あまり知られていませんが、介護用トイレには危険がたくさん潜んでいます。施設のトイレ設備が高齢者向きかどうか、介護士の移乗方法は適切かどうかを確認してみましょう。
事故発生時の状況
解説をする前に、まず利用者Gさんご本人および事故発生時の状況、そして介護士がどう対処したかを振り返ってみましょう。
利用者の状況
Gさん
80歳・男性・要介護3・認知症:なし
Gさんは左片マヒがある大柄な男性。体重が重いためか、自分を支えきれず、うまく立位をとることができません。体は動かしにくいものの、頭は比較的しっかりしていて、会話も明瞭です。
事故発生時の状況および対処
PM2:10
Gさんからナースコールを受け、23歳の女性新人介護士が一人で排泄介助を行いました。車イスで便座の横まで行き、便座へ移乗させようとしました。
ズボンを下ろす少しのあいだ立位をとってもらおうとしたところ、Gさんが斜め後ろ方向に大きくふらついた。
そのまま転倒し、Gさんは頭を打ちつけてしまいました。意識はしっかりしていましたが、頭を打ったので即座に救急車の要請。
病院に運ばれて精密検査を行ったところ、大きな問題はありませんでした。
【過失の有無】事故は未然に防ぐことができたか
今回の移乗介助中の事故では、施設側の過失はどのように判断されるでしょうか。
事故評価の基本的な考え方
便座への移乗介助中にズボンを下ろす動作があるので、介護職がふらつかないような介助動作の工夫がされているかどうかが大きなポイントになります。
また、利用者は移乗介助中、しばらく無理な立位の体勢になりますから、介助中に利用者がふらつかないよう利用者がつかまる手すりを付けるなどの工夫も必要です。
この事故が過失とされる場合
以下のような場合、過失があると判断されることがあります。
こんな事故評価はダメ!
【原因分析】なぜこの事故が起こったのか
事故分析は、本連載第15回でご紹介した、利用者側、介護職側、施設側という3方向からのアプローチ方法で行ってください。
利用者側
介護職側
施設側
こんな原因分析はダメ!
再発防止策の検討
Gさんのような事故を防ぐには、全ての介護職が安定した移乗を行えるような工夫が必要になります。
移乗方法の研修を行う
介護技術は力任せに行ったり自己流で行うと、肉体的な負担が大きいうえに危険です。まずは職員が生理学的動きに沿って介助することを学び、定期的に研修会を開いて新人まで定着させましょう。
椅子を使うなど工夫をする
ある施設では便座に移乗させるときに、前からしゃがんで利用者を受け止める方法に変えたそうです。このとき、職員が低い椅子に腰を乗せることで、安定して移乗介助ができるようになりました。
事故対応や家族への対応は適切であったか
意識がはっきりしていたにもかかわらず、頭部を打ったことを重く受け止めて即座に救急車の要請を行ったことは評価できます。
しっかりと立位がとれない利用者は、適切な位置に手すりがあると安定します。今回の事故を、施設内のトイレの環境に問題がないかをあらためてチェックするきっかけにすればなお良いでしょう。
安全なトイレについては下図を参照してください。
障害者用トイレは高齢者には向いていない
排泄介助でもっとも多い事故が、便座への移乗介助中の転倒事故です。トイレ内には可動式の手すりや便器など、頭部を打てば大事故につながりやすいものがあります。浴室と同様に危険度の高い介助環境ですから、ほかのエリアよりも高い安全配慮が必要になるのです。
介護施設では、公共施設で見かけるような障害者用トイレとほとんど同じものをよく見かけます。しかし公共施設に設置されている障害者用トイレは、自分で出歩ける程度に自立した障害者を前提として設計されているので、高齢者には適さないのです。
高齢者には、年齢に配慮した設計が必要になります。たとえばお年寄りは平均身長が低いので、便器も低いほうが立ち上がりやすいですし、筋力が低下しているので手すりの位置にも注意が必要です。今一度、施設内のトイレがお年寄りに適しているか確認してみましょう。
著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛
※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編』(講談社)の内容より一部を抜粋して掲載しています