業務内容になくても、ヘルパーの過失になってしまう事故が行方不明です。訪問介護でも認知症の利用者への見守りは欠かさず、また行方不明になった際の対策を立てておくべきです。
事故発生時の状況
はじめに、事故の内容を確認しましょう。
利用者の状況
CDさん
81歳・男性
CDさんは重度の認知症です。市内に住む長女が主介護者ですが、パートをしているため週に3日のデイサービスと、週に2回ヘルパーの生活援助サービスを受けています。
発生時の状況
ある日、ヘルパーが生活援助の訪問介護で利用者CDさん宅を訪問し、掃除機をかけている間にCDさんがいなくなってしまいました。ヘルパーはCDさんに注意を払って声をかけたりしていましたが、掃除機をかけているときに玄関から出て行ってしまったために、音が聞こえませんでした。
必死の捜索もむなしく、CDさんは近くの駅で列車にはねられ亡くなってしまいました。家族も、担当ヘルパーも非常に大きなショックを受け、それ以降ヘルパーは仕事ができる精神状態ではありません。
そんな折、鉄道会社から遺族に、遅延損害720万円を支払うよう請求が来てしまったのです。遺族は「ヘルパーが見守りを怠ったことが原因だ」として、訪問介護事業者に支払いを求めてきました。
ヘルパーは、「ふつうに生活援助を行っていたら、まさかこんなことになるなんて……。もう、どうしたらいいのかわかりません」と話しています。
【過失の有無】事故は未然に防ぐことができたか
続いて、この事故の過失について考えていきます。
事故評価の基本的な考え方
この場合、ヘルパーの過失責任を否定するのは難しいと考えられます。なぜなら、ヘルパーは介護のプロで、認知症の利用者が行方不明にならないように見守る能力があるとみなされるからです。裁判所の判断の是非はともかく、認知症の利用者の訪問介護では、利用者が行方不明にならないよう注意しなくてはなりません。
この事故が過失とされる場合
在宅の認知症の利用者の行方不明事故が、ヘルパー滞在中に起きれば、裁判所は「ヘルパーが見守りを怠ったことが事故の原因だから、ヘルパーの過失である」と判決を下すでしょう。
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【原因分析】なぜこの事故が起こったのか | 事故原因の考え方
本来、訪問介護のヘルパーには、在宅の認知症の利用者が行方不明にならないように居宅で見守る義務はありません。なぜなら、介護保険では、「利用者の見守り」というプランは立てられないからです。
しかし、現実にはヘルパー滞在中に行方不明事故が発生すれば、ヘルパーが見守りを怠ったとして過失を認定される可能性が高いのです。ですから認知症がある利用者で、家を勝手に出て行ってしまうリスクがあるとわかっていれば、できる限り気を配らなければなりません。
また、認知症の利用者の行方不明には、日常的な備えも大切です。迅速に捜索の手配を行えるよう、事業者側はルールを決めておかなくてはなりません。
この事故は、ヘルパーが見守りを怠ったことが根本原因と考えられます。
在宅の行方不明者を一刻も早く発見する工夫は?
早期発見につながる工夫として、次の4つのポイントを押さえておきましょう。
自分たちで何とかしようとしない
自宅や周辺を20分程度捜して見つからなかったら、それ以上自分たちで何とかしようとせず、速やかに警察に捜索願を出しましょう。
周囲に捜索協力を得る
ケアマネジャーと協力し、送迎を行っている介護事業所や、公共交通機関、タクシー会社、宅配便事業者などに連絡して捜索の協力を依頼すると良いでしょう。
自治体の介護保険課に連絡する
自治体の介護保険課に連絡をして「徘徊SOSネットワーク」が整備されているかを確認し、あれば地域包括支援センターと連携して活用しましょう。
利用者の衣服または靴に印をつけておく
認知症の利用者の靴のかかと部分に蛍光テープを貼り、電話番号を書いておく。気がついた通行人が連絡をくれることがあります。
実際に起こった事故から学ぼう
在宅の認知症の利用者が自宅で行方不明になり、第三者に不法行為を行い損害を与えた場合、通常は本人に代わって在宅で介護をしている家族が賠償義務をおうことが多いと思われます。家族は民法が規定する「責任無能力者の法定の監督義務者に準ずべき者」に当たるとされることが多いからです。
では、独居の利用者宅に訪問介護のヘルパーが滞在中に、利用者が行方不明になったらどうなるのでしょうか。
2016年3月1日に実際に下された最高裁判決では、列車事故を起こした認知症男性の妻は要介護認定を受けており、監督義務は否定されました。しかし要介護状態の妻で、監督義務がギリギリで否定されるくらいです。ヘルパーはおそらく、過失と認定されると思われます。
著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛
※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編』(講談社)の内容より一部を抜粋して掲載しています