【訪問施設での事故防止策①】トイレの移乗介助中に転倒|事故防止編(第45回)

【訪問介護での事故防止策①】トイレの移乗介助中に転倒 | 事故防止編(第45回)

介護を安全に行うには、安全な環境であることが絶対に必要です。たとえば、手すりは利用者の体を支えるだけではく、ヘルパーの安全な介助を支える役目もあるのです。

事故発生時の状況

まずはじめに、本事例の事故状況を確認してみましょう。

利用者の状況

Vさん 82歳・女性

Vさん
82歳・女性

脳出血の後遺症で、3年前から右半身マヒがある。認識にも障害があるため、移動は全て車椅子で行っている。

事故発生時の状況

身体介護で訪問したヘルパーが、Vさんの排泄介助をしようとしました。車椅子でトイレまで連れていき、車椅子をしっかり固定しました。
車椅子からVさんを抱え上げ、便座に移乗する前にズボンを下ろそうとしたときのことです。

ヘルパーが車椅子の利用者の排泄介助をしているイラスト。

Vさんがふらつき、ヘルパーと一緒にバランスを崩して転倒してしまいました。その際、顔を柱に強くぶつけて大きなあざができてしまい、受診となりました。
骨折などの大きなケガではありませんでしたが、あざが気にならなくなるまで1週間程度かかりました。

車椅子の利用者の排泄介助をヘルパーがしている際、ふらつきが原因で利用者が顔面にケガをしてしまったイラスト。

ヘルパーは、「前からトイレに手すりがあればいいのに、と思っていました」と話しています。

【事故評価】事故は未然に防ぐことができたか

続いて、事業者の過失がどう判断されるかを考えていきましょう。

事故評価の基本的な考え方

本事例は介助中に起きた事故であり、ヘルパーが支えられなかったことが事故の直接原因ですから、事業者の過失となります。

たとえ不可抗力性の高い出来事が原因であっても、ヘルパーが直接利用者の体を支えているような状況で事故が起きれば、過失を否定することは難しくなります

この事故が過失とされる場合

介助動作中に起きた事故についてヘルパーとケアマネ-ジャーが話しているイラスト。

移乗など利用者の体をヘルパーが支えているとき(介助動作中)に起きた事故は、ほとんどが過失となります。

「手すりがあれば事故が防げたのに手すりがなかった」としても、手すりの設置を怠ったケアマネジャーの法的責任を問うことは難しいでしょう。

この事例の類似事故

  • 浴室の床で滑って転倒
  • 歩行介助中に段差につまずいて転倒

【原因分析】なぜこの事故が起こったのか | 事故原因の考え方

どんなに優れた技術を持つヘルパーでも、いつでも万全の態勢で介助ができるわけでありません。移乗介助中に利用者がふらつくと、ヘルパーのひざの調子が悪ければ支えられないかもしれません。

そのため、不安定な姿勢を支える福祉用具を事前に配置することで、不測の事態が起きても対応できるよう万全の介護環境を整えておかなければなりません。手すりや介助バーなど利用者を支える用具は、自立している人のものだと思われがちですが、安全な介助を支える役割もあるのです。

居宅でのヘルパーの介助動作中の事故は一見ヘルパーの不注意のように見えますが、多くの事故は不安定な環境の中で無理をして介助していることから生じています。

この事故の根本原因は、簡単な住宅改修工事で解消できる危険要因によるものと考えられます。

「介護環境チェック表」を活用しよう

訪問介護サービスを開始する前に、サービス提供責任者は下の「介護環境チェック表」を活用しながら、利用者宅に改修が必要な危険な環境がないかをチェックしましょう。危険箇所を家族に意識させることで、事故発生時のトラブルを防ぐ目的もあります。

【介護環境チェック表】介護環境:チェック項目。食事:椅子に移乗して食事ができるか?車椅子で食事をするのであれば、前かがみの姿勢がとれるか?椅子・テーブルが高すぎないか?自助具はそろっているか?食事前の水分摂取用具はあるか?調理器具はそろっているか?食事前後に口腔ケアができるか?。排泄:車椅子を停める位置に無理はないか?ズボンを下ろすときつかまるところはあるか?便座上で安定した座位がとれるか?前かがみの姿勢を補助する手すりがあるか?便座が高い場合は足台、低い場合は補高便座があるか?便座が大きすぎないか?※ポータブルトイレの場合:足が手前に引けるか?軽すぎないか?ひじかけが外せるか?ベッドにぴったりつくか?。入浴:更衣時に座れる椅子が脱衣所にあるか?脱衣所が寒くないか?浴室の入り口に手すりはあるか?脱衣所の床はすべりやすくないか?浴室に入り口に段差はないか?入り口の扉にはめ込みガラスはないか?シャワーチェアは安全なものか?シャワーヘッドにスイッチはついているか?浴室内にすべり止めのマットが敷いてあるか?浴槽に取り付ける着脱式のてすりはあるか?浴室のふちが座って出入りできる高さになっているか?浴槽のふちと同じ高さの入浴台はあるか?。移動:車椅子のストッパーが甘くないか?車椅子のタイヤの空気は抜けていないか?車椅子のタイヤはすり減っていないか?フッとサポートは落ちてこないか?車椅子は座りにくくないか?車椅子で座位が安定するか?歩行であれば歩行環境に危険はないか?てすりの場所や位置は適切か?段差解消のすりつけ板は急角度ではないか?絨毯や敷物など足がひっかかりそうなところはないか?玄関で靴を脱ぎはきするときに座れる椅子が置いてあるか。ベッド:片麻痺であれば、起き上がりの方向と乗り降りの方向があっているか?介助バーはあるか?ベッド脇に車椅子を寄せるスペースはあるか?ベッドが高すぎ、または低すぎないか?ベッドに座って足が引けるか?マットレスとベッド枠がずれていないか?マットレスが柔らかすぎないか?。家屋老朽化:すのこや縁側、ベランダなどの木製部分がくさっていないか?建具や家具の扉が取れそうになっていないか?電球が切れて暗いところはないか?ガラス戸に日々が入っていないか?。外出介助:3階以上の場合、エレベーターはあるか?門から玄関まで、長距離を歩く場所はないか?玄関の敷居は高くないか?。家族介助:介助方法が適切か?危険な介助を行っていないか?ベッドをギャッチアップして食事をさせていないか?。家電製品:古すぎて壊れそうな製品はないか?最低限下記の家電をチェック。掃除機・洗濯機・ガスレンジ・給湯器・扇風機・エアコン・炊飯器・トースター・電子レンジ・調理器具。掃除:掃除のときに破損そうな置物などないか?壊れやすくて高価なものが出しっぱなしになっていないか?

介護保険により住宅改修をする場合のおもな流れ

訪問介護の利用者宅に問題がある場合は、家族や担当ケアマネジャーと話し合って住宅改修工事を行えればベストです。要介護・要支援者の住宅を改修する場合、20万円を上限として、かかった費用の8~9割が介護保険から支給されます。

【住宅改修をする場合の主な流れ(介護保険利用時)】サービス担当責任者が、利用者宅に問題点はないかを細かくチェックする。→問題がある場合、家族や担当マネージャーに交えて改修内容を話し合う。→施工業者に見積もりを依頼する。(申請者が行う。)→役所の窓口などへ事前に必要な書類を提出する。→審査・決定→工事→役所の窓口などへ事後に必要な書類を提出する。→住宅改修費が支給される

【注意1】訪問調查

ケアマネジャーが利用者宅を訪問し、住宅改修理由書を作成します。
費用はいったん利用者が全額支払い、事後に必要な書類を提出したら費用の8~9割が支給される形となります。

【注意2】事前に必要な書類は?

  • 住宅改修費支給申請書
  • 見積書や図面
  • 工事前の写真
  • 住宅改修理由書
  • 所有者の承諾書

など、役所が指定したものをケアマネジャーとともにそろえます。

【注意3】事後に必要な書類は?

  • 請求書および内訳明細書
  • 工事費支払いの領収書(原本)
  • 工事後の写真
  • 口座振替依頼書

など、役所が指定したものをケアマネジャーとともにそろえます。

介護保険を使い住宅改修を行う際の注意点は?

訪問介護で起こる事故は、事前に適切な住宅改修を行い、必要な福祉用具をレンタルできていれば、防げるものが少なくありません。

こうした環境要因による事故を防止するために、訪問介護事業者はサービスを開始する前に利用者宅の状況をしっかり把握することが大切です。

その際、上記の「介護環境チェック表」などを使うと、漏れなく確認することができます。

「トイレに手すりがあれば、もっと安全に介助できる」など、 サービス提供責任者が住宅改修の必要性を感じた場合、利用者家族とケアマネジャーの協力が必要不可欠です。三者で話し合いながら、訪問介護を行うに当たって必要な改修の取捨選択を行います。

介護保険で支給される金額には限度があるので、介護のプロから見て本当に必要な改修部分はどこかを説明し、適切な改修を行ってもらうことが大切です。

著者/山田滋
監修/三好春樹、下山名月
編集協力/東田勉
イラスト/松本剛

※本連載は『完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編』(講談社)の内容より一部を抜粋して掲載しています

書籍紹介

完全図解 介護リスクマネジメント 事故防止編

介護リスクマネジメント 事故防止編

出版社: 講談社

山田滋(著)、三好春樹(監修)、下山名月(監修)、東田勉(編集協力)
「事故ゼロ」を目標設定にするのではなく、「プロとして防ぐべき事故」をなくす対策を! 介護リスクマネジメントのプロである筆者が、実際の事例をもとに、正しい事故防止活動を紹介する介護職必読の一冊です。

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  • 山田滋
    株式会社安全な介護 代表

    早稲田大学法学部卒業と同時に現あいおいニッセイ同和損害保険入社。支店勤務の後2000年4月より介護事業者のリスクマネジメント企画立案に携わる。2006年7月よりインターリスク総研主席コンサルタント、2013年5月末あいおいニッセイ同和損保を退社。2014年4月より現職。

    ホームページ |株式会社安全な介護 公式サイト

    山田滋のプロフィール

  • 三好春樹
    生活とリハビリ研究所 代表

    1974年から特別養護老人ホームに生活指導員として勤務後、九州リハビリテーション大学校卒業。ふたたび特別養護老人ホームで理学療法士としてリハビリの現場に復帰。年間150回を超える講演、実技指導で絶大な支持を得ている。

    Facebook | 三好春樹
    ホームページ | 生活とリハビリ研究所

    三好春樹のプロフィール

  • 下山名月
    生活とリハビリ研究所 研究員/安全介護☆実技講座 講師

    老人病院、民間デイサービス「生活リハビリクラブ」を経て、現在は「安全な介護☆実技講座」のメイン講師を務める他、講演、介護講座、施設の介護アドバイザーなどで全国を忙しく飛び回る。普通に食事、普通に排泄、普通に入浴と、“当たり前”の生活を支える「自立支援の介護」を提唱し、人間学に基づく精度の高い理論と方法は「介護シーン」を大きく変えている。

    ホームページ|安全な介護☆事務局通信

    下山名月のプロフィール

  • 東田勉

    1952年鹿児島市生まれ。國學院大學文学部国語学科卒業。コピーライターとして制作会社数社に勤務した後、フリーライターとなる。2005年から2007年まで介護雑誌『ほっとくる』(主婦の友社、現在は休刊)の編集を担当した。医療、福祉、介護分野の取材や執筆多数。

    ホームページ |フリーライターの憂鬱

    東田勉のプロフィール

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