【入所施設での事故防止策①】自立歩行中の転倒|事故防止編(第21回)

【入所施設での事故防止策①】自立歩行中の転倒 | 事故防止編(第21回)

今回からは、入所施設における具体的な事故防止策を考えていきたいと思います。まずは、利用者の自立歩行中の事故についてです。不安定ながらも自力で歩行できる利用者は、いつ転倒するかわかりません。

事故の状況説明

解説をはじめる前に、まずは利用者の状況と、事故発生時の状況およびどう対処したかを振り返ってみましょう。

利用者の状況

Aさん 93歳・女性・要介護1・認知症:軽度

Aさん
93歳・女性・要介護1・認知症:軽度

いつもは問題なく一人で歩くことができますが、朝食前だけふらつくことが多い。
朝だけ車イスで介助をすることになっているが、軽い認知症があるため、ナースコールを押さないことがあります。
早朝に居室で転倒しないよう、離床センサーを設置しています。

事故発生時の状況および対処

AM6:03

Aさんがベッドとトイレの中間あたりに転倒してるイラスト

離床センサーが鳴ったので職員が様子を見に行くと、Aさんがベッドとトイレの中間あたりでうずくまっていました。本人は「転倒した」と言っており、右腕の痛みを訴えました。

看護師を呼び、バイタルチェック。血圧120/90、脈拍67、体温36.0°C

AM7:20

Aさんの転倒を家族に電話で連絡・謝罪しているイラスト

家族に電話し、状況の説明と謝罪。○○外科へ受診の許可をもらいました。

AM8:30

Asさんの家族に改めて事故発生時の状況を直接伝えているイラスト

○○外科で受診の結果、右手首骨折で全治8週間と診断。

家族にはあらためて事故発生時の状況を詳しく伝え、診断結果と今後の治療方針を説明しました。 家族からは「もう高齢だから、転ぶことくらいあるでしょう」ということで受け入れてもらえました。

【過失の有無】事故は未然に防ぐことができたか

つづいて、事故の内容を、過失の有無という視点で見ていきたいと思います。

事故評価の基本的な考え方

介護職員の見ていないところで、利用者の自発的な動作によって発生する事故は、見守りなどで完全に防ぐことが難しいため、安全に動けるような配慮は当然必要ですが、過失とされることは少ないと考えられます。

この事故が過失とされる場合

居室の安全な歩行環境に対する配慮を怠った場合などは、過失があったと判断されます。

Aさんがベッドから転倒しているうイラスト

ほかにも、このような場合には過失と判断されます。

  • 滑りやすい床が原因で転倒した
  • ベッドが高すぎて立ち上がったとき不安定になった
  • 立ち上がりに必要な介助バーがなかった
  • 利用者がコールを鳴らしたのに、対応しなかった

こんな事故評価はダメ!

  • 施設内での転倒だから、きっと過失になるだろう

  • もっと頻繁に訪室すべきだった

【原因分析】なぜこの事故が起こったのか

第15回で紹介した利用者側、介護職側、施設側という3方向からアプローチして事故原因を分析しましょう。

利用者側の原因

  • 不顕性(ふけんせい)低血糖を起こしてしまった

  • 起立性低血圧を起こしてしまった

  • 関節炎など下肢の疾患が悪化していた

  • 前日夜の睡眠薬の処方量が多すぎた

  • 脱水によるふらつきが起きた

  • 歩行に適さない靴や服装だった

介護職側の原因

  • ベッドの高さが適切な位置でなかった

  • トイレに行くときコールを鳴らすよう声かけをしていなかった

  • ベッドまわりが散らかっていた

施設側の原因

  • 床が滑りやすくなっていた
  • 居室の床が硬すぎた

こんな原因分析はダメ!

  • 職員が見守りを怠った
  • センサーを設置しなかった

  • 見回りを頻繁にしなかった

再発防止策の検討

Aさんの場合の事故は、未然防止策として「服薬の見直し」、損害軽減策として「転倒時の骨折を防ぐ」を検討しましょう。

服薬の見直し

低役の見直しをしている介護職員のイラスト

高齢者の場合、服薬が原因でふらつき、転倒するケースが意外と多くあります。

Aさんの場合は、詳しく調べたところ、夜に睡眠薬を飲んだ翌朝だけひどくふらつくことがわかりました。

嘱託医に相談して服薬量を通常の3分の1にしたところ、睡眠もとれたうえにふらつきが大幅に改善されました。

なお服薬の見直しには、日本老年医学会が2015年11月に発表した『高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015』などが参考になります。

転倒時の骨折を防ぐ

転倒時の衝撃を軽減する衝撃吸収材のイラスト

仮に転倒したとしても、骨折せずに打撲ですむような損害軽減策を考えることも大切です。

床に衝撃を吸収するような緩衝材を敷くと、骨折の確率を下げることができます。ただし、歩きにくくなると困るので、毛足が短くて裏側にソフトラバー加工がされているマットなどがおすすめ。

また、利用者に厚めのズボンをはいてもらうのも骨折予防には有効です。

事故対応や家族への対応は適切であったか

事故後の説明を家族に行う介護施設職員のイラスト

実際に転倒の場面を見ていなくても、状況を見て転倒事故だと判断してすぐに対処したところは評価できます。

事故後の説明や謝罪がしっかりしていたので、家族からも納得してもらえました。

転倒の危険がある利用者の家族には、 あらかじめ「その危険性」「施設が行う転倒防止策」「家族に協力してもらいたいこと」の3点を書面で説明しておくと、事故が起こってしまったときに理解してもらいやすくなります。

転倒事故の主な要因

転倒事故を引き起こす要因を考えてみましょう。代表的なものとして、以下の4つが考えられます。

利用者の体調に要因がある場合

利用者の発熱を確認する介護施設職員のイラスト

「薬の副作用」のほかにも、発熱、脱水症状、低栄養、白内障や緑内障など、体調不良や持病がふらつきを引き起こすこともあります。

歩行環境に問題がある場合

歩行環境の確認をするイラスト

表面がビニール材の床でゴム底の靴をはくと、引っかかって転倒しやすくなります。床に模様があると、視力の弱いお年寄りが混乱することもあります。

歩行補助具に問題がある場合

リハビリシューズより履きなれたスリッパのほうが歩きやすい利用者さんのイラスト

「安全に歩くにはリハビリシューズがいちばん」と決めてかかる施設もありますが、なかには履きなれたスリッパのほうが歩きやすいお年寄りもいらっしゃいます。

介助方法に問題がある場合

両手引き歩行をしているイラスト

両手引き歩行は、お年寄りからすると介護者が邪魔になって前が見えず、介護者は後ろ歩きになって安全確保ができないので危険です。

見守りだけでは転倒は防げない

このAさんのケースのように、居室に1人でいるときに起きた転倒は防ぎようがありません。しかし、歩行介助中に転倒事故が起きると、多くの場合は「もっとしっかり見守ろう」という結論になってしまいます。本当に見守っていれば、転倒を防ぐことができるのでしょうか。

私は実際に、介護職の皆さんと一緒に転倒防止実験を行いました。30センチ以内のきわめて近い距離で歩行介助をしているときに利用者が転倒した場合、どの程度の確率で体を支えて転倒を防止できるのかを、さまざまな角度から調べてみたのです。

その結果、これだけ近くで見守っていても20%程度しか転倒は防げないことがわかりました。 

もちろん20%は防げるのですから、見守りは大切です。しかしそれ以上に「転倒を引き起こす要因を取り除くこと」や「転倒しても大ケガをしにくい工夫をすること」が、転倒事故に対する有効な対策と言えます。

著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛

※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編』(講談社)の内容より一部を抜粋して掲載しています

書籍紹介

完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編

介護リスクマネジメント 事故防止編

出版社: 講談社

山田滋(著)、三好春樹(監修)、下山名月(監修)、東田勉(編集協力)
「事故ゼロ」を目標設定にするのではなく、「プロとして防ぐべき事故」をなくす対策を! 介護リスクマネジメントのプロである筆者が、実際の事例をもとに、正しい事故防止活動を紹介する介護職必読の一冊です。

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  • 山田滋
    株式会社安全な介護 代表

    早稲田大学法学部卒業と同時に現あいおいニッセイ同和損害保険入社。支店勤務の後2000年4月より介護事業者のリスクマネジメント企画立案に携わる。2006年7月よりインターリスク総研主席コンサルタント、2013年5月末あいおいニッセイ同和損保を退社。2014年4月より現職。

    ホームページ |株式会社安全な介護 公式サイト

    山田滋のプロフィール

  • 三好春樹
    生活とリハビリ研究所 代表

    1974年から特別養護老人ホームに生活指導員として勤務後、九州リハビリテーション大学校卒業。ふたたび特別養護老人ホームで理学療法士としてリハビリの現場に復帰。年間150回を超える講演、実技指導で絶大な支持を得ている。

    Facebook | 三好春樹
    ホームページ | 生活とリハビリ研究所

    三好春樹のプロフィール

  • 下山名月
    生活とリハビリ研究所 研究員/安全介護☆実技講座 講師

    老人病院、民間デイサービス「生活リハビリクラブ」を経て、現在は「安全な介護☆実技講座」のメイン講師を務める他、講演、介護講座、施設の介護アドバイザーなどで全国を忙しく飛び回る。普通に食事、普通に排泄、普通に入浴と、“当たり前”の生活を支える「自立支援の介護」を提唱し、人間学に基づく精度の高い理論と方法は「介護シーン」を大きく変えている。

    ホームページ|安全な介護☆事務局通信

    下山名月のプロフィール

  • 東田勉

    1952年鹿児島市生まれ。國學院大學文学部国語学科卒業。コピーライターとして制作会社数社に勤務した後、フリーライターとなる。2005年から2007年まで介護雑誌『ほっとくる』(主婦の友社、現在は休刊)の編集を担当した。医療、福祉、介護分野の取材や執筆多数。

    ホームページ |フリーライターの憂鬱

    東田勉のプロフィール

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