利用者の方の安全、安心な生活を支えるための介護施設。それを実現するためには、そこで働く介護職の精神的、肉体的な健康は必要不可欠です。しかし、現状は介護職のうつ病などの精神疾患による労災請求は年々増えています。なぜそのような結果になってしまうのでしょうか。
介護職のうつ病労災請求は年間256件
あらゆる職種の中で、介護職のうつ病による労災請求数は全業種でダントツのトップ。2009年から2019年の10年間で約4倍に増加しました。
厚生労働省は2009年から、労災請求において「医療」と「介護」を分けて分類するようになりました。この分類方法になってから、特に介護職で、業務上の精神疾患(うつ病や統合失調症など)の多さが際立つようになりました。
2019年度でみると、うつ病などの精神疾患による労災請求は、「社会保険・社会福祉・介護事業」が256件で全職種中トップ。増加率も大きく、2009年度の66件に比べて、10年間で約4倍にもなりました。
第2位の「医療業」169件、第3位の「道路貨物運送業」91件を大きく引き離しています。
第3位以下は「運送業」や「情報サービス業」「工事業」など、毎年順位が入れ替わるのに対して、介護は不動のトップ。つまり、介護という仕事が、肉体面にも精神面にもハードであることを意味しています。
労災請求256件に対して支給件数はわずか48件
一方で、労災の支給決定率でみると介護がトップというわけではありません。下記の表の支給家定率をご覧ください。「総合工事業」がトップで54件の請求に対して28件が支給決定と、半数以上が支払われていることがわかります。
これに対して介護は、請求数256件に対して支払い件数は48件で2割にも届きません。
2019年度 労災請求数トップ5
順位 | 業種 | 請求件数 | 支給決定件数(率) |
---|---|---|---|
1位 | 社会保険・社会福祉・介護事業 | 256件 | 48件(18.8%) |
2位 | 医療業 | 169件 | 30件(17.8%) |
3位 | 道路貨物運送業 | 91件 | 29件(31.9%) |
4位 | 情報サービス業総合工事業 | 85件 | 16件(18.8%) |
5位 | 飲食店 | 70件 | 28件(40.0%) |
6位 | 輸送用機械器具製造業 | 67件 | 13件(19.4%) |
7位 | その他の小売業 | 62件 | 15件(24.2%) |
8位 | その他の事業サービス業 | 59件 | 12件(20.3%) |
9位 | 学校教育 | 55件 | ランク外 |
10位 | 総合工事業 | 54件 | 28件(51.9%) |
※日本標準産業分類における「中分類」で計算
※小数点第2位で四捨五入
出典:『過労死等の労災補償状況』(厚生労働省)よりWe介護編集部で作成
過去の状況をみても、請求件数では常にトップの介護職ですが、支給決定率は下位に転じていることが多いのです。なお、請求件数に対して支給決定率が低いのは、医療業も同様です。
介護職の労災認定がされにくい。そのワケとは?
介護職の労災請求が通りにくいのは、ストレスが重大事故につながらないからと判断されていることが原因だと考えられます。なぜそう判断されてしまうのか、厚生労働省から発表されているストレス「強」の基準と照らし合わせながら考えていきます。
なぜ、介護職のうつ病は労災と認められにくいのでしょうか? それは、介護職の抱えるストレスは、生死にかかわる病気やケガ、重大な人身事故にはつながりにくいと考えられているからです。
重大な病気やケガ、人身事故につながらないストレスは、「強いストレス」に該当しません。
厚労省のストレスの度合いを測るために負荷表によれば、ストレス「強」に分類されるのは、例えば次のようなものです。
先に示した労災請求数の表と上のストレス「強」の内容を照らし合わせると、業務上のミスがそのまま重大な事故につながりやすい運送業や工事業などは、支給決定につながりやすい傾向があることがわかります。
介護職独自のストレスも評価されるべき
認知症などを抱えた高齢者の安全に絶えず気を遣い、少人数で夜勤や長時間勤務をこなす介護の仕事は精神的にも肉体的にもかなりの重労働ですが、ストレスが目に見える形で評価されにくい傾向があります。
厚労省の労災認定基準によれば、ストレス「中」に分類されるものが複数あればストレス「強」に判定されるとありますが、より実態を反映した労災認定を行うためには、医療や介護独自のストレス要因にも目を向ける必要があるのではないでしょうか。
労災認定を受けるためのポイントは“記録”
仕事によるうつ病を発症しやすい一方で、労災とは認定されにくい――ならば、介護現場で働く人が、うつ病から身を守るにはどうしたらいいのでしょうか?
介護職に限らずではありますが、労災で認められるためには、労災に該当する業務上の出来事をしっかりと「記録」することが重要です。
例えば、上記の図でも示している、以下の項目が挙げられます。
会社が協力してくれない可能性もある
いざ労災請求の申請をしようとしても、労働時間の記録などについて、会社は協力的でないケースも考えられます。
しかし過去には、会社がタイムカードの提出に協力しなくても、家族の詳細な日記により長時間労働と労災が認められたケースもあります。手帳でもメモでも日記でもいいので、しっかりと「証拠」を残すことが大切なのです。
なお、労災申請できるのは正社員だけではありません。パートやアルバイト、非正規雇用も労働者として対象になります。正社員でないからといってあきらめる必要はありません。
うつ病を患ってしまうまで頑張るのはやめよう
不規則・長時間・少人数勤務など、介護の仕事は過酷です。一方で、労災請求のデータを見る限り、介護職のストレスが十分に理解されているとは言い難いのが現状です。
まずはうつ病になるまで頑張りすぎないでください。そして、万が一、仕事のせいで病気になってしまったときは、しっかりと労災請求をしましょう。
労災認定を受けると転職の際に不利になることを心配する人もいるかもしれません。ですが、労災認定されたことや病歴などは個人情報で、勤務先が勝手に第三者に知らせることはできません。
また、従業員が労災認定されたことは勤務先にとってもマイナスイメージにつながりますから、積極的に外部へ公表しようとはしないはずです。
ですから過度に心配することなく、権利はしっかりと請求しましょう。そのためには日ごろからメモを取るなど、自衛の手段も身につけたいですね。
著者/横井かずえ
(参考)
『令和元年度過労死等の労災補償状況』(厚生労働省)
『精神障害の労災認定』(厚生労働省)