日本には精神科の入院ベッド数が多い 日本の精神科医療が諸外国と異なる理由

日本には精神科の入院ベッド数が多い 日本の精神科医療が諸外国と異なる理由

日本は人口比で見ると世界でもっとも入院ベッド数が多い国です。内訳で見ると、その半分以上は、高齢者専用か精神科が占めています。日本は超高齢社会なので高齢者専用が多いのは仕方ないとしても、なぜ精神科の入院ベッドが多いのでしょうか。

日本だけ精神科病床が削減できていない

2018年12月に行われた厚生労働省の精神科医療についての検討会で配布された資料に、こんな記述がありました。

国際的に見て日本の精神科病床(病床とは入院ベッドのこと)数は非常に多い」「過去15年間我々(厚生労働省)は、精神科病床を削減する努力をしてきた。それでも約35.8万床が33.8万床になったにすぎない」(『第1回精神保健福祉士の養成の在り方等に関する検討会(厚生労働省)』より)。

一説には、全世界の精神科病床の約2割が日本にあると言われます。

みなさんは、日本の人口が世界の人口の何%を占めているかご存知ですか。2%弱です。その日本に、世界の精神科病床の約20%があるのです。「多すぎるのではないか」と思うのは、私だけではないでしょう。

下のグラフはOECDのデータを元に、先進国にどれくらい精神科病床があるかを示したものです。人口1,000人当たりのベッド数を比較ですが、日本は一貫して世界一を続けています。

【諸外国との精神科病床数の比較(人口1,000人あたり)】日本は1996年から2010年まで一定して3.0床/千人。1996年ごろは日本に次ぐ多さだったベルギーも2006年に2.0床/千人にまで減らしている。アメリカ・ドイツ・イギリス・スイスは2020年時点で1.0床/千人以下。アイルランド・オランダ・ベルぎーは2010年時点で1.0~2.0床/千人。
出典:『第8回精神障害者に対する医療の提供を確保するための指針等に関する検討会 参考資料(平成26年3月)』(厚生労働省)よりWe介護編集部で作成

この推移をもっと長いスパン(たとえば1960年頃から現在まで)で見ると、日本の精神科医療が諸外国とかなり異なることがわかります。日本以外の先進国は、1960年代から精神科病床をどんどん減らしているのに、日本だけ高水準を維持しているのです。

つまり、世界的な傾向として、精神病(今の名称は精神障害)の「脱入院化」が進むなかにあって、日本では旧態依然とした「隔離収容主義」がまだ残っていることになります。

平均入院日数の長さも大きな課題

病床数の多さと同時に問題なのが、精神科における平均在院日数の長さです(在院とは入院のこと)。精神科だけでなくすべての診療科の平均在院日数は、29.1日ですが、精神科の平均在院日数は285日にも及ぶのです。

平均在院日数の長さは精神科病院の約8割、精神科病床の約9割を民間の医療法人が運営していることが原因です。

【諸外国の1,000人あたりの精神科病床数と平均在院日数の比較】国名:1,000人あたりの精神科病床数(2012年):平均在院日数(2014年)。日本:2.7:285.韓国:0.9:124.9.イギリス:0.5:42.3。スイス:0.9:39.4.ドイツ:1.3:24.2.イタリア:0.1:13.9.ベルギー:1.7:10.1.フランス:0.9:5.8.背景は精神科病院の役8割、精神科病床の役9割を民間の医療法人が運営していること。よって売り上げを確保するには在院日数を長くせざるを得ない。
出典:『第1回精神保健福祉士の養成の在り方等に関する検討会 参考資料(平成30年12月)』(厚生労働省)よりWe介護編集部で作成

日本には「精神科特例」というものがあります。「入院患者に対して医師数は一般病床の3分の1、看護師・准看護師は3分の2でいい」という取り決めです。このように設置基準を緩める代わりに、診療報酬は一般病床より低く設定されています。

民間の医療法人であれば、当然ながら利益を追求しなければなりません。ですから、国(厚生労働省)から先進国並みに病床数を減らすように、と言われても簡単に従うわけにはいきません。

精神科病院は、多くの病床を持って「薄利多売」しなければ利益を上げることができないのです。一説には90%台の病床利用率を確保しないと経営は困難と言われています。そのため、「一旦入院させた患者はなかなか退院させられない」という問題が出てきます。

日本の精神科病床はなぜここまで増えたのか?

では、どのような流れで日本にこんなにたくさんの精神科病床ができたのでしょうか。その特徴を端的に言うと、「民間頼み」と「指定の活用」です。精神科病院に関する法律の変遷で見てみましょう。

精神科病院の成り立ちを解説

北欧や西欧などの福祉先進国と日本が医療面で大きく異なるのは、先進諸国は公的医療機関が多いのに、日本は民間医療機関が多いことです。それらの国の医師や看護職、介護職の多くは公務員なので、国が何か方針を打ち出せば、一斉に同じ方向を向いてくれます。

では日本はどういう方法を取ってきたのか、精神科病院に関する法律の変遷で見てみましょう。

1900年(明治33年)精神病者監護法
【狙い】
精神病者(当時)は、監護しなければならないと決めた法律。監護とは「監禁法」にしたかった政府と、「保護法」にしたかった識者の調整がつかず、折衷案で生まれた造語と言われる
【結果】
収容する精神病院が不足していたため、中流以上の家庭にあった座敷牢を活用するしかなく、私宅監置を公然と認める法律となった
1919年(大正8年)精神病院法
【狙い】
その名の通り、精神病院をつくって私宅監置を根絶しようとした法律。主務大臣は道府県知事に精神病院の設置を命じ、地方長官に患者を入院させる権限を与えた
【結果】
1914年から第一次世界大戦が始まったため、国防費の増大で財源が不足し、公立の精神病院を作ることはほとんどできなかった
1950年(昭和25年)精神衛生法
【狙い】
戦後の日本国憲法下でつくられた法律。同時に前の2つの法律を廃止したため私宅監置は姿を消し、隔離収容主義が完成した。財政難から公立の精神病院はつくれず、私立の精神病院の設置を優遇。
【結果】
設置を優遇された私立の精神病院は雨後の筍のごとく増え、1955年4万床が1970年25万床となった(最盛期36万床)。
1987年(昭和62年)精神保健法
【狙い】
1983年に栃木県宇都宮市の精神病院で入院患者が看護職員から暴行を受けて死亡する事件が起こった。これを契機に患者の人権を守り、社会復帰を促進するために精神保健法を制定。
【結果】
海外の国々では1960年代から精神病院での隔離収容は時代遅れとされていた。しかし日本ではなかなか退院促進が進まなかった。
1995年(平成7年)精神保健福祉法
【狙い】
1993年に障害者基本法が成立し、精神病は身体障害、知的障害と並ぶ精神障害になった。精神病者は精神障害者と呼ばれるようになり、福祉の世界で取り扱われることが多くなった。
【結果】
向精神薬が進歩し、統合失調症の入院患者が減ってきた(世界的傾向)。日本では、空いたベッドを認知症高齢者で埋めようとする動きが出てきた。

上の表で、1919年の精神病院法の欄を見てください。国は、それまでの座敷牢をやめるために精神病院を作ろうとしましたが、数年前から第一次世界大戦が始まり、国防費が増大したために公立の精神病院を作れませんでした。そこで、既存の病棟や病床を「精神科に指定する」という方法を使いました。

先に述べた「精神科特例」が発出されたのは、1958年です。1960年には、私立の病院や診療所をつくるためなら一般の金融機関が貸し渋るような困難な融資でも低金利で行うことを目的とした「医療金融公庫」が政府の出資で立ち上がりました。

こうして日本には精神科病床がどんどんできていったのです。

認知症の高齢者で精神科病床を埋める動きが

北欧や西欧などの福祉先進国で精神科病床が削減されたのは、「精神病患者は、地域で暮らして通院したほうが、入院させるより予後が良い(長生きできる)」ことが明らかになったからです。代表的な精神病のひとつである統合失調症という病気も、近年ずいぶん減ってきました(これは世界的傾向で、理由はわかっていません)。

日本でも精神障害者の退院が多くなりました。実は、この退院者増加の動きは介護にも大きく関わる問題で、空いた精神科病床を認知症高齢者で埋めようとする動きが顕著なのです。

2015年秋、日本精神科病院協会の会長は、専門誌のインタビューで「あわてて病床削減しないほうがいい」と述べています。

要約すると、“認知症860万人時代が到来し、その5%は精神科病院への入院が必要な症状が出るから、認知症高齢者で精神科病床を埋めていこう”と言うのです。(『精神科病院の今後、人口推計から判断を(CBnewsマネジメント2014年12月08日号)』より)

認知症高齢者が精神科病院に入院すると、先に示した表の「平均在院日数」からわかるように、なかなか出て来られません(出してもらえません)。「精神科特例」によって医師・看護師の配置が一般病院に比べて少ない精神科病院では、良くなるきっかけをつかみにくいのです。

日本の精神科病床のあり方は、国民全員で考えていかなければならない問題です。高齢社会の基礎知識として、身近な問題として捉えなければなりません。

特に介護職のみなさんには、グループホームをはじめとする介護施設が、認知症高齢者の生活の場として広く認知されるように専門性を発揮していただきたいと思います。

著者/東田勉

(参考)
第8回精神障害者に対する医療の提供を確保するための指針等に関する検討会 参考資料(平成26年3月)』(厚生労働省)
第1回精神保健福祉士の養成の在り方等に関する検討会 参考資料(平成30年12月)』(厚生労働省)
最近の精神保健医療福祉施策の動向について(平成30年12月)』(厚生労働省)
第1回精神保健福祉士の養成の在り方等に関する検討会』(厚生労働省)
なぜ日本は、精神科病院の数が世界一なのか』織田淳太郎(著)、2012年(宝島新書)
精神障害者の退院促進』(厚生労働省)
精神科病院の今後、人口推計から判断を』(CBnewsマネジメント)

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