介護職2,411名が訴える利用者・家族からのハラスメント内容が明らかに|NCCU調査より

介護職2,411名が訴える利用者・家族からのハラスメント被害 その背後にある介護職の「あるべき論」とは

長年、「隠れた問題」だった介護サービス利用者などから介護職へのハラスメント。UAゼンセン日本介護クラフトユニオンによるアンケート調査では、介護現場での深刻な実態が明かされました。ここでは、ハラスメントの実態とその対応策を解説します。

セクハラ・パワハラを受けたと回答した介護職は全体の7割以上

2018年、日本介護クラフトユニオン(NCCU)が介護職等に実施した「ご利用者・ご家族からのハラスメントに関するアンケート」調査の結果は衝撃でした。何らかの「ハラスメントを受けたことがある」と回答した人は7割超。そしてフリーアンサーには、介護現場で起きているとは思えないような、深刻なハラスメント行為に耐えている介護職等の訴えが溢れていたのです。

調査回答者のうち、セクシュアルハラスメント(セクハラ)を経験していたのは、女性の約3割、男性の約1割。セクハラの内容は以下の通りです。「サービス提供上、不必要に個人的な接触をはかる」「性的冗談を繰り返したり、しつこく言う」は回答者の50%以上が経験していました。

利用者や家族から介護職へのセクハラの内容(UAゼンセン日本介護クラフトユニオン調べ)
出典:『ご利用者・ご家族からのハラスメントに関するアンケート』(日本介護クラフトユニオン)

また、この調査では暴言や暴力などを「パワーハラスメント(パワハラ)」としていますが、パワハラ経験者は、調査に回答した女性の約7割、男性の6割強を占めていました。これは、「ハラスメントを経験した」と回答した人の9割を超えています。

利用者や家族から介護職へのパワハラの内容(UAゼンセン日本介護クラフトユニオン調べ)
出典:『ご利用者・ご家族からのハラスメントに関するアンケート』(日本介護クラフトユニオン)

この調査がきっかけとなり、国も介護現場でのハラスメント対策に動きました。2018年度には、国独自のハラスメント調査を実施し、対策マニュアルを作成。2019年度には、職員向け、管理者向けのハラスメント対策研修の手引きも作成し、介護事業者に利用者等からのハラスメント対策の実施を求めたのです。こちらは、YouTubeでも紹介されています。

ハラスメントを受けても言い出せない状況が生まれている

NCCUの調査では、ハラスメントを受けても誰にも「相談しなかった」と回答した人が約2割いました。その理由として最も多かったのは「相談しても解決しないと思ったから」。そのほか、「認知症に伴う周辺症状だから」「相談するほど大きな問題と思わなかったから」「生活歴や性格に伴うものだから」などの理由が挙げられていました。

利用者や家族からのハラスメントを相談しなかった理由(UAゼンセン日本介護クラフトユニオン調べ)
出典:『ご利用者・ご家族からのハラスメントに関するアンケート』(日本介護クラフトユニオン)

この調査では、解決しないと考えた理由もフリーアンサーで尋ねています。その内容を見ると、相談しなかった理由同様、認知症や生活歴が背景にあることや、上司や管理者への不信感、相談しても無駄という諦めなどのほか、介護業界でよく言われる「介護職の“あるべき論”」の存在がありました。

「介護職の“あるべき論”」は、フリーアンサーにあった、以下に代表されるような考えです。

  • 介護職は我慢するのが当然という風潮
  • その程度のことは自分でうまく対応すべきと考えていた
  • ハラスメントを受けるのも業務のうちと思っていた

こうしたフリーアンサーの背後にあるのが、「利用者のために自分を犠牲にしても要求に応えるべき」「理不尽な扱いを受けることがあっても、介護のプロとして、それを含めて適切に対応すべき」という「介護職の“あるべき論”」です。こうした考え方を持っていると、ハラスメントをハラスメントとは受け止めにくくなります。「相談して解決しよう」という発想も生まれにくくなります。

回答者自身が「あるべき論」を身につけている場合もあるでしょう。また、同僚や上司が「あるべき論」の持ち主で、ハラスメントを受けたと言い出せないケースもあると思います。しかし、言い出さなくては、ハラスメント問題の解決は望めません。長年にわたって、介護現場での利用者等からのハラスメントが「隠れた問題」となっていた背後には、この「あるべき論」の存在を感じます。

介護職の皆さんには、利用者等からハラスメントを受けたら、黙って耐えるのではなく、ぜひ声を上げていただきたいと思います。

課題は「人によってハラスメントの基準が違う」こと

ハラスメント対応で難しいのは、ハラスメントの定義が法的にもまだ曖昧で、人によって感じ方が違うため、線引きが難しいことです。

同じ行為をされてハラスメントだと感じる人もいればそうでない人もいる

介護職のAさんは利用者の行為をハラスメントだと訴えたが、Bさんは同じ行為を受けても気にならないと言う。

そんなとき、訴え出たAさんはなんだか肩身が狭くなりますよね。それがイヤで訴え出られないという人も多いかもしれません。

介護現場でのハラスメント対応の課題

それでも、ぜひ訴えてほしいのです。そのために、訴え出るときには、なぜハラスメントだと感じたか、その理由をできるだけ客観的に説明できるようにしておきましょう。

暴言であれば言われた具体的な言葉を、暴力であればどのように何度暴力をふるわれたかなどメモしておくと良いと思います。メモを示せば、不快や恐怖を感じた体験に具体性があり、記憶に基づいて伝えるより説得力が増すからです。

これは管理者等に理解してもらう必要がありますが、ハラスメントの訴えがあったとき、その行為がハラスメントであるか否かにとらわれすぎてはいけません。それより、介護職が利用者等の行為を、「怖い」「イヤだ」と感じたことを重視すべきなのです。

人の感じ方はそれぞれ違って当然です。気にならない人がいるからといって、「怖い」「イヤだ」と感じた介護職の体験、傷つきをなかったことにしてはいけないのです。

ハラスメントを受けた人のせいにする「二次被害」をなくす

ハラスメント被害を相談したのに、上司から「それぐらいうまくやってよ」と言われる。同僚から「あなたのやり方が悪いんじゃないの」と言われる。そんな声も聞きます。

ハラスメントで傷ついたのに、相談した上司、同僚から自分が悪いかのように言われたら、被害職員は二重に傷つきます。これを「二次被害」と言います。そんな思いをしたら、もう二度と相談するまい、と思ってしまうかもしれません。

利用者等からのハラスメント被害を100%防ぐことは難しいかもしれません。しかし、職場でのこのような二次被害は、管理者や同僚の心がけ次第で、100%防ぐことができるはずです。

同僚、部下が被害を受けて傷つき、困っているときには、温かく受け止め、力になってください。互いに支え合える職場にしていくことが、100%防ぐことが難しいハラスメントでの傷つきを軽くし、癒していくものと思います。

反対に、ないがしろにしてしまうと「相談しても無駄」という気持ちになり、積み重なる「怖い」「イヤだ」に耐えきれなくなって、離職につながることもあります。介護職自身も管理者等も、早い段階で対処して、「怖い」「イヤだ」をなくしていくことが大切です。

ハラスメントをしてしまう高齢者心理の傾向とは

不適切な行為をする高齢者の背景にはさまざまな思いがあります。セクハラ・パワハラをしてしまう高齢者の心理傾向を知っておくことで、対応方法や解決策が見えてくる可能性があります。

必ずしも介護職の振る舞いにいらだっているわけではない

そもそも老年期とは、やり直すことができないたくさんの人生での出来事を抱え、近づいてくる死の影を感じながら過ごす、難しい時期です。今生きている意味も見出しにくくなり、特にそれまでの人生や現在の自分の状況を受け入れられない人は、いらだちや寂しさなど、ネガティブな感情に支配されがちです。

ハラスメントをしてしまう高齢者心理の傾向

些細なことで過剰に腹を立てたり、嫌がらせのように暴言や暴力をふるったりするのは、介護職とは無関係なところでのいらだちを抱えているせいかもしれません。介護職が、過剰に「自分のせいだろうか」と考える必要はないのです。

支援の現場で高齢者のネガティブな言動があったときにニュートラルに受け止めるため、そうした心理を理解しておくことは大切です。しかし、抱えているいらだちや寂しさなどを、介護職が自分の力で解決しようと考えることは適切とは言えません。

高齢者が抱えている心理的な問題は、その人自身のものです。過剰に踏み込むことは、かえって混乱させたり、傷つけたりすることもあります。ただ、いらだちや寂しさを抱えていることを理解し、「共にある」だけで、高齢者にとっては助けになるのです。

自分の「怖い」「苦手だ」と感じる行動や言動を把握する

高齢者の言動について、ほかの介護職は何とも思わないのに、自分だけが「怖い」「苦手だ」と感じる場合。もしかすると、それは生育歴の中で培われたあなたの「苦手」なのかもしれません。

例えば、怒りっぽい父親が、始終、家の中で大きな声で怒鳴ったり、家族を殴ったりするような家庭で育った場合。大きな声で怒鳴る人や、手を振り上げる仕草におびえてしまうことがあります。

また、暴力がなくても、一方的に怒鳴られたり、言い分も聞かれず、長時間、一方的に説教をされたりするような環境で育った場合。他者から何かを強く言われると、思考停止し、何も言えなくなることがあります。

自分は何が苦手かという特性や、自分にとっての「デリケートな部分」について、介護職自身が自分で把握しておくことは大切です。どうしても苦手なことや、苦手なタイプとその理由を自分で知っていれば、管理職等に相談し、配慮してもらうこともできます。

誰でも「苦手」なことはあります。それを恥じることはないのです。

人は人との関係の中でこそ、磨かれ、成長していくものです。介護などの対人援助職はそうした観点から見ると、日々、成長できる多くの機会に恵まれている仕事です。利用者のこと、自分自身のことをよく把握し、ハラスメント被害を回避して良い経験を積んでいっていただきたいと思います。

※筆者が介護現場でのハラスメント対応についてまとめた、『介護職員を利用者・家族によるハラスメントから守る本』(日本法令刊)が9月17日に発売されました。ぜひご一読ください。

著者/宮下公美子

(参考)
ご利用者・ご家族からのハラスメントに関するアンケート』(日本介護クラフトユニオン)

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