日本の国民医療費は年間で40兆円にものぼることをご存じですか? なかでも、高齢者医療にはその6割が充てられています。医療費の削減には何が必要か。そのヒントは「施設や自宅での看取り」にあり、介護職の活躍が欠かせません。
高齢者の入院費が国の財政を圧迫している
みなさんは国の財政問題が話題になるとき、「医療費の支出が多過ぎるから」という解説を聞いたことがありませんか。確かにそれは数ある原因の一つですが、おおざっぱに「医療費」と言われてもピンときません。具体的には、医療費の何が国の財政を苦しめているのでしょうか。
医療費の内訳で、いちばん多いのは入院費です(約41%)。以下、外来診療費、歯科、調剤、訪問看護と続きます。
年齢別に見ると、圧倒的に多いのは高齢者の医療費です。65歳以上の高齢者が国民全体の約3割で、全医療費の約6割を使っています。
しかし、高齢者といっても65歳から100歳以上まで、長い期間があります。いったい高齢者はいつ、そんなにたくさんの医療費を使うのでしょうか。
厚生労働省の推計(2016年)によると、日本人1人当たりの生涯医療費は、男性で約2,600万円、女性で約2,800万円です。その約半分は、70歳以上で使われます。
これらを総合すると、「70歳以上の高齢者の入院費に、国の財政を圧迫させる問題がありそうだ」という構図が見えてきます。
日本人の7~8割は病院で亡くなる
下のグラフは、日本人がどこで亡くなるかを示したグラフです。1960年には7割以上の人が自宅で亡くなり、病院で亡くなる人は2割以下でした。それが1976年に逆転し、2000年以降は病院死が7~8割にまで増えてきました。

出典:『人口動態調査』『国民医療費』『令和元年度 医療費の動向』(いずれも厚生労働省)よりWe介護編集部で作成
病院死の増加に伴い、日本の医療費は右肩上がりのカーブを描いて増え続けました。病院死の増加と医療費の増大の間には、大きな関係がありそうです。
『令和元年版高齢社会白書』(内閣府)によると「亡くなる場所はどこがいいですか」と尋ねると、半数以上の高齢者が「自宅で死にたい」と答えます。
しかし、現実には上の図のように、7割以上の人が病院で亡くなっているのが現状です。その原因としては、子との同居率の低さに起因する老老介護や独居老人の多さ、家庭の介護力不足が持ち出されることがよくあります。
でも、それだけが原因でしょうか。海外の介護事情に詳しい福祉ジャーナリストの浅川澄一さん(元・日本経済新聞社編集委員)によると、欧米の先進国では病院死が50%くらいしかありません。いちばん少ないオランダでは、30%以下です(『認知症でも最期まで普通に暮らせるオランダの高齢者施設は何が凄いか』ダイアモンド・オンラインより)。
それらの国で着目すべき点は「施設・集合住宅死」の多さです。国の住宅政策(ライフステージごとに住宅を割り振って、最期は自宅のような集合住宅に移り住んでもらう政策)が行き届いていることと、在宅医療、在宅介護が充実していることが、病院死を減らしていると考えられるのです。
日本の財政を圧迫する医療費問題が起こった経緯
日本の病院死がこれだけ増えたのには理由があります。それは、1961年に完成された国民皆保険制度です。国民全員が何らかの医療保険に入り、全国同じ医療費(当初は本人負担ゼロ、1984年から1割負担、1997年から2割負担、現在小学生~70歳未満3割負担)で、平等な医療が受けられるようになったのです。
世界に誇れる国民皆保険制度の光と影
日本の国民皆保険制度は、世界に類を見ない画期的なものでした。保険証を提示すれば、沖縄から北海道まで、どの医療機関の窓口でも医療を受けられます。ただし、国民から保険料を徴収するのですから、無医村があってはなりません。保険料負担に見合った医療を提供するために、国民健康保険組合による国保病院などが全国にできました。民間の医療法人も、7~9割が公費で補填される国民皆保険制度を当てにして、病院をどんどん増やしました。
病院が開設されると、最低でも20床の入院ベッドができます。日本中に病院が増え続けた結果、日本は人口あたりのベッド数が世界一の国になりました。

日本の医療費は40兆円を超えた現在も増え続けています。それは日本社会が高齢化し始めたからです。
また、日本人が高齢化できたのは、十分な医療体制が整ったからだとも言えます。医療費の伸びと高齢化は、ニワトリとタマゴ(どちらが原因で、どちらが結果かわからない)の関係にあります。
老人医療費無料化は財政を圧迫する結果に
国民皆保険制度以降、医療費の高騰に拍車をかけたものがもう一つあります。それは美濃部都政などの革新勢力が主体となった自治体が手掛け、1973年に田中角栄首相が国の政策とした「老人医療費支給制度」です。70歳以上の医療費を全額公費で賄うというこの破天荒な政策は、1984年の健康保険法改正まで10年間続きました。
その結果起こったのは、医療費の高騰だけでなく、医療の荒廃でした。点滴、レントゲン、投薬などが出来高払い(やった分だけ医療費が取れる)になったので、入院患者の大部分を高齢者が占める病院、いわゆる「老人病院」では手厚すぎる医療が横行し、俗にいう「検査漬け、薬漬け」が常態化しました。在宅介護を受ける環境がない高齢者を病院がいつまでも預かる「社会的入院」が表面化したのもこの頃からです。
田中内閣は「一県一医大構想」という政策も掲げ、ほぼ実現しています。こうした財政バランスを無視した医療偏重政策は厚生省(当時)内部からも反発を招き、1983年以降「医療費亡国論(医療費の増大は国を亡ぼす)」の考えが台頭する原因となりました。
医療費の増大に歯止めをかけるには、看取りは介護施設で行う
下の図で示したように、2040年頃をピークとした前後5年間、日本が多死時代になることは間違いありません。団塊世代が85歳を超えて90歳や95歳へと向かう時期にあたります。

1章で述べたように、膨らみ続ける日本の医療費は、70歳以上の高齢者の入院費が大きな原因となっています。特に「高齢者の病院死」を減らさなければいけません。
これから来る多死時代を医療・介護制度でどう乗り切るか(医療費の高騰で日本を破綻させないか)という問題は、高齢者を病院に丸投げするのではなく、介護施設や自宅でケアや看取りをしないと解決しないでしょう。そのため、国はさまざまな介護施設に「看取り加算」を付けました。
今では、介護老人福祉施設(特養)をはじめとしたさまざまな介護現場で看取りが行われています。もちろん、本人の意思も尊重したうえで、なるべく病院ではなく介護施設や自宅で最期を迎えられるようにする。これが日本の医療問題を解決する、確実な方法ではないかと私は考えています。
著者/東田勉
(参考)
『人口動態調査』(厚生労働省)
『国民医療費』(厚生労働省)
『令和元年度 医療費の動向』(厚生労働省)
『医療施設調査・病院報告』(厚生労働省)※平成7年以前はこちら
『令和元年版高齢社会白書(全体版)』(内閣府)
『日本の将来推計人口(平成29年推計)』(国立社会保障・人口問題研究所)
『認知症でも最期まで普通に暮らせるオランダの高齢者施設は何が凄いか』(ダイアモンド・オンラインより)