ここ数年で要介護になる原因の順位が大きく変わってきていることをみなさんはご存じですか? かつては脳血管疾患、つまり脳梗塞や脳卒中が第1位の原因でしたが、今は認知症が第1位です。なぜ認知症で要介護になる人が増えたのか、そのワケを探ってみましょう。
要介護になる原因は大きく変わってきている
政府は「高齢社会白書」などで、介護が必要になった原因を発表しています。ベースとなるのは厚生労働省が毎年行っている「国民生活基礎調査」のうち、3年に一度行われる大規模調査です。
最近の調査(2019年)では、1位:認知症(24.3%)、2位:脳血管疾患(19.2%)、3位:高齢による衰弱(11.2%)、4位:骨折・転倒(12.0%)、5位:関節疾患(6.9%)、6位:心疾患(3.3%)でした。
しかし、3年ごとの調査を時系列で見ていくと、順位に大きな変動があることがわかります。
上記のグラフを見ていただければ、一目瞭然ですね。長年不動の1位だった脳血管疾患(脳卒中など)が比率を下げ、認知症がぐんぐん上がってきています。
2001年の調査では、脳血管疾患が27.7%(1998年は29.3%)と圧倒的な1位を占めていたのに比べ、認知症(当時の呼び名は「痴呆」)は10.7%しかなく、介護になる原因の4位でした。
この大逆転は何が原因で起きたのでしょうか。
認知症の人が増加した原因とは
こんなに認知症が増えた理由は、大きく3つあると考えられます。
- 理由1:平均寿命が伸びた
- 1つ目の理由は、日本人の寿命が延びたからです。2001年と2019年の平均寿命を比べると、女性は約2.5年、男性は約3.5年、平均寿命が延びており、これが1つの要因だと考えられます。
- 理由2:抗認知症薬が発売された
- 2つ目の理由は、薬が発売されたことです。これがかなり大きな要因だと私は考えています。
- 1999年に最初の抗認知症薬が発売され、2011年には3つの抗認知症薬が相次いで発売されました。一般的に治療薬が発売されると、その薬を使う病気の診断数が増える傾向があります。
- 例えば、うつ病の場合、「英米、北欧いずれの先進国においても新規の抗うつ薬が発売された1990年代にうつ病患者が急増し、日本でも1999年の新薬発売後の6年間でうつ病患者が2倍に増加した」という報告があります。
- 認知症もまた薬の存在が診断数を増やしていると考えられるのです。
- 理由3:介護保険制度が認知症対応型
- 3つ目の理由は、介護保険制度自体にあります。2000年にスタートした介護保険制度は、構想段階ではいわば「寝たきり対応型」でした。ところがふたを開けてみると認知症の方が多いことがわかり、「認知症対応型」に大きく舵を切ったのです。
- 訪問調査員の質問項目に認知症を加え、新しく「認知症対応型」サービスをつくるなど、積極的に認知症を拾い上げました。
主にこれら3つの理由で、認知症が要介護になる原因第1位になったと考えられます。
要介護になる原因に占める認知症の比率は、これからも上がり続けるでしょう。それは認知症という病気が増えた結果というより、認知症が高齢者によくある病気として市民権を得た結果と考えたほうがいいと思います。
要介護になる原因は男女で大きく異なる
ところで、「要介護になる原因は大きく変わっている」で示した要介護になる原因のグラフは男女を合わせた数字ですが、これを男女に分けるとどうなるでしょうか。実は、認知症が1位なのは女性で、男性は脳血管疾患が1位です。一方、女性の脳血管疾患は5位でしかありません。
こうした男女の違いを、『令和3年版高齢社会白書』(内閣府)の「65歳以上の要介護者の性別にみた介護が必要となった原因」で見てみましょう。
要介護になる原因の中で、救急車で運ばれて命にかかわるような大病といえるのは、脳血管疾患と心疾患です。同白書によると、男性は脳血管疾患が24.5%、心疾患が6.3%ですが、女性は脳血管疾患が10.3%、心疾患が3.9%しかありません。
つまり男性は、「バッタリ倒れて要介護状態に突入した」というイメージが湧きます。一方、女性が要介護になる原因の順位は、1位:認知症、2位:骨折・転倒、3位:高齢による衰弱、4位:関節疾患(リウマチなど)と続き、「加齢に伴って徐々に動けなくなり、気づいたら介護が必要だった」というイメージが湧くのです。
どちらにしても、介護職の人は「利用者は何が原因で要介護状態になったのか」を知っておくことをお勧めします。要介護認定を受けてからかなり年数が経った利用者を担当する場合でも、機会があれば本人やご家族から最初のきっかけを聞きましょう。その利用者に対する親密さが、グッと増すはずです。
死因の順位と比較すると介護のポイントがわかる
上記の図は、2020年における日本人の死因順位です。1位:悪性新生物、2位:心疾患、3位:老衰、4位:脳血管疾患、5位:肺炎と続いています。
2011年~2016年のデータを見ると、死因は、1位:悪性新生物、2位:心疾患、3位:肺炎、4位:脳血管疾患の順でした。
2020年では3位の老衰がそれ以前に死因として少なかったのは、老衰という死因を書く医師が少なかったからだと考えられます。昔の医師は「自然死」という概念がなかったのか、なるべく基本疾患名を書こうとしました。
現在、死因を老衰とされる高齢者にも、病気がないわけではありません。持病があったとしてもかなり高齢で眠るように息を引き取った場合、死亡診断書に老衰という死因を書いた方が残された家族に後悔が残らないので、いいことだと思います。
かつて3位だった肺炎が、ここ数年で5位に落ちているのはなぜでしょう。それは、肺炎で亡くなる高齢者が減ったからではなく、肺炎と誤嚥性肺炎に分けられたからです。5位の肺炎と6位の誤嚥性肺炎を合計すると8.8%になり、4位に浮上します。
死因の1位を占める悪性新生物は、介護が必要になった原因の中に出てきません(実際には10位前後にいます)。これは、介護の対象というより医療の対象であるためでしょう。
医療と介護の両方に深く関わるのは、脳血管疾患です。これはいわゆる脳卒中(脳出血や脳梗塞の総称)のことで、発症したら3通りの結果が待っています。
- 亡くなる人
- 治る人
- 片麻痺などの後遺症が残って介護が必要になる人
この3番目「片麻痺などの後遺症が残って介護が必要になる人」に該当する人に「生きていてよかった」と思ってもらうことが、長年介護の優先事項とされてきました。
介護が必要とされる原因の1位を認知症に抜かれた今も、片麻痺の人を介護する大切さは変わりません。死因の第4位である脳血管疾患から生還したのですから、麻痺があってもその人らしい生き方ができるケアを目指しましょう。
著者/東田勉
(参考)
『国民生活基礎調査』(厚生労働省)各年度資料
『令和2年(2020)人口動態統計』(厚生労働省)
『令和3年版高齢社会白書』(内閣府)