摂食・嚥下機能に問題がなくても起こる誤嚥事故があります。認知機能が低下することで「安全な食べ方」の判断がつきにくくなるからです。どうやって誤嚥を防ぐべきでしょうか。
事故の状況説明
解説をはじめる前に、利用者Eさんご本人と事故発生時の状況、その場で介護士がどう対処したかを振り返ってみます。
利用者の状況
Eさん
93歳・男性・要介護1・認知症:高度
認知症は深いものの、それ以外に大きな病気も障害もありません。
また、特に騒いだり俳徊したりするタイプの人ではないので、ふだんはあまり手がかからない利用者です。
事故発生時の状況および対処
PM0:25
食事中に突然「ガシャン」という大きな音が響いたので振り向くと、Eさんがテーブルにうつぶせになっていました。Eさんは食事が自立しているので、介助についている職員はいませんでした。
すぐに看護師を呼んで口腔内を確認したところ、のどの奥に肉団子が詰まっていました。吸引を施行しましたが、取れませんでした。
PM0:30
ここでは対処できないと判断し、すぐに救急車を要請。
PM0:40
救急車が到着。救急救命士が鉗子(かんし)でのど奥の肉団子を掻き出して気道を確保しましたが、すでに亡くなっていました。
家族は、「肉団子を切り分けて食べさせるべきだった」と施設側の責任を追及しました。
施設側は、「Eさんは、摂食・嚥下機能は正常で普通食だったので、事故の危険は予測できなかった。施設側に責任はない」と主張しています。
【過失の有無】事故は未然に防ぐことができたか
この事故の場合、過失の有無はどう判断されるでしょうか。見ていきましょう。
事故評価の基本的な考え方
摂食・嚥下機能に障害がなくても、認知症が深い利用者は「安全な食べ方がわからない」という理由で誤嚥を起こします。
危険な食べ方をする認知症の利用者に対しては、「小分けにして盛りつける」「切り分けて提供する」などの配慮が必要です。
この事故が過失とされる場合
以下のような場合には過失と判断されることがあります。
こんな事故評価はダメ!
【原因分析】なぜこの事故が起こったのか
今回も、利用者側、介護職側、施設側という3方向からのアプローチ方法で事故分析を行いましょう(第15回参照)。
利用者側
介護職側
施設側
こんな原因分析はダメ!
再発防止策の検討
ふつう、私たちは無意識のうちに安全な食べ方を選択しています。しかし認知症が深くなると、この判断ができなくなってしまうのです。飲み込める量を考えずに丸呑みし、窒息してしまうことがあります。
丸呑みすると窒息しやすい食べ物の条件は、次の3つです。
- 直径2~4センチの塊
- 丸い形状で、ツルッとのどに入りやすい、舌触りのよいもの
- 表面が硬く密度が高いものは、のどの奥に詰まった場合除去しにくい
Eさんの事例で誤嚥の原因となった肉団子は、この3条件がそろっていました。こうした危険なメニューの場合は、切り分けて提供するなどの配慮が必要です。
丸呑みすると危険な食べ物とは?
里芋の煮物・肉じゃが・一口大にカットしたこんにゃく・カボチャの煮物・白玉団子・餅・団子・大福・ゆで卵・パン・ハンバーグ・シュウマイ・十分にやわらかくなっていない煮物の人参・一口がんも・クワイ・黒飴・ベビーカステラなど
事故対応や家族への対応は適切であったか
近年起こった誤嚥事故における裁判を表にまとめました。
施設側の勝訴もありますが、誤嚥事故は施設側の責任を問われることが多いのが現状です。
有名な誤嚥裁判である2000年6月、横浜地裁判決の「こんにゃく誤嚥事故判例」では、「こんにゃくを食材として選択したこと自体について注意義務違反があったとは認められない」とされました。
つまり、「高齢者に提供する食材であることに十分配慮すること」が大切なのです。
Eさんの事例は、肉団子を切り分けるなどの配慮が欠けていたので、施設側は過失を認めて速やかに賠償を行うべきだったと考えられます。
誤嚥の対処方法を徹底する工夫
ある社会福祉法人では、誤嚥が起こった際の対処法をパネルにして事務室に掲示したそうです。
日常的に目に入る場所に掲示したことで自然に手順が頭に入り、いざというときに職員が対処しやすくなりました。
このように、誤嚥の対処方法については日頃から周知徹底を心がけることが、利用者の命を守るためには重要です。
認知症に見られる詰め込みと丸呑み
摂食・嚥下機能に何も問題がなくても、高度の認知症があると誤嚥の原因になりえます。これは、認知機能の低下によって、「安全な食べ方」の判断がつかなくなることが原因です。
食べ方がわからなくなると、「詰め込み食べ」といって、どんどん口に食べ物を詰め込むようになります。口いっぱいに食べ物を詰め込むことが、誤嚥の危険性を示す一つの目安です。食事の際には見守りを行うなど、気を配るようにしましょう。
発見が難しいのは、丸呑みをする利用者です。丸呑みの人は、一見すると問題なく食事が自立しているように感じてしまいます。しかし、この事例でもわかるように、丸呑みは窒息しやすいので非常に危険な食べ方なのです。
認知症が深い利用者は、丸呑みしていないか定期的に確認しましょう。危険な利用者には切り分けて提供するなど、食事の提供形態に細心の注意が必要です。
著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛
※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編』(講談社)の内容より一部を抜粋して掲載しています