介護職の給与はどうして低い? 介護保険のしばりと保険外サービスの可能性とは

介護保険外サービスの最新事情 介護職の待遇改善につながるか

「介護の仕事は好きだし続けたいけど、給料が……」と悩んでいる方も多いのでは? なかなか給料が上がらないのには大きく2つの理由があります。その理由を解説するとともに、介護業界の活性化につながる介護保険外サービスの可能性について紹介します。

介護職の給与、全産業平均に100万円届かず

厚生労働省はこのほど、2021年度介護報酬改定の議論の大枠を取りまとめました。介護職員の人材確保・処遇改善にはどのような取り組みがなされるのでしょうか。

改定の内容と、いまだ全産業平均には届かない介護職員の処遇や現場改革に向けてUAゼンセン日本介護クラフトユニオンが厚労省に提出した要望書の内容を紹介します。

2021年度介護報酬改定|人材確保に向けてのポイントは?

2021年度改定では、新型コロナウイルス感染拡大を受けて、「感染症や災害への対応力強化」が盛り込まれたほか、「地域包括ケアシステムの推進」「自立支援・重度化防止の取組の推進」「介護人材の確保・介護現場の革新」「制度の安定性・持続可能性の確保」などが論点になりました。

このうち、介護人材の確保・介護現場の革新では、具体的に次のようなポイントが取り上げられました。

  • 職員の新規採用や定着促進に資する取り組み
  • 職員のキャリアアップに資する取り組み
  • 両立支援・多様な働き方の推進に資する取り組み
  • 腰痛を含む業務に関する心身の不調に対応する取り組み
  • 生産性の向上につながる取り組み

  • 仕事へのやりがい・働きがいの醸成や職場のコミュニケーションの円滑化等、職員の勤務継続に資する取り組み

「給与が低く、キャリアを詰めない」介護職の悲痛な声が……

議論が本格化するに先立って2020年9月には、UAゼンセン日本介護クラフトユニオン(NCCU)が厚生労働大臣に対して介護報酬の引き上げや「介護職員処遇改善加算」などの仕組みの再構築、身体介護と生活援助の一元化――などを求める要望書を提出しました。

要望書では、以下の6項目を挙げています。

  • 介護報酬の引き上げ
  • 簡素で納得できる介護報酬体系
  • 「介護職員処遇改善加算」などの仕組みを再構築
  • 身体介護と生活援助の一元化
  • 介護従事者の確保と定着のための施策
  • 介護ロボットの活用と推進

こうした要望書を提出する背景には、全産業平均にも届かない低賃金、対外的な介護職に対するイメージなどがあります。

UAゼンセン日本介護クラフトユニオンが行った調査によれば、介護職員の平均給与額は359万8,000円で、毎年、少しずつ上昇傾向にはあるものの、全産業を通じた平均給与である436万4,000円にはまだまだ届きません(国税庁2019年度民間給与実態統計調査)。

全産業と介護職の賃金比較(年収)のグラフ。全産業:463万4,000円。介護職員:359万8,000円。約100万円の差があります。
出典:『2020年度就業意識実態調査』(UAゼンセン日本介護クラフトユニオン)、『令和元年分 民間給与実態統計調査』(国税庁)よりWe介護編集部で作成

クラフトユニオンには、組合員から切実な声が寄せられているといいます。

「結婚したくても給与が低く、家族を養うためには転職するしかない」

「専門性が高い仕事なのに、賃金が安いため『誰にでもできる仕事』と誤解されている」

これを受け、クラフトユニオンは当サイトの取材に対して、介護職の厳しい現状について以下のコメントを寄せています。

「仕事には魅力を感じているのに賃金が低く、やむなく転職しなければならないなどの声が多く寄せられています。そのため、介護職がキャリアを積み上げにくい環境になってしまっているのです。加えて、対外的にも低賃金というイメージが定着してしまったため、介護職の魅力が伝わりにくく、意欲ある人が集まりにくいこの悪循環を何としても食い止めなければいけません」

算定率は約65%にとどまる……特定処遇改善加算の現状は

介護職の処遇改善をめぐっては、さらなる改善を図るために2019年に特定処遇改善加算が作られました。加算の算定率は少しずつ上昇しているものの、全国平均で約65%にとどまっており(2020年8月時点)、算定率の向上が課題になっています。なお都道府県別では、算定率が最も高いのは石川県の80.2%、最も低いのは高知県の48.6%と大きく差が開いています。

こうした状況を改善するため、厚労省では加算の取得を促進するために2022年度も約2億円規模の取得促進事業を行う方針です。

なぜ給与が上がらないのか? 2つの原因

そもそも介護職の給与はなぜ低いのでしょうか?それは、介護の仕事が介護保険という公的保険の枠組みの中で行われるサービスだからです。

【給与が上がらない理由①】介護保険の仕組み

介護報酬は、いわば国が決めた介護サービスの料金表。地域によって加算が加わることはありますが、介護保険は「1点=10円」と決まっていて、提供するサービスごとに点数が細かく決められています。

介護保険の仕組みのイラスト。利用者(被保険者)は自治体に対して要介護・要支援認定の申請をし、自治体はそれを認定します。自治体(保険者)はサービス事業者に介護給付金等の支払いを行い、事業者はそれを受け取ります。サービス事業者は利用者に介護サービスの提供を行い、費用の1~3割の支払いを受け取ります。

例えば、

「うちの事業所はスキルが高いスタッフを揃えているので、通常よりも高い利用料を設定したい」
設備をグレードアップしているので、その分の料金を利用者から受け取りたい」

というわけにはいかないのです。

一般のサービスであれば、付加価値をつけて高い単価で提供するなどの事業努力ができます。しかし、介護報酬という枠の中では、事業所が努力して利益を出そうと思っても、工夫の余地は限定的です。

ちなみにこの点は、病院の収入である「医療保険」も同じ。病院では、例えば盲腸の手術なら〇〇点などと決まっていて、ベテラン医師が手術しても、経験年数が浅い医師が手術をしても、患者が支払う医療費は同じです。

このように医療や介護の世界の料金体系は、ある意味で社会主義。努力や工夫によって、より高い報酬を得られる仕組みにもともとなっていないのです。

【給与が上がらない理由②】介護事業所は人件費率が高い

加えて、介護保険によってサービスの対価があらかじめ決められている介護事業所は、経営上の工夫によって利益率を高めることが難しく、他の産業よりも人件費率が高いため、利益が出にくい構造になっています。

例えば、小売業が30~40%、製造業では最大でも50%程度といわれている人件費率は、介護では60~70%。その一方で利益率はたったの3~4%と、事業所自体が収益を上げにくい構造になっています。

そのため従業員に還元できる利益がそもそも少ないことが、介護職の給与が低い一因にもなっています。

保険外サービスの導入で相乗効果が生まれる

こうした中、介護保険という枠組みにとらわれず、保険外サービスを組み合わせて経営を安定させ、持続可能なサービスを生み出す試みも行われています。

「利益を上げ、介護スタッフに還元する最善の方法」

例えば、群馬県にある株式会社エムダブルエス日高は、「介護の未来をICTと現場の声で変えていく共創プロジェクト」を始めとして、さまざまな保険外サービスを取り入れています。

エムダブルエス日高の介護保険外サービスの例。福祉Mover:誰でも利用できる福祉車両サービス。どこで乗ってどこで降りてもよい。いわば「AIを使った高齢者のヒッチハイク」。システムが効率的で事故をおこしにくいコースを提案してくれる。モバイルスーパー:地域の高齢者の見守りをかねた移動販売車サービス。販売場所は老人ホームや買い物が困難な高齢者の自宅、集合住宅など。予め連絡をすれば、通常販売していない日用品なども購入可能。
写真提供:エムダブルエス日高

例えば、保険外サービスのひとつである「福祉Mover」は、デイサービスの送迎車を使った移動サービスです。送迎車と買い物や通院のための移動手段が欲しい高齢者をマッチングさせ、AIが最適なルートを計算し、ナビゲーションまで行います。経済産業省の実証実験にも選ばれていて、交通弱者を救う“第3の交通網”として注目されています。このほかデータを活用したICTリハやシニアトレーニングジムなど、介護保険の枠を超えたサービスにも力を入れています。

保険外サービスに取り組む理由について、北嶋史誉代表取締役は次のように話します。

「介護保険という国が決めた公定価格だけに縛られていては、介護職に還元できるだけの十分な利益を得ることは難しいと考えています。介護分野が活性化し、ひいてはその利益を介護スタッフに還元するには、保険サービスと保険外サービスの組み合わせによる相乗効果を狙っていくのが最善の方法です」

つまり、介護保険サービスと保険外サービスをうまく組み合わせることで、事業の安定的な運営と職員の待遇改善を実現できる可能性がアップするということですね。

また、保険外サービスを導入することのメリットは、利用者にとってよいと思うものを保険給付の範囲にとらわれずどんどん取り入れられること、そのサービスの対価を事業者が自由に設定できることなどがあげられます。

付加価値の高い介護サービスを提供することで、事業所が高い利益を上げることができれば、その利益を働く介護職に給与として還元することも可能なわけです。

【まとめ】国や業界団体に期待しながら事業者も経営努力を

「低賃金」→「人手不足」の悪循環を断ち切る方法として、保険外サービスの導入は解決策のひとつになり得る可能性を秘めています。事実、経済産業省の次世代ヘルスケア産業協議会では、ヘルスケア分野において公的保険内のサービスに加えて、公的保険外のヘルスケア産業の創出を推進することが議論されています。

経産省が行った資産では、2025年には介護保険外サービスの市場規模は約33兆円にも上るとされています。

【公的保険外サービス(ヘルスケア産業)の市場規模の推計】公的保険外サービスの市場規模は2016年は25兆円、2020年は27.6兆円、2025年には33兆円になる見込み
出典:『次世代ヘルスケア産業協議会の今後の方向性について』(経済産業省 )よりWe介護編集部で作成

新型コロナウイルス感染拡大を防止するに、医療従事者と同様に介護職の奮闘も欠かせません。

コロナ以降、介護職を含むエッセンシャルワーカーの社会的評価をアップさせる機運は高まっているともいえます。

待遇改善は喫緊の課題であり、人材確保に向けて、国の施策実現や業界団体の積極的な申し立て、そして介護事業者自身の経営努力が求められています。

(参考)
2020年度就業意識実態調査』(UAゼンセン日本介護クラフトユニオン)
令和元年分 民間給与実態統計調査』(国税庁)
令和2年度 全国厚生労働関係部局長会議』(厚生労働省)
次世代ヘルスケア産業協議会の今後の方向性について』(経済産業省 )

(取材協力)
株式会社エムダブルエス日高 代表取締役 北嶋史誉さん

深掘り介護ニュースの記事一覧