【訪問施設での事故防止策③】寝起きの利用者の食事介助で誤嚥事故|事故防止編(第47回)

【訪問介護での事故防止策③】寝起きの利用者の食事介助で誤嚥事故 | 事故防止編(第47回)

誤嚥事故が発生した際の対処方法を、ヘルパー全員が理解できていますか? ヘルパーが焦って判断を誤ってしまえば、重大な結果を招きかねません。

事故発生時の状況

まずはじめに事故発生状況から確認していきましょう。

利用者の状況

Zさん 80歳・女性

Zさん
80歳・女性

Zさんは独居の利用者で、左片マヒがあります。ごく近くに娘が住んでいますが、朝は忙しくてケアしきれません。訪問介護事業所から、朝食の調理と食事介助でヘルパーが毎朝訪問しています。

発生時の状況

ある日ヘルパーが訪問すると、いつもは早起きのZさんがまだ寝ていました。ヘルパーの滞在時間は決まっているので、「早く起きてください。食事の時間ですよ」と声をかけ、急いで食事の支度をしました。

それでもなかなか目覚めず、離床介助をして居間のテーブルまで連れて来る時間がありません。仕方なく、急いでベッドをギャッチアップして、そこで食事介助を始めました。

利用者が目覚めないため、ベッドをぎゃっちアップして食事介助をしようとするヘルパーのイラスト

ワカメと豆腐の味噌汁を口に運び、主菜の卵焼きを食べさせたときのことです。Zさんが、急に苦しみ始めました。ヘルパーはタッピングをしましたが、ぐったりしてきたので、事業所に電話を入れました。

事業所からの指示は、「すぐに救急搬送」とのことでした。ヘルパーは急いで救急車を呼びましたが、Zさんは病院で亡くなりました。

ベッドをギャッチアップして食事介助をしているヘルパーと利用者のイラスト。利用者が苦しんでいます。

ヘルパーは、「時間がなかったもので、焦ってしまいました」「どうしたらよいのか、わかりませんでした」と話しています。

【過失の有無】事故は未然に防ぐことができたか

続いて、事故の過失がどう判断されるかを考えていきます。

事故評価の基本的な考え方

誤嚥による死亡事故の過失判断は、大きく分けて「誤嚥発生に関する過失」と「誤嚥発生時の対処に関する過失」の2つの観点から評価されます。実際の判例などでは、対処ミスの過失責任を問われている例が多く見受けられます。

この事故が過失とされる場合

1. 誤嚥発生に関する過失

誤えんの可能性の高い利用者であるのに、時間がないことを理由にベッドをぎゃっちアップしたまま食事介助をしようとするヘルパーのイラスト
  • 嚥下機能の評価が適切でない
  • 嚥下機能の評価に沿った食形態になっていない
  • 食事に適した姿勢をとっていない
  • 覚醒の確認や口腔内を湿らせるなど食事介助の手順が適切でない
  • 認知症の利用者の誤嚥の危険に対応していない

2.誤嚥発生時の対処に関する過失

食事介助中に苦しみ始めた利用者を見て、慌ててオロオロするヘルパーのイラスト
  • 誤嚥の危険の高い人の見守りを欠かしているリスト
  • 誤嚥発生に気づかずに対処が遅れた
  • タッピングや吸引の方法が適切でない

  • タッピングや吸引に時間がかかり、救急車の要請が遅れた

【原因分析】なぜこの事故が起こったのか | 事故原因の考え方

本事例の誤嚥死亡事故の原因も、「誤嚥発生の原因」と「誤嚥発生時の対処の原因」に分けてみましょう。

前者では「覚醒確認を怠っている」「ベッドでギャッチアップして食事をさせている(姿勢が悪い)」「最初に味噌汁を口に入れている」など、不適切な介助方法が挙げられるでしょう。

後者では「迅速に救急搬送を行わなかった」ことが過失と評価されるかもしれません。

特に、誤嚥発生時に事業所に電話を入れて指示を仰いでいる点が問題だと言えます。迅速な救急車の要請が必要な誤嚥事故では、事業所の指示を仰ぐまでもありません。タッピングで効果がなければ迅速に救急車の要請をするべきでしょう。

この事故の根本原因は、誤嚥に対するヘルパーの知識不足によるものと考えられます。

この事故の再発防止策は?

再発防止策としては、以下の4つが挙げられます。

ベッドから椅子に移乗させて食事をする

椅子に座らせ、前かがみの体制で食事介助を受ける利用者とヘルパーのイラスト

誤嚥の原因の一つに、ギャッチベッドで食事をしたことが挙げられます。きちんと椅子に移乗させ、前かがみの体勢で食事をすることが大切です

食事前にお茶で口を湿らせ、脳を覚醒させる

食事の前にお茶を飲み、口を湿らせている利用者のイラスト。

先ほどまで寝ていた利用者のベッドを起こしただけでは、脳が覚醒していません。しっかり目を覚ますには、飲料で口を湿らせることが有効です。

誤嚥の疑いが生じたときは、すぐ対処を始める

利用者が誤えんをおこした際、すばやく救急車を呼ぶヘルパーのイラスト。

事業所に連絡する前に、救急車を呼ぶべきです。いざというときに救急車の要請をためらわないよう、日頃から誤嚥時の救命講習などを行いましょう。

タッピングは椅子に座った状態で、前かがみで行う

タッピングビスをするヘルパーのイラスト。利用者は椅子に座り、前かがみの状態です。

正しいタッピングの方法がわからないまま背中を叩いても、ほとんど効果はありません。ヘルパーは正しいタッピングの知識を持ちましょう。

ヘルパーの研修は事業者の役割です

誤嚥事故の過失判断は、「誤嚥発生に関する過失」と「誤嚥発生時の対処に関する過失」の2つの観点から評価されることは、くり返しお伝えしてきました。

この事例では、「ギャッチアップしたベッドで食事をさせた」「いきなりワカメや豆腐を食べさせた」など、誤嚥発生の過失が認められる案件です。これらの原因は、利用者が寝ていたために食事介助の時間が短くなって、ヘルパーが焦ってしまったことにあります。ヘルパーは、焦っているときほどていねいに介助することが大切です。

一方、誤嚥発生時の対処方法でも、「救急車の要請が遅れた」「タッピングが正しくできなかった」などの過失が認められます。訪問介護事業者は、ヘルパー全員に誤嚥発生時の対処方法の研修を行うべきです。

著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛

※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編』(講談社)の内容より一部を抜粋して掲載しています

書籍紹介

完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編

介護リスクマネジメント 事故防止編

出版社: 講談社

山田滋(著)、三好春樹(監修)、下山名月(監修)、東田勉(編集協力)
「事故ゼロ」を目標設定にするのではなく、「プロとして防ぐべき事故」をなくす対策を! 介護リスクマネジメントのプロである筆者が、実際の事例をもとに、正しい事故防止活動を紹介する介護職必読の一冊です。

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  • 山田滋
    株式会社安全な介護 代表

    早稲田大学法学部卒業と同時に現あいおいニッセイ同和損害保険入社。支店勤務の後2000年4月より介護事業者のリスクマネジメント企画立案に携わる。2006年7月よりインターリスク総研主席コンサルタント、2013年5月末あいおいニッセイ同和損保を退社。2014年4月より現職。

    ホームページ |株式会社安全な介護 公式サイト

    山田滋のプロフィール

  • 三好春樹
    生活とリハビリ研究所 代表

    1974年から特別養護老人ホームに生活指導員として勤務後、九州リハビリテーション大学校卒業。ふたたび特別養護老人ホームで理学療法士としてリハビリの現場に復帰。年間150回を超える講演、実技指導で絶大な支持を得ている。

    Facebook | 三好春樹
    ホームページ | 生活とリハビリ研究所

    三好春樹のプロフィール

  • 下山名月
    生活とリハビリ研究所 研究員/安全介護☆実技講座 講師

    老人病院、民間デイサービス「生活リハビリクラブ」を経て、現在は「安全な介護☆実技講座」のメイン講師を務める他、講演、介護講座、施設の介護アドバイザーなどで全国を忙しく飛び回る。普通に食事、普通に排泄、普通に入浴と、“当たり前”の生活を支える「自立支援の介護」を提唱し、人間学に基づく精度の高い理論と方法は「介護シーン」を大きく変えている。

    ホームページ|安全な介護☆事務局通信

    下山名月のプロフィール

  • 東田勉

    1952年鹿児島市生まれ。國學院大學文学部国語学科卒業。コピーライターとして制作会社数社に勤務した後、フリーライターとなる。2005年から2007年まで介護雑誌『ほっとくる』(主婦の友社、現在は休刊)の編集を担当した。医療、福祉、介護分野の取材や執筆多数。

    ホームページ |フリーライターの憂鬱

    東田勉のプロフィール

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