【訪問施設での事故防止策④】料理の援助中に利用者が火傷|事故防止編(第48回)

【訪問介護での事故防止策④】料理の援助中に利用者が火傷 | 事故防止編(第48回)

ヘルパーによっては家事が苦手だったり、判断が甘いことがあります。自立支援のためにやむを得ないリスクかどうかをしっかり判断できるよう指導が必要です。

事故発生時の状況

まずは事故発生の状況を見ていきましょう。

利用者の状況

ABさん 87歳・女性

ABさん
87歳・女性

ABさんは軽度の認知症がありますが、日常生活はほぼ自立している要介護1の利用者です。ABさんは独居のため、訪問介護で週1回、ヘルパーが訪問して生活援助をしています。

発生時の状況

ヘルパーは、介護予防訪問介護で、掃除機がけと洗濯、調理を毎回行っています。ABさんはヘルパーが来ない日は、お惣菜を買ってきて、家ではお米を炊く程度でほとんど料理を行いません。

たまには調理をしてみたいというABさんのリクエストで、ヘルパーは野菜を包丁で切り、ABさんが炒めることになりました。

※認知症の利用者にどんな家事を手伝ってもらうかは難しい問題です。危険だからとすべてやってあげたら、自立支援になりません。

楽しくおしゃべりをしながら野菜を切るヘルパーと野菜を炒める利用者のイラスト

ところがコンロで炒め物をしていた火が、ABさんの袖に燃え移ったのです。ヘルパーが急いで消し止めましたが、ABさんは腕と顔に軽い火傷をおいました。

別居している息子は「ヘルパーが援助していたのだから事業者の過失だ」と主張しており、係争中です。

コンロの火が着衣の袖に燃え移って慌てる利用者とヘルパーのイラスト

ヘルパーは、「ABさんが望んだとおりに料理援助を行っただけです」と話しています。

【過失の有無】事故は未然に防ぐことができたか

続いては、事故の過失について考えていきます。

事故評価の基本的な考え方

電灯の下に倒れた脚立を指さして、「母には無理に決まってるだろ!」と怒る利用者の息子のイラスト

介護予防訪問介護の「本人にできることは本人にやってもらう」という言わば間接的な援助では、事故の防止に対して万全を期しても限界があります。大きなリスクがあれば、自立支援より事故防止を優先して、ヘルパーが自ら行わなくてはなりません

この事故が過失とされる場合

たとえ介護予防(自立支援)のために避けられないリスクでも、リスクが大きく危険度(頻度)も高いのであれば、自立支援より事故防止を優先したほうがいいのではないでしょうか。次のような場合はリスクが高すぎると判断されるでしょう。

  • 1人でお風呂に入っていて溺れて死亡した
  • 脚立に乗って電灯をふいていたとき脚立が倒れ、転倒し骨折した

この事例の類似事故

  • 料理援助中に利用者が包丁で指を切ってしまった

【原因分析】なぜこの事故が起こったのか | 事故原因の考え方

本事例では、裸火のコンロを使用して炒め物の調理を行うことがABさんにとって危険かどうか、コンロの火が衣服に燃え移る危険が許容できるものかどうか、という2つの点で判断しなければなりません。

ABさんは軽度とはいえ認知症がありますから、コンロの火の調節を間違えるかもしれませんし、燃えやすい衣服を避けることにまで気がまわらないかもしれません。コンロの火が衣服に燃え移れば、命に関わる事故になることは明白です。

このような判断から、ABさんにコンロで火を使う炒め物をさせたことは、ヘルパーの過失になる可能性が高いと考えられます。

認知症の利用者の調理行為を援助するのであれば、火を使わない下ごしらえや盛り付け、電磁調理器の導入をお願いするなど工夫するべきでした。

この事故は、ヘルパーの判断の誤りが根本原因であったと考えられます。

この事故の再発防止策は?

本事例の再発防止策としては、以下の4つが挙げられます。

ヘルパーによって家事能力に差がある

手際よく調理をするヘルパーと、ヨイショと危なっかしく調理をするヘルパーのイラスト

生活援助は家事がほとんどなので、ヘルパーの能力差が出やすいものです。同じ30分でも、料理だけで精いっぱいの人と、掃除や洗濯までできる人がいると、「あの人に替えてほしい」とトラブルが生じやすくなります。

ヘルパーの判断が甘い

「炒め物お願いしまーす」と洗濯に向かいながら利用者に声をかけるヘルパーと、材料が入れられたフライパンの前で立ち尽くす利用者のイラスト

ヘルパーによっては「何が危険で、何が安全か」の判断ができず、事故につながることがあります。これはたいていの場合、ヘルパーの家事に対する見通しの甘さが原因です。今回の事例の事故原因が、これに当たります。

ヘルパーに一般常識がない

「え?ゴミの分別ってやらなきゃダメなんですか?」と驚くヘルパーと、返事に困った様子の利用者のイラスト

「ゴミの分別ができない」「駐車禁止の場所に車を停めてしまう」「料理の後片づけができない」など、能力以前に一般常識がない場合があります。若いヘルパーに多く、クレームにつながるので指導が必要です。

利用者宅の物品の破損

訪問先での掃除中、高価そうな壺を乗せた台に掃除機をぶつけて倒してしまったヘルパーのイラスト

ヘルパーの能力不足による事故の一つが、利用者宅の物品の破損です。これは、容易にトラブルにつながります。壊れて困るものは、あらかじめヘルパーが出入りしない部屋などにしまっておいてもらうことが大切です。

定期的な確認と指導で質の確保をしよう

自立支援を目的とした生活援助の内容は、障害者の自立支援の援助と同じように、「自立支援のために許容できる、やむをえないリスクかどうか」であらかじめ判断されています。

本事例の場合は、利用者に軽度とはいえ認知症が認められるので、調理援助の方法はより配慮する必要がありました。衣服の袖口を覆うアームカバーには、燃えにくい防炎タイプのものも市販されていますから、炒め物をお願いするのであれば服装への配慮がほしいところです。

そもそも前提として、ヘルパーは家事が得意な人ばかりではありません。事故やクレームを防止するためには、家事能力に不安があるヘルパーには定期的にサービス提供責任者が付き添い、サービス内容を確認して指導することが必要です。

著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛

※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編』(講談社)の内容より一部を抜粋して掲載しています

書籍紹介

完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編

介護リスクマネジメント 事故防止編

出版社: 講談社

山田滋(著)、三好春樹(監修)、下山名月(監修)、東田勉(編集協力)
「事故ゼロ」を目標設定にするのではなく、「プロとして防ぐべき事故」をなくす対策を! 介護リスクマネジメントのプロである筆者が、実際の事例をもとに、正しい事故防止活動を紹介する介護職必読の一冊です。

→Amazonで購入

  • 山田滋
    株式会社安全な介護 代表

    早稲田大学法学部卒業と同時に現あいおいニッセイ同和損害保険入社。支店勤務の後2000年4月より介護事業者のリスクマネジメント企画立案に携わる。2006年7月よりインターリスク総研主席コンサルタント、2013年5月末あいおいニッセイ同和損保を退社。2014年4月より現職。

    ホームページ |株式会社安全な介護 公式サイト

    山田滋のプロフィール

  • 三好春樹
    生活とリハビリ研究所 代表

    1974年から特別養護老人ホームに生活指導員として勤務後、九州リハビリテーション大学校卒業。ふたたび特別養護老人ホームで理学療法士としてリハビリの現場に復帰。年間150回を超える講演、実技指導で絶大な支持を得ている。

    Facebook | 三好春樹
    ホームページ | 生活とリハビリ研究所

    三好春樹のプロフィール

  • 下山名月
    生活とリハビリ研究所 研究員/安全介護☆実技講座 講師

    老人病院、民間デイサービス「生活リハビリクラブ」を経て、現在は「安全な介護☆実技講座」のメイン講師を務める他、講演、介護講座、施設の介護アドバイザーなどで全国を忙しく飛び回る。普通に食事、普通に排泄、普通に入浴と、“当たり前”の生活を支える「自立支援の介護」を提唱し、人間学に基づく精度の高い理論と方法は「介護シーン」を大きく変えている。

    ホームページ|安全な介護☆事務局通信

    下山名月のプロフィール

  • 東田勉

    1952年鹿児島市生まれ。國學院大學文学部国語学科卒業。コピーライターとして制作会社数社に勤務した後、フリーライターとなる。2005年から2007年まで介護雑誌『ほっとくる』(主婦の友社、現在は休刊)の編集を担当した。医療、福祉、介護分野の取材や執筆多数。

    ホームページ |フリーライターの憂鬱

    東田勉のプロフィール

フォローして最新情報を受け取ろう

We介護

介護に関わるみなさんに役立つ楽しめる様々な情報を発信しています。
よろしければフォローをお願いします。

介護リスクマネジメントの記事一覧