介護業界に限らずですが、スタッフに対して「自主性がない」と嘆く経営者は多いものです。そんななか、スタッフによる自主経営を実践し注目を集める、ビュートゾルフ柏の吉江悟さんにインタビューさせていただきました。
現代で最も発達した組織のあり方「ティール組織」とは?
『ティール組織』(英治出版)は、10万部を突破したベストセラーです。まだお読みになっていない方向けに、まずは「ティール組織」とは何かを簡単に説明しておきましょう。
著者のフレデリック・ラルー氏は、会社などの“組織“が人類の歴史とともに発達してきた様子を5つの段階で説明しています。その5つには下から順にレッド、アンバー、オレンジ、グリーン、ティールと色を表す名前がつけられていて、ティールは現時点で最も発達した組織のあり方を示しています。

“最も発達した“というくらいですから、ここに到達している組織はごく少数です。多くの会社はオレンジやアンバー、場合によってはレッドの状態であったりします。
給料まで社員が話し合いで決める会社もある
ティール組織の特徴は大きく3つあります。
1つ目は「自主経営(セルフマネジメント)」。経営者や上司が命令や管理をするのではなく、メンバー同士が話し合いなどを通じて何をすべきかを決め、自分たちで組織を運営していきます。
2つ目は「全体性(ホールネス)」。働く人たちが「仕事用の仮面」を被るのではなく、弱い部分も含めた自分の全体を見せ合えるような職場です。
3つ目は「存在目的」。あらかじめ決められた目標に向かって計画通り進めるというよりは、メンバーが常に組織の存在意義を問い、進化や変化をしていく組織です。
こうした特徴を満たす組織は、対外的には“社長“や“◯◯長“などの役職があっても、内部では上下関係が非常に少ないものです。各自の給料まで社員が話し合って決めるという会社もあるほどです。
「そんなものは、介護業界ではありえない」と思われるでしょうか。しかし世界に目を向ければ、医療や介護の領域でティール組織を実践する組織もあるのです。
ティール組織を実践する在宅ケア組織“ビュートゾルフ”とは
『ティール組織』にも度々登場するオランダのビュートゾルフは、高齢者や病人に在宅ケアサービスを提供する非営利組織です。
現在は1万人以上の看護師が8~10万人の患者や利用者をケアする大組織ですが、2006年の発足当時は看護師4人のチームでした(オランダでは看護職と介護職の資格制度が一本化されており、看護師が介護を行えます)。
ビュートゾルフがティール組織だとされる一番の要因は、「自主経営(セルフマネジメント)」です。
看護師たちは原則として12名以下のチームに分かれ、担当の地域を受け持ちます。各チームには最大限の裁量が与えられ、中心業務である訪問看護(介護)のほか、シフト管理や業績管理、病院など地域の関係各所との連携、自分たちの研修など、一般的には本部やマネジャーが担う役割も、自分たちでやるのです。
そんなビュートゾルフで働く人たちの満足度はとても高く、オランダ国内の最優秀雇用主賞トップ10に2011年以来4度選出されています。
また、コストを大幅に削減しつつ、2012年には患者満足度において国内1位の評価を受けるなど、高品質なケアと安定的な経営を両立させています。
ケアの質を追求できることがやりがいになる
ビュートゾルフはなぜ看護師から支持され、利用者の満足度を高めるケアを実践できたのでしょうか。
その鍵は、看護師たちがモチベーション高く働ける仕組みにあります。
【働きやすさのポイント①】命令やルールで縛らない
創設者の一人であるヨス・デ・ブロック氏は、訪問看護師の仕事のやり方に疑問を抱いてビュートゾルフを始めました。
当時のオランダでは、訪問看護の仕事の分業化と管理の強化が進められていました。目的はケアの質の向上でしたが、看護師はケアマネジャーの指示通りに作業をし、記録やレポートなどの事務作業に追われることになったのです。
複数の看護師が入れ替わり立ち替わり、時間に追われながら作業をして去っていくのは、利用者にとっては落ち着かず、不安でしょう。看護師の方も、一人ひとりの利用者にきちんと向き合ってケアできないことにフラストレーションを感じ、モチベーションの低下を招いていました。
これでは、ケアを受ける側も看護師も幸せになれません。そこでビュートゾルフでは、地域密着型のチームで、1人の利用者に対して1〜2名の担当者がケアプランの作成からケアの実施まで一貫して行い、信頼関係を築けるようにしたのです。
また、何ごとも利用者の幸せを中心に考える「玉ねぎモデル」を指針にしました。病人や高齢者であっても、なるべく自分で生活をコントロールできること、家族や友人との良い関係を保っていけることが幸せであり、それを支援するのがビュートゾルフの役割だという考え方です。
この哲学の下、ビュートゾルフの看護師たちは各利用者に最善のケアを追求し、そのために研修を受けたりする自由も持っています。それがうまくいけば、クライアントやその家族からも信頼され感謝されることになりますから、仕事にやりがいを持てるのです。
さらにビュートゾルフでは、何ごとも利用者の幸せを中心に考える「玉ねぎモデル」という指針を明確にしました。これは、利用者のためになんでもお世話してあげようという考え方ではありません。
病人や高齢者であっても、なるべく自分で生活をコントロールできること、家族や友人との良い関係を保っていけることが幸せであり、それを支援するのがビュートゾルフの役割である、という考え方です。
この哲学の下、ビュートゾルフの看護師たちは各利用者に最善のケアを追求し、そのために研修を受けたりする自由も持っています。それがうまくいけば、クライアントやその家族からも信頼され感謝されることになりますから、仕事にやりがいを持てるのです。

そして何よりも大きいのが、看護師がプロとして信頼され、仕事を任されているということです。
自主経営は、経営者と従業員、そして従業員同士の相互信頼なしには成り立ちません。相手のことを信頼できないと、間違いのないように命令やルールで縛ろうとすることになり、現場の自主性に任せることはできないからです。
【働きやすさのポイント②】ICTの活用でケアに充てられる時間を確保する
ビュートゾルフが成功したもう1つのポイントは、効率化です。システム子会社が開発した専用のシステムにより、看護師はiPadで簡単にケアプランの作成や日々の記録、情報共有などができます。また、少人数のバックオフィスが、看護師たちをサポートしています。
こういった工夫でコストダウンができ、看護師はクライアントのケアという本来の仕事の時間を増やせます。これがケアの質と安定的な経営の両立につながっているのです。
ルールの少なさで自主性を向上|ビュートゾルフ柏インタビュー
日本にもビュートゾルフのノウハウを取り入れた組織が生まれています。
千葉県柏市の訪問看護ステーション ビュートゾルフ柏(一般社団法人Neighborhood Care)は、2015年からビュートゾルフのやり方を参考にして運営されています。6名の看護師のほか、パートタイムの理学療法士、作業療法士、言語聴覚士も一緒に地域の70〜80名の方々に訪問看護のサービスを提供しています。
代表理事の吉江悟さんによれば、オランダのビュートゾルフとすべて同じにしようというわけではなく、「良いところを取り入れる」という考え方でやっているとのこと。特に、地域密着で利用者中心のケア、スタッフによるチームの自主運営、ICTを活用した看護師の仕事のサポート、という点を重視しているそうです。

写真提供:Neighborhood Care

写真提供:Neighborhood Care

※新型コロナウイルス感染拡大前に撮影
写真提供:Neighborhood Care
「自主経営(セルフマネジメント)」に向けた取り組み

「どんな組織でも『自主経営』が完璧に実現されるということはなく、常に発展途上」だと語る吉江さん。
ビュートゾルフ柏でも、それに近づいていると感じるときもあれば、上下関係が生まれていると感じるときもあるそうです。
大切なのはそこを志向し続けること、内発的な力によって課題を解決に結びつけていくことで、なるべくルールは少なく、看護師各自が考えて動けるチームを目指しているといいます。
経営データも全員が見られる状況を作る
自主経営に向けて取り組んでいることの1つが、経営に関するデータをメンバー全員が見られるようにすることです。
オランダのビュートゾルフでは、看護師の勤務時間のうち保険報酬の算定対象となる時間数を勤務時間全体で除した値を「生産性」と称して、メンバー全員が見られるようになっています。吉江さんによると、「ビュートゾルフ柏では、この生産性に類する指標を独自に設け、メンバー全員が同じ情報を閲覧できるようにしています」とのことです。
また、メインの業務である訪問看護を勤務時間内にたくさん行った方が生産性のスコアは上がります。といっても、「単にたくさん訪問すれば良いという考えではない」そう。大事なのは、チームが経営上持続するために必要な最低限の水準を客観的に明示することです。「今月は生産性が下がった」とか「AさんよりBさんの方が高かった」といったデータが見えることで、その理由をみんなで確認したり、持続的な経営に必要なことをチーム全体で共有できます。
さらに、重要視しているという、「共有された情報をもとに対応方針を話し合うチームミーティング」についても教えていただきました。
「問題ではなく解決にフォーカスを当てたミーティングによって、チーム運営上のほとんどすべてのトピックをここで意思決定します。例えば、チームの人手が足りないときには新規採用の具体的な動きを始める、余っている状態のときには(各自の生活とのバランスをみながら)既存メンバーの勤務日を増やしたり減らしたりする、といった解決策をミーティングで合意します」
ビュートゾルフ柏では、解決策の提案は経営者やマネジャーのみが行うものではなく、チームメンバーの誰もが行うという前提に立って行うことを大切にしているそうです。これは経営者やマネジャーから指示されたことをこなす、という感覚のスタッフからは出てこない発想です。
「職員に自主性がない」と嘆くのは逆効果
ティール組織やビュートゾルフのやり方は、日本の介護業界でも取り入れることができるでしょうか。
吉江さんの意見を伺ってみました。すると「介護の現場については詳しくないですが……」と前置きした上で、このようなアドバイスをくださいました。
「介護業界には登録ヘルパーという慣例があり、看護師に比べて自律性の高いフリーランス的な気質の方も多いと感じます。法人側は登録ヘルパーと正規の社員とを区別することなくきちんと評価し待遇することで、より自主性を引き出し、ティール組織に近づけることができるんじゃないでしょうか」
また、介護業界に限らず、スタッフに対して「自主性がない」と嘆く経営者は多いものです。しかし、そのように「自主性がないと断定することは逆効果だ」と吉江さん。続けて、このような指摘をされています。
「働く人も、看護や介護をされる人も、そもそも自律的な存在であることを認め、敬意をもって接すること。そのような自主性を重んじる風土のある組織が、個々の自主性を引き出していくのではないか」
上下関係のはっきりした既存の組織をティール組織に変えていくのは、ゼロから新たなティール組織を作ることよりも難しいかもしれない、というのが吉江さんの意見です。それでも、働く人のモチベーションが生かされる仕事の流れをつくる、ICTを活用する、個人の自主性を信じて長い目で成長を期待する、という考え方は非常に参考になるものだと思います。
著者/やつづかえり
(参考資料)
『ティール組織 ― マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』(英治出版)
『Buurtzorg’s model of care』(Buurtzorg International)
(取材協力)
一般社団法人Neighborhood Care 代表理事・吉江悟さん