新型コロナウイルスによる経済情勢の悪化で、他産業から多くの人が介護業界にやって来ることが予想されます。人材不足解消という点では朗報ですが、新人が大勢やってきても、教育・育成する余裕が介護現場にはありません。一体どうすれば……。そこでヒントになるのが、ITツールの導入によって教育・育成の課題を解決した成功例です。
介護現場の大きな課題「教育・研修に手が回らない」
「【管理職必読】人手不足解消のチャンス! 介護業界が人材採用で気をつけるべきこと」では、現在の厳しい経済状況から介護業界への転職者の増加が予測され、その人たちを戦力化するには教育・研修が重要であることをお伝えしました。
しかし、公益財団法人介護労働安全センターの調査によると、介護事業者の約4分の1が「教育・研修の時間が十分に取れない」と回答しています。

それ以上に多いのが「良質な人材の確保が難しい」(53.2%)、「指定介護サービス提供に関する書類作成が煩雑で、時間に追われている」(29.8%)で、これらの問題は相互に絡み合っていると考えられます。人材不足と書類作成の多さで多忙を極め、 教育・研修にまで手が回らないのです。
さらにウイルス感染対策などの手間も増えている今、「丁寧に指導している余裕などない!」という方も多いでしょう。
しかし、結果として仕事のやり方がわからない新人がトラブルを起こしたり、職場に馴染めずに辞めたりすることが続けば、ますます忙しくなります。サービス品質の低下にもつながりかねません。
これを防ぐには、なんとかして研修やOJTを行わなければなりません。
ここでヒントになるのが、他業種の動向です。
他業界に学ぶ新人教育
例えば、小売や飲食業界と介護業界には、以下のような共通点があります。
- 対面で行うサービスが中心で、座学では伝えづらいノウハウが多い
- シフト勤務のため集合研修の機会を作りづらい
これらの課題を乗り越えるために、教育研修にスマホアプリや動画を活用する小売・飲食の会社が増えています。以下のような勤務時の基本事項や、接客時のコツといったことまで動画にまとめ、必要なタイミングで「見ておいてね」と指示できるようにしておくのです。
一度コンテンツを作れば、どれだけ人が増えても同じものを使えますから、人事部や店長の負荷を大幅に削減できます。スタッフにとっては、「自分の都合の良いときに学習できる」「必要なときに何度でも見返すことができる」といった利点があります。
ITツールの導入例1:マニュアル動画作成ツールで属人化を解消
介護業界にはITツール導入のメリットを理解している経営者や管理者がまだまだ少ないのが現状です。資金面で余裕がないところも多いので、ITツールの導入が進んでいません。それでも、すでにアプリや動画を活用している事例があります。
長野県でケアハウス(軽費老人ホーム)と特別養護老人ホームを運営するある事業者は「Teachme Biz」というシステムを使い、スマホやPCで見られるマニュアルを作っています。

内容は次のようなものです。
マニュアル化することで、業務の属人化の解消や標準化、社内の問い合わせの削減、そして新入社員の教育の効率化を図っています。
「Teachme Biz」では誰がどのコンテンツを何回見たかといった閲覧ログが確認できます。その結果、前向きな新人はより積極的に閲覧しており、学習のスピードが上がっていることがわかってきているそうです。
ITツール導入の成功例2:汎用的な動画シリーズの活用でケアのポイントを指導
有料老人ホームなどを全国で展開するユニマット リタイアメント・コミュニティは、動画による教育ツール「ClipLine」を導入しています。入社時に必ず伝えるべき給与規定や勤務規定などのほか、業務で使うIT機器の操作方法などを短い動画にし、必要なときに見てもらえるようにしています。
ClipLineでは、オリジナルの動画を作る手間やコストをかけられない中小の介護事業者向けに、「ClipLineCare(クリップラインケア)」という汎用的な動画のシリーズも提供しています。
写真提供:『ClipLine株式会社』
「ClipLineCare」には介護技術を伝える動画が50本程度、その他に感染症対策や「基本10項目の法定研修」などの動画も合わせて100本ほどあり、今後も拡充予定です。
ClipLine株式会社で本事業を担当する大竹将嗣さんは、「介護の現場では同じ利用者さんでも日々状態が変化し、すべてのケースに対応する内容を動画で伝えるのは難しい」と話します。
「一方で、必ずおさえるべきポイント、やってはいけないNG行動は共通しています。それを動画にすることで未経験者にわかりやすく伝えられるほか、ベテランの方の知識の更新にも役立てもらいたいと思っています」(大竹さん)
このような考えでコンテンツを作成しているということです。
「コンテンツ化」と「共有」は現場でもコストゼロでできる
「Teachme Biz」や「ClipLine」のようなシステムの導入は現場の担当者の一存では決められません。コストもかかりますし、教育研修のプロセスを変えることになるからです。
しかし、これらの事例を参考に、新人教育の効率化を図ることは今すぐにでもできます。
ポイントは、ノウハウの「コンテンツ化」と「共有」です。
「新しく入ったAさんの教育担当になって」と言われたとき、Aさんに口頭で伝えるだけでは、次にBさんが来たときも同じことを繰り返さなければいけません。
Aさんも、一度聞いただけでは覚えられないことを何度も聞いてくるかもしれません。
教えることを文書や動画という「コンテンツ」にしておけば、次から次に新人がやってきても、「これを見て、わからないことがあったら聞いて」と伝え、教える手間を省くことができます。
「マニュアルを作る時間がない」「文書作成は苦手」という方もいるでしょう。でも、今はスマホがあれば簡単に動画が撮れます。
例えばAさんに説明するときに動画を撮りながら聞いてもらえば、次にBさんに説明が必要なときにはその動画を使うことができます。
コンテンツは、職員なら誰でもアクセスできるサーバーなどに保存するのが理想です。
または、「Google ドライブ」のような無料のファイル共有サービスを使う手もあります。LINEやFacebookでグループを作って、そこでファイルを共有するのも良いでしょう。
職場全体で協力し合えば、コンテンツ作りを分担するなどしてさらに負荷を減らせます。
一緒に準備をする過程で、人によってやり方が違っていたことを標準化するきっかけができたりもするでしょう。
このような動きが職場に広がれば、先に紹介したような専用のシステムを活用できる素地が整ったことになります。そうなればいよいよ、コストをかけて本格的なシステムを導入するのも良いのではないでしょうか。
著者/やつづかえり
(参考)
『令和2年度 介護労働実態調査』(公益財団法人 介護労働安定センター)
(取材協力)
『株式会社スタディスト』
『ClipLine株式会社』