今回からは、入所施設における具体的な事故防止策を考えていきたいと思います。まずは、利用者の自立歩行中の事故についてです。不安定ながらも自力で歩行できる利用者は、いつ転倒するかわかりません。
事故の状況説明
解説をはじめる前に、まずは利用者の状況と、事故発生時の状況およびどう対処したかを振り返ってみましょう。
利用者の状況
Aさん
93歳・女性・要介護1・認知症:軽度
いつもは問題なく一人で歩くことができますが、朝食前だけふらつくことが多い。
朝だけ車イスで介助をすることになっているが、軽い認知症があるため、ナースコールを押さないことがあります。
早朝に居室で転倒しないよう、離床センサーを設置しています。
事故発生時の状況および対処
AM6:03
離床センサーが鳴ったので職員が様子を見に行くと、Aさんがベッドとトイレの中間あたりでうずくまっていました。本人は「転倒した」と言っており、右腕の痛みを訴えました。
看護師を呼び、バイタルチェック。血圧120/90、脈拍67、体温36.0°C
AM7:20
家族に電話し、状況の説明と謝罪。○○外科へ受診の許可をもらいました。
AM8:30
○○外科で受診の結果、右手首骨折で全治8週間と診断。
家族にはあらためて事故発生時の状況を詳しく伝え、診断結果と今後の治療方針を説明しました。 家族からは「もう高齢だから、転ぶことくらいあるでしょう」ということで受け入れてもらえました。
【過失の有無】事故は未然に防ぐことができたか
つづいて、事故の内容を、過失の有無という視点で見ていきたいと思います。
事故評価の基本的な考え方
介護職員の見ていないところで、利用者の自発的な動作によって発生する事故は、見守りなどで完全に防ぐことが難しいため、安全に動けるような配慮は当然必要ですが、過失とされることは少ないと考えられます。
この事故が過失とされる場合
居室の安全な歩行環境に対する配慮を怠った場合などは、過失があったと判断されます。
ほかにも、このような場合には過失と判断されます。
こんな事故評価はダメ!
【原因分析】なぜこの事故が起こったのか
第15回で紹介した利用者側、介護職側、施設側という3方向からアプローチして事故原因を分析しましょう。
利用者側の原因
介護職側の原因
施設側の原因
こんな原因分析はダメ!
再発防止策の検討
Aさんの場合の事故は、未然防止策として「服薬の見直し」、損害軽減策として「転倒時の骨折を防ぐ」を検討しましょう。
服薬の見直し
高齢者の場合、服薬が原因でふらつき、転倒するケースが意外と多くあります。
Aさんの場合は、詳しく調べたところ、夜に睡眠薬を飲んだ翌朝だけひどくふらつくことがわかりました。
嘱託医に相談して服薬量を通常の3分の1にしたところ、睡眠もとれたうえにふらつきが大幅に改善されました。
なお服薬の見直しには、日本老年医学会が2015年11月に発表した『高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015』などが参考になります。
転倒時の骨折を防ぐ
仮に転倒したとしても、骨折せずに打撲ですむような損害軽減策を考えることも大切です。
床に衝撃を吸収するような緩衝材を敷くと、骨折の確率を下げることができます。ただし、歩きにくくなると困るので、毛足が短くて裏側にソフトラバー加工がされているマットなどがおすすめ。
また、利用者に厚めのズボンをはいてもらうのも骨折予防には有効です。
事故対応や家族への対応は適切であったか
実際に転倒の場面を見ていなくても、状況を見て転倒事故だと判断してすぐに対処したところは評価できます。
事故後の説明や謝罪がしっかりしていたので、家族からも納得してもらえました。
転倒の危険がある利用者の家族には、 あらかじめ「その危険性」「施設が行う転倒防止策」「家族に協力してもらいたいこと」の3点を書面で説明しておくと、事故が起こってしまったときに理解してもらいやすくなります。
転倒事故の主な要因
転倒事故を引き起こす要因を考えてみましょう。代表的なものとして、以下の4つが考えられます。
利用者の体調に要因がある場合
「薬の副作用」のほかにも、発熱、脱水症状、低栄養、白内障や緑内障など、体調不良や持病がふらつきを引き起こすこともあります。
歩行環境に問題がある場合
表面がビニール材の床でゴム底の靴をはくと、引っかかって転倒しやすくなります。床に模様があると、視力の弱いお年寄りが混乱することもあります。
歩行補助具に問題がある場合
「安全に歩くにはリハビリシューズがいちばん」と決めてかかる施設もありますが、なかには履きなれたスリッパのほうが歩きやすいお年寄りもいらっしゃいます。
介助方法に問題がある場合
両手引き歩行は、お年寄りからすると介護者が邪魔になって前が見えず、介護者は後ろ歩きになって安全確保ができないので危険です。
見守りだけでは転倒は防げない
このAさんのケースのように、居室に1人でいるときに起きた転倒は防ぎようがありません。しかし、歩行介助中に転倒事故が起きると、多くの場合は「もっとしっかり見守ろう」という結論になってしまいます。本当に見守っていれば、転倒を防ぐことができるのでしょうか。
私は実際に、介護職の皆さんと一緒に転倒防止実験を行いました。30センチ以内のきわめて近い距離で歩行介助をしているときに利用者が転倒した場合、どの程度の確率で体を支えて転倒を防止できるのかを、さまざまな角度から調べてみたのです。
その結果、これだけ近くで見守っていても20%程度しか転倒は防げないことがわかりました。
もちろん20%は防げるのですから、見守りは大切です。しかしそれ以上に「転倒を引き起こす要因を取り除くこと」や「転倒しても大ケガをしにくい工夫をすること」が、転倒事故に対する有効な対策と言えます。
著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛
※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編』(講談社)の内容より一部を抜粋して掲載しています