誤嚥事故が発生した際の対処方法を、ヘルパー全員が理解できていますか? ヘルパーが焦って判断を誤ってしまえば、重大な結果を招きかねません。
事故発生時の状況
まずはじめに事故発生状況から確認していきましょう。
利用者の状況
Zさん
80歳・女性
Zさんは独居の利用者で、左片マヒがあります。ごく近くに娘が住んでいますが、朝は忙しくてケアしきれません。訪問介護事業所から、朝食の調理と食事介助でヘルパーが毎朝訪問しています。
発生時の状況
ある日ヘルパーが訪問すると、いつもは早起きのZさんがまだ寝ていました。ヘルパーの滞在時間は決まっているので、「早く起きてください。食事の時間ですよ」と声をかけ、急いで食事の支度をしました。
それでもなかなか目覚めず、離床介助をして居間のテーブルまで連れて来る時間がありません。仕方なく、急いでベッドをギャッチアップして、そこで食事介助を始めました。
ワカメと豆腐の味噌汁を口に運び、主菜の卵焼きを食べさせたときのことです。Zさんが、急に苦しみ始めました。ヘルパーはタッピングをしましたが、ぐったりしてきたので、事業所に電話を入れました。
事業所からの指示は、「すぐに救急搬送」とのことでした。ヘルパーは急いで救急車を呼びましたが、Zさんは病院で亡くなりました。
ヘルパーは、「時間がなかったもので、焦ってしまいました」「どうしたらよいのか、わかりませんでした」と話しています。
【過失の有無】事故は未然に防ぐことができたか
続いて、事故の過失がどう判断されるかを考えていきます。
事故評価の基本的な考え方
誤嚥による死亡事故の過失判断は、大きく分けて「誤嚥発生に関する過失」と「誤嚥発生時の対処に関する過失」の2つの観点から評価されます。実際の判例などでは、対処ミスの過失責任を問われている例が多く見受けられます。
この事故が過失とされる場合
1. 誤嚥発生に関する過失
2.誤嚥発生時の対処に関する過失
【原因分析】なぜこの事故が起こったのか | 事故原因の考え方
本事例の誤嚥死亡事故の原因も、「誤嚥発生の原因」と「誤嚥発生時の対処の原因」に分けてみましょう。
前者では「覚醒確認を怠っている」「ベッドでギャッチアップして食事をさせている(姿勢が悪い)」「最初に味噌汁を口に入れている」など、不適切な介助方法が挙げられるでしょう。
後者では「迅速に救急搬送を行わなかった」ことが過失と評価されるかもしれません。
特に、誤嚥発生時に事業所に電話を入れて指示を仰いでいる点が問題だと言えます。迅速な救急車の要請が必要な誤嚥事故では、事業所の指示を仰ぐまでもありません。タッピングで効果がなければ迅速に救急車の要請をするべきでしょう。
この事故の根本原因は、誤嚥に対するヘルパーの知識不足によるものと考えられます。
この事故の再発防止策は?
再発防止策としては、以下の4つが挙げられます。
ベッドから椅子に移乗させて食事をする
誤嚥の原因の一つに、ギャッチベッドで食事をしたことが挙げられます。きちんと椅子に移乗させ、前かがみの体勢で食事をすることが大切です
食事前にお茶で口を湿らせ、脳を覚醒させる
先ほどまで寝ていた利用者のベッドを起こしただけでは、脳が覚醒していません。しっかり目を覚ますには、飲料で口を湿らせることが有効です。
誤嚥の疑いが生じたときは、すぐ対処を始める
事業所に連絡する前に、救急車を呼ぶべきです。いざというときに救急車の要請をためらわないよう、日頃から誤嚥時の救命講習などを行いましょう。
タッピングは椅子に座った状態で、前かがみで行う
正しいタッピングの方法がわからないまま背中を叩いても、ほとんど効果はありません。ヘルパーは正しいタッピングの知識を持ちましょう。
ヘルパーの研修は事業者の役割です
誤嚥事故の過失判断は、「誤嚥発生に関する過失」と「誤嚥発生時の対処に関する過失」の2つの観点から評価されることは、くり返しお伝えしてきました。
この事例では、「ギャッチアップしたベッドで食事をさせた」「いきなりワカメや豆腐を食べさせた」など、誤嚥発生の過失が認められる案件です。これらの原因は、利用者が寝ていたために食事介助の時間が短くなって、ヘルパーが焦ってしまったことにあります。ヘルパーは、焦っているときほどていねいに介助することが大切です。
一方、誤嚥発生時の対処方法でも、「救急車の要請が遅れた」「タッピングが正しくできなかった」などの過失が認められます。訪問介護事業者は、ヘルパー全員に誤嚥発生時の対処方法の研修を行うべきです。
著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛
※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編』(講談社)の内容より一部を抜粋して掲載しています