送迎時、施設側はどこまで責任を持たなければならないのでしょうか。送迎車から自宅間の移動介助中に起きた事故で、介護職が果たすべき責任、義務とは何かを考えてみましょう。
事故発生時の状況
Mさん(88歳・男性)は、車椅子を使用しているデイサービス利用者です。通常、移動は車椅子で介助します。しかし自宅の門から玄関までは砂利道なので、車椅子が使えません。そこで職員が2人がかりで歩行介助し、送迎している状況です。
ある日、砂利道で歩行介助をしていて、もうすぐで玄関というときのことです。利用者の奥様が出てきて、「ありがとうございます。もうここで大丈夫です」と言われました。そこで奥様に引き渡したとたん、Mさんがふらついて転倒してしまったのです。
受診の結果、大腿骨頸部骨折と診断されました。
施設管理者の見解は、「奥様がここでいいとおっしゃったので、お引き渡ししたまでです。奥様に引き渡した時点で送迎は完了しているので、事業者に過失はありません」というものです。
しかし近所に住む利用者の息子は「88歳の母に父の介助を任せるのはおかしい」と言って、意見は対立しています。
【事故評価】事故は未然に防ぐことができたか
この事故の場合、過失の有無はどのように判断されるでしょうか。
事故評価の基本的な考え方
送迎時の自宅と送迎車の間の移動介助中の事故は、たとえ不可抗力的な要因が多い場合でも、過失とみなされる可能性が高いと考えられます。
見守りなどの間接的な介助と異なり、直接利用者の体を支えているような場面での事故は、介護職は介護のプロとしてもっとも高い注意義務が課されていると考えられるからです。
この事故が過失とされる場合
送迎時に移動介助をしながらの歩行中に起きた転倒は、ほとんどのケースで過失とみなされます。
しかし、車椅子移動中の事故であれば、車椅子や移動環境に予測できない危険があった場合は過失を否定できるかもしれません。
また、車両乗降中や車両乗降待ちの立位の状態で発生した転倒についても、過失とされるケースが多いと考えられます。それが砂利道という悪条件であっても、基本的には過失とみなされます。
こんな事故評価はダメ!
【原因分析】なぜこの事故が起こったのか
事故原因の考え方は次の通りです。
こんな事故評価はダメ!
この事故の正しい対応と再発防止策は?
送迎車から自宅までの移動介助中の事故を防止するための、大切なポイントを3つご紹介しましょう。
利用者が自宅に帰着し、安全な状態と認められるまでが事業者側の送迎責任
通所介護の送迎時、どの時点で利用者が家族の保護下を離れて事業者側の保護下に移行するかは、もともと明確ではありません。
しかしその境界線で事故が起こった場合、介護の専門職である事業者側が重い責任を問われることは、過去の判例から明白です。
介護家族が高齢の場合は家族任せにせず、利用者が自宅で座位の状態になるまで責任を持ちましょう。
家族が介助を引き受けても、その申し出を断り、職員が最後まで送り届ける
通常、家族が自ら介助すると申し出れば、任せても問題はありません。
しかし、家族に任せたら危険を伴うような場合は別です。老老介護の家庭の場合は、そのまま任せることが安全とは到底言えません。
このような場合、事業者側は家族の申し出を断ってでも自宅内の安全な場所まで送り届ける義務があります。
サービスを開始する前に自宅の環境リスクを調査し、改善を求める
介護サービスが安全に提供できるよう、自宅の環境を整える役割を担っているのはケアマネジャーと家族です。
住宅改修や福祉用具のレンタルによって、環境によるリスクの多くは改善することができます。ところが、ひとたびサービス提供中に事故が起これば、その責任は環境を整えなかったケアマネジャーではなく、通所介護事業者が問われてしまうのです。
ですからサービス提供開始前に危ない部分を全てチェックし、必要に応じてケアマネジャーや家族に改善を求めなければなりません。
利用者が安全に在宅生活に戻るところまでが責任
通所介護事業所では、送迎車と自宅との間の移動介助中の事故が相変わらず多いのが現状です。この事例でも、本来は車椅子で移動したいところを無理に歩行させているのは、玄関前まで続く砂利道が原因です。
通所介護事業者はサービスの提供を開始する前に、著しく送迎に不向きな環境があればケアマネジャーに改善を要求しましょう。改善されない場合は、サービス提供を断ることも必要です。
ある程度安全な環境が確保できたら、今度は安全に配慮した送迎を行います。事業者側は介護のプロですから、利用者が安全に在宅生活に戻るところまでが責任の範囲です。
お年寄りは他人に迷惑をかけたくないという気持ちが強いため、介助を遠慮する傾向があります。介護職は、家族が「ここで大丈夫」と言っても、気は抜けません。利用者の安全が確保されるところまで、送り届ける義務があるのです。
著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛
※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編』(講談社)の内容より一部を抜粋して掲載しています