これは誤嚥事故と並んで、予後が厳しい重大な事故です。溺水事故が起こらないようにするためにやるべきこと、やってはいけないことをご紹介します。
事故の状況説明
まずは利用者Jさんご本人と、事故発生時の状況、および介護士がどう対処したかを振り返ってみましょう。
利用者の状況
Jさん
82歳・女性・要介護2・認知症:なし
Jさんは身長が低くて小太りな女性。長年、農家の嫁として働いてきたため腰が曲がり、あちこちに痛みがあって体がうまく動かせません。
事故発生時の状況および対処
PM3:00
若い介護士が1人でJさんの入浴介助中、タオルを脱衣所に忘れてきたことに気づきました。
Jさんは浴槽に浸かっている状態で、座位も安定していました。浴槽から出たらタオルを使用するので、介護士はJさんにひと言断ってから急いで脱衣所に取りに行きました。
15秒ほどでタオルを取って浴室に戻ったときには、Jさんが浴槽の中で溺れていました。
介護士は慌ててJさんを浴槽から担ぎ出しました。Jさんは意識があるもののひどく混乱している様子だったので、水を吐いてもいいように脱衣所で側臥位にして寝かせました。
PM3:30
すぐに看護師を呼んでもらいました。
看護師はJさんのお腹を押したり背中をさするなどして、水を吐き出させました。
Jさんは溺れた時間が短かったためか意識もしっかりしており、体調も回復したため経過観察としました。
【過失の有無】事故は未然に防ぐことができたか
この事故の場合、過失の有無はどのように判断されるでしょうか。見ていきます。
事故評価の基本的な考え方
介助中に持ち場を離れ、利用者の見守りを欠かしたことが事故原因と考えられれば、当然施設側の過失となり、賠償責任が問われます。
また、浴室は転倒や漏水など重大事故につながる危険度の高い特殊な場所ですから、安全配慮義務もほかの介助より高いと考えなければなりません。
この事故が過失とされる場合
次のような場合には、過失があると考えられます。
こんな事故評価はダメ!
【原因分析】なぜこの事故が起こったのか
今回のケースも、利用者側、介護職側、施設側の3方向からアプローチする方法で事故分析を行います(第15回参照)。
利用者側
介護職側
施設側
こんな事故評価はダメ!
再発防止策の検討
重大な結果を招きかねない溺水事故。効果的な再発防止策として次の4つの方法をご紹介しましょう。
【1】個浴の浴槽を導入する
大浴場は体が浮きやすいので、溺れやすくなります。狭い個浴の浴槽だと、座位が安定していなくても四方の壁で体を支えられるので溺れにくいでしょう。
【2】入浴前に備品をチェックする
「たった15秒脱衣所に行って戻ってくる」という理由のほとんどが、足りないものを取りに戻るためです。入浴前のチェックでこれを防止しましょう。
【3】入浴剤を使わない
入浴剤は、保湿成分によってスリップしやすくなって危険です。にごりも利用者が不安になるうえ、足の位置が確認できなくて危ないので使わないようにしましょう。
【4】利用者を1人にしない
介護士が浴室から出なければならない場合は、「浴室から出るのでJ様の見守りをお願いします」とほかの介護職に声をかけ、了承を得てから出るようにしましょう。
事故対応や家族への対応は適切であったか
今回の事故の場合、評価できる点、不適切な点が一つずつあります。
【〇】側臥位で水を吐かせた
溺水事故では、意識があるなら側臥位にして水を吐かせるなどの応急処置を行います。
意識や呼吸を確認し、心肺停止状態であれば、心肺蘇生法を施します。一刻も早い心肺蘇生法の施行が、その後の生存率を大きく分けることになります。
【✕】元気なので受診させなかった
たとえ意識がはっきりして容態が安定しているように見えても、少しでも溺れた事実があるなら、必ず受診させるべきです。
お湯が肺に入り込んだ場合は、肺水腫という重篤な状態になることがあるので、病院で検査してもらうようにしましょう。
「溺れにくい浴槽」とは
施設で今でも見られる大浴場が非常に溺れやすい浴槽であることは説明したとおりです。
では、個浴の浴槽であればどれでもいいのかと言われると、決してそうではありません。一見するとよさそうに感じる浴槽でも、意外と溺れやすいことがあります。
介護施設で浴槽を選ぶ際は、適切な浴槽を選ぶことが大切です。
【〇】深くて狭い浴槽
体を起こした状態で入るので立ち上がりやすいのが深くて狭い浴槽です。
また、足が向かい側の壁に着くのでスリップしにくいことも良い点です。出入りしやすく、かつ溺れにくいので、お年寄りに適切な浴槽と言えるでしょう。
【✕】浅くて長い浴槽
足を伸ばしても向こう側の壁に着かない長い浴槽で、一方の側が傾斜しているタイプは人気がありますが、お年寄りには向いていません。
立ち上がりにくいうえに、ずり落ちて溺れやすいので危険です。
【△】段差がある浴槽
ただの長い浴槽よりも、足で支えられるので滑りにくい形状です。
しかし、このタイプはもう一方が傾斜していることが多く、立ち上がりにくいのが難点。また、足が滑って段差から外れると溺れやすいので、安心はできない浴槽です。
改善はハードと運用の両面から行う
浴槽内の溺水事故ではさまざまな原因が考えられます。利用者の体調面を配慮するのは当然として、設備面の改善と職員の動き方の改善の両面から取り組むことが大切です。
設備面では、施設に個浴の浴槽を導入することで大幅に改善されます。
温泉や銭湯のような大浴槽であれば、たとえマヒが軽度でも浴槽内で座位を安定させることが難しく危険です。上のイラストを参考にしながら、 早急に適切な個浴の導入を実現しましょう。
職員の動き方の面では、「入浴剤を使わない」「入浴前に備品のチェックを行う」「利用者を1人にしない」などを、ルー ルとして全職員に周知徹底させることが必要です。
また、もし溺水事故が起こったときに、対処が遅いと致命傷になりかねません。どの職員でも迅速に対処できるよう、日頃からしっかりトレーニングしておきましょう。
著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛
※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編』(講談社)の内容より一部を抜粋して掲載しています