異食事故は、ポイントを押さえれば危険を避けることが容易です。やみくもに何でも利用者の手の届かないところに遠ざけるのではなく、まずは「異食すると本当に危険なもの」が何かを把握しましょう。
事故の状況説明
解説をするまえに、利用者Lさんご本人と事故発生時の状況、また介護士がどう対処したかを振り返ってみましょう。
利用者の状況
Lさん
82歳・男性・要介護1・認知症:高度
大きな病歴はないものの、長男家族と同居するための引っ越しをきっかけに認知症を発症。
まだ同居を始めて4ヵ月ですが、その間にどんどん認知症が進行し、このたびようやく要介護認定を受けたので、デイサービスの利用を開始することとなりました。
事故発生時の状況および対処
AM10:00
この日からデイサービスの利用を開始することになったLさん。長男の奥様が「心配だ」ということで、初日は送ってきてくれました。
PM2:30
午前中から昼食まで、Lさんは特に問題もなく穏やかに過ごしていました。
入浴の時間になり、順番を待つ脱衣所で待機してもらいました。その間に浴室のキャビネットを開き、浴槽洗剤の詰め替え用ボトルを開け、中身を全部飲んでしまいました。
PM3:00
看護師の判断で、すぐに病院へ救急搬送。胃を洗浄し、その後は経過観察のため入院となりました。
家族はデイサービスに通いだした途端の事故にショックを受け、利用を中止してしまいました。
【過失の有無】事故は未然に防ぐことができたか
この事故で過失の有無はどのように判断されるのでしょうか。
事故評価の基本的な考え方
認知症のBPSDによって引き起こされる症状の一つである「異食」ですが、見守りを強化してもあまり効果がありません。むしろ、「異食すると生命に関わる危険な物品を明確にして、しっかりと管理する」という対策が必要です。
この事例では、詰め替え用の浴槽洗剤を鍵のかからないキャビネットに収納していたのですから、管理が杜撰だったと言わざるをえません。
この事故が過失とされる場合
食用でない物品の異食全てを防ぐことは不可能なので、異食事故の全てに責任を問われるわけではありません。過失とされる可能性があるのは以下のような場合です。
こんな事故評価はダメ!
【原因分析】なぜこの事故が起こったのか
今回のケースでも、利用者側、介護職側、施設側の3方向からアプローチする方法で事故分析を行いましょう(第15回参照)。
利用者側
介護職側
施設側
こんな事故評価はダメ!
再発防止策の検討
続いて、有効な再発防止策を3つご紹介します。
異食癖などのBPSDを把握する
異食癖があるかどうかは非常に重要な情報ですから、施設側には事前に確認する義務があります。
このとき「何かBPSDはありますか?」と聞くのではなく、「異食があるかないか」を具体的に聞くことが大切です。
異食すると危険な物品を身のまわりに置かない
異食すると危険な物品(ページ下段の一覧参照)を利用者の手の届く場所に置いていないか、定期的にチェックしましょう。
重点的に見まわるべき場所は、日常生活で目が届きにくい浴室・トイレ・洗濯室などです。
異食を疑われる場合は必ず受診する
認知症の利用者が異食した疑いがあるのに受診せず、医療処置が遅れると、重大な事故につながることがあります。
これを避けるためには、確信が持てなくても危険な物品を異食した「疑い」があれば、即受診とするべきです。
事故対応や家族への対応は適切であったか
家庭用の浴槽洗剤の多くは少しくらい異食しても生命の危険はありませんし、中毒症状すら出ない場合がほとんどです(つまり胃を洗浄する必要はなかった)。
私の見ている施設でも、ティッシュペーパーや観葉植物、土などの異食は頻繁に起こっていますが、みなさん相変わらず元気にすごしていらっしゃいます。
何が危険なのかの正しい知識を持ち、利用者の生活を制限しすぎないようにしたいものです。
異食すると本当に危険なものは限られている
認知症がある利用者は食べられないものを食べてしまうことがあり、これを異食事故と呼びます。認知症のBPSDによって引き起こされる症状の一つですが、身のまわりのものを遠ざけたり見守りを強化してもあまり効果がありません。
そこで必要な対策が、先述した再発防止策です。この3つを徹底できれば、多くの場合は深刻な被害には結びつきません。
家庭に入り込む製品はPL法の影響もあって、多くの物品の原料は異食しても心配がない成分ばかりです。ですから、やみくもに異食を止めるのではなく、次に挙げる「本当に危険なもの」だけは絶対に異食しないように対策を立てましょう。
また、洗剤や消毒液など頻繁に使用する危険なものについて は、知的障害者施設などで活用されている「セーフティキャップ付きのボトル」に詰め替えておくと安心です。
著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛
※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編』(講談社)の内容より一部を抜粋して掲載しています