【入所施設での事故防止策⑩】浴室内の溺水事故|事故防止編(第30回)

【入所施設での事故防止策⑩】浴室内の溺水事故 | 事故防止編(第30回)

これは誤嚥事故と並んで、予後が厳しい重大な事故です。溺水事故が起こらないようにするためにやるべきこと、やってはいけないことをご紹介します。

事故の状況説明

まずは利用者Jさんご本人と、事故発生時の状況、および介護士がどう対処したかを振り返ってみましょう。

利用者の状況

Jさん 82歳・女性・要介護2・認知症:なし

Jさん

82歳・女性・要介護2・認知症:なし

Jさんは身長が低くて小太りな女性。長年、農家の嫁として働いてきたため腰が曲がり、あちこちに痛みがあって体がうまく動かせません。

事故発生時の状況および対処

PM3:00

入浴介護中にタオルを脱衣所に忘れてきたことに気づき、タオルを取りに行こうとする介護職員のイラスト

若い介護士が1人でJさんの入浴介助中、タオルを脱衣所に忘れてきたことに気づきました。

Jさんは浴槽に浸かっている状態で、座位も安定していました。浴槽から出たらタオルを使用するので、介護士はJさんにひと言断ってから急いで脱衣所に取りに行きました。

入浴介助中、15秒目をはなした間に、利用者が浴槽の中で溺れているのを発見した介護職員のイラスト

15秒ほどでタオルを取って浴室に戻ったときには、Jさんが浴槽の中で溺れていました。

介護士は慌ててJさんを浴槽から担ぎ出しました。Jさんは意識があるもののひどく混乱している様子だったので、水を吐いてもいいように脱衣所で側臥位にして寝かせました。

PM3:30

看護師が、入浴介助中に溺れた利用者のお腹を押したり背中をさすったりして水を吐き出させているイラスト

すぐに看護師を呼んでもらいました。

看護師はJさんのお腹を押したり背中をさするなどして、水を吐き出させました。

Jさんは溺れた時間が短かったためか意識もしっかりしており、体調も回復したため経過観察としました。

【過失の有無】事故は未然に防ぐことができたか

この事故の場合、過失の有無はどのように判断されるでしょうか。見ていきます。

事故評価の基本的な考え方

介助中に持ち場を離れ、利用者の見守りを欠かしたことが事故原因と考えられれば、当然施設側の過失となり、賠償責任が問われます。

また、浴室は転倒や漏水など重大事故につながる危険度の高い特殊な場所ですから、安全配慮義務もほかの介助より高いと考えなければなりません。

この事故が過失とされる場合

入浴介護中、介護職員が目を離したすきに溺れそうになる利用者のイラスト

次のような場合には、過失があると考えられます。

  • 浴槽内に浸かっている利用者の見守りを欠かした間に溺れてしまった
  • 特殊浴槽やリフト浴の安全ベルトをしっかり装着しなかったため、体が浮いて溺れてしまった

こんな事故評価はダメ!

  • 職員が浴室を離れたのはたったの15秒間であり、ほんの少しの間にまさか溺れるとは思わなかった

【原因分析】なぜこの事故が起こったのか

今回のケースも、利用者側、介護職側、施設側の3方向からアプローチする方法で事故分析を行います(第15回参照)。

利用者側

  • 不顕性低血糖を起こしていた

  • のぼせてしまった

  • 関節炎など、下肢の疾患が悪化していた

  • 脱水状態になっていた

介護職側

  • 利用者を浴室で1人にした
  • 入浴介助を始める前に、持ち物のチェックを行わなかった
  • 保湿成分の多い入浴剤を使用して、浴槽内が滑りやすくなっていた

施設側

  • 大浴槽や長い浴槽のため、マヒが軽度でも座位が保ちにくかった

  • 浴槽内に丸みや傾斜があり、座位を保ちにくい状態だった
  • 滑り止めマットを使用していなかった

こんな事故評価はダメ!

  • 職員のミス

  • 入浴介助をするときはもっと注意する

再発防止策の検討

重大な結果を招きかねない溺水事故。効果的な再発防止策として次の4つの方法をご紹介しましょう。

【1】個浴の浴槽を導入する

狭い個浴の浴槽は、四方の壁で体を支えられるので溺にくい

大浴場は体が浮きやすいので、溺れやすくなります。狭い個浴の浴槽だと、座位が安定していなくても四方の壁で体を支えられるので溺れにくいでしょう。

【2】入浴前に備品をチェックする

入浴介助前に、備品のチェックをする介護職員のイラスト

「たった15秒脱衣所に行って戻ってくる」という理由のほとんどが、足りないものを取りに戻るためです。入浴前のチェックでこれを防止しましょう。

【3】入浴剤を使わない

入浴剤を入れたことによって、入浴中の利用者の足がどこにあるか確認できない介護職員のイラスト。

入浴剤は、保湿成分によってスリップしやすくなって危険です。にごりも利用者が不安になるうえ、足の位置が確認できなくて危ないので使わないようにしましょう。

【4】利用者を1人にしない

入浴介護中に浴室から離れるため、他の職員に声掛けをする介護職員のイラスト。利用者を浴室に1人にしないようにしましょう。

介護士が浴室から出なければならない場合は、「浴室から出るのでJ様の見守りをお願いします」とほかの介護職に声をかけ、了承を得てから出るようにしましょう。

事故対応や家族への対応は適切であったか

今回の事故の場合、評価できる点、不適切な点が一つずつあります。

【〇】側臥位で水を吐かせた

【入浴中溺れた利用者への正しい対応】側臥位で水を吐かせましょう。

溺水事故では、意識があるなら側臥位にして水を吐かせるなどの応急処置を行います。

意識や呼吸を確認し、心肺停止状態であれば、心肺蘇生法を施します。一刻も早い心肺蘇生法の施行が、その後の生存率を大きく分けることになります。

【✕】元気なので受診させなかった

【入浴中溺れた利用者への誤った対応】受診をさせない。容態が安定していても、必ず受診させるようにしましょう。

たとえ意識がはっきりして容態が安定しているように見えても、少しでも溺れた事実があるなら、必ず受診させるべきです。

お湯が肺に入り込んだ場合は、肺水腫という重篤な状態になることがあるので、病院で検査してもらうようにしましょう。

「溺れにくい浴槽」とは

施設で今でも見られる大浴場が非常に溺れやすい浴槽であることは説明したとおりです。

では、個浴の浴槽であればどれでもいいのかと言われると、決してそうではありません。一見するとよさそうに感じる浴槽でも、意外と溺れやすいことがあります。

介護施設で浴槽を選ぶ際は、適切な浴槽を選ぶことが大切です。

【〇】深くて狭い浴槽

利用者が溺れにくい浴槽のイラスト:深くて狭い浴槽

体を起こした状態で入るので立ち上がりやすいのが深くて狭い浴槽です。

また、足が向かい側の壁に着くのでスリップしにくいことも良い点です。出入りしやすく、かつ溺れにくいので、お年寄りに適切な浴槽と言えるでしょう。

【✕】浅くて長い浴槽

利用者が溺れるリスクの高い浴槽のイラスト:浅くて長い浴槽

足を伸ばしても向こう側の壁に着かない長い浴槽で、一方の側が傾斜しているタイプは人気がありますが、お年寄りには向いていません。

立ち上がりにくいうえに、ずり落ちて溺れやすいので危険です。

【△】段差がある浴槽

利用者にリスクのある浴槽のイラスト:段差がある浴槽

ただの長い浴槽よりも、足で支えられるので滑りにくい形状です。

しかし、このタイプはもう一方が傾斜していることが多く、立ち上がりにくいのが難点。また、足が滑って段差から外れると溺れやすいので、安心はできない浴槽です。

改善はハードと運用の両面から行う

浴槽内の溺水事故ではさまざまな原因が考えられます。利用者の体調面を配慮するのは当然として、設備面の改善と職員の動き方の改善の両面から取り組むことが大切です。

設備面では、施設に個浴の浴槽を導入することで大幅に改善されます。

温泉や銭湯のような大浴槽であれば、たとえマヒが軽度でも浴槽内で座位を安定させることが難しく危険です。上のイラストを参考にしながら、 早急に適切な個浴の導入を実現しましょう。

職員の動き方の面では、「入浴剤を使わない」「入浴前に備品のチェックを行う」「利用者を1人にしない」などを、ルー ルとして全職員に周知徹底させることが必要です。

また、もし溺水事故が起こったときに、対処が遅いと致命傷になりかねません。どの職員でも迅速に対処できるよう、日頃からしっかりトレーニングしておきましょう。

著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛

※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編』(講談社)の内容より一部を抜粋して掲載しています

書籍紹介

完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編

介護リスクマネジメント 事故防止編

出版社: 講談社

山田滋(著)、三好春樹(監修)、下山名月(監修)、東田勉(編集協力)
「事故ゼロ」を目標設定にするのではなく、「プロとして防ぐべき事故」をなくす対策を! 介護リスクマネジメントのプロである筆者が、実際の事例をもとに、正しい事故防止活動を紹介する介護職必読の一冊です。

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  • 山田滋
    株式会社安全な介護 代表

    早稲田大学法学部卒業と同時に現あいおいニッセイ同和損害保険入社。支店勤務の後2000年4月より介護事業者のリスクマネジメント企画立案に携わる。2006年7月よりインターリスク総研主席コンサルタント、2013年5月末あいおいニッセイ同和損保を退社。2014年4月より現職。

    ホームページ |株式会社安全な介護 公式サイト

    山田滋のプロフィール

  • 三好春樹
    生活とリハビリ研究所 代表

    1974年から特別養護老人ホームに生活指導員として勤務後、九州リハビリテーション大学校卒業。ふたたび特別養護老人ホームで理学療法士としてリハビリの現場に復帰。年間150回を超える講演、実技指導で絶大な支持を得ている。

    Facebook | 三好春樹
    ホームページ | 生活とリハビリ研究所

    三好春樹のプロフィール

  • 下山名月
    生活とリハビリ研究所 研究員/安全介護☆実技講座 講師

    老人病院、民間デイサービス「生活リハビリクラブ」を経て、現在は「安全な介護☆実技講座」のメイン講師を務める他、講演、介護講座、施設の介護アドバイザーなどで全国を忙しく飛び回る。普通に食事、普通に排泄、普通に入浴と、“当たり前”の生活を支える「自立支援の介護」を提唱し、人間学に基づく精度の高い理論と方法は「介護シーン」を大きく変えている。

    ホームページ|安全な介護☆事務局通信

    下山名月のプロフィール

  • 東田勉

    1952年鹿児島市生まれ。國學院大學文学部国語学科卒業。コピーライターとして制作会社数社に勤務した後、フリーライターとなる。2005年から2007年まで介護雑誌『ほっとくる』(主婦の友社、現在は休刊)の編集を担当した。医療、福祉、介護分野の取材や執筆多数。

    ホームページ |フリーライターの憂鬱

    東田勉のプロフィール

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