ベッドからの転落は、高低差があるので、大きなけがにつながりやすい事故です。利用者Cさんの事故からはどういう原因分析、再発防止策が考えられるでしょうか。
事故の状況説明
まずは利用者Cさんご本人と、事故発生時の状況、介護士がどう対処したかを振り返ってみます。
利用者の状況
Cさん
90歳・女性・要介護2・認知症:軽度
脳梗塞の後遺症で、軽度の左片マヒがあります。日常生活はほぼ自立しており、夜間の排泄だけコールを鳴らしてもらうことになっています。
認知症はあるものの非常に軽度で、年相応と言えるでしょう。
事故発生時の状況および対処
AM5:00
夜勤の介護士が早朝巡回でCさんの居室に行くと、ベッドから転落してうつぶせで倒れていました。介護士はすぐに看護師を呼び、バイタルチェックを行いました。
血圧131/98、脈拍70、体温35.8°C
AM6:00
Cさん本人の話では、「トイレに行こうとベッドから降りようとしたことは覚えているが、落ちたことは覚えていない」とのこと。全身を確認すると胸部にあざがあり、少し痛むようでした。
家族に電話し、詳しい状況の説明と謝罪。○○外科への受診の許可をもらいました。
AM7:00
○○外科で受診の結果、肋骨にヒビが入っており、全治6週間と診断されました。
家族に事故発生時の状況を詳しく伝えたところ、「なぜ今日に限ってコールしなかったのだろう」と首をかしげていました。
しかし、施設側の対処については特に不満はない様子で、納得して受け入れてもらえました。
【過失の有無】事故は未然に防ぐことができたか
次に、事故の内容を過失の観点から考えていきます。
事故評価の基本的な考え方
ベッドからの転落は次の2種類の形態があり、防止対策が異なります。
「ベッド上で体動が多く、誤って転落するケース」と「ベッドから降りようとして、誤って転落するケース」です。圧倒的に後者が多いので、これを防ぐには、排泄欲求などベッドから降りる理由について対処する必要があります。
この事故が過失とされる場合
安全にベッドから降りられる環境づくりを怠った場合などは過失があると考えられます。
同様に、過失と判断されるのは下記のような事例です。
こんな事故評価はダメ!
【原因分析】なぜこの事故が起こったのか
事故分析は、利用者側、介護職側、施設側という3方向からのアプローチ方法で行います(第15回参照)。
利用者側
介護職側
施設側
こんな原因分析はダメ!
再発防止策の検討
Cさんの場合、「排泄誘導を増やす」「ベッドの高さを下げる」といった再発防止策が考えられます。
排泄誘導を増やす
ベッドから降りようとして転落してしまうケースは、多くの場合、自分でトイレに行こうとした際に起こります。それを防ぐには、排泄誘導を増やすことがいちばんの近道です。
一方で、オムツを当てている利用者がベッドから降りようとすることもあります。その場合はオムツが汚れたことによる不快感が原因であることが多いので、頻繁に交換するように心がけたいですね。
ベッドの高さを下げる
転落を防止することも大切だが、転落してもケガをさせないように工夫することも大切です。具体的にはベッドの高さを低くして(低床)、床にマットを敷くのがもっとも有効。
ベッドが古くて高さを変えられない場合は買い替える、ベッドの脚を短く切るなどの対策をとるべきです。イラストのような、最新型の超低床ベッドも上手に活用したいですね。
事故対応や家族への対応は適切であったか
転落したかどうか確認できなくても、万が一を考えて即座に対処したことは評価できます。
利用者の家族にも、第一報の時点で「転落の可能性」をしっかり伝えたので、その後の理解を得やすかったことも併せて評価して良い点です。
「実は転落していなかった」という空振りは覚悟のうえで、最悪の事態を考えて行動することが非常に大切です。
夜間に起こる転落事故の意外な原因
高齢で認知症のない利用者が突然、夜間に異常な行動を起こした場合、せん妄の可能性があります。
せん妄とは何らかの原因で脳の機能が低下し、幻覚を見たり取り乱したりするなどの混乱した状態になることです。あくまで一時的な現象なので、原因を取り除けば多くの場合は回復します。
せん妄の原因にはどのようなものがあるのでしょうか。
せん妄の原因は不安などの心因的要因と、体調不良などの身体的要因があると言われています。
なかでも見落とされがちなのが、「総入れ歯を外して寝ることによって起こる舌根(ぜっこん)沈下」です。舌根沈下が起こると、低酸素状態に陥りやすくなります。それがせん妄を引き起こすこともあるのです。
転落の利用者側の原因として、頭に入れておきましょう。
せん妄の原因となる代表的なもの
入れ歯や眼鏡など、ふだん使っているものを忘れて使えない状態は、せん妄を引き起こしやすくなる要因の一つです。
それ以外に考えられるおもな原因としては、睡眠薬などの薬剤の影響、脱水や便秘などの体調不良、昼夜逆転などがあります。
未然防止策と損害軽減策の両面からの対策を
ベッドからの転落事故は、おもに夜間の就寝中に起こります。ですから、「たまたまその場に居合わせて転落を防ぐことができた」という直前防止策は期待できません。
そうなると、「ベッドから降りたくなる原因を解消して、夜間は落ち着いて寝てもらえるようにする」という未然防止策が非常に有効です。
排泄欲求やせん妄など、あらゆる角度から「ベッドから降りたくなる原因」を考えて改善するよう取り組みましょう。
しかし、原因をすべて解消するのは簡単なことではありません。未然防止策を心がけると同時に、「たとえベッドから落ちたとしても、大きなケガをしないような工夫」という損害軽減策をとることも忘れないようにしましょう。
転落事故は、頭を打ちつける可能性が高い事故です。たとえ転落した確証がなかったとしても、即受診としましょう。
著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛
※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編』(講談社)の内容より一部を抜粋して掲載しています