【入所施設での事故防止策②】歩行介助中の転倒|事故防止編(第22回)

【入所施設での事故防止策②】歩行介助中の転倒 | 事故防止編(第22回)

お年寄りのすぐ近くで歩行介助をしていても、転倒事故は起こります。今回は、軽度の左片マヒがあるBさんの事例をもとに、事故原因、再発防止策などを見ていきましょう。

事故の状況説明

解説をはじめる前に、まずは利用者Bさんの状況と、事故発生時の状況、どう対処したかを振り返ってみます。

利用者の状況

Bさん 87歳・男性・要介護2・認知症:なし

Bさん

87歳・男性・要介護2・認知症:なし

3年前に脳出血を起こした影響で、軽度の左片マヒがあります

普段は、杖を使用すれば歩くことができるが、ときどきふらつくなど不安定なので付き添いが必要です。

事故発生時の状況および対処

AM11:18

食堂に向かって移動シているBさんを介護職員が左側になって介助しているイラスト

昼食のために食堂に向かって移動している際、職員はBさんの患側(かんそく)である左側に立って介助していました。突然、Bさんが健側の右側に大きくふらつき、体重をかけていた杖も一緒に崩れるように右へ傾きました。職員が急いで支えようと左腕を強く引っ張りましたが、間に合わずにBさんは転倒。

看護師が様子を確認したところ、脚を痛がって起き上がれませんでした。また、引っ張られた腕にも痛みが残ったようです。血圧134/84、脈拍56、体温36.3°C

PM0:00

転倒した利用者と、転倒を防ごうと左腕を強引っ張っている職員のイラスト

家族に電話し、状況の説明と謝罪。○○病院へ受診の許可をもらいました。

PM1:00

「治療費が全額そちらで負担していただこう」と介護職員に向かって言ういう利用者の家族のイラスト

○○病院での受診の結果、右大腿骨骨折で全治1ヵ月という診断。引っ張られた腕にもあざが残りました。

家族は「介護士の過失だ」と不満げな様子で、治療費の補償を要求しました。

【過失の有無】事故は未然に防ぐことができたか

事故の内容を、過失の有無から考えていきます。

事故評価の基本的な考え方

介助中に発生した事故は、過失を否定することは難しいと考えなくてはなりません。実際に防ぐことが難しいような事故でも、責任が発生する場合が多いと考えてください。

居室での自立歩行中の転倒などと異なり、介助中の利用者は動作の安全の全てを介護職員に委ねているからです。

この事故が過失とされる場合

歩行介助の方法が誤っているケースなどは、過失があったと判断されます。

安全に歩行できる状態ではない利用者を急がせて歩行サせる介護職のイラスト

ほかにも、このような場合には過失と判断されます。

  • 立ち位置を誤るなど、歩行介助の方法を明らかに間違えた
  • 安全に歩行できる状態ではないのに、歩行させた

  • 利用者がふらついたことに気づかないなど、転倒発生の危険予測を怠った
  • パーキンソン病など、歩行機能の日内変動などに気づかないで歩行させた

こんな事故評価はダメ!

  • 防ぎようがなかった
  • もっと集中して歩行介助すべきだった

【原因分析】なぜこの事故が起こったのか

事故分析は、第15回で紹介した利用者側、介護職側、施設側という3方向からのアプローチ方法で行いましょう。

利用者側

  • 服薬の影響で早朝だけ転倒しやすかった
  • 疾病の影響で歩行機能が低下していた
  • 装具や履物が転倒しやすいものだった

介護職側

  • その利用者に対する歩行介助の方法が間違っていた

  • その日の身体機能の低下に気づかなかった

  • 立ち上がりなどに声かけが必要なのにこれを怠った
  • ひざ折れやつまずきなどによる転倒を防ぐことは難しいという認識がなかった

施設側

  • 床が滑りやすいなど、歩行環境が安全ではなかった

  • 視力の悪い利用者には歩きにくい床だった

こんな原因分析はダメ!

  • Bさんが比較的しっかりしていたので油断してしまった
  • 歩行介助中に注意力が散漫になったのではないか

再発防止策の検討

介護士は患側にいるので、健側に倒れられたときに倒れる方向にまわり込んで支えることはほぼ不可能です。この場合、転倒防止は難しいので骨折防止を優先して考えたいですね。

大ケガをさせない転ばせ方

【大ケガをさせない転ばせ方のイラスト】腕だけを引っ張って転倒を阻止するのは腕を痛めてしまう可能性がある。職員が腰を落とし、利用者の体を抱え込んで止めるのがケガ予防として効果的である。

腕だけを引っ張り上げることで転倒を防止しようとしても体全体が倒れるのは防げないうえに、腕を痛める可能性があります。むしろ介護士が腰を落としてBさんの体を抱え込んで受け止めてあげたほうが、ケガの予防には効果的。

本人が嫌がらないようであれば、大腿骨を保護するサポーターを着けてもらうのも、骨折予防の観点からは効果的です。

事故対応や家族への対応は適切であったか

歩行が不安定なBさんの転倒で家族が強い不満を感じるのは、家族と施設とのコミュニケーション不足や説明不足が根底にあると考えられます。Bさんのような転倒リスクの高い利用者は、入所時に家族にていねいに説明して理解を求めなければなりません。

介護計画書の記入例

B様は自力で歩行可能ですが、左片マヒがあるため歩行が不安定です。そのうえ施設は自宅よりも広いため、転倒の危険が大きくなります。

そこでB様の転倒の危険を減らすため、当施設で検討した防止策は以下のとおりです。B様の安全のために、ご家族の皆様のご意見をお聞かせください。

  1. 立ち上がった瞬間がもっともバランスを崩しやすいので、立ち上がるときには職員を呼んでいただくよう声かけを行います。
  2. 無理なく立ち上がれる椅子、歩きやすい床、手すりの設置など安全な歩行環境に配慮していますが、転倒を100%防ぐことは困難ですので、ご理解をお願いします。
  3. 転倒したときのケガを防ぐため、居室に衝撃を吸収する敷物を敷くなど、できる限りの配慮をします。


ご家族に協力をいただきたいこと
履物はB様がはき慣れたものを使用していただくのが転倒防止につながります。安全な歩行に適した靴、動きやすい服装などの配慮をお願いします。また、事故の危険を減らすためのご自宅での工夫などお教えいただけたら幸いです。

転倒の要因を改善する活動を

転倒は突然起こるので、転倒しそうなお年寄りを介護職の見守りで回避するのは意外と難しいものです。ですから、転倒事故を減らすには、転倒の根本要因を探り、それを改善することで転倒そのものを減らすという対策が必要になります。

では、転倒の根本要因には、どのようなものがあるのでしょうか。転倒の根本要因となりうる項目を下図に列挙しました。まずはこの表を参考にしな がら、施設の中で転倒のリスクが高いお年寄りの洗い出しをするといいでしょう。

【転倒事故の原因一覧表】利用者の装備、疾患、服薬、環境、正確の5つの分類ごとに下記転倒の原因:説明。:服装:緩めのズボンやすその長いスボンなどは歩行時の障害となるので注意。履物:履きなれた履物が最も安全であり、無理にリハビリシューズなどに替えると転倒の可能性が高くなる。ゴム底のくつとビニール材の床は相性が悪く、滑らずにつっかかり転倒の原因となる。総入れ歯:総入れ歯を外したまま歩行すると、バランスをくずしやすくなり、転倒の危険性が高くなる。杖:買い替えた時など、杖の長さが例え1~2センチでも変わると歩行の障害になる。シルバーカー:健常なときから使い慣れたものであれば問題ないが、障害を負ってから初めて使用すると危険。歩行器:パーキンソン病など疾患の状態によっては、歩行器の使用が危険な場合もある。膝関節疾患:膝関節痛の利用者は、ふつうに歩行できるように見えても突然転倒する。股関節疾患:変形性股関節症などの疾患では、バランスがとりにくくふらつきが多くなる。足の皮膚疾患:水虫・かいせんなど足の皮膚疾患も、踏ん張りやバランスの障害となり、転倒の危険性が高くなる。注意障害:認知症や高次脳機能障害の利用者で注意障害があると転倒しやすくなる。低ナトリウム血症:塩分の控えすぎや脱水で急激に血中の塩分量が低下すると、せん妄などの意識障害がおき転倒する。無自覚性低血糖症:長期間の血糖降下剤の服用やホルモン異常で、自覚少々のないまま低血糖をおこし転倒する。低栄養:栄養状態が悪化すると、姿勢反射などの生理的反射機能が衰え、転倒の危険性が高くなる。円背:円背が進むと、前方の司会が悪くなり、見上げようと頭を上げた時姿勢が崩れ転倒する。パニック障害:パニック障害で不安発作が起こると、発作のピーク時には手足の自由が奪われ転倒する。てんかん:転換の発作により意識障害がおこると転倒する。視覚障害・聴覚障害:聴覚障害も視覚障害同様に、平衡感覚に悪影響を与え、転倒の原因になる場合がある。パーキンソン病:すくみ足や小刻み歩行などの歩行障害とお、姿勢調節障害によって転倒の危険性が高くなる。糖尿病薬:高齢者に不向きな糖尿病薬や服薬量の過剰で、低血糖症による意識混濁が起こって転倒する。血圧降下剤:適度な血圧コントロールは、起立性低血圧や入浴時の血圧低下につながり転倒の原因となる。総合失調症薬:リスペリドンでは低血糖症が、スルピリドでは錐体外路症状が現れることがあり、転倒の原因となる。スルピリドは、十二指腸潰瘍などの消化器系疾患にも使用されるので注意が必要。抗うつ剤:三環系抗うつ薬は運動失調による転倒を引き起こす場合がある。パロキセチン(SSRI)は抗利尿ホルモン不適合分泌症候群(けいれん・意識障害など)をおこし転倒する場合がある。抗パーキンソン病薬:抗パーキンソン病薬の処方量が多すぎると、錐体外路系が障害され、不随意運動性歩行が起こる。環境変化:重度の認知症の利用者は急激な環境変化に適応できず、動作能力が低下し、転倒の原因になる。ベッド、イスの高さ:ベッドや椅子が高すぎると、立ち上がる時にバランスを崩して転倒する。手すり:手すりの両端に曲げ処理がされていないと、袖を引っ掛けて転倒する。床の色や模様:視力低下や視覚障害の人は、床の色が部分的に暗色になっていると、穴や段差に見えて転倒する。床材:古い施設に多いビニール床っ座位は滑性がなく、ゴム底の靴では綱づいて転倒する危険性が高い。遠慮深い:歩行が危険な状態でもナースコールを押さずに自分でトイレなどに以降として転倒する。自立心旺盛;歩行が危険な状態でもナースコールを押さずに自分でトイレなどに行こうとして転倒する。せっかちな性格:落ち着きがないせっかちな性格の利用者は、意思と動作にずれが生じて転倒する。

転倒リスクが高い人がわかったら、次はそれぞれの要因を改善していきます。表の中には、あまり大きな問題には思えない項目もあることでしょう。しかし、ここにある転倒要因を改善する活動をしただけで、ある施設では転倒事故を30%減らすことに成功しました。転倒事故を減らすには、こうした地道な努力の積み重ねが大切です。

著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛

※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編』(講談社)の内容より一部を抜粋して掲載しています

書籍紹介

完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編

介護リスクマネジメント 事故防止編

出版社: 講談社

山田滋(著)、三好春樹(監修)、下山名月(監修)、東田勉(編集協力)
「事故ゼロ」を目標設定にするのではなく、「プロとして防ぐべき事故」をなくす対策を! 介護リスクマネジメントのプロである筆者が、実際の事例をもとに、正しい事故防止活動を紹介する介護職必読の一冊です。

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  • 山田滋
    株式会社安全な介護 代表

    早稲田大学法学部卒業と同時に現あいおいニッセイ同和損害保険入社。支店勤務の後2000年4月より介護事業者のリスクマネジメント企画立案に携わる。2006年7月よりインターリスク総研主席コンサルタント、2013年5月末あいおいニッセイ同和損保を退社。2014年4月より現職。

    ホームページ |株式会社安全な介護 公式サイト

    山田滋のプロフィール

  • 三好春樹
    生活とリハビリ研究所 代表

    1974年から特別養護老人ホームに生活指導員として勤務後、九州リハビリテーション大学校卒業。ふたたび特別養護老人ホームで理学療法士としてリハビリの現場に復帰。年間150回を超える講演、実技指導で絶大な支持を得ている。

    Facebook | 三好春樹
    ホームページ | 生活とリハビリ研究所

    三好春樹のプロフィール

  • 下山名月
    生活とリハビリ研究所 研究員/安全介護☆実技講座 講師

    老人病院、民間デイサービス「生活リハビリクラブ」を経て、現在は「安全な介護☆実技講座」のメイン講師を務める他、講演、介護講座、施設の介護アドバイザーなどで全国を忙しく飛び回る。普通に食事、普通に排泄、普通に入浴と、“当たり前”の生活を支える「自立支援の介護」を提唱し、人間学に基づく精度の高い理論と方法は「介護シーン」を大きく変えている。

    ホームページ|安全な介護☆事務局通信

    下山名月のプロフィール

  • 東田勉

    1952年鹿児島市生まれ。國學院大學文学部国語学科卒業。コピーライターとして制作会社数社に勤務した後、フリーライターとなる。2005年から2007年まで介護雑誌『ほっとくる』(主婦の友社、現在は休刊)の編集を担当した。医療、福祉、介護分野の取材や執筆多数。

    ホームページ |フリーライターの憂鬱

    東田勉のプロフィール

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