【入所施設での事故防止策⑤】認知症が深い人の誤嚥事故|事故防止編(第25回)

【入所施設での事故防止策⑤】認知症が深い人の誤嚥事故 | 事故防止編(第25回)

摂食・嚥下機能に問題がなくても起こる誤嚥事故があります。認知機能が低下することで「安全な食べ方」の判断がつきにくくなるからです。どうやって誤嚥を防ぐべきでしょうか。

事故の状況説明

解説をはじめる前に、利用者Eさんご本人と事故発生時の状況、その場で介護士がどう対処したかを振り返ってみます。

利用者の状況

Eさん 93歳・男性・要介護1・認知症:高度

Eさん
93歳・男性・要介護1・認知症:高度

認知症は深いものの、それ以外に大きな病気も障害もありません。

また、特に騒いだり俳徊したりするタイプの人ではないので、ふだんはあまり手がかからない利用者です。

事故発生時の状況および対処

PM0:25

食事中、喉奥に肉団子をつまらせうつぶせになる利用者のイラスト

食事中に突然「ガシャン」という大きな音が響いたので振り向くと、Eさんがテーブルにうつぶせになっていました。Eさんは食事が自立しているので、介助についている職員はいませんでした。

すぐに看護師を呼んで口腔内を確認したところ、のどの奥に肉団子が詰まっていました。吸引を施行しましたが、取れませんでした。

PM0:30

ここでは対処できないと判断し、すぐに救急車を要請。

PM0:40

救急救命士が鉗子で喉奥の肉団子を書き出して気道を確保するイラスト

救急車が到着。救急救命士が鉗子(かんし)でのど奥の肉団子を掻き出して気道を確保しましたが、すでに亡くなっていました。

家族と施設側がお互い主張しあうイラスト

家族は、「肉団子を切り分けて食べさせるべきだった」と施設側の責任を追及しました。

施設側は、「Eさんは、摂食・嚥下機能は正常で普通食だったので、事故の危険は予測できなかった。施設側に責任はない」と主張しています。

【過失の有無】事故は未然に防ぐことができたか

この事故の場合、過失の有無はどう判断されるでしょうか。見ていきましょう。

事故評価の基本的な考え方

摂食・嚥下機能に障害がなくても、認知症が深い利用者は「安全な食べ方がわからない」という理由で誤嚥を起こします。

危険な食べ方をする認知症の利用者に対しては、「小分けにして盛りつける」「切り分けて提供する」などの配慮が必要です。

この事故が過失とされる場合

早食い・詰め込みのある認知症高齢者のイラスト

以下のような場合には過失と判断されることがあります。

  • 日頃から「丸呑み」でのどを詰まらせる危険がある利用者に、大きな食材を切り分けずに提供した
  • 「早食い」「詰め込み」がある利用者の見守りを怠った

こんな事故評価はダメ!

  • 誤嚥をするなら、ミキサー食にするべきだった

【原因分析】なぜこの事故が起こったのか

今回も、利用者側、介護職側、施設側という3方向からのアプローチ方法で事故分析を行いましょう(第15回参照)。

利用者側

  • 認知症のBPSDに対応するため向精神薬が処方されていた
  • パーキンソン病薬を服用していたため口腔内が乾いて食べにくかった

介護職側

利用者に一人で食事をさせようとする介護職員のイラスト
  • 摂食・嚥下機能に障害がないからと、見守りをしなかった
  • 食事の様子を見守ることができる席に座らせていなかった

施設側

  • 「小分けにして盛りつける」などの安全な食事への配慮を怠った

こんな原因分析はダメ!

  • マヒがないので油断していた。今後は特に障害がない利用者の食事介助にも注意する

再発防止策の検討

ふつう、私たちは無意識のうちに安全な食べ方を選択しています。しかし認知症が深くなると、この判断ができなくなってしまうのです。飲み込める量を考えずに丸呑みし、窒息してしまうことがあります。

丸呑みすると窒息しやすい食べ物の条件は、次の3つです。

  1. 直径2~4センチの塊
  2. 丸い形状で、ツルッとのどに入りやすい、舌触りのよいもの
  3. 表面が硬く密度が高いものは、のどの奥に詰まった場合除去しにくい

Eさんの事例で誤嚥の原因となった肉団子は、この3条件がそろっていました。こうした危険なメニューの場合は、切り分けて提供するなどの配慮が必要です。

丸呑みすると危険な食べ物とは?

里芋の煮物・肉じゃが・一口大にカットしたこんにゃく・カボチャの煮物・白玉団子・餅・団子・大福・ゆで卵・パン・ハンバーグ・シュウマイ・十分にやわらかくなっていない煮物の人参・一口がんも・クワイ・黒飴・ベビーカステラなど

事故対応や家族への対応は適切であったか

近年起こった誤嚥事故における裁判を表にまとめました。

【認知症の利用者の誤えん事故裁判例】判決日:裁判所:事故状況:判決内容。2007年3月16日:大阪地裁:パンを誤えん:2,180万円賠償。2007年5月28日:東京地裁:出前の玉子丼のかまぼこを誤えん:292万円賠償。2007年6月26日:福岡地裁:おにぎりを誤えん:2,882万円賠償。2010年12月8日:東京地裁立川支部:通常色を誤えん:棄却

施設側の勝訴もありますが、誤嚥事故は施設側の責任を問われることが多いのが現状です。

有名な誤嚥裁判である2000年6月、横浜地裁判決の「こんにゃく誤嚥事故判例」では、「こんにゃくを食材として選択したこと自体について注意義務違反があったとは認められない」とされました。

つまり、「高齢者に提供する食材であることに十分配慮すること」が大切なのです。

Eさんの事例は、肉団子を切り分けるなどの配慮が欠けていたので、施設側は過失を認めて速やかに賠償を行うべきだったと考えられます。

誤嚥の対処方法を徹底する工夫

ある社会福祉法人では、誤嚥が起こった際の対処法をパネルにして事務室に掲示したそうです。

日常的に目に入る場所に掲示したことで自然に手順が頭に入り、いざというときに職員が対処しやすくなりました。

【誤嚥の対処手順】(1)タッピングをする(2)口の中にあるものを掻き出す(3)ベッドに運び、仰向けで寝かせ、頭をたらし、介護者の両膝で耳を挟む。(4)掃除機につないだノズルの先を5センチ位口に挿入し、鼻をつまむ(5)助手が掃除機のスイッチをオンにし、「1・2・3」と数えてオフにする(6)手順(5)を2~3回繰り返す(7)取れなければ、掃除機の圧を弱から強にする。以上の内容をパネル掲示にすると、自然に頭に入る。

このように、誤嚥の対処方法については日頃から周知徹底を心がけることが、利用者の命を守るためには重要です。

認知症に見られる詰め込みと丸呑み

摂食・嚥下機能に何も問題がなくても、高度の認知症があると誤嚥の原因になりえます。これは、認知機能の低下によって、「安全な食べ方」の判断がつかなくなることが原因です。

食べ方がわからなくなると、「詰め込み食べ」といって、どんどん口に食べ物を詰め込むようになります。口いっぱいに食べ物を詰め込むことが、誤嚥の危険性を示す一つの目安です。食事の際には見守りを行うなど、気を配るようにしましょう。

発見が難しいのは、丸呑みをする利用者です。丸呑みの人は、一見すると問題なく食事が自立しているように感じてしまいます。しかし、この事例でもわかるように、丸呑みは窒息しやすいので非常に危険な食べ方なのです。

認知症が深い利用者は、丸呑みしていないか定期的に確認しましょう。危険な利用者には切り分けて提供するなど、食事の提供形態に細心の注意が必要です。

著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛

※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編』(講談社)の内容より一部を抜粋して掲載しています

書籍紹介

完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編

介護リスクマネジメント 事故防止編

出版社: 講談社

山田滋(著)、三好春樹(監修)、下山名月(監修)、東田勉(編集協力)
「事故ゼロ」を目標設定にするのではなく、「プロとして防ぐべき事故」をなくす対策を! 介護リスクマネジメントのプロである筆者が、実際の事例をもとに、正しい事故防止活動を紹介する介護職必読の一冊です。

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  • 山田滋
    株式会社安全な介護 代表

    早稲田大学法学部卒業と同時に現あいおいニッセイ同和損害保険入社。支店勤務の後2000年4月より介護事業者のリスクマネジメント企画立案に携わる。2006年7月よりインターリスク総研主席コンサルタント、2013年5月末あいおいニッセイ同和損保を退社。2014年4月より現職。

    ホームページ |株式会社安全な介護 公式サイト

    山田滋のプロフィール

  • 三好春樹
    生活とリハビリ研究所 代表

    1974年から特別養護老人ホームに生活指導員として勤務後、九州リハビリテーション大学校卒業。ふたたび特別養護老人ホームで理学療法士としてリハビリの現場に復帰。年間150回を超える講演、実技指導で絶大な支持を得ている。

    Facebook | 三好春樹
    ホームページ | 生活とリハビリ研究所

    三好春樹のプロフィール

  • 下山名月
    生活とリハビリ研究所 研究員/安全介護☆実技講座 講師

    老人病院、民間デイサービス「生活リハビリクラブ」を経て、現在は「安全な介護☆実技講座」のメイン講師を務める他、講演、介護講座、施設の介護アドバイザーなどで全国を忙しく飛び回る。普通に食事、普通に排泄、普通に入浴と、“当たり前”の生活を支える「自立支援の介護」を提唱し、人間学に基づく精度の高い理論と方法は「介護シーン」を大きく変えている。

    ホームページ|安全な介護☆事務局通信

    下山名月のプロフィール

  • 東田勉

    1952年鹿児島市生まれ。國學院大學文学部国語学科卒業。コピーライターとして制作会社数社に勤務した後、フリーライターとなる。2005年から2007年まで介護雑誌『ほっとくる』(主婦の友社、現在は休刊)の編集を担当した。医療、福祉、介護分野の取材や執筆多数。

    ホームページ |フリーライターの憂鬱

    東田勉のプロフィール

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