行方不明は、たとえ防ぐことができなくても責任を問われる事故です。セキュリティだけでも見守りだけでも防ぎきれない、この事故に対する再発防止策にはどのようなものがあるでしょう。
事故の状況説明
最初に、利用者Kさんご本人と事故発生時の状況、介護士が当時どう対処したかを振り返ってみます。
利用者の状況
Kさん
68歳・女性・要介護3・認知症:高度
大きな病歴はないものの、アルツハイマー型認知症のため要介護度は3がついています。
徘徊などのBPSDがあるので、セキュリティに力を入れているこのデイサービスを選んで利用することとなりました。
事故発生時の状況および対処
AM 11:00
Kさんは先月からこのデイサービスの利用を開始しました。体は元気ですが認知症は高度。
この日は特に落ち着かない様子で、家に帰りたいとつぶやきながら、玄関の前を何度もウロウロしていました。
AM11:30
玄関はロックされているので、勝手に出て行くことはできません。
昼ごはんの準備が始まり職員が忙しくなってきた頃には、Kさんも徐々に落ち着いてきました。デイルームでほかの利用者と一緒に座っていたのを確認し、スタッフ一同、安心したところでした。
PM0:20
昼ごはんの配膳に職員が忙殺されていたところ、Kさんがいないことに気がつきました。
玄関はロックされているので外に出ることはないと思い、職員総出で施設内を捜しましたが発見できませんでした。結局夕方頃まで発見できず、捜索願を出しました。
翌日の午後2時、施設から200メートル離れた川に転落して亡くなっているところを発見されました。
施設長は「見守りもセキュリティも万全で、こんな事故は初めて。どのように抜け出したのか原因は調査中です」と説明しましたが、遺族は施設を相手取って訴訟を起こしました。
【過失の有無】事故は未然に防ぐことができたか
この事故の場合、過失の有無はどのように判断されるのか見ていきましょう。
事故評価の基本的な考え方
認知症の利用者が施設を抜け出して行方不明になり事故に遭遇した場合、施設の過失とみなされると考えたほうがいいでしょう。
実際、過去には同様の事故で施設の過失を認めた判例があります。しかし、どんなにセキュリティを強化しても、認知症の利用者の行方不明を完全に防ぐことはできません。
つまり裁判所は、「完全に防ぐことができない事故を防げ」と言っているわけです。
この事故が過失とされる場合
行方不明事故はほとんどが過失になると考えたほうがいいのですが、特に、次のケースは明らかな過失になります(裁判所の指摘)。
こんな事故評価はダメ!
【原因分析】なぜこの事故が起こったのか
今回のケースでも、連載第15回で紹介した利用者側、介護職側、施設側の3方向からアプローチする方法で事故分析を行っていきます。
利用者側
介護職側
施設側
こんな原因分析はダメ!
再発防止策の検討
再発防止策としては、次の3つの方法が考えられます。
セキュリティ面での再発防止策
「エントランスドアにセンサーを設置する」「エレベーターを暗証番号式にする」「GPS携帯の活用」「ICチップによるセンサーの活用」など、セキュリティ面での対策をします。
事務室による再発防止策
事務室からエントランスが見えにくい施設の場合は、見えやすくして出入りする人が職員の視界に絶えず入るようにしましょう。
見守りによる再発防止策
外に出て行こうとする利用者をあらかじめ把握しておき、頻繁に見守りと所在確認を行うようにすることも有効です。
事故対応や家族への対応は適切であったか
Kさんの事例は、行方不明に気づいてからの捜索方法が甘かったと言わざるをえません。
事故が起こった場合、すぐに大規模捜索に展開できるよう、各施設が独自にネットワークを築いておきましょう。
施設の周囲2km圏内に100ヵ所の捜索拠点(協力者)をつくっておき、いざというときにFAXで捜索依頼を出せるようにしておくのです。
仮に1ヵ所につき5人が協力してくれたら、15分後には500人の捜索体制をつくることができます。
地図から2km圏内の協力者をリストアップする
協力依賴先は、保育園、幼稚園、小学校、中学校、郵便局、公共機関、介護事業者、大規模小売店、コンビニ、ドラッグストア、新聞販売店、ガソリンスタンド、ヤクルト販売店など
行方不明事故対策のおもなポイント「8つ」
行方不明を防ぐことや、行方不明事故が万が一起こってしまった際の対策を8つのポイントにまとめました。
【1】認知症利用者の運動能力は高い
体に障害のない認知症の利用者は、一般の高齢者に比べて驚くほど高い運動能力を発揮します。
ですから、「お年寄りだからこんなことはできないだろう」と高をくくってはいけません。
裁判で争われた浜松のデイサービスの行方不明事故では、小柄なおじいさんが高さ84センチの窓から脱出しました。
【2】高度なセキュリティも完璧ではない
暗証番号付きエレベーターや出入り口のセンサーなど、どんな高度なセキュリティであっても完璧に機能するとは限りません。
セキュリティが高度な施設ほど「絶対出られないだろう」と職員が思い込んでしまうので、行方不明発生時の捜索が遅れ、かえって逆効果になります。
【3】事務室の「目」は最後の砦
事務室前のエントランスから出ようとしている認知症の利用者を、事務室内の職員が発見して難を逃れたというケースがたいへん多く、事務室の「目」は最後の砦です。
職員の机を外が見える場所に配置したり、行方不明になる危険度の高い利用者の写真を事務室内の目立たない場所に貼っている施設もあります。
【4】危険度の高い人の見守りを強化
認知症の利用者の行方不明事故を完璧に防ぐことは不可能ですから、行方不明事故が発生したとき早く気づくことが大切です。
夜勤帯では、巡回の頻度が問題になります。通常入所では、22時、0時、3時、5時という巡回が一般的ですが、ショートステイのみ1時間おきに巡回というルールに変えた施設もあります。
【5】発生時の初期対処をルール化
迅速な対処を行うために、利用者が行方不明になったときの初期対処方法をルール化しておく必要があります。
- ほかの職員の手を借りて、フロア内、施設内を10~20分間捜す
- 見つからなければ敷地内を10分間程度捜す
- それでも見つからない場合は、施設長と家族に連絡して捜索願を出し、施設外の捜索に移る
【6】施設外の捜索は外部にも依頼
行方不明事故が発生したとき、何時間も施設の職員だけで捜索してはいけません。
なるべく早く、地域の協力組織に捜索をお願いしましょう。
利用者が事故に遭ったとき、職員だけで捜している時間が長ければ、家族は「不祥事を外部に知られたくないために、万全の捜索をしなかったのだろう」と考えるからです。
【7】万全の捜索を尽くすこと
夜間の場合は、捜索を依頼できる相手は警察・消防団、タクシー会社などに限られてしまいますが、昼間であれば次の機関や組織に協力をお願いしましょう。
【8】どこを重点的に捜したらよいか
過去に行方不明になった認知症の利用者が、事故に遭遇した場所には共通点があります。
それは、山、森、川、池、海など自然環境の豊かな地域に集中しており、なぜか市街地ではあまり事故に遭遇していません。ですから、まずは施設の近くの山や森などを、集中的に捜す必要があります。
素早い気づきと捜索体制がカギになる
認知症のお年寄りによる行方不明事故は、年間1万件にも上るそうです。
施設で認知症の利用者による行方不明事故が発生した場合は、過去の判例から見ても施設の監督責任を問われる可能性が非常に高くなります。
それでは、利用者の行方不明事故を防ぐには、いったいどうしたらいいのでしょうか。
私たちが独自に行った実態調査によると、112施設中65施設において、過去に行方不明事故が発生していたことがわかりました。なかには非常にセキュリティが整った施設もあったので、セキュリティだけで行方不明事故を完全に防ぐことは難しいようです。
ですから、防ぐことだけでなく、無事に保護できる体制づくりを整えましょう。
行方不明事故の早期解決には、「所在不明に素早く気づく体制づくり」と「迅速で有効な捜索体制づくり」が大切です。
上記8つのポイントを参考に、適切な体制づくりを進めましょう。
著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛
※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編』(講談社)の内容より一部を抜粋して掲載しています