遇・マナーの基本は「相手が不快に思う可能性があることは行わない」ということです。
タメ口やあだ名で呼ぶことは、利用者さんはもちろん、ご家族が耳にした場合に不快な思いをすることがあります。また、「介護施設で大切に扱われていないのだろうか」と心配するご家族もいます。
どこまで丁寧な言葉を使うかは施設方針にもよりますが、まずは基本の「です・ます調」から徹底すると良いでしょう。
あだ名(愛称)で呼ぶことを望まれた場合の対応
利用者さんのなかには、昔からのなじみのあだ名(愛称)で呼ばれた方が、本人にとってもコミュニケーションがとりやすいと感じる方もいます。
そういうときには、利用者さんやご家族とも話し合って、特例としてあだ名で呼んでいる施設もあります。
虐待となるリスクを考慮すると、以上のプロセスを記録に残しておくと良いでしょう。
このように、日頃から虐待を防ぐ環境づくりのために、接遇・マナーの視点を取り入れながら、「利用者さんを不快にさせない」という意識をもつことが大切です。
【事例2】無理やり利用者さんを入浴させる介護職
デイサービスで、入浴を嫌がる利用者Bさんを、介護職が2人がかりで無理やり入浴させています。
入浴は家族の希望ということで、担当のケアマネジャーもお風呂に入れていることを喜んでいます。
しかし、最近は入浴に加えて、デイサービスに通うことを嫌がるようになってきました。
無理な介助は悪循環になることがある
入浴を嫌がっているところを2人がかりで強要するのは、身体的虐待にあたる可能性があります。
さらに、デイサービスに通うことを嫌がるようになってきたということで、今度は無理やり送迎車に乗せてしまう、という悪循環になりかねません。
なぜ入浴を嫌がるのかを考える
まず、なぜ利用者Bさんは入浴を嫌がるかを考えることが必要です。さまざまな理由が考えられますが、たとえば下記のようなものが挙げられます。
「人前で裸になるのは嫌だ」については、利用者さんの羞恥心に配慮がない介助をしていた場合、心理的虐待になる可能性があります。
もちろん、単に入浴するのが億劫なだけで、いざ入浴してみると「気持ちよかった」と喜んでいただける場合もあります。
原因を考えて、どのように工夫をすれば不安や嫌悪感が和らぐかを検討しましょう。
入浴できない場合があることを、関係者共通の認識にする
入浴については、家族の希望であり、担当ケアマネジャーも要望を出している状況です。
ただ、単に入浴できれば良いということではなく、利用者Bさんに気持ちよく入浴していただくことを認識として共有できると良いでしょう。
そのためには、デイサービスも最大限努力することを前提に、「入浴していただくことができない場合がある」ことも共有する必要があります。
もう一度、利用者と関係者の人間関係を再構築する
この事例では、利用者Bさんにとって、介護職は「嫌なことをする敵」のように思われてしまっている可能性があります。こうした関係性では、入浴に限らず他のサービスもうまくいかなくなってしまいます。
現に、通所介護に行くこと自体も嫌がるようになってきており、結果的に入浴どころか利用者Bさんに対するサービス提供そのものが難しくなっています。
そうなると、家族が休息をとる時間もなくなっていく……という悪循環が生まれてしまいます。
こうしたことを防ぐためにも、もう一度、人間関係の構築から始めることが大切です。
特に重視するべきポイントは、生活歴や生活習慣の把握です。
この情報の中にこそ、人間関係を構築するヒントがたくさん詰まっていますので、ぜひ取り組んでもらいたいと思います。
たとえば、認知症の方の場合、出かける前に入浴するのが習慣の方だったら、「お出かけの支度をしましょう」と誘導したり、好みの入浴剤を使うことで入浴を楽しんでいただけることなどがあります。
ただし、入浴剤は保湿成分が含まれているため滑りやすくなったり、利用者さんによって足元の位置が確認しづらくなるケースがありますので、使用する場合には注意しましょう。
【事例3】トイレの扉を開けっ放しにする介護職
有料老人ホームにて、利用者Cさんの排泄介助をするときに介護職は扉を開けっ放しにしていました。
そのとき、リビングに介護職が1人しかおらず、排泄介助とリビングの見守りを同時に行うためにはトイレの扉を開けたままするしかなかったのです。この施設では、普段からこのようにして排泄介助を行っています。
性的虐待に当たる可能性があることを理解する
トイレの扉を開けたまま排泄介助を行うのは、性的虐待に当たる可能性があります。
人手不足の中、仕方ないのではないか? と思われるかもしれませんが、私たちが介助を受ける立場になったとしたらどのように感じるだろうか? という視点で考え直してみましょう。
フォロー体制を再考する
リビングに職員が1人しかいない場合には、どのような対応をとればよいのでしょうか。
「トイレの扉を開けたまま介助をしてはいけません」とするのであれば、どうすればリビングの安全も確保できるのかを施設・法人として検討する必要があります。
リビングの職員配置を常に2人体制にするというのは人手不足で難しい場合も多いでしょうから、フロアをまたいで職員を配置する等の工夫をしている施設が多いと思います。
感覚がマヒしていることがないか見直そう
上記では、トイレの扉を開けたままで介助をすることの是非について取り上げましたが、他にも、通常の感覚がマヒしてしまっていることがないか検討が必要です。
介護現場では当たり前・常識になっていることが、世間での非常識ということもあります。定期的、そして継続的に日々の介護を見直すための仕組みづくりをしていきましょう。
著者/榊原宏昌
監修者/田辺有理子
イラスト/アライヨウコ