【入所施設での事故防止策④】認知症がない人の誤嚥事故|事故防止編(第24回)

【入所施設での事故防止策④】認知症がない人の誤嚥事故 | 事故防止編(第24回)

摂食・嚥下機能の低下が原因なので、対処は時間との勝負になります。救急車を要請する場合は、必ず「到着時間」を計算に入れるようにしてください。

事故の状況説明

まずはじめに、利用者Dさんご本人と事故発生時の状況、その場で介護士がどう対処したかを振り返ってみましょう。

利用者の状況

Dさん 88歳・女性・要介護3・認知症:なし

変形性脊椎症、骨粗鬆(こつそしょう)症、心臓弁膜症の持病があり、大病をしたわけではありませんが、加齢によって全身の機能に衰えが見られます。

片マヒなどの障害はないのに、日頃からむせや食べこぼしが多く、食べるのに時間がかかっています。

事故発生時の状況および対処

PM6:05

食事介助の際、介護士が席を外している間に誤嚥してしまった可能性のある利用者のイラスト

いつものように食事介助をしていましたが、なかなか飲み込まないので時間がかかっていました。

途中、ほかの利用者の座位を直すために、介護士が3分間ほど席を外しました。戻ると、Dさんの顔が下を向き、前傾してうなだれていたので誤嚥を疑いました。

PM6:10

誤嚥の可能性のある利用者を、ハイムリック法で詰まった食材を吐き出させようとしている介護士のイラスト

すぐにハイムリック法により、詰まった食材を吐き出させようとしましたが出てきませんでした。

ほかの介護士が吸引器を持ってきたので、すぐに吸引開始。しかし改善せず、チアノーゼが見られました。

PM6:16

タッピングしても吸引しても改善が見られず、救急車を要請。

PM6:20

救急車で利用者を搬送するイラスト

救急車が到着。

PM6:45

救急車によって病院に搬送されましたが、死亡が確認されました。

【過失の有無】事故は未然に防ぐことができたか

続いて、過失の有無という点からこの事故を見ていきましょう。

事故評価の基本的な考え方

誤嚥事故は、嚥下機能の低下によって起こると考えられがちです。

しかしそれだけでなく、口腔機能のさまざまな部分に障害が出たため(摂食・嚥下障害)、気管や食道に食べ物を詰まらせてしまうケースも多く見受けられます。

摂食・嚥下障害と判断されれば、その利用者の機能に応じた食形態など、適切な誤嚥防止策を講じなければなりません。

この事故が過失とされる場合

利用者の食事のペースにあわせない食事介助のイラスト

このような事故では過失があると判断されます。

  • 摂食・嚥下機能が衰えているのに機能評価を怠っていた
  • 摂食・嚥下障害で食形態が指定されているのに、間違えた

  • 覚醒の確認や水分摂取など、誤嚥防止のための食事介助方法を怠った

  • 利用者の食事のペースに合わせず急がせた

  • のどに詰まりやすい危険な食材を提供した

こんな事故評価はダメ!

  • 誤嚥をするなら、ミキサー食にするべきだった

原因分析 なぜこの事故が起こったのか

事故分析は、利用者側、介護職側、施設側という3方向からのアプローチ方法で行います(第15回参照)。

利用者側

  • 摂食・嚥下障害のほかにも、服薬などの影響で口腔内の機能が低下していた
  • 口腔内の乾きによって飲み込みにくくなっていた
  • 脱水症状で口腔内が乾燥していた
  • 食事に適した前かがみの姿勢がとれていなかった

介護職側

  • 食事介助の方法が適切でなかった
  • 食事時間の制限が厳しく急がせた
  • 職員が配膳を間違えた
  • 厨房で食形態を間違えた
  • 口腔ケアを徹底していなかった
  • 食前の健口(けんこう)体操などを実施していなかった
  • 確認や見守りがしにくい位置に座らせてしまった

施設側

  • のどに詰まりやすい食材は切り分けるなどの対策をとらなかった

こんな原因分析はダメ!

マヒがないので油断していた。今後は特に障害がない利用者の食事介助にも注意する

再発防止策の検討

ひと口に「誤嚥事故」と言っても、誤嚥した理由によって対策内容が変わります。

口の中で食べ物がまとまらない

口の動きが悪い人におすすめのやわらかい食べ物のイラスト

歯に問題がある人や舌の動きが悪い人は、うまくかめず、口の中の食べ物をまとめることができません。そのため、いつまでもモグモグしがちです。

この状態の人は、刻み食だと口の中でバラバラになって余計むせやすくなります。

また、餅などのかみきりにくい食品も危険です。口の動きが悪い人は「ソフト食」に代表される、やわらかい食べ物がいいでしょう。

飲み込みが悪い

とろみ剤のイラスト

ゴックンと飲み込む嚥下反射が低下すると、誤って気道に入りやすい状態になります。食べ物が気道に入ると、むせて咳き込みます。

普通はむせることで食べ物を外に排出するので、気管の奥まで入ってしまうことはありません。

しかし、むせる力が衰えると、そのまま肺に入り込んで誤嚥性肺炎を起こすのです。この場合、食事や水分にとろみをつけると、飛散しにくいので飲み込みやすくなります

事故対応や家族への対応は適切であったか

誤嚥事故が起こった際は、速やかにタッピングを行います。タッピングで容態が改善しない場合は、吸引器を使って吸引を行います。今回の事例はここまでの動きの流れに問題はありませんでした。

問題だったのは、救急車を要請するタイミングが遅すぎたことでしょう。救急車は全国平均で、到着までに8分程度を要します。

一方、人間は呼吸が停止してから約10分で生存率が50%まで下がり、約30分経つと生存率はほぼ0%になってしまいます。

つまり、呼吸停止から救急車要請までは、どんなに遅くても7~8分が待てる限界なのです。

【カーラーの救命曲線】①心臓停止後、約3分で50%死亡。②呼吸停止後、約10分で50%死亡。③多量出血後、約30分で50%死亡

今回の事例は、誤嚥を発見してから救急車要請までに11分かかってしまっています。これでは救急車の要請が遅すぎたと言わざるをえません。

適切な食事姿勢と食事介助を知る

誤嚥を防ぐには、「正しい食事姿勢」と「正しい食事介助」という基本が重要になります。

正しい食事姿勢とは?

【高齢者の正しい食事姿勢】やや前かがみで軽く顎をひいた姿勢・テーブルが高すぎない・かかとが床につく・適度に背中を押して前かがみ姿勢をサポートする。やや立ち気味の背もたれ※背中に隙間がある場合はクッションなどを挟んで調節。

安定した姿勢で前かがみになって食事をするだけで、飲み込みやすさは大きく変わります。まずは前傾姿勢を心がけるといいでしょう。

正しい食事介助とは?

【正しい食事介助とは】介護者は利用者の利き手側に座って、下の方から食べ物を運びましょう。こうすると、元気だった頃に自分で食べていた頃の角度と近くなります。介護者は横に並んで座る。利用者と目線が同じか、やや低くなるよう低めの椅子に座る。

食事介助を行う場合、まずは水分から口にしてもらいます。

以降、ひと口の量やスピードなどは利用者の様子を見て、無理がないように合わせることが大切です。

摂食・嚥下障害や加齢で起こる事故

介護施設における誤嚥事故は、高齢者の転倒・転落事故と並んで多い事故です。

誤嚥は、マヒなどの障害によって口の動きが悪くなったことが原因で起こることが多いのですが、加齢によって嚥下反射が鈍くなって起こることもあります。

つまり、高齢者であれば誰でも可能性がある事故なのです。

誤嚥を防ぐには、原因に合わせて食べ物の形態を変える必要があります。

適切な形態を選ぶためにも、誤嚥の正確な原因を突き止めることが何よりも大切です。「誤嚥しやすい利用者」とひとくくりにするのではなく、どういう誤嚥なのかをしっかりと見極めましょう。

実際に誤嚥事故が起こったら、時間との勝負です。呼吸停止から3分以内に医療につなげることができれば、生存率がグッと上がります。救急車到着までの時間を考慮して、吸引の措置と同時に救急車の要請をできるかがポイントです。

著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛

※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編』(講談社)の内容より一部を抜粋して掲載しています

書籍紹介

完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編

介護リスクマネジメント 事故防止編

出版社: 講談社

山田滋(著)、三好春樹(監修)、下山名月(監修)、東田勉(編集協力)
「事故ゼロ」を目標設定にするのではなく、「プロとして防ぐべき事故」をなくす対策を! 介護リスクマネジメントのプロである筆者が、実際の事例をもとに、正しい事故防止活動を紹介する介護職必読の一冊です。

→Amazonで購入

  • 山田滋
    株式会社安全な介護 代表

    早稲田大学法学部卒業と同時に現あいおいニッセイ同和損害保険入社。支店勤務の後2000年4月より介護事業者のリスクマネジメント企画立案に携わる。2006年7月よりインターリスク総研主席コンサルタント、2013年5月末あいおいニッセイ同和損保を退社。2014年4月より現職。

    ホームページ |株式会社安全な介護 公式サイト

    山田滋のプロフィール

  • 三好春樹
    生活とリハビリ研究所 代表

    1974年から特別養護老人ホームに生活指導員として勤務後、九州リハビリテーション大学校卒業。ふたたび特別養護老人ホームで理学療法士としてリハビリの現場に復帰。年間150回を超える講演、実技指導で絶大な支持を得ている。

    Facebook | 三好春樹
    ホームページ | 生活とリハビリ研究所

    三好春樹のプロフィール

  • 下山名月
    生活とリハビリ研究所 研究員/安全介護☆実技講座 講師

    老人病院、民間デイサービス「生活リハビリクラブ」を経て、現在は「安全な介護☆実技講座」のメイン講師を務める他、講演、介護講座、施設の介護アドバイザーなどで全国を忙しく飛び回る。普通に食事、普通に排泄、普通に入浴と、“当たり前”の生活を支える「自立支援の介護」を提唱し、人間学に基づく精度の高い理論と方法は「介護シーン」を大きく変えている。

    ホームページ|安全な介護☆事務局通信

    下山名月のプロフィール

  • 東田勉

    1952年鹿児島市生まれ。國學院大學文学部国語学科卒業。コピーライターとして制作会社数社に勤務した後、フリーライターとなる。2005年から2007年まで介護雑誌『ほっとくる』(主婦の友社、現在は休刊)の編集を担当した。医療、福祉、介護分野の取材や執筆多数。

    ホームページ |フリーライターの憂鬱

    東田勉のプロフィール

フォローして最新情報を受け取ろう

We介護

介護に関わるみなさんに役立つ楽しめる様々な情報を発信しています。
よろしければフォローをお願いします。

介護リスクマネジメントの記事一覧