送迎車に利用者さんを置き去りにしてしまう事故について、「うちの施設では、こんなことはありえないだろう」という思い込みを持ってしまう職員がいます。その「思い込み」こそが危険なのです!
事故発生時の状況
Oさん(82歳女性)は、心疾患による持病があり、ときどき頭がボーッとしてしまうことがあります。
ある土曜日、デイサービスの送迎車の3列シートの最後列に1人で座っていたときのことです。突然、Oさんは意識混濁を起こし、シートに横たわってしまいました。
運転手は、ほかの利用者を送迎車から降ろして車内を見渡しましたが、3列目のシートに横たわっているOさんの姿が見えませんでした。そのままOさんを降ろし忘れてしまい、駐車場に駐車して車内に置き去りにしてしまったのです。
その日の夕方、Oさんは亡くなった状態で発見されました。運転手は「Oさんは土曜日の利用が少ないため、確認がおろそかになっていた」と述べました。
【事故評価】事故は未然に防ぐことができたか
この事故の場合、過失の有無についてはどう判断されるでしょうか。
事故評価の基本的な考え方
デイサービスの利用者は、要介護の高齢者で多発性脳梗塞などの持病がある人が少なくありません。当然デイサービスの送迎車両内で、体調急変や持病の増悪(ぞうあく)などが起きない保証はありませんから、絶えず安全確認が必要になります。
車両走行中の確認は難しくても、利用者の乗降のために停車したときや発車するとき、施設に到着したとき、送迎を終了するときの車内の点検は欠かせません。
この事故が過失とされる場合
送迎車両内で起こるリスクは多様です。車両の運行による揺れや、急ブレーキなどによるシートからの転落、車内での体調不良によるシートからの転落など、さまざまなリスクがあります。
交通事故を回避するための急ブレーキなど不可抗力による事故も発生しますが、この場合は過失とは認定されないことが多いでしょう。
事例のように車内で発生したリスクに迅速に対処するための安全確認を怠っていると、過失とみなされるケースがあります。
利用者の車内での様子確認のために、添乗の介護職が利用者と世間話をするデイサービスもあります。
こんな事故評価はダメ!
【原因分析】なぜこの事故が起こったのか
デイサービスの送迎車は要介護の高齢者を搬送しているので、路線バスの乗客よりも搭乗中にケガや予測できないリスクが起こる可能性が高いものです。運転手は、急発進、急ブレーキ、急ハンドルを極力避ける運転をしなければなりません。
過失はなくても、車内で事故が起こることはあります。そこで、車内で発生したリスクに素早く対処し、重大な事故にならないように絶えず搭乗者に対して気を配ることが大切です。
2007年に千葉県で、送迎車に搭乗していた利用者を降ろし忘れた事故がありました。この事故は、車内の様子をチェックするしくみがまったくなかったことが最大の原因でした。
3列シートの最後列のシートに横たわってしまった利用者はどこからも見えない死角に入ってしまうので、車内を点検しない限り見すごされてしまいます!
こんな原因分析はダメ!
この事故の原因と再発防止策
再発防止策には、以下の3つがあります。
- 利用者確認の業務手順を徹底する
- 最終降車者のチェックを徹底する
- 最後列シートの死角をなくす
1.利用者確認の業務手順を徹底する
送迎車が迎えに行ったということは、運転手はOさんの臨時利用を知っていました。
しかし、デイサービスの職員はいるはずのOさんがいないことから、なぜOさんが車から降りていない可能性に気づかなかったのでしょうか。
デイサービスの職員は、Oさんの臨時利用をきちんと把握していなかった可能性が考えられます。これは単なる連絡ミスではすまされません。その日にサービス提供する利用者を把握するという、基本中の基本ができていなかったのです。
上のチャートにある利用者確認業務の中でもっとも重要なことは、変更連絡の徹底です。利用変更の連絡ミスが起こらないよう、万全の対策を考えましょう。
たとえばあるデイサービスでは送迎車に「利用者連絡ノート」が吊るされており、家族から得た情報はすぐに書き留めるルールです。ほかのデイサービスでは運転手が送迎の際に情報を得た場合は、そのまま家族の目の前で事業所に連絡することになっています。
2.最終降車者のチェックを徹底する
多くの通所介護事業者は、「最後の利用者を誘導したあとは、車内に忘れ物などがないか確認する」という決まりを設けています。
当たり前のように感じますが、これを徹底するのは大変なことです。
朝、一斉に到着した利用者を、職員が施設内に誘導します。ようやく最後の利用者を誘導し終わったあとで、ほかに用事もないのに点検だけのために送迎車に戻るというのは非効率的だからです。
上記の表を使って、降車確認のチェックを実際にやってみました。すると、利用者が到着して業務が煩雑になる時間帯に、たった5分間でも駐車場に戻ってチェックするのは難しいことがわかりました。
この時間帯に比較的動きやすい管理者や事務職に協力してもらうなど、施設全体の問題として方法を模索する必要があります。
3.最後列シートの死角をなくす
3つ目の原因に、「最後列には死角が多く、運転手やスタッフから見えなかった」という点が挙げられます。車内を見まわしたときに利用者の姿が見えなければ、「もういない」と誤認することもあるでしょう。
では、最後列の死角をなくすにはどうしたらいいのでしょうか。
上のイラストでわかるように、車内で死角をなくすには鏡の設置が有効です。
鏡では細かいところまでは把握できませんが、何か異変を察知することは十分できます。スタッフの注意力だけに頼るのではなく、気づきやすい環境をつくることが大切です。
置き去り事故を防止するルールづくりをしよう
実際に送迎車両内の置き去り死亡事故が発生した際、多くの介護施設の管理者が「こんな事故が起こるなどありえない」と言って驚いたものです。
そこで、そんな管理者に「では、あなたの施設ではいつ、誰が、どうやって確認していますか? 確認方法は? 確認手順は? マニュアルはありますか?」と詳しく質問しました。
すると、ほとんどの施設が、置き去り事故を防止するための明確なルールを設けていなかったのです。
大きな事故を起こした施設を見て、「うちの施設ではこんな事故が起こるはずがない」と考えてはいけません。不運が重なれば明日は我が身だと思って、自らの施設の現状を見直す視点を持つことが大切です。
もし、まだ明確なルールやチェック体制ができていない施設があったら、このページの例を参考にして、早急に置き去り事故を防止するためのルールをつくりましょう。
著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛
※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編』(講談社)の内容より一部を抜粋して掲載しています