【入所施設での事故防止策⑦】便座への移乗介助時の転倒事故|事故防止編(第27回)

【入所施設での事故防止策⑦】便座への移乗介助時の転倒事故 | 事故防止編(第27回)

あまり知られていませんが、介護用トイレには危険がたくさん潜んでいます。施設のトイレ設備が高齢者向きかどうか、介護士の移乗方法は適切かどうかを確認してみましょう。

事故発生時の状況

解説をする前に、まず利用者Gさんご本人および事故発生時の状況、そして介護士がどう対処したかを振り返ってみましょう。

利用者の状況

Gさん 80歳・男性・要介護3・認知症:なし

Gさん
80歳・男性・要介護3・認知症:なし

Gさんは左片マヒがある大柄な男性。体重が重いためか、自分を支えきれず、うまく立位をとることができません。体は動かしにくいものの、頭は比較的しっかりしていて、会話も明瞭です。

事故発生時の状況および対処

PM2:10

利用者の男性を便座に移乗介助している介護士のイラスト

Gさんからナースコールを受け、23歳の女性新人介護士が一人で排泄介助を行いました。車イスで便座の横まで行き、便座へ移乗させようとしました。

便座への移乗介助時に体勢を崩す男性利用者のイラスト

ズボンを下ろす少しのあいだ立位をとってもらおうとしたところ、Gさんが斜め後ろ方向に大きくふらついた。

便座への移乗介助時にふらついて壁に頭を打ち付ける男性利用者のイラスト

そのまま転倒し、Gさんは頭を打ちつけてしまいました。意識はしっかりしていましたが、頭を打ったので即座に救急車の要請。

病院に運ばれて精密検査を行ったところ、大きな問題はありませんでした。

【過失の有無】事故は未然に防ぐことができたか

今回の移乗介助中の事故では、施設側の過失はどのように判断されるでしょうか。

事故評価の基本的な考え方

便座への移乗介助中にズボンを下ろす動作があるので、介護職がふらつかないような介助動作の工夫がされているかどうかが大きなポイントになります。

また、利用者は移乗介助中、しばらく無理な立位の体勢になりますから、介助中に利用者がふらつかないよう利用者がつかまる手すりを付けるなどの工夫も必要です。

この事故が過失とされる場合

便座への移乗介助時に手すりを探して慌てる男性利用者のイラスト

以下のような場合、過失があると判断されることがあります。

  • トイレの便座への移乗介助中の転倒事故は介助者の責任下にある状況なので、ほとんどが過失と判断される
  • もし認知症の利用者が介助中に暴れたような場合でも、暴れた原因が介助方法の問題であることが多いので、過失を否定するのは難しい

こんな事故評価はダメ!

  • 突然ふらつくのは予測できないので、施設側に過失はない

【原因分析】なぜこの事故が起こったのか

事故分析は、本連載第15回でご紹介した、利用者側、介護職側、施設側という3方向からのアプローチ方法で行ってください。

利用者側

  • 不顕性低血糖を起こしていた
  • 起立性低血圧を起こしていた
  • 関節炎など下肢の疾患が悪化していたため、うまく立位をとることができなかった
  • 脱水によるふらつきが起きていた

介護職側

  • 移乗介助の方法が適切でないために、無理な介助動作になっていた
  • 利用者がふらついて転倒しそうになったとき、職員が支えられるような体勢になかった
  • 移乗動作への介助と下着などを下ろす介助をいっぺんにやろうとしてしまった

施設側

  • 移乗介助中に利用者のズボンを下ろす場面で、利用者がつかまる手すりなどがなかった
  • 適切な介助法の研修を行っていなかった

こんな原因分析はダメ!

  • 新人が介助をしたから失敗した

再発防止策の検討

Gさんのような事故を防ぐには、全ての介護職が安定した移乗を行えるような工夫が必要になります。

移乗方法の研修を行う

介護職員同士で移乗介助の研修を行っているイラスト

介護技術は力任せに行ったり自己流で行うと、肉体的な負担が大きいうえに危険です。まずは職員が生理学的動きに沿って介助することを学び、定期的に研修会を開いて新人まで定着させましょう。

椅子を使うなど工夫をする

便座への移乗時に椅子を使って介助する介護士のイラスト

ある施設では便座に移乗させるときに、前からしゃがんで利用者を受け止める方法に変えたそうです。このとき、職員が低い椅子に腰を乗せることで、安定して移乗介助ができるようになりました。

事故対応や家族への対応は適切であったか

施設内のトイレ環境に問題がないかをチェックする介護士のイラスト

意識がはっきりしていたにもかかわらず、頭部を打ったことを重く受け止めて即座に救急車の要請を行ったことは評価できます。

しっかりと立位がとれない利用者は、適切な位置に手すりがあると安定します。今回の事故を、施設内のトイレの環境に問題がないかをあらためてチェックするきっかけにすればなお良いでしょう。

安全なトイレについては下図を参照してください。

高齢者が使いやすい設計のトイレとは

障害者用トイレは高齢者には向いていない

排泄介助でもっとも多い事故が、便座への移乗介助中の転倒事故です。トイレ内には可動式の手すりや便器など、頭部を打てば大事故につながりやすいものがあります。浴室と同様に危険度の高い介助環境ですから、ほかのエリアよりも高い安全配慮が必要になるのです。

介護施設では、公共施設で見かけるような障害者用トイレとほとんど同じものをよく見かけます。しかし公共施設に設置されている障害者用トイレは、自分で出歩ける程度に自立した障害者を前提として設計されているので、高齢者には適さないのです。

高齢者には、年齢に配慮した設計が必要になります。たとえばお年寄りは平均身長が低いので、便器も低いほうが立ち上がりやすいですし、筋力が低下しているので手すりの位置にも注意が必要です。今一度、施設内のトイレがお年寄りに適しているか確認してみましょう

著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛

※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編』(講談社)の内容より一部を抜粋して掲載しています

書籍紹介

完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編

介護リスクマネジメント 事故防止編

出版社: 講談社

山田滋(著)、三好春樹(監修)、下山名月(監修)、東田勉(編集協力)
「事故ゼロ」を目標設定にするのではなく、「プロとして防ぐべき事故」をなくす対策を! 介護リスクマネジメントのプロである筆者が、実際の事例をもとに、正しい事故防止活動を紹介する介護職必読の一冊です。

→Amazonで購入

  • 山田滋
    株式会社安全な介護 代表

    早稲田大学法学部卒業と同時に現あいおいニッセイ同和損害保険入社。支店勤務の後2000年4月より介護事業者のリスクマネジメント企画立案に携わる。2006年7月よりインターリスク総研主席コンサルタント、2013年5月末あいおいニッセイ同和損保を退社。2014年4月より現職。

    ホームページ |株式会社安全な介護 公式サイト

    山田滋のプロフィール

  • 三好春樹
    生活とリハビリ研究所 代表

    1974年から特別養護老人ホームに生活指導員として勤務後、九州リハビリテーション大学校卒業。ふたたび特別養護老人ホームで理学療法士としてリハビリの現場に復帰。年間150回を超える講演、実技指導で絶大な支持を得ている。

    Facebook | 三好春樹
    ホームページ | 生活とリハビリ研究所

    三好春樹のプロフィール

  • 下山名月
    生活とリハビリ研究所 研究員/安全介護☆実技講座 講師

    老人病院、民間デイサービス「生活リハビリクラブ」を経て、現在は「安全な介護☆実技講座」のメイン講師を務める他、講演、介護講座、施設の介護アドバイザーなどで全国を忙しく飛び回る。普通に食事、普通に排泄、普通に入浴と、“当たり前”の生活を支える「自立支援の介護」を提唱し、人間学に基づく精度の高い理論と方法は「介護シーン」を大きく変えている。

    ホームページ|安全な介護☆事務局通信

    下山名月のプロフィール

  • 東田勉

    1952年鹿児島市生まれ。國學院大學文学部国語学科卒業。コピーライターとして制作会社数社に勤務した後、フリーライターとなる。2005年から2007年まで介護雑誌『ほっとくる』(主婦の友社、現在は休刊)の編集を担当した。医療、福祉、介護分野の取材や執筆多数。

    ホームページ |フリーライターの憂鬱

    東田勉のプロフィール

フォローして最新情報を受け取ろう

We介護

介護に関わるみなさんに役立つ楽しめる様々な情報を発信しています。
よろしければフォローをお願いします。

介護リスクマネジメントの記事一覧