お年寄りのすぐ近くで歩行介助をしていても、転倒事故は起こります。今回は、軽度の左片マヒがあるBさんの事例をもとに、事故原因、再発防止策などを見ていきましょう。
事故の状況説明
解説をはじめる前に、まずは利用者Bさんの状況と、事故発生時の状況、どう対処したかを振り返ってみます。
利用者の状況
Bさん
87歳・男性・要介護2・認知症:なし
3年前に脳出血を起こした影響で、軽度の左片マヒがあります。
普段は、杖を使用すれば歩くことができるが、ときどきふらつくなど不安定なので付き添いが必要です。
事故発生時の状況および対処
AM11:18
昼食のために食堂に向かって移動している際、職員はBさんの患側(かんそく)である左側に立って介助していました。突然、Bさんが健側の右側に大きくふらつき、体重をかけていた杖も一緒に崩れるように右へ傾きました。職員が急いで支えようと左腕を強く引っ張りましたが、間に合わずにBさんは転倒。
看護師が様子を確認したところ、脚を痛がって起き上がれませんでした。また、引っ張られた腕にも痛みが残ったようです。血圧134/84、脈拍56、体温36.3°C
PM0:00
家族に電話し、状況の説明と謝罪。○○病院へ受診の許可をもらいました。
PM1:00
○○病院での受診の結果、右大腿骨骨折で全治1ヵ月という診断。引っ張られた腕にもあざが残りました。
家族は「介護士の過失だ」と不満げな様子で、治療費の補償を要求しました。
【過失の有無】事故は未然に防ぐことができたか
事故の内容を、過失の有無から考えていきます。
事故評価の基本的な考え方
介助中に発生した事故は、過失を否定することは難しいと考えなくてはなりません。実際に防ぐことが難しいような事故でも、責任が発生する場合が多いと考えてください。
居室での自立歩行中の転倒などと異なり、介助中の利用者は動作の安全の全てを介護職員に委ねているからです。
この事故が過失とされる場合
歩行介助の方法が誤っているケースなどは、過失があったと判断されます。
ほかにも、このような場合には過失と判断されます。
こんな事故評価はダメ!
【原因分析】なぜこの事故が起こったのか
事故分析は、第15回で紹介した利用者側、介護職側、施設側という3方向からのアプローチ方法で行いましょう。
利用者側
介護職側
施設側
こんな原因分析はダメ!
再発防止策の検討
介護士は患側にいるので、健側に倒れられたときに倒れる方向にまわり込んで支えることはほぼ不可能です。この場合、転倒防止は難しいので骨折防止を優先して考えたいですね。
大ケガをさせない転ばせ方
腕だけを引っ張り上げることで転倒を防止しようとしても体全体が倒れるのは防げないうえに、腕を痛める可能性があります。むしろ介護士が腰を落としてBさんの体を抱え込んで受け止めてあげたほうが、ケガの予防には効果的。
本人が嫌がらないようであれば、大腿骨を保護するサポーターを着けてもらうのも、骨折予防の観点からは効果的です。
事故対応や家族への対応は適切であったか
歩行が不安定なBさんの転倒で家族が強い不満を感じるのは、家族と施設とのコミュニケーション不足や説明不足が根底にあると考えられます。Bさんのような転倒リスクの高い利用者は、入所時に家族にていねいに説明して理解を求めなければなりません。
介護計画書の記入例
B様は自力で歩行可能ですが、左片マヒがあるため歩行が不安定です。そのうえ施設は自宅よりも広いため、転倒の危険が大きくなります。
そこでB様の転倒の危険を減らすため、当施設で検討した防止策は以下のとおりです。B様の安全のために、ご家族の皆様のご意見をお聞かせください。
- 立ち上がった瞬間がもっともバランスを崩しやすいので、立ち上がるときには職員を呼んでいただくよう声かけを行います。
- 無理なく立ち上がれる椅子、歩きやすい床、手すりの設置など安全な歩行環境に配慮していますが、転倒を100%防ぐことは困難ですので、ご理解をお願いします。
- 転倒したときのケガを防ぐため、居室に衝撃を吸収する敷物を敷くなど、できる限りの配慮をします。
ご家族に協力をいただきたいこと
履物はB様がはき慣れたものを使用していただくのが転倒防止につながります。安全な歩行に適した靴、動きやすい服装などの配慮をお願いします。また、事故の危険を減らすためのご自宅での工夫などお教えいただけたら幸いです。
転倒の要因を改善する活動を
転倒は突然起こるので、転倒しそうなお年寄りを介護職の見守りで回避するのは意外と難しいものです。ですから、転倒事故を減らすには、転倒の根本要因を探り、それを改善することで転倒そのものを減らすという対策が必要になります。
では、転倒の根本要因には、どのようなものがあるのでしょうか。転倒の根本要因となりうる項目を下図に列挙しました。まずはこの表を参考にしな がら、施設の中で転倒のリスクが高いお年寄りの洗い出しをするといいでしょう。
転倒リスクが高い人がわかったら、次はそれぞれの要因を改善していきます。表の中には、あまり大きな問題には思えない項目もあることでしょう。しかし、ここにある転倒要因を改善する活動をしただけで、ある施設では転倒事故を30%減らすことに成功しました。転倒事故を減らすには、こうした地道な努力の積み重ねが大切です。
著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛
※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編』(講談社)の内容より一部を抜粋して掲載しています