スタッフではなく利用者が加害者の場合、責任はどうなるのでしょうか。利用者同士の暴力だから、施設には無関係……という考え方はNG。加害者に責任能力がないと判断されれば、施設側の代理監督義務者としての責任が発生します。
事故発生時の状況
Sさんは重い認知症がある男性利用者で、身体に障害はありません。性格が荒っぽいため、職員だけでなくデイサービスの利用者とも頻繁にいさかいを起こします。

あるとき、ほかの男性利用者に「オレを見て笑っただろう!」と因縁をつけて突き飛ばし、転倒させてしまいました。被害者は腰を強く打ち、骨折しました。

【事故評価】事故は未然に防ぐことができたか
この事故の場合、過失の有無についてはどう判断されるでしょうか。
事故評価の基本的な考え方
通常、精神上の障害があるために判断能力がない人が行った加害行為は、責任無能力者として本人はその賠償の責任をおわないことになっています【民法第713条】。
ですから、認知症の利用者が他者に対して行った加害行為の損害は、施設が代理監督義務者として賠償責任をおうことになります【民法第714条】。
この事故が過失とされる場合

認知症の利用者による加害事故の場合、施設の責任となります。
民法第714条には「認知症の利用者が加害行為をしないよう、安全配慮義務を怠らなかった場合は責任を免れる」といった趣旨の記述がありますが、デイサービスでとれる対策は限られています。過失を否定するのは実際には難しいでしょう。
こんな事故評価はダメ!
【原因分析】なぜこの事故が起こったのか
デイサービスにおける、認知症の利用者による加害行為を防ぐには、認知症の利用者の攻撃行動を改善する以外に方法はありません。
認知症の利用者の攻撃性の原因としては、以下のような事柄が考えられます。
攻撃性の原因となる事柄は、人によってそれぞれ異なります。さまざまな視点で、利用者の行動や性質をよく見ていくことが必要です。
こんな原因分析はダメ!
加害者の責任能力で変わる施設の責任
加害者となった利用者の責任能力のある・なしで、施設がおう責任は変わってきます。
責任能力がある場合、ない場合それぞれについて説明します。
1.加害者に責任能力がある場合

加害者となった利用者に責任能力があるとみなされる場合は、一般の傷害事件と何も変わりません。民法第709条により、加害行為を行った本人が賠償する義務をおいます。
2.加害者に責任能力がない場合

認知症や精神疾患などで責任能力を問えない利用者がデイサービス利用中に加害事故を起こした場合は、施設側も家族とともに監督義務者としての責任を問われることになります。
監督義務者とは何か
加害者に責任能力がない場合は、本人が賠償責任をおうことができません。ですから、法的立場で見て本人の監督義務をおう人が代わりに損害を賠償することになります。
一般的に監督義務者に当たるのは利用者の息子や娘など、介護の責任をおっている家族です。しかし、デイサービス利用中の出来事は、家族では止めようがありません。
そこで家族から利用者の安全を任されている施設側が、代理監督義務者としての責任を問われる可能性があるわけです。
この場合は、「加害者の家族と施設が連携して賠償責任をおう」というケースが多くなると考えられます。
これは決して「半分ずつ賠償金を払いましょう」という意味ではありません。連携して賠償責任をおうということは、被害者はどちらに対しても全額の損害賠償請求ができるということです。
つまり、利用者同士の加害事故が起こったとき、加害者に責任能力のない場合は、施設も代理監督義務者として全額の損害賠償を求められる可能性が高くなります。
暴力が出る利用者に対する防止策は?
利用者の加害事故を防止するには「暴力行為が起こりそうなとき、利用者を制止してほかの利用者を守る」「攻撃性が高まる原因を究明し、改善する」と、大きく分けて2種類が考えられます。具体的には、以下の4点を徹底するところから始めるといいでしょう。
【1】不穏な状態のときは見守りを強化し、場合によっては周囲の利用者を遠ざける

【2】杖など危険なものは来所時に預かるなどして、遠ざける

【3】特定の利用者に敵意を持つなら、なるべく接触しないよう配慮する

【4】受け入れやすい特定の職員がいれば、なるべくその職員が対応する

防止対策や補償は加害者家族と連携して行う
認知症の「問題行動」などが原因で攻撃的になっている利用者がいたら、まずは家族に現状を正確に伝えましょう。万が一のときに、「うちの父がそんなことをするはずがない」と否定され、更なるトラブルに発展するのを防ぐためです。
それから家族と施設は情報を共有しながら、なぜ攻撃性が高まってしまっているのか、その原因を探ります。服用している薬の見直しなどによって攻撃性を根本的に解決できたら、それがいちばんです。
それと同時に、ほかの利用者が被害に遭わないよう気を配ることも忘れてはいけません。危険を感じたら、さりげなくほかの利用者を遠ざけるなど、時と場合に応じた対処が必要です。
利用者同士の加害事故が発生してしまった場合は加害者家族としっかり相談し、保険会社とも密に連携をとります。そのうえで、誠意を持って被害者への補償に当たることが大切です。
著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛
※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編』(講談社)の内容より一部を抜粋して掲載しています