介護を安全に行うには、安全な環境であることが絶対に必要です。たとえば、手すりは利用者の体を支えるだけではく、ヘルパーの安全な介助を支える役目もあるのです。
事故発生時の状況
まずはじめに、本事例の事故状況を確認してみましょう。
利用者の状況
Vさん
82歳・女性
脳出血の後遺症で、3年前から右半身マヒがある。認識にも障害があるため、移動は全て車椅子で行っている。
事故発生時の状況
身体介護で訪問したヘルパーが、Vさんの排泄介助をしようとしました。車椅子でトイレまで連れていき、車椅子をしっかり固定しました。
車椅子からVさんを抱え上げ、便座に移乗する前にズボンを下ろそうとしたときのことです。
Vさんがふらつき、ヘルパーと一緒にバランスを崩して転倒してしまいました。その際、顔を柱に強くぶつけて大きなあざができてしまい、受診となりました。
骨折などの大きなケガではありませんでしたが、あざが気にならなくなるまで1週間程度かかりました。
ヘルパーは、「前からトイレに手すりがあればいいのに、と思っていました」と話しています。
【事故評価】事故は未然に防ぐことができたか
続いて、事業者の過失がどう判断されるかを考えていきましょう。
事故評価の基本的な考え方
本事例は介助中に起きた事故であり、ヘルパーが支えられなかったことが事故の直接原因ですから、事業者の過失となります。
たとえ不可抗力性の高い出来事が原因であっても、ヘルパーが直接利用者の体を支えているような状況で事故が起きれば、過失を否定することは難しくなります。
この事故が過失とされる場合
移乗など利用者の体をヘルパーが支えているとき(介助動作中)に起きた事故は、ほとんどが過失となります。
「手すりがあれば事故が防げたのに手すりがなかった」としても、手すりの設置を怠ったケアマネジャーの法的責任を問うことは難しいでしょう。
この事例の類似事故
【原因分析】なぜこの事故が起こったのか | 事故原因の考え方
どんなに優れた技術を持つヘルパーでも、いつでも万全の態勢で介助ができるわけでありません。移乗介助中に利用者がふらつくと、ヘルパーのひざの調子が悪ければ支えられないかもしれません。
そのため、不安定な姿勢を支える福祉用具を事前に配置することで、不測の事態が起きても対応できるよう万全の介護環境を整えておかなければなりません。手すりや介助バーなど利用者を支える用具は、自立している人のものだと思われがちですが、安全な介助を支える役割もあるのです。
居宅でのヘルパーの介助動作中の事故は一見ヘルパーの不注意のように見えますが、多くの事故は不安定な環境の中で無理をして介助していることから生じています。
この事故の根本原因は、簡単な住宅改修工事で解消できる危険要因によるものと考えられます。
「介護環境チェック表」を活用しよう
訪問介護サービスを開始する前に、サービス提供責任者は下の「介護環境チェック表」を活用しながら、利用者宅に改修が必要な危険な環境がないかをチェックしましょう。危険箇所を家族に意識させることで、事故発生時のトラブルを防ぐ目的もあります。
介護保険により住宅改修をする場合のおもな流れ
訪問介護の利用者宅に問題がある場合は、家族や担当ケアマネジャーと話し合って住宅改修工事を行えればベストです。要介護・要支援者の住宅を改修する場合、20万円を上限として、かかった費用の8~9割が介護保険から支給されます。
【注意1】訪問調查
ケアマネジャーが利用者宅を訪問し、住宅改修理由書を作成します。
費用はいったん利用者が全額支払い、事後に必要な書類を提出したら費用の8~9割が支給される形となります。
【注意2】事前に必要な書類は?
など、役所が指定したものをケアマネジャーとともにそろえます。
【注意3】事後に必要な書類は?
など、役所が指定したものをケアマネジャーとともにそろえます。
介護保険を使い住宅改修を行う際の注意点は?
訪問介護で起こる事故は、事前に適切な住宅改修を行い、必要な福祉用具をレンタルできていれば、防げるものが少なくありません。
こうした環境要因による事故を防止するために、訪問介護事業者はサービスを開始する前に利用者宅の状況をしっかり把握することが大切です。
その際、上記の「介護環境チェック表」などを使うと、漏れなく確認することができます。
「トイレに手すりがあれば、もっと安全に介助できる」など、 サービス提供責任者が住宅改修の必要性を感じた場合、利用者家族とケアマネジャーの協力が必要不可欠です。三者で話し合いながら、訪問介護を行うに当たって必要な改修の取捨選択を行います。
介護保険で支給される金額には限度があるので、介護のプロから見て本当に必要な改修部分はどこかを説明し、適切な改修を行ってもらうことが大切です。
著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛
※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編』(講談社)の内容より一部を抜粋して掲載しています