介護経営の「現実」は想像以上に厳しい
介護分野の経営というと、どんなイメージを抱きますか? 多くの人は「厳しいのでは」と思っているはず。倒産件数の増加や、介護職員の給料がなかなか上がらない現状、そして介護報酬(特に2015年度のマイナス改定)のニュースが目立つからかもしれません。
高齢者人口は伸びているのに、事業者の倒産が増え続けている
実際に、下のグラフからもわかるとおり、介護事業者の倒産件数は右肩上がりで増えているのが現状です。
日本の高齢者人口はまだまだ伸びているのに、介護が必要になったときの受け皿が減ってしまえば大変なことになります。
ひと口に介護事業所・施設と言っても、その規模や稼働率はさまざまです。ですから、実際にどれだけの人が介護サービスを利用しているのか(利用できているか)、「受給者数」にスポットを当てて介護事業所・施設の現状を見てみましょう。
ちなみに、高齢者人口の伸びとともに、要介護(あるいは要支援)と認定された人も、介護保険がスタートした20年前から2018年度まで右肩上がりの状態が続いています。普通に考えれば、それに沿って「受給者数」も増えていくことになるはずです。しかし、「受給者」を見ると事情は少し変わってきます。
居宅サービスの受給者数は減少傾向に転じた
注目したいのは、厚労省が毎年度発表している「介護保険事業状況報告」と「介護給付費実態統計」の年報。最新のデータは2018年度分です。
上の図のとおり、「受給者数」は2016年度をピークとして伸びが止まっています。中でも居宅サービスは、2017、18年度とわずかですが減りつつあります。
なぜ受給者数の伸びが止まり始めたかというと、2017年度に介護予防訪問・介護予防通所介護が全市町村で地域支援事業(介護予防・日常生活支援総合事業)に移行したからです。それによって、介護予防訪問介護・介護予防通所介護の利用者は介護給付サービスの受給者数に含まれなくなりました。
ただし、介護給付のサービスの受給者全体の約3割を占める訪問・通所介護において、2017年度から2018年度の受給者数にちょっとした異変が生じています。
訪問・通所介護の受給者数の伸び率が鈍化
まず、訪問介護に至っては年間実受給者数がマイナスに転じています。通所介護の実受給者数についてはプラスですが、その伸びは1.6%。2016年度から2017年度の伸び率が3.2%ですから、勢いが半減したことになります。
通所介護の一部が地域密着型サービスに移行したのは2016年度ですから、その移行が済んだ後にもブレーキはかかり続けている──これは気になることです。その原因は、2015年度介護報酬の大幅なマイナス改定にあると考えられます。
2015年度の大幅なマイナス改定が原因で受給者数が減っている
もちろん、「受給者数にブレーキがかかっている=サービス資源が減っている」とは、一概には言えない部分もあります。例えば、「2割、3割負担の導入で、サービス利用を控える人が増えたのでは?」という見方もできるでしょう。
しかし、2割負担が導入されたのは2015年8月、3割負担は2018年8月ですから、訪問・通所介護の受給者に異変が生じ始めた時期とはややズレています。やはり、サービス資源そのものに何かしらの変化が起こっていると見た方が自然でしょう。
そこで「影響」として考えられそうなのが、2015年度の介護報酬の大幅なマイナス改定です。改定率は‐2.27%と、2003年度の-2.3%、2006年度の-2.4%に次ぐ引き下げ幅でした。「もう5年前のことではないか」と思われるかもしれませんが、このときの改定が今になって影響を及ぼしている可能性があるのです。
介護報酬の改定率
改定年 | 改定率 |
---|---|
2003年 | -2.3% |
2006年 | -2.4% |
2009年 | +3% |
2012年 | +1.2% |
2015年 | -2.27% |
2018年 | +0.54% |
出典:『介護報酬改定の改定率について』(厚生労働省)よりWe介護編集部で作成
加算を取らないと、基本報酬のマイナスをカバーすることはできない
介護報酬の改定だけでも、介護事業の経営を厳しくする一因と見ることもできるでしょう。ただし、それだけではありません。
注視したいのは、基本報酬の引き下げ幅はもっと大きいことです。通所リハビリなど一部プラス改定のサービスもありますが、特に利用者の多い訪問・通所介護は4~5%の減少、地域密着型通所介護では最大10%減でした。
2015年度介護報酬改定における基本報酬の動向(マイナス幅が特に大きいサービス)
居宅サービス
サービス名 | 改定率 |
---|---|
訪問介護 身体介護中心型 | 約-3.5~-4% |
訪問介護 生活援助中心型 | 約-4~-4.5% |
通所介護 通常規模型 | 約-9~-10% |
通所介護 小規模型 | 約-4~-5% |
短期入所生活介護 | 約-4~-5% |
特定施設入所者生活介護 | 約-5% |
地域密着型サービス
サービス名 | 改定率 |
---|---|
定期巡回・随時対応型(一体型) 訪問看護を行わない場合 | 約-4.5~-15% |
定期巡回・随時対応型(一体型)訪問看護を行なう場合 | 約-4~-11% |
夜間対応型訪問介護 | 約-4% |
認知症対応型通所介護 | 約-5% |
小規模多機能型居宅介護(同一建物利用を除く) | 約-5~-10% |
看護小規模多機能型居宅介護(同一建物利用を除く) | 約-3~7.5% |
認知症対応型共同生活介護(短期利用除く) | 約-6% |
施設サービス
サービス名 | 改定率 |
---|---|
特別養護老人ホーム(ユニット型個室の場合) | 約-5.5% |
出典:著者による計算をもとにWe介護編集部で作成
この減少分をカバーするために2015年度の介護報酬改定で組み込まれた策は、重度者の対応や自立支援・重度化防止に向けた取組みなどの加算を増やしたことでした。
しかし、この加算をきちんと取るうえで、一定のキャリアを積んだ人材が必要になるケースも少なくありません。訪問介護の特定事業所加算の新区分で、サービス提供責任者を増やす。あるいは、通所介護で誕生した認知症加算のために、リーダークラスの人材に認知症関連の専門研修を受けさせる──などという具合です。
加算取得のための採用コストが経営をさらに圧迫
高キャリア人材の確保をしないと加算を取れない。そうなると、地域の限られた人材の確保に乗り出したり、今いる人材を育てるための費用をかけなければなりません。当然、そこに事業所のコストを費やすことになります。
2015年度には、介護職員処遇改善加算も手厚くなりました。しかし、一定のキャリアを積んだ人材の確保となれば、事業所の「持ち出し」も増えるでしょう。
小規模事業の頑張りもやがては「限界」に
もうおわかりかも知れません。もともと「持っているお金」に余力がある大規模な事業所などは、そのお金をかけて高キャリアの人材の獲得・育成を進めます。そうなれば、加算をたくさん撮りつつ、経営をさらに安定させることができます。
逆に、「持っているお金」に余裕のない小規模な事業所などは、人材の獲得・育成競争に乗り遅れてしまい、経営的にはますます苦しくなるわけです。
小規模事業所も最初は「地域の利用者のために頑張ろう」と思うでしょうが、時間とともに競争する体力は奪われていきます。そして、やがては「限界」が訪れます。
この「時間差」を考えると、2015年度の翌年をピークとして、その次の年からサービス資源が頭打ちになってきたというタイミングもわかりやすいのではないでしょうか。
2021年度の介護報酬改定は「どこまで引き上げるか」がポイント
ここまでで、介護事業所・施設の経営が年々厳しくなっていることはおわかりいただけたと思います。
ここではさらに、介護サービスの収支差率から経営状況を見ていきます。
厚労省の最新の介護事業経営概況調査では、2017年度と18年度の事業所・施設の「決算」を比較していますが、居宅サービス(および地域密着型通所介護)のほとんどで収支差率がマイナスとなっています。
収支差率というのは、収益とかかった費用(支出)の差が、収益に対してどれだけの割合があるかを示したものです。
収支差率 =(介護サービスの収益額 - 介護サービスの費用額)/ 介護サービスの収益額
これが小さいほど、経営は厳しくということです。
2017年度と2018年度の収支差率の比較
(居宅サービスおよび地域密着型通所介護)
居宅サービス | 2017年度 | 2018年度 | 増減率 |
---|---|---|---|
訪問介護 | 6.0% | 4.5% | -1.5% |
訪問入浴介護 | 3.5% | 2.6% | -0.9% |
訪問看護 | 4.6% | 4.2% | -0.4% |
訪問リハビリ | 4.6% | 3.2% | -1.4% |
通所介護 | 5.5% | 3.3% | -2.2% |
通所リハビリ | 5.7% | 3.1% | -2.6% |
短期入所生活介護 | 4.9% | 3.4% | -1.5% |
福祉用具貸与 | 4.7% | 4.2% | -0.5% |
地域密着型サービス | 2017年度 | 2018年度 | 増減率 |
地域密着型通所介護 | 4.4% | 2.6% | -1.8% |
※数字は税引前
出典:『令和元年度介護事業経営概況調査』(厚生労働省)よりWe介護編集部で作成
たしかに、2018年度の介護報酬はプラス改定となりました。しかし、収支差率が減ったサービスは逆に増えるという結果をもたらしました。この現象は、2015年度改定の影響の「波」が「時間差」をもって到達してきていると考えられるでしょう。
新型コロナウイルスの影響で経営はさらに厳しくなる可能性がある
この厳しさにさらなる打撃となりそうなのが、言うまでもなく今年に入っての新型コロナの感染拡大です。国は事業休止などに対する支援策をいろいろと打ち出していますが、それでも介護事業経営のダメージは少なくありません。従事者が感染したり濃厚接触者となるリスクを考えると、人材確保もさらに難しくなる恐れもあります。
国としても、先の介護事業経営概況調査および新型コロナ感染下の介護事業所の状況などを分析しつつ、かなりの危機感を持っているはずです。
恐らく2021年度の介護報酬については、「引き上げるか否か」のレベルを超え「基本報酬を含めて、どこまで引き上げるか」がポイントになってくるのではないでしょうか。
著者/田中元
(参考)
『2020年上半期「老人福祉・介護事業」の倒産状況』(東京商工リサーチ)
『介護保険事業状況報告』(厚生労働省)
『介護給付費等実態統計』(厚生労働省)
『介護報酬改定の改定率について』(厚生労働省)
『令和元年度介護事業経営概況調査』(厚生労働省)