【入所施設での事故防止策③】ベッドからの転落|事故防止編(第23回)

【入所施設での事故防止策③】ベッドからの転落 | 事故防止編(第23回)

ベッドからの転落は、高低差があるので、大きなけがにつながりやすい事故です。利用者Cさんの事故からはどういう原因分析、再発防止策が考えられるでしょうか。

事故の状況説明

まずは利用者Cさんご本人と、事故発生時の状況、介護士がどう対処したかを振り返ってみます。

利用者の状況

Cさん 90歳・女性・要介護2・認知症:軽度

Cさん
90歳・女性・要介護2・認知症:軽度

脳梗塞の後遺症で、軽度の左片マヒがあります。日常生活はほぼ自立しており、夜間の排泄だけコールを鳴らしてもらうことになっています。

認知症はあるものの非常に軽度で、年相応と言えるでしょう。

事故発生時の状況および対処

AM5:00

利用者がベッドから転倒してうつ伏せで倒れているのを発見したイラスト

夜勤の介護士が早朝巡回でCさんの居室に行くと、ベッドから転落してうつぶせで倒れていました。介護士はすぐに看護師を呼び、バイタルチェックを行いました。

血圧131/98、脈拍70、体温35.8°C

AM6:00

ベッドから転落した利用者に職員が声がけしているイラスト

Cさん本人の話では、「トイレに行こうとベッドから降りようとしたことは覚えているが、落ちたことは覚えていない」とのこと。全身を確認すると胸部にあざがあり、少し痛むようでした。

家族に電話し、詳しい状況の説明と謝罪。○○外科への受診の許可をもらいました。

AM7:00

ベッドから転落した利用者が外科で受信した結果、全治6週間と診断されたのを聞く職員のイラスト

○○外科で受診の結果、肋骨にヒビが入っており、全治6週間と診断されました。

家族に事故発生時の状況を詳しく伝えたところ、「なぜ今日に限ってコールしなかったのだろう」と首をかしげていました。

しかし、施設側の対処については特に不満はない様子で、納得して受け入れてもらえました。

【過失の有無】事故は未然に防ぐことができたか

次に、事故の内容を過失の観点から考えていきます。

事故評価の基本的な考え方

ベッドからの転落は次の2種類の形態があり、防止対策が異なります。

「ベッド上で体動が多く、誤って転落するケース」と「ベッドから降りようとして、誤って転落するケース」です。圧倒的に後者が多いので、これを防ぐには、排泄欲求などベッドから降りる理由について対処する必要があります。

この事故が過失とされる場合

安全にベッドから降りられる環境づくりを怠った場合などは過失があると考えられます。

ベッドから降りようとつかまったベッド柵がぐらついているイラスト

同様に、過失と判断されるのは下記のような事例です。

  • ベッド柵がぐらついていて、降りようとつかまったときにバランスを崩して転落した
  • 頻尿の利用者なのに決められた就寝前の排泄誘導を忘れてしまった

  • 排泄のためにコールを鳴らしたのに対応しなかった

こんな事故評価はダメ!

  • コールしてくれなければ、どうしようもない
  • もっと頻繁に見回るべきだった

【原因分析】なぜこの事故が起こったのか

事故分析は、利用者側、介護職側、施設側という3方向からのアプローチ方法で行います(第15回参照)。

利用者側

  • 視力が悪く、薄暗い環境で動作が安全にできなかった
  • 早朝の意識消失が転落原因であれば、血糖降下剤の副作用があったかもしれない

  • 起立性低血圧を起こしたかもしれない

介護職側

  • 夜間でもコールを鳴らすよう、声かけをしていなかった

  • コールに応えないことが何度もあり、利用者がコールを鳴らさなくなってしまった
  • 職員が、コールボタンを押しにくい場所に置いてしまった

  • 介助のために一度外したベッド柵を、戻し忘れた

施設側

  • ベッドが古いためベッド柵がぐらつく

  • ベッドが古く、低床にならなかった
  • サイドレールだけで、介助バーを付けていなかった

  • 夜間に利用者が動くことがあるとわかっていたのに、センサー式ライトなどを設置しておらず、暗かった

こんな原因分析はダメ!

  • コールをしてくれなかったから起こった

再発防止策の検討

Cさんの場合、「排泄誘導を増やす」「ベッドの高さを下げる」といった再発防止策が考えられます。

排泄誘導を増やす

排泄誘導のイラスト

ベッドから降りようとして転落してしまうケースは、多くの場合、自分でトイレに行こうとした際に起こります。それを防ぐには、排泄誘導を増やすことがいちばんの近道です。

一方で、オムツを当てている利用者がベッドから降りようとすることもあります。その場合はオムツが汚れたことによる不快感が原因であることが多いので、頻繁に交換するように心がけたいですね。

ベッドの高さを下げる

ベッドの高さを下げているイラスト

転落を防止することも大切だが、転落してもケガをさせないように工夫することも大切です。具体的にはベッドの高さを低くして(低床)、床にマットを敷くのがもっとも有効。

ベッドが古くて高さを変えられない場合は買い替える、ベッドの脚を短く切るなどの対策をとるべきです。イラストのような、最新型の超低床ベッドも上手に活用したいですね。

事故対応や家族への対応は適切であったか

利用者が転落した可能性があるとき、利用者の家族に転落した可能性があることを伝えるイラスト

転落したかどうか確認できなくても、万が一を考えて即座に対処したことは評価できます。

利用者の家族にも、第一報の時点で「転落の可能性」をしっかり伝えたので、その後の理解を得やすかったことも併せて評価して良い点です。

「実は転落していなかった」という空振りは覚悟のうえで、最悪の事態を考えて行動することが非常に大切です。

夜間に起こる転落事故の意外な原因

高齢で認知症のない利用者が突然、夜間に異常な行動を起こした場合、せん妄の可能性があります。

せん妄とは何らかの原因で脳の機能が低下し、幻覚を見たり取り乱したりするなどの混乱した状態になることです。あくまで一時的な現象なので、原因を取り除けば多くの場合は回復します。

せん妄のイラスト

せん妄の原因にはどのようなものがあるのでしょうか。

せん妄の原因は不安などの心因的要因と、体調不良などの身体的要因があると言われています。

なかでも見落とされがちなのが、「総入れ歯を外して寝ることによって起こる舌根(ぜっこん)沈下」です。舌根沈下が起こると、低酸素状態に陥りやすくなります。それがせん妄を引き起こすこともあるのです。

転落の利用者側の原因として、頭に入れておきましょう。

せん妄の原因となる代表的なもの

せん妄の原因となる代表的なもの:いれば・薬・脱水や便秘

入れ歯や眼鏡など、ふだん使っているものを忘れて使えない状態は、せん妄を引き起こしやすくなる要因の一つです。

それ以外に考えられるおもな原因としては、睡眠薬などの薬剤の影響、脱水や便秘などの体調不良、昼夜逆転などがあります。

未然防止策と損害軽減策の両面からの対策を

ベッドからの転落事故は、おもに夜間の就寝中に起こります。ですから、「たまたまその場に居合わせて転落を防ぐことができた」という直前防止策は期待できません

そうなると、「ベッドから降りたくなる原因を解消して、夜間は落ち着いて寝てもらえるようにする」という未然防止策が非常に有効です。

排泄欲求やせん妄など、あらゆる角度から「ベッドから降りたくなる原因」を考えて改善するよう取り組みましょう。

しかし、原因をすべて解消するのは簡単なことではありません。未然防止策を心がけると同時に、「たとえベッドから落ちたとしても、大きなケガをしないような工夫」という損害軽減策をとることも忘れないようにしましょう。

転落事故は、頭を打ちつける可能性が高い事故です。たとえ転落した確証がなかったとしても、即受診としましょう。

著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛

※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編』(講談社)の内容より一部を抜粋して掲載しています

書籍紹介

完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編

介護リスクマネジメント 事故防止編

出版社: 講談社

山田滋(著)、三好春樹(監修)、下山名月(監修)、東田勉(編集協力)
「事故ゼロ」を目標設定にするのではなく、「プロとして防ぐべき事故」をなくす対策を! 介護リスクマネジメントのプロである筆者が、実際の事例をもとに、正しい事故防止活動を紹介する介護職必読の一冊です。

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  • 山田滋
    株式会社安全な介護 代表

    早稲田大学法学部卒業と同時に現あいおいニッセイ同和損害保険入社。支店勤務の後2000年4月より介護事業者のリスクマネジメント企画立案に携わる。2006年7月よりインターリスク総研主席コンサルタント、2013年5月末あいおいニッセイ同和損保を退社。2014年4月より現職。

    ホームページ |株式会社安全な介護 公式サイト

    山田滋のプロフィール

  • 三好春樹
    生活とリハビリ研究所 代表

    1974年から特別養護老人ホームに生活指導員として勤務後、九州リハビリテーション大学校卒業。ふたたび特別養護老人ホームで理学療法士としてリハビリの現場に復帰。年間150回を超える講演、実技指導で絶大な支持を得ている。

    Facebook | 三好春樹
    ホームページ | 生活とリハビリ研究所

    三好春樹のプロフィール

  • 下山名月
    生活とリハビリ研究所 研究員/安全介護☆実技講座 講師

    老人病院、民間デイサービス「生活リハビリクラブ」を経て、現在は「安全な介護☆実技講座」のメイン講師を務める他、講演、介護講座、施設の介護アドバイザーなどで全国を忙しく飛び回る。普通に食事、普通に排泄、普通に入浴と、“当たり前”の生活を支える「自立支援の介護」を提唱し、人間学に基づく精度の高い理論と方法は「介護シーン」を大きく変えている。

    ホームページ|安全な介護☆事務局通信

    下山名月のプロフィール

  • 東田勉

    1952年鹿児島市生まれ。國學院大學文学部国語学科卒業。コピーライターとして制作会社数社に勤務した後、フリーライターとなる。2005年から2007年まで介護雑誌『ほっとくる』(主婦の友社、現在は休刊)の編集を担当した。医療、福祉、介護分野の取材や執筆多数。

    ホームページ |フリーライターの憂鬱

    東田勉のプロフィール

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