摂食・嚥下機能の低下が原因なので、対処は時間との勝負になります。救急車を要請する場合は、必ず「到着時間」を計算に入れるようにしてください。
事故の状況説明
まずはじめに、利用者Dさんご本人と事故発生時の状況、その場で介護士がどう対処したかを振り返ってみましょう。
利用者の状況
Dさん 88歳・女性・要介護3・認知症:なし
変形性脊椎症、骨粗鬆(こつそしょう)症、心臓弁膜症の持病があり、大病をしたわけではありませんが、加齢によって全身の機能に衰えが見られます。
片マヒなどの障害はないのに、日頃からむせや食べこぼしが多く、食べるのに時間がかかっています。
事故発生時の状況および対処
PM6:05
いつものように食事介助をしていましたが、なかなか飲み込まないので時間がかかっていました。
途中、ほかの利用者の座位を直すために、介護士が3分間ほど席を外しました。戻ると、Dさんの顔が下を向き、前傾してうなだれていたので誤嚥を疑いました。
PM6:10
すぐにハイムリック法により、詰まった食材を吐き出させようとしましたが出てきませんでした。
ほかの介護士が吸引器を持ってきたので、すぐに吸引開始。しかし改善せず、チアノーゼが見られました。
PM6:16
タッピングしても吸引しても改善が見られず、救急車を要請。
PM6:20
救急車が到着。
PM6:45
救急車によって病院に搬送されましたが、死亡が確認されました。
【過失の有無】事故は未然に防ぐことができたか
続いて、過失の有無という点からこの事故を見ていきましょう。
事故評価の基本的な考え方
誤嚥事故は、嚥下機能の低下によって起こると考えられがちです。
しかしそれだけでなく、口腔機能のさまざまな部分に障害が出たため(摂食・嚥下障害)、気管や食道に食べ物を詰まらせてしまうケースも多く見受けられます。
摂食・嚥下障害と判断されれば、その利用者の機能に応じた食形態など、適切な誤嚥防止策を講じなければなりません。
この事故が過失とされる場合
このような事故では過失があると判断されます。
こんな事故評価はダメ!
原因分析 なぜこの事故が起こったのか
事故分析は、利用者側、介護職側、施設側という3方向からのアプローチ方法で行います(第15回参照)。
利用者側
介護職側
施設側
こんな原因分析はダメ!
マヒがないので油断していた。今後は特に障害がない利用者の食事介助にも注意する
再発防止策の検討
ひと口に「誤嚥事故」と言っても、誤嚥した理由によって対策内容が変わります。
口の中で食べ物がまとまらない
歯に問題がある人や舌の動きが悪い人は、うまくかめず、口の中の食べ物をまとめることができません。そのため、いつまでもモグモグしがちです。
この状態の人は、刻み食だと口の中でバラバラになって余計むせやすくなります。
また、餅などのかみきりにくい食品も危険です。口の動きが悪い人は「ソフト食」に代表される、やわらかい食べ物がいいでしょう。
飲み込みが悪い
ゴックンと飲み込む嚥下反射が低下すると、誤って気道に入りやすい状態になります。食べ物が気道に入ると、むせて咳き込みます。
普通はむせることで食べ物を外に排出するので、気管の奥まで入ってしまうことはありません。
しかし、むせる力が衰えると、そのまま肺に入り込んで誤嚥性肺炎を起こすのです。この場合、食事や水分にとろみをつけると、飛散しにくいので飲み込みやすくなります。
事故対応や家族への対応は適切であったか
誤嚥事故が起こった際は、速やかにタッピングを行います。タッピングで容態が改善しない場合は、吸引器を使って吸引を行います。今回の事例はここまでの動きの流れに問題はありませんでした。
問題だったのは、救急車を要請するタイミングが遅すぎたことでしょう。救急車は全国平均で、到着までに8分程度を要します。
一方、人間は呼吸が停止してから約10分で生存率が50%まで下がり、約30分経つと生存率はほぼ0%になってしまいます。
つまり、呼吸停止から救急車要請までは、どんなに遅くても7~8分が待てる限界なのです。
今回の事例は、誤嚥を発見してから救急車要請までに11分かかってしまっています。これでは救急車の要請が遅すぎたと言わざるをえません。
適切な食事姿勢と食事介助を知る
誤嚥を防ぐには、「正しい食事姿勢」と「正しい食事介助」という基本が重要になります。
正しい食事姿勢とは?
安定した姿勢で前かがみになって食事をするだけで、飲み込みやすさは大きく変わります。まずは前傾姿勢を心がけるといいでしょう。
正しい食事介助とは?
食事介助を行う場合、まずは水分から口にしてもらいます。
以降、ひと口の量やスピードなどは利用者の様子を見て、無理がないように合わせることが大切です。
摂食・嚥下障害や加齢で起こる事故
介護施設における誤嚥事故は、高齢者の転倒・転落事故と並んで多い事故です。
誤嚥は、マヒなどの障害によって口の動きが悪くなったことが原因で起こることが多いのですが、加齢によって嚥下反射が鈍くなって起こることもあります。
つまり、高齢者であれば誰でも可能性がある事故なのです。
誤嚥を防ぐには、原因に合わせて食べ物の形態を変える必要があります。
適切な形態を選ぶためにも、誤嚥の正確な原因を突き止めることが何よりも大切です。「誤嚥しやすい利用者」とひとくくりにするのではなく、どういう誤嚥なのかをしっかりと見極めましょう。
実際に誤嚥事故が起こったら、時間との勝負です。呼吸停止から3分以内に医療につなげることができれば、生存率がグッと上がります。救急車到着までの時間を考慮して、吸引の措置と同時に救急車の要請をできるかがポイントです。
著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛
※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編』(講談社)の内容より一部を抜粋して掲載しています