2020年6月から「認知症の定義」が変更されていることをご存知ですか? 「そもそも認知症の定義って何?」という方がほとんどかもしれません。この記事では、認知症の定義が変更されることによって起こる現場への影響や介護職が今後担うべき役割について解説していきます。
認知症の「定義」の何が変わったのか?
2020年6月、介護保険法が改正されました。認知症関連の見直しもいくつか行われている中、注目したいのが介護保険法第5条の2に記された「認知症の定義」が変わったことです。
そもそも認知症の定義あることを知らない方も多いと思います。まずは改定前の認知症の定義をご覧ください。

では、これが具体的にどう変わったのでしょうか。
介護保険法第5条の2の「定義」に2ヵ所の変更点

もう一度、改正前の定義を確認しましょう。
「①脳血管疾患、アルツハイマー病その他の要因にもとづく脳の器質的な変化により、日常生活に支障が生じる程度にまで、②記憶機能およびその他の認知機能が低下した状態をいう」
上記の①、②がそれぞれ以下のように変わりました。
- 「アルツハイマー病その他の神経変性疾患、脳血管疾患、その他の疾患」
- 認知機能が低下した状態として政令で定める状態」
ちょっとわかりにくいかもしれません。もう少し掘り下げましょう。
原因疾患と状態、それぞれの定義が改められた
定義変更後の①「アルツハイマー病その他の神経変性疾患、脳血管疾患、その他の疾患」ですが、これは認知症の原因となる疾患の定義を改めたものです。
改正前は「脳の器質的な変化」となっていましたが、これは脳細胞が死滅したり異常な変化を示すことを言います。どちらかといえば、ざっくりとした定義でした。
これに対し、近年の研究では、たとえばアルツハイマー病などでは脳内の神経細胞が徐々に障害を受けて脱落するというしくみが分かってきました。そこで、神経そのものが変質していく状態を表すのに、「神経変性疾患」と定義を改めたわけです。
一方、脳血管疾患では、脳梗塞などで血流が途絶えることによりその部分の神経細胞が死滅する状態となります。「神経そのものが徐々に変質していく」というわけではないので、「神経変性疾患」とは区別することになりました。
続いて定義変更後の②「認知機能が低下した状態として政令で定める状態」の定義です。
認知症の中には、記憶機能はそこそこ維持されていても、他の認知機能が損なわれるケースもあります。前頭側頭葉変性症による認知症などもその一つでしょう。つまり「認知症=記憶機能の低下」が強調されがちな表現が、改められたことになります。
法律上の認知症の定義が変わったのはなぜ?
なぜ、このような定義の変更が行われたのでしょうか。

医学が進歩する中で、古い定義が時代に合わなくなった
原因疾患の定義を変更した理由については、認知症の研究が進んできたことが挙げられます。
たとえば、アルツハイマー病については、先に述べた神経変性(正確には、神経原繊維の変化といいます)が認められることは分かっています。その原因は特定されていないものの、神経変性につながるいくつかの有力な仮説が打ち出されています。
ところが、医学的な知見が進歩する一方で、介護保険法の認知症の定義は2005年の改正から変わっていません。当然ですが、定義が時代の流れに合わなくなってきています。
たとえば、2019年6月の介護保険部会で厚生労働省が示した「認知症施策」にかかる資料でも、認知症の主な原因疾患については以下のように整理されています。
- 神経変性疾患(アルツハイマー病など)
- 脳血管障害
- その他の原因疾患(感染性疾患など)
出典:『認知症施策の総合的な推進について(参考資料)』(厚生労働省)
制度を見直すための土台の資料ですでに新しい分類が取り上げられているので、今回の定義変更はおのずと必要になっていたわけです。
認知症の診断基準の変化が反映されてこなかった
次に「状態」の定義ですが、これは認知症の診断基準が変わってきたことが大きな理由です。
1993年に世界保健機構(WHO)が示した基準(ICD-10といいます)では、「記憶力の低下」と「認知能力の低下」という2つの主要な項目が示されていました。改正前の定義は、このWHOの基準に沿っていたことがわかります。
その後、医療現場の診断基準は変わり、たとえば2013年の米国精神医学会が示した基準(DSM-5といいます)では、主要項目は以下のようになっています。
出典:『認知症診療 実践ハンドブック』山田正仁(中外医学社、2017年)P3-4
これらは「認知領域」といいますが、この中から1項目以上の低下が認められるというものです。
つまり、新しい基準では、「学習および記憶」(記憶機能)は多くの認知領域の一つに過ぎないことが明確にされたわけです。今回の改正は、この基準に合わせたことになります。
ただし、認知症の研究が進むとともに、今後も診断基準が変わってくる可能性もあります。こうした変化に柔軟に対応するため、定義の中に「政令で定める状態」という言葉もプラスされました。そのたびに国の法律を変えなくても、政令で定められるようにしたわけです。
「定義」の変化が現場にケアにどう影響する?
さて、こうした認知症の定義変更により、現場のケアにどのような影響がおよぶのでしょうか。「いずれも主に医学的な視点によって見直されたものだから、介護現場には関係ないのでは」と思われるかもしれませんが、現場におよぶ影響は大きく分けて2つあります。

認知症BPSDにかかる対医療連携のあり方
1つ目は、認知症ケアでは、医療との連携がますます重要になっていることです。
たとえば、BPSD(行動・心理症状)の悪化を防ぐうえで、最近重視されているのが本人の持病や服薬の管理です。
医療側の診療報酬では認知症ケア加算などが設けられ、利用者の入退院支援における医療と介護の連携でも、「医療機関側でどのような認知症ケアを行なってきたか」という情報の受け渡しが活発になってくるでしょう。
その際、認知症の原因疾患や診断基準について、言葉の定義をはじめとする専門知識が共有できなければ連携にも溝ができてしまいます。その意味で、認知症の定義の変化をしっかり理解することが、医療との円滑な連携を行なううえで欠かせなくなってきます。
認知症の人の社会参加支援の中で問われること
2つ目は、地域とのかかわりの中でも、認知症の定義の変化が大きく影響してくるという点です。
国は認知症の人の社会参加支援に力を入れていて、認知症ケアでも「地域とのかかわりをどのように支援するか」が介護報酬・基準上でも問われつつあります。
これを円滑に進めるためには、普段から地域の人々とのかかわりを深めつつ、認知症の人に対する理解を求めていくことが必要です。しかし、認知症サポーター養成講座などを受けている人はまだしも、「認知症=記憶障害」という認識しかない人も少なくありません。
たとえば、見当識障害がある場合、何気ない物事や環境に過敏に反応する(怖がるなど)こともあります。レビー小体型などでは、幻視・幻聴を訴える人もいるでしょう。
そうなると、「記憶障害」という認識だけでは、認知症の人の言動を理解できないケースも生じてきます。「認知症=記憶障害だけではない認知障害」という理解を、介護現場から地域に発信していく必要性がますます高まっているわけです。
その理解を得るための「きっかけ」となるのが、今回の改正です。「法律がこう変わった」という情報を伝達することで、地域の認知症に対する理解を深める機会としたいものです。
(参考)
『地域共生社会の実現のための社会福祉法等の一部を改正する法律案新旧対照条文』(厚生労働省)
『認知症施策の総合的な推進について(参考資料)』(厚生労働省)
『認知症診療 実践ハンドブック』山田正仁(中外医学社、2017年)P3-4
著者/田中元